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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
二人の姉妹弟子編
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プロローグ 二人の少女が出会った日

 ――その日、お師匠様は一人の女の子を連れてきた。


 ――歳はワタシとさほど変わらないであろう小さな女の子は、お師匠様の革製のローブのすそを掴みながら、今にも泣きそうな表情でワタシを見つめていた。


「ほれ、今日からお主の姉がわりとなる子じゃ。挨拶せぬか?」


 ――お師匠様にそう促されるも女の子は未だワタシに怯えているのか、さらに裾を強く握って目をつむってしまう。


 ――お師匠様が子供を拾うのはこれで二度目……いや、ワタシを含めて三人目となる。


 ――お師匠様は魔法界の中でも強大な魔力を持つとされる五人の魔女の一人。長年弟子を取らない方針でいたみたいだけど、最近になってワタシのような親のいなくなった孤児を拾って弟子にするようになったらしい。理由はワタシにもよくわからない。


 ――目の前の女の子は、やはり怯えたままで何も喋らない。前に拾われた子もあまりお喋りできないタイプではあったけど、今回もそうとう重症かもしれない。……まあ、こんなふうに考えてるワタシも、お師匠様に拾われるまでは誰にも心を開いた事はなかったのだけれど。


 少しばかり感慨にふけった後、灰色のローブの少女は怯える女の子の方へと一歩を踏み出した。


 ――彼女がどういう経緯でお師匠様に拾われたかはわからない。多分、いてもはぐらかされるだろうし、ワタシ自身あまり興味はない。


 ――だけど、親のいない小さな子供が初対面の相手にああやって警戒し、怯える気持ちはワタシにもよくわかる。なら……ここはワタシから歩み寄るべきであろう。



「ワタシはフィルエッテ・ヴィラリーヌ。気軽にフィルとでも呼んでほしい。君の名前は?」



 灰色のローブの少女――フィルエッテは少女の警戒心を解くために、普段は見せない笑顔を頑張って作った。


 白いローブを着た女の子は、なお怯えたまま眼を涙で濡らしていたが、必死に顔を横に振って涙をこらえた後、フィルエッテの顔をまっすぐに見つめて、



「シャル…………シャルエッテ…………ですっ!」



 たどたどしくはあっても力強く、まだ幼かったシャルエッテは自身の名前を告げることができた。



 ――この日が、二人の日常の始まりの日となった。



 優しくも厳しい師のもと、鍛錬を重ねる毎日。つらい修行を乗り越え、フィルエッテはその才能をメキメキと伸ばしていく。その伸びは他の同年代の魔法使いと比べても抜きん出ており、『天才』と称されるほどでもあった。


 一方、シャルエッテの伸びはフィルエッテと比べてあまりにも遅かった。偉大なる師のもとで修行してもらえているというのに、彼女の魔法技術は他の魔法使いと比べても明らかに未熟であった。それをあざけり、『落ちこぼれ』と見下す魔法使いも決して少なくはなかった。


 だが――それでもフィルエッテは、彼女を笑うような事はしなかった。


 姉弟子として少しでも彼女のためになればと、師とは別にシャルエッテを指導する事もあった。


 そうしていく内に、二人の絆が深まるのにあまり時間はかからなかった。シャルエッテはフィルエッテを姉のように慕い、フィルエッテもまたシャルエッテを妹のように可愛がっていった。


 ――シャルがワタシに対して、どういう感情を抱いていたかはわからない。もしかしたら、同じ弟子であるのに厳しく指導するワタシを毛嫌いしていたかもしれない。


 ――それでも、少なくともワタシはシャルのことが好きだ。姉弟子として、彼女が少しずつ成長していくのをそばで見ている時間が何より大切だと思えた。



 ――なのに、



 ――なのに……今のワタシは、シャルに対して憎しみ以外の感情が抱けなかった。



 ――どうして? どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいにくいっ――――!!



   ◯



「――っ⁉︎」


 山奥にある一本の大木を背に、灰色のローブの少女はハッと目を覚ました。


 周りに時計はないが、おそらく時間はとっくに深夜を過ぎているであろう。月明かりに照らされてなお、周囲の森には深い闇が落とされていた。


「また、あのころの夢を見てしまっていたのね……」


 少女は一度ため息をつくと、周りを見渡しながらゆっくりと立ち上がる。


 少女をこの場所に連れてきた張本人である『日傘の魔女』の姿は見えない。彼女は全てにおいて気まぐれだ。ふいに姿を現す時もあれば、一日顔を見せない日も少なくはなかった。


 だが、少女にとってはどうでもいい事だ。彼女がここにいない間に何をしているのかには興味がないし、彼女に対して特に恩義も怒りも感じた事はない。日傘の魔女が自身を利用しようとしている事への自覚はあったが、それに対して何か抵抗しようなどという心の余裕はもはや彼女にはなかった。


 森を抜け、少し歩くと山のふもとにある広場に出る。月明かりに淡く照らされたベンチが一台だけポツンと置かれ、あとは少しの草木が生えてるだけの何もない場所。


 休日の昼間ならば、ここから眺められる絶景を見に家族連れやカップルなどで多少なりとも賑やかにはなるのだが、この時間帯の山中では人の気配などあるはずもなかった。


 人ひとりいない静かな広場にて、少女はベンチに座らずその真横にまで歩き、そこから二つの町を見下ろした。


 少女にとってこの行動は日々のルーティンとなっていた。昼間は人の入らない森の奥に身を潜めて眠り、深い夜の訪れと共に目を覚まして広場から二つの町をただ黙って何時間も見下ろす。


 楽しいやつまらないなどといった感情はとうに置き去りにしている。ただじっと、こうして町を見つめる事だけが少女の心にある不確かな感情を確かなものとするための行動原理となっていたのだ。


 ビルなどの建物が深夜においてなお光り輝く桑扶市と、家々の明かりが消えて夜の闇に呑まれた城山市。異なる色を見せる二つの町は、まるで歪な一つの塊のように少女には見えていた。



 ――あの闇のどこかに、彼女がいる――。



 刹那、少女の内から何かが燃え上がるように身体を熱くさせ、耐えきれずに両肩を痛いくらいに抱きしめる。右手に握っていた杖に巻かれた鎖がこすれる音が、静寂のなかで鳴り響く。


「もうすぐ……あなたと会える……」


 つぶやく声は、苦しそうに喉から引きしぼられたかのよう。ローブから覗く瞳が鋭い視線となって、フィルエッテ・ヴィラリーヌは暗闇の街を睨み下ろした。



「必ず殺してあげるわ――シャルエッテ・ヴィラリーヌ……!」

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