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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
二人の姉妹弟子編
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第2話 急襲

 諏方たちが遊園地を出てから約二時間、彼らは青葉の運転する車に乗って、人けの少ない夜道をゆったりとした速度で走っていた。


 閉園まで時間たっぷりと四人は遊びつくし、すでに時間は十時にさしかかっていた。高速を抜けるまでは他の車両も多く見られたが、今は十分に一台程度しかすれ違わない。桑扶市から城山市へと繋がる車道の明かりは街灯が規則的に点在するだけであまり明るいとは言えず、狭間山が近いためか木々生い茂る薄暗い景色を諏方は助手席からボーっと眺めていた。


「はううう……! またクエスト失敗しちゃいましたぁ……」


「もう……ちゃんとあたしのアドバイス聞いてた?」


 後部座席の方では、二人の女子がスマホを横向きに握りながらやいのやいのと騒いでいた。


 白鐘とシャルエッテの二人は最近(ちまた)で流行っているRPG形式のソーシャルゲームにハマっているようで、遊園地のアトラクションに並んでいる時などにもスマホを握って時間を潰していたようだった。


「うぅ……だって、敵があそこでクリティカル技を出すだなんて思いませんでしたもーん……!」


「だーかーらー、事前に攻略サイトは見ときなさいよって言ったじゃない? プライドが邪魔して攻略なんて見ないって人は珍しくないし、そういうプレイはもちろん否定しないけど、オンラインゲームでもソシャゲでも戦いにおいて情報は命そのもの。敵の構成や攻撃パターンを知るだけでも手持ちのパーティーでの最適解が掴めやすくなるし、攻略難易度はグッと楽になるものよ。『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』。シャルちゃんはあんまりゲームは上手い方じゃないんだから、攻略サイトを参考にするのは決して恥ずかしい事じゃないのよ?」


「なるほど……たしかに、魔法戦においても相手がどんな魔法を得意とするのかを知るのはとても重要な事です。シロガネさん……もう一度、この高難易度クエストにチャレンジしてみます……!」


「その意気よ。フレンド登録はしてあるし、ヘルプを出してくれればあたしも手伝えるからね?」


 女の子同士のやり取りとしてはあまり花がないように思えるが、ともかく二人の少女が楽しそうにしている声を背中ごしに聴いているだけで、諏方と青葉は心がほっこりと癒されていくのであった。


「――スガタさんは、すまほげーはあまりやられないのですか?」


 ふいにシャルエッテから話を振られて諏方はあっけにとられる。


「あー……俺そういうソシャゲとかオンラインゲームみたいなのは苦手なんだよなぁ。古めのテレビゲームが俺の中での精一杯だ」


 かつて諏方が若返って白鐘のクラスに転入したころ、彼に反発していた娘とのコミュニケーションを取るために彼女の得意とするゲームを利用した事があったが、その時彼がゲームが下手であると自供したのは真実でもあったのだ。


「でも、お父さんは意外と格ゲー(格闘ゲーム)だけはけっこう上手かったりするんだよねぇ」


「え! そうなんですか⁉︎」


 シャルエッテは驚いた様子で諏方白鐘父娘を交互に見やる。先日秋葉原のゲーセンにて、百連勝目前であった猛者を蹴散らした白鐘が上手いと褒めるのだから、諏方も相当な実力を持っているのだろうと彼に向けて目を輝かせていた。


「まあ……不良時代はゲーセンに入り浸る事もあったからなぁ。つーてもそれは昔の話だし、何より白鐘がまだ小学生のころに対戦した家庭用の格ゲーでボコボコにされてから、軽くトラウマになってそれ以来触ってねえんだよ」


「フフフ、あの時は本当に気持ちよかったわ。強い人をねじ伏せる快感に目覚めたのはあれが最初だったし、あたしがゲーマーになったのもあの時がキッカケだったのかもね」


 フフンと得意げな視線を父に向ける娘。背中越しながらも、諏方はそれを感じ取った。


「ぬぅ……お父さんは娘をそんな意地悪な性格に育てた覚えはありません。ちょっとムカついたから、一ヶ月ゲームの課金禁止だ」


 軽くからかったつもりの白鐘であったが、父親の予想外の反撃にあわてて身を父の方に乗り出した。


「ちょっ、何よそれ⁉︎ あたしは課金はちゃんとお小遣いの範囲内でやってるじゃない! それに、今月のガチャは歴代最強キャラの復刻ピックアップの予定なんだから、課金できないと困るわよ。ただちに撤回を要求します!」


「却下です。……まあ、今度劇場公開される超絶B級グロ映画『死霊が叫ぶころに』を一緒に観に行ってくれるっつうんなら、話は別だがな?」


「うわー……人の弱みにつけこむなんて、デートの誘い方としては下の下ね。そういうところは若返っても治らないもんなのね」


「んだとー?」


「なによー?」


 やがて子供のような痴話喧嘩にまで発展し、座席越しに睨み合う二人と、どうすれば二人を止められるかわからずにアタフタするシャルエッテ。


「……クスッ」


 ただ一人、運転席にいた青葉だけがなぜか一人笑い声を漏らしており、他の三人もキョトンとした瞳を彼女に向ける。


「ああ、ごめんなさい、突然笑っちゃったりして。……これまで私の前でだと三人とも気を遣ってもらって、いつも私の方にばかり意識を向けてくれてたから、変な話だけど今こうして自然体で二人がケンカしてるのを横で聞けて、ちょっと嬉しくなっちゃったのよ」


 言われてみればと、たしかに青葉が諏方たち三人の輪に入って以来、彼女の前では誰かしらが常に青葉とコミュニケーションを取ろうとして、それ以外の組み合わせでの会話が少しおろそかにはなっていたのかもしれないと、三人は互いに思い当たる。先ほどのように諏方と白鐘はしょっちゅう軽めの口げんかをするのだが、青葉の前でやりあうのはこれが初めてであった。


「ケンカしてた横でこう言うのも変かもしれないけれど……今日は一緒に遊園地に来てくれてありがとう。今まで友達と行く事はあっても、家族で行く事は滅多になかったから……本当に嬉しかったし、楽しかったわ」


 本心からの感謝の言葉を告げる青葉。先ほどまでの険悪な空気もすっかり吹っ飛んで、他の三人も自然と笑みを浮かべていた。


「こっちこそ、こういう機会を作ってくれて本当に感謝してるぜ、青葉ちゃん。今日だけとは言わず、また四人でどっかに遊びに行こうな?」


 ――なごやかな雰囲気に包まれる車内。四人全員が今日という一日を振り返り、幸せな気分にそれぞれ浸っていた。




 ――直後、ガタンと大きな音を立てながら、まるで地震にあったかのように車体が大きく揺れて、その場で急停止してしまった。




「キャッ⁉︎」


 突然襲われた衝撃に、一同は座席の背へと身体を押しこまれてしまう。


「っ――! みんな、大丈夫か⁉︎」


 とっさに受け身をとった諏方はたいしてダメージを受けず、上体を起こしてすぐさま他の女性陣たちに声をかける。彼女たちはみな突然の衝撃に混乱はしているものの、身体はそれほど強く打ちつけられてはおらず、目立ったケガはないようだった。


 その状況に一旦安堵した後、諏方は何か事故が起きたのではないかと、フロントガラスの方へと視線を向ける。だが、複数のひも状のような何かがフロントガラスを覆っており、前方の視界がさえぎられてしまっていた。


「く……鎖……?」


 フロントガラスを覆っていたのは、おびただしい数の鎖であった。薄暗い街灯に照らされて銀色に鈍く光る鎖が、まるで触手のように何本もフロントガラスに張り付いていたのだ。


 さらに正面だけではない。横の窓にも同じように、鎖がいくつも張り付いていた。おそらく、これらの鎖が車体そのものに巻きついて車を停止させたのだろうと諏方はすぐさま推測する。


 ドアを開けようとするも鎖がビッシリと固定されて開かず、四人は車内に閉じこめられる形になってしまった。


「おい、シャルエッテ! これもなんかの魔法なの――か……?」


 走行中の車に大量の鎖が突然巻きつくなど、魔法以外には考えられない。諏方はこの鎖の正体を聞き出すために、後ろの座席にいるシャルエッテへと振り向くが、彼女の目は信じられないものを見るかのようにけわしいものへと変わっていた。


「…………少し待ってください。多分、この鎖は解除できます」


 シャルエッテは一度つばを飲みこんだ後、息を大きく吐き出し、手をゆっくりと窓の方へとかざす。


「解除って……たしか、一度発動した魔法は簡単には解除できなかったんじゃないのか?」


「……スガタさんのおっしゃった通り、これは魔力で構成された鎖です。本来ならば、魔法使いであっても魔力で生成された物質は簡単には解除キャンセルできません。ですが……魔力で生成された物質には、魔法使いによってそれぞれ異なる仕組み(コード)があります。コードは指紋のようなもので、生成された物質そのものは同じでも、コードまで一致する事はありえないのです。そのコードさえわかれば……解除そのものは決して難しくはありません。そして――わたしはこのコードをよく知っている……!」


 シャルエッテが瞳を閉じると、彼女のかざしている手が淡く輝きだした。




物質解除デリート――!」




 そう叫ぶと同時に窓越しの鎖の束が光りだし、あっという間に錆びついてボロボロと崩れ落ちていった。


「――っ!」


 同時に、すぐさま諏方はドアを開けて外の様子を確認する。狭間山横の小道、先ほどよりも周りは薄暗く、人の気配は感じられない。他に車両は見当たらず、聞こえるは山の木々が風にゆれて鳴らす不気味な音だけ。


 車の方も確認すると、車体には傷がいくつか付いて、窓にも何箇所なんかしょかひび割れたものの、全体に巻かれていたであろう鎖はすっかりと消失していた。


 その後恐る恐るではあったが、女性陣三人も車外へと出る。うち一人、シャルエッテはに落ちないといった表情を浮かべていた。


「シャルエッテ……さっきコードがどうたらって言ってたけど、もしかして……この車に鎖を巻きつけた犯人に心当たりがあるのか?」


 そう問われ、彼女はどう答えるべきか少し逡巡しゅんじゅんするも、諦めて諏方の瞳をまっすぐに見つめ返す。


「……確証はありません。……いえ、あってほしくないと言い変えるべきでしょうか。ですが……デリートが成功したという事は、この魔法はわたしがよく知っているもの。おそらく……この魔法の使用者は――」




「――あのような状況でもあわてることなくコードを分析し、デリートを成功させる……思っていたよりは成長しているようね――シャルエッテ」




「――っ⁉︎」


 突如、前方から何者かが諏方たちの方へと近づいてきた。影に覆われて見えづらくはあったが、車の少し前の方にある街灯に照らされて、その人物は姿を現す。


 ――それは一人の少女であった。全身を灰色のローブで覆い、そこから覗かせる短めの黒髪と、凛々しさすら感じさせる端正たんせいな顔立ち。


 そして少女の右手には、その華奢きゃしゃな見た目からはあまりも不釣り合いな大きめの杖を握っていた。シャルエッテと同じような木製の杖ではあったが、その杖全体に巻かれた鎖が、杖そのものに異様な雰囲気をまとわせていた。


「っ……どうして……」


 灰色のローブの少女に名を呼ばれたシャルエッテは、今にも泣き出してしまいそうな、悲痛げな瞳で彼女を睨んでいた。




「――どうして、フィルちゃんがここにいるのですか⁉︎」




 夏に入ったとは思えないほどに肌寒い夜風が、二人の少女の周囲を不穏げに冷たく吹き抜けていくのであった。

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