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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
二人の姉妹弟子編
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第3話 仕掛けられた罠

 木々生い茂る狭間山の森を横に、諏方たち四人と灰色のローブをまとった少女が向かい合う。


 戸惑いの色を浮かべるシャルエッテとは対照的に、灰色のローブの少女は無感情な瞳で、ただジッと彼女を見つめていた。


「どうして……どうしてあなたが人間界に来ているのですか⁉︎ 答えてください、フィルちゃん!!」


 悲痛な叫びにも似たシャルエッテの問いに、しかし灰色の少女は依然いぜんとして口を開かないでいた。


「この嬢ちゃん……お前の知り合いなのか、シャルエッテ?」


 目の前の少女に警戒しつつ、後ろに立つシャルエッテに振り返りながら、彼女が何者であるかを諏方は問いただす。シャルエッテはしばらく無言でいたものの、哀しげな表情のまま少女の正体について答える。


「……彼女の名はフィルエッテ・ヴィラリーヌ……同じ師のもとで共に魔法を学んだ、わたしの姉弟子です……!」


「なっ――⁉︎」


 諏方はもちろん、白鐘と青葉も、驚きの視線を灰色のローブの少女――フィルエッテ・ヴィラリーヌへと向けた。


「この嬢ちゃんが、シャルエッテと同じ師匠の弟子なのか……?」


 たしかに、彼女の見た目からしておそらくシャルエッテとは同年代なのであろう。しかし、彼女の全身を纏う空気は温かなシャルエッテのものとは真逆で、まるで氷のような冷たさを帯びていた。


「……同じ弟子の様子を心配して見に来た――ってわけではなさそうだな……」


 状況からして、おそらく彼女が青葉の車を襲った張本人であろう。理由はわからないがフィルエッテは諏方たちに対して、少なくとも敵意を向けているのは間違いなさそうだ。


「……ずいぶんと俗世ぞくせに染まったものね、シャルエッテ。いつまでワタシを前にして、人間と同じような格好でいるのかしら?」


「っ――⁉︎」


 ようやく口を開いたフィルエッテから放たれた言葉は、妹弟子への服装の指摘。シャルエッテはハッとなって、自身の手にケリュケイオンを出現させ、一振りしてラフな女の子の格好から魔法使いの正装であるローブへと着替えた。


「……さっきはワタシの鎖を解除したあなたを評価してあげたけど、撤回するわ。その様子だと、魔法の特訓はおこたっていたと見えるわね?」


「そ、そんな事ありません! ……いえ、たしかに毎日特訓をしているわけではありませんが……それでもわたしはわたしなりに――」


「――お師匠様があなたを人間界に送ったのは、新しい世界を見ていろんなことを学ぶためとおっしゃっていたけれど、本当はあなたを厄介払いしたかっただけでしょうね。……まあ当然よね? あなたはお師匠様の三人の弟子の中でも、最も成長の遅い『落ちこぼれ』だもの」


「そんな……いくらフィルちゃんでも、そんなことを言うなんて……」


「シャルちゃん⁉︎」


 姉弟子であるフィルエッテのナイフのように鋭利えいりな言葉に絶望し、シャルエッテは地に膝をついてしまい、そばにいた白鐘があわてて彼女の肩を支える。


「ちょっと! 同じお師匠さんの弟子だからって、今のはいくらなんでも言いすぎなんじゃないの⁉︎」


 抗議の視線を向ける白鐘に対し、フィルエッテはわずかに眉根をよせ、初めてイラつきの表情を見せた。


「……お前が黒澤白鐘だな? ワタシは魔法界にて、常にそばで彼女の努力を見てきた。そして……それが実力に繋がらない報われなさもよく知っている。環境が変わったのなら、より一層の努力をしなければならないのに、シャルエッテはこうして貴様たちとの娯楽に興じている。彼女の才能のなさを理解しているならば、人間界の無駄な勉学や娯楽などにく時間がなどないとわかるはずなのに……彼女を理解しないまま堕落させておいて、よく友人などと名乗れたな?」


「っ……」


 その物言いはあまりにも横暴であるとわかっているのに、それでも白鐘はフィルエッテに何も言い返す事ができなかった。もうすでに二ヶ月以上シャルエッテと過ごし、共に強大な敵に立ち向かった事もあって、勝手に彼女のことを理解していたつもりであったのだが、果たして『魔法使い』としてのシャルエッテ・ヴィラリーヌを、黒澤白鐘はどこまで理解できていたであろうか。


 フィルエッテの言う通り、本来ならば今日のように遊園地で遊んだ時間など、魔法使いであるシャルエッテにとっては無駄な時間だったのかもしれない。


「っ――違うんです、フィルちゃん! わたしがみなさんに甘えていただけで、シロガネさんたちは悪くな――」




「――お前さんよ、それを言うなら、ここに来てからのシャルエッテを、お前はちゃんと理解しているのか?」




「……なに?」


 銀色の髪が風に吹かれながら、落ち着いた声調せいちょうで諏方が会話に割って入った。


「たしかに俺たちは、この世界に来るまでのシャルエッテがどんな魔法使いだったのかは知らねえ。だけどよ……シャルエッテが俺たちの家に居候してから、俺の年齢を元に戻すための研究や、お前が無駄だと思っているこの世界の勉学を学ぶためにどれだけ努力しているのかを、俺たちはよく知っている」


「っ……」


 先ほどまでシャルエッテと白鐘に言葉で圧倒していたフィルエッテであったが、今度は諏方相手に何も言い返せずにいた。


「お前にとってシャルエッテは妹弟子みてえだが、俺たちにとっては家族も同然だ。人間界ここでの彼女の努力を知りもせずに、勝手な事ばっか抜かしてんじゃ――」




「っ――! ダメです、スガタさん! それ以上彼女の前に出ては――」




 シャルエッテが必死に声を上げるも、すでに遅かった――。


「なっ――⁉︎」


 突如、フィルエッテに向けて一歩踏み出した諏方の周囲が紫色に光りだし、地面に魔法陣らしき図形が現れる。同時に、魔法陣から数本の鎖が飛び出し、諏方の全身を一瞬で縛り上げた。


「なっ、なんだこれは⁉︎ ……さっきまで、車に巻きついていた鎖と同じやつか……⁉︎」


 振りほどこうとするも、鎖はビクともせずにより堅く、諏方の身体を痛いくらいに縛りつける。


「愚かね、人間。魔法使いを相手にするなら、本人だけじゃなく――周囲にも警戒をするべきよ」


 無感情な声でそう口にするフィルエッテ。


 ――諏方は痛みに耐えながらも不可解であると感じたのは、地面に魔法陣が出るまでに、彼女はピクリとも動きを見せなかった事にあった。


 今までの戦いでの経験上、魔法使いが魔法を使用する際に魔法名を唱えたり、腕をかざすなどの予備動作を見せる事がほとんどであった。にもかかわらず、目の前の灰色の少女はその場から微動だにせず、諏方に向けて魔法を発動したのであった。


トラップ魔法――フィルちゃん……フィルエッテ・ヴィラリーヌの最も得意とする魔法です……。あらかじめ地表や空間などに他者には見えない魔法陣を設置し、任意のタイミングでの発動はもちろん、特定の相手が魔法陣に踏みこむのをトリガーに自動的に発動する事もできる上級魔法。継続的な魔力維持と、常に魔法陣を隠し続ける繊細な操作が必要で、魔力コントロールにけたフィルちゃんだからこそ使いこなせる特殊な魔法なのです……!」


 魔法が発動した際にフィルエッテが微動だにしなかったのは、彼女の使うトラップ魔法が予備動作を必要としない自動発動式であったからだった。青葉の車に鎖が巻きついたのも、車両が彼女のトラップ魔法に引っかかったためだと、諏方は推測する。


「っ……!」


 そう考えている間にも鎖はゆっくりとだが、諏方の身体をさらにキツく締め上げていく。このままでは内臓が圧迫され、鬱血うっけつを起こしかねない。


「っ……! フィルちゃん! スガタさんを離してください! このままじゃ……このままじゃスガタさんが……」


「ダメよ。この男がすでに二人のA級魔法犯罪者を倒したという情報はワタシも知っている。だから、たとえ人間であろうとワタシは油断しない……」


 先ほどよりも悲痛さのこもったシャルエッテの懇願に、しかしフィルエッテは変わらずに冷たさを伴った視線を彼女に返した。


「くっ……俺の事は気にするな、シャルエッテ……!」


 締め上げられる痛みが全身に走りながらも、諏方は呼吸が荒れないよう、冷静に深呼吸して息を整えていく。


 だがこうして、諏方が鎖の締めつけに耐えられるのも時間の問題であろう。シャルエッテは今すぐにでも彼を巻きつける鎖を解除したかったが、下手に動けばどこに仕掛けられてるかわからないフィルエッテのトラップ魔法に捕まりかねず、その場から動く事ができなかった。


「……なんで……なんでこんな事をするのですか、フィルちゃん……? あなたは……罪もない誰かを傷つけるような、そんな悪い人じゃなかったはずなのに……」




「――――それについては、私から答えてあげるわ」




 突如、ささやくようにあやしく、心にまとわりつくような声が鳴り響いた。


「――っ! テメェは……」


 フィルエッテの背後からゆっくりと姿を現したのは、先日の城山高校でのゾンビ騒動にて邂逅した、日傘を両手に持った黒衣の魔女であった――。


「お久しぶりね、黒澤諏方。そして……シャルエッテ・ヴィラリーヌちゃん?」

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