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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
二人の姉妹弟子編
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第1話 休日は少し遠くへ

「キャアアアア! すごいです、シロガネさん! まるで超速飛行魔法で飛んでるみたいですううううう!!」

「いやああああ⁉︎ ジェットコースター怖い! ジェットコースターこわいいいい!!」


 城山市から桑扶市へと渡り、さらに車で二時間ほど走らせた場所に建てられたとある遊園地。都心からそこそこ離れてはいるが、それなりに知名度のある遊園地なだけあって、休日である事も手伝って園内は多くの来客で盛況だった。


 そんな群衆の中に、諏方、白鐘、シャルエッテ、青葉の四人も混じっていた。


 元々ここに来たのは青葉からの提案であり、親睦会も含めて家族旅行に行こうという事で、少し距離のあるこの遊園地にまでやって来たのだった。


 本当はさらに遠くの温泉街などに泊まりがけで行こうという案もあったのだが、いかんせん今は学校もあってまとまった休みが取れないとの事で、また連休がある時期に先延ばしにし、今回は日帰りで思いっきり遊べる遊園地に――となったのだった。


「うわぁ……白鐘の叫び声とシャルエッテの興奮ぎみな雄叫びがここまで聞こえてらぁ」


「白鐘ちゃん……絶叫系はあまり得意じゃないのね」


 ジェットコースターに乗り回される白鐘とシャルエッテの少女コンビから少し離れたレストランのテラス席から、諏方と青葉は滑走するジェットコースターをジュースのストローに口をつけながら眺めていた。


「それにしても、シャルエッテちゃんは本当に子供のようにはしゃいで可愛いわね」


「あー……それに関しては、アイツが俺の家に居候してからこの手の遊戯施設に一度も連れてった事がなかったからかもしれねえなぁ……。時間があまり取れなかったってのもあるけど、この姿じゃ保護者(づら)もできねえからな」


 高校生ともなれば今どき保護者がいなくても、ちょっとした旅行ぐらいなら行けない事もないのだが、諏方自身が親としてそういうのをあまり安心して行かせられないタイプだった。


 その手の遠出には娘にウザがられようと、自身が保護者として引率するべきだというのが彼の考えなのだが、今の彼の見た目では保護者として振る舞うには違和感を感じてしまうというジレンマが彼の中にあり、若返ってからは遠くへ出かけるというのを避けてしまっていたのだ。


 諏方自身、それを自分勝手な理由だと認識してはいたが、それでもゴールデンウィークに白鐘とシャルエッテの二人が危険な目に遭ったという一件もあり、どうしても旅行等に彼女たちを連れて行く事ができなかったのだった。


「でも、今後は私が保護者がわりになれるから、これからは時間があればここだけじゃなくて、いろんな場所に二人を連れて行けるといいわね?」


 そう胸を張りながら微笑む彼女に、諏方もまた感謝の念をこめた笑みを返す。


 ――っと、互いの目が合ってしまった事に気づき、思わず二人は顔を赤らめながら目線を逸らしてしまう。


 ここ数日、似たような状況が続いていた。というのも、先日学校で青葉が諏方の頬にキスをしてしまった事が今でも二人の心に強く印象付いてしまっており、こうして目線を合わすたびにその時の光景を思い出しては、互いに恥ずかしさで気まずい空気なってしまうのであった。


 ――だあ、もう! この歳になってほっぺにキスぐらいで恥ずかしがってんじゃねえよ、俺……!――


 ――ああ、もう! なんであの時ほっぺにキスしちゃったんだろ……自分でやっといて恥ずかしくなってくるわ……!――


 互いに目線を合わせられぬまま、悶々とした思考で二人は顔がさらに赤らんでしまっていた。



「スガタさん! アオバさん! ジェットコースター楽しかったですっ!!」



「どわぁあ⁉︎」

「きゃああ⁉︎」


 いきなり声をかけられ、二人してその場からイスごと横転しそうになってしまう。


「あれ? どうかしました、二人とも?」


 大人組の二人の挙動不審っぷりに、声をかけた当人であるシャルエッテは首をかしげてしまっている。


「あー、いや! なんでもないんだ! ジェットコースターが楽しかったんならよかったじゃねえか? なあ、青葉ちゃん?」


「えっ⁉︎ ……ええ、そうね! ジェットコースターが楽しかったならよかったわ、シャルエッテちゃん!」


 二人のあわてようをいぶかしがるも、難しい事は考えてもしかたないと、シャルエッテはあまり気にしないことにした。


 そんなシャルエッテの後ろから、ジェットコースターに同乗していた白鐘がげっそりと青い顔をしながら、フラフラとした歩調で出てくる。


「もうダメ……あたし、これ以上絶叫系乗れない……うぷっ」


「だー⁉︎ 待て待て! とりあえずそこに座って楽になれ」


 父親にうながされ、娘はゆっくりと家族と同じテーブルの席に座った。あうー……と唸りながらも、諏方から手渡されたドリンクをゆっくりと飲んで気分を落ち着けさせる。


「うぅ……ごめんなさい、シロガネさん。楽しくなっちゃってつい、いろんな乗り物に振り回しちゃいまして……」


「気にしないで、シャルちゃん……あたし自身、遊園地に来たのは久しぶりだったから、まさか自分がこんなに絶叫系に弱くなってたなんて思わなくて……」


 ――たしかに、白鐘を遊園地に連れて来たのは中学の入学祝い以来だったけな――っと、父親は娘をあまりこのような場所に連れて来れなかった事にまた罪悪感を抱いてしまっていた。


 シャルエッテはまだ物足りなさを感じつつも、これ以上友人を無理に連れ回すわけにはいかないとどうするべきか少し悩んだ後、名案を思いついたかのように目を輝かせ、突然諏方の両手を握りしめた。


「スガタさん! 今度はスガタさんと一緒に、アレに乗りたいです!」


 シャルエッテが指さした先には、家族連れやカップルなどが乗っている小さめな車体が走り回るゴーカートが見えた。ゆっくりとコースを走るカートもあれば、少し早めのスピードで華麗な運転テクを魅せるカートもあったりと、本格的な作りのアトラクションのようだった。


 シャルエッテが諏方を指名したのは、今の状態の白鐘を強引に連れて行くのはさすがにかわいそうという気遣いであると同時に、諏方とも遊びたい彼女の本心によるものであろう。


「……いや、俺はいいよ。もう乗り物乗ってはしゃげるほど若くもねえし」


 事情を知らぬ人が聞けば「何を言ってるんだ?」とも言われそうな発言ではあったが、見た目は若返っても諏方の精神は四十代のままだったので、彼にとってはこういう場所であってもなかなかテンションが上がりづらいものがあったのだ――っと、本人はそんな気でいるものの、横目にチラッ、チラッと何度もゴーカートの様子をうかがっているのを、横に座る青葉は見抜いていた。


「もう……諏方お兄ちゃん、こういうのを楽しみたいって気持ちに年齢は関係ないものよ?」


 仕方ないなといった感じにため息を吐き、青葉の方から諏方を説得する。


「えっ⁉︎ いやいや、別に俺はそんな……」


「それに、せっかく若返ったんだもの。大人として振る舞う事も大事だけれど、たまには子供のようにはしゃいで、羽を伸ばすのもいいんじゃないかしら?」


 正体がバレてまだ数日だというのに、青葉は諏方という人物の内面をよく捉えていた。


 普段は思慮深く物事を考えられる大人な一面を見せる彼だが、時折その姿によく似合う若者らしい無鉄砲さを見せる事も多い。それが若返った事による影響かまではわからないが、どちらにしろその二面性は両方とも、黒澤諏方の真実の姿なのだ。


「……しゃーねーなー。一家のおさとして家族サービスをするのは大事だし? どうしてもってなら付き合ってやってもいいぜ、シャルエッテ?」


 渋々といった感じを装ってはいるが、照れているのが彼の表情から隠せていなかった。


 だがシャルエッテにそんな事は関係なく、ただ諏方が自身と共にアトラクションを楽しんでくれるという嬉しさで満面の笑みを花咲かせていた。


「それじゃあ一緒に行きましょう、スガタさん!」


 そう言うとシャルエッテはその細い両手で、力いっぱい諏方の腕を引っ張っていったのだった。


 そんな二人を見送りながら、ふいに青葉が「ふふ」っと笑みをこぼす。


「本当に子供のように楽しんでくれて……シャルエッテちゃんをここに連れて来てよかったわ」


 学校ではなかなか見せない副担任の笑顔に新鮮さを感じつつ、白鐘もドリンクのストローに口をつけたまま、父と友人の背中を見送る。


「あたしもシャルちゃんが喜んでくれるのは嬉しいですけど、自分がこんなに絶叫系に弱くなった事実を知ったのはちょっとショックですね……」


 多少、顔色は良くなりつつも、白鐘は未だにショックから抜けきれずに、どよんとした落ちこみっぷりを見せていた。


「あらら……ごめんなさいね、白鐘ちゃん? あなたも楽しめると思って遊園地にしてみたのだけれど……」


 同じようにしょんぼりとしてしまった青葉に、白鐘はあわてて首を横に振る。


「あっ! いや、十分楽しんでますよ! ……たしかにショックな事はありましたけど、遊園地に連れて来てもらったのは久しぶりでしたから、それ自体はすごく嬉しいんです」


 そこからは二人してしばらく無言になってしまう。諏方と青葉との間にあったのとは別の気まずい空気が、二人の肩にのしかかっていた。


 お互いに姪と叔母の関係であった事が判明したとはいえ、今まで教師として接してきた彼女との距離感を白鐘は未だ掴めず、青葉もまた彼女に互いの関係性をずっと秘密にしていた事に、後ろめたさを感じていたのだ。


「……そ、そうだ! 白鐘ちゃん、近くの売店でチュロスを買ってきたんだけど、食べ――」



「――青葉叔母さま!」



 なんとか話しかけようとした叔母の言葉を遮り、突然白鐘が立ち上がった。


「そ! そのぅ……一緒にコーヒーカップに乗りませんか……? ゆっくり回ればあたしも酔わないし……その……お母さんのお話も、ちょっと聞きたいというか……」


 しどろもどろになりながらも、勇気を出して叔母を誘う白鐘。そんな姪っ子の期待に応えるために、青葉は優しく微笑みながら、


「いいわ。一緒に遊びましょ、白鐘ちゃん?」


 そう言ってウインクを見せると青葉も立ち上がり、父親のように照れを隠せていない姪っ子の手をそっと引っ張っていったのだった。



   ◯



「ギャアアアア⁉︎ スピード出しすぎですよ、スガタさん⁉︎」


「ハッ、こんなんじゃ物足りねえよ! 不良時代の仲間たち(バカども)と一緒に狭間山の峠でバイクを走らせた時は、こんなもんじゃなかったぜっ!!」


 あくまで子供も遊べる用のアトラクションなのだから、本物の車ほどスピードが出ないのは当たり前なのだが、それでも狭いサーキット内では危険な速度を諏方たちの乗ったカートは出していた。


「はううう! 正直自由に走れる分、ジェットコースターより全然怖いですぅ⁉︎」


 そう口にしながらも、シャルエッテは全力の笑顔でゴーカートを楽しんでいた。


 その笑顔を見れただけで、彼女をここに連れて来てよかったと諏方も思えた。この場にはいないが、遊園地に行こうと提案してくれた青葉に彼は感謝するばかりであった。



「…………フィルちゃんたちも、ここに来れたらよかったのに」



「え?」


 ふいにボソッとした声でシャルエッテがつぶやくも、ゴーカートの風切り音で諏方はよく聞き取れていなかった。


 シャルエッテはすぐに首を横に振って、


「いえ……わたし、すごく幸せです、スガタさん……!」


「っ……!」


 心からの気持ちを口にするシャルエッテ。普段は見せないようなはにかんだ彼女の笑顔に、諏方もいつもとは違った可愛さを彼女に感じてしまっていた。


 またも照れてしまった自分をごまかすように、


「……よしっ! それじゃあ、さらにスピードを出していくぜ! ついてこいよ、シャルエッテ!」


「もちろんです、スガタさん!」


 そうして二人はしばらくの間、サーキットを爆走するゴーカートを心ゆくまで楽しむのであった。




 ――この後、二人がゴーカートのスタッフや、白鐘と青葉にこっぴどく叱られたのは言うまでもない。

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