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あたしのパパは高校二年生  作者: 聖場陸
学園感染編
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第15話 邂逅

 ――ただ目の前にいる。それだけで、この女は強いのだと本能で感じ取る。


 この感覚を味わうのは二度目だった。


 俺の亡き妻である碧とすぐそばで立っている青葉の兄、俺と共に『最強の不良』と呼ばれた男――蒼龍寺葵司。


 彼と初めて出会った時、その存在感だけで全身が震えたのを今でも覚えている。


 ――あの時以来だ。俺が拳を交えずとも、目の前の相手が強者だと感じ取ったのは……。


   ◯


 その女性は突如――しかし、まるで最初からそこにいたかのように、悠然とした佇まいで窓の枠に腰を落ち着けていた。


 両手には黒をベースに赤い装飾が入った日傘をさしている。ここは室内。本来ならば、このような場所で日傘が開かれているのは違和感でしかないのだが、夕日に照らされた薄暗い部屋の中、日傘の下で微笑むその姿はあまりにも妖艶ようえんで、それが自然なものであるように錯覚してしまう。


 人間とは逸脱した神秘性を感じさせる存在感。間違いない……彼女は魔法使いだ。


 さらに、こうして対面しているだけでわかる。彼女は今まで相手した二人の魔法使いとは比べものにならないほどに強い。そこにいるだけで、身体にのしかかる圧迫感が他の二人とはあまりにも違っていたのだ。


 仮也もシルドヴェールも、たしかに魔法使いという意味で未知の相手ではあったが、対峙した時にいずれにも負けない自信はあった。


 だが……目の前のコイツに関しては、正直本気で戦っても勝てるかどうかの自信は持てなかった。


 ……くやしいぜ、葵司。テメェ以外に、そう思えるような相手と出会っちまうだなんてな……。


「……テメェは、いったい何モンだ?」


 震えを落ち着かせるために息を整え、ようやくそれだけを口にできた。


「……フフ」


 目の前の女性は未だ余裕のある笑みを見せたまま、何も答えずにただこちらを見つめている。


「…………ダメです、スガタさん。この方とだけは、戦ってはいけません……」


 答えたのは日傘を持った女性の方ではなく、俺以上に全身を震わせながら息を荒げているシャルエッテだった。まるで雪国で冷たい風そのものを吹きかけられたかのような大げさなまでの震えっぷりと、信じられないものを見ているかのようなその瞳は、今までと比べても尋常じゃない彼女の怯えぶりをあらわしていた。


「コイツを知っているのか、シャルエッテ……?」


 今にもその場で気を失わんばかりの彼女に問うのは心苦しかったが、それでも俺は日傘を持つ女の正体を聞き出したかった。


「……シロガネさんにはお話した事があるのですが、魔法界には『魔女』と呼ばれる特別な魔法使いが存在しています」


「魔女……?」


 シルドヴェールがたしか路地裏の魔女と呼ばれてたが、あれは都市伝説で一人歩きしただけの呼び名だから、それとはまた違うんだろうか。


「……彼女たちは他の魔法使いよりもはるかに強大な魔力を持ち、それぞれが独自の魔法理論を構築し、他の魔法使いには使用できない特殊な魔法を使うことができるのです。この『魔女』という特別な呼び名を持つ魔法使いは、魔法界の中でもたったの五人だけ……」


「コイツが……その一人ってわけか」


「はい……この方は『日傘の魔女』の異名を持つ五人の魔女の一人――名をヴェルレイン・アンダースカイと呼ばれます……!」


「あら? 私の名前を覚えてくれているのね。同じ魔女である『現存せし最古の魔女』エヴェリア・ヴィラリーヌの愛弟子の一人であるあなたに知ってもらっているなんて光栄だわ、シャルエッテ・ヴィラリーヌちゃん」


 優しげなその声は、しかしそれを耳にしたシャルエッテはさらに身体がビクつき、彼女の目を見られずに顔をうつむけてしまう。


「シャルエッテが名前を覚えてるって事は、それぐらいヤベエ奴だってことか……」


 敵の名前を忘れがちなシャルエッテがその名前を間違わないのだから、彼女の印象はシャルエッテの中でも特別大きいのだろう。


 俺はいつでも戦闘に入れるように、両手の拳を硬く握りしめる。


「テメェが、馬金をそそのかして協力した魔法使い……って事でいいんだよな?」


「ええ、そうよ。彼に手を貸したのは気まぐれによるものだけれど、実に面白いものを見せてもらったわ」


 妖艶な笑みの中に、子供のような無邪気さが入り混じる。


「テメェの目的はなんだ? 魔法使いたち(テメェら)の邪魔になる俺を排除することか……?」


 俺に睨まれながらも、彼女は依然として余裕のある笑みを崩さなかった。


「ただの気まぐれと言ったはずよ? たまたまこの学校の近くを通って、たまたま儚い(面白そうな)夢を持った人間を見つけたから、私はその願望に少し手を添えてあげただけ」


「……そんな気まぐれのために、テメェはこの学校をメチャクチャにしたってのかよ⁉︎」


「言ったでしょ? 私は彼の夢に少し手を添えただけ。私が与えた魔力結晶をどのように扱おうと、それは彼の自由よ。彼がそれを人のために役立てようが、厄災を振り撒こうが、私にはさして関係ない。ただ、私はその様子を横で眺めてるだけ」


「っ……」


 やはり、彼女が馬金のウイルスに魔力を仕込んだ張本人なのは間違いなかった。それを彼が自由に扱ったという話も嘘ではないのだろう。


 だが、この女は馬金に力を与える事で何が起きるかは当然予測はついていたはずだ。彼の性格からして、それを人のために役立てるなんて考えるはずがないだろう。


 馬金は完全に彼女の傀儡かいらいになってしまっていたのだ。彼がそれを使って学校をパニックに陥れるのを、彼女が楽しむために……。


 腹が立つ。馬金には一ミリたりとも同情する気はないが、そんな事のためにこの学校全体を巻きこんだこの女を許せはしなかった。


「でも……残念ながら思ってたほどは楽しめなかったわね。外にまで被害は及ばず、数時間程度であっさり解決されたのだもの。まあ……黒澤諏方の力をある程度測れたというだけでも、収穫としては十分ね」


「っ――⁉︎ やっぱり、俺が一番の目的だったのか……! だったら、こんなまわりくどい事なんかしやがらねえで、直接俺に喧嘩を売りやがれ!」


「あらあら。そこで倒れている彼が言っていたように、不良というのは短絡的な生き物ね。私は別に、あなたに対して大した労力をく気はないの。……いいえ、正確には、今のあなたでは私の障害たりえないのを今回で確認できた……といったところかしら?」


「っ……!」


 拳をさらに強く握りしめ、より鋭く日傘の女を睨みつける――だが、それ以上の事はしなかった。高ぶる鼓動を抑えるため、俺は全身の筋肉をゆるめて緊張をほぐす。


「……ここで感情的に飛びかからないのは懸命な判断ね。短絡的――というのは訂正するわ。若い肉体を持ちながらも思慮深く冷静に判断ができる大人の頭……偶然のものとは噂されているけど、シャルエッテちゃんの若返りの魔法は完成度の高い人間を生み出したようね? そこは再評価してあげてもいいところだわ」


 目の前の女の言葉全てに余裕が感じられる。ハッタリなんかじゃない。


 ――やはり……この女は強い……!


 この女の情報を何も知らない状態で飛びかかるのは、やはり危険だと本能が語りかける。


「安心して。あなたが脅威でないと認識した以上、もうここであなたたちに何かを仕掛ける気はないわ。そこそこに面白いものは見れたし、あなたと……そして、シャルエッテちゃんの様子が見れただけで十分に満足したわ」


「わたし……ですか?」


 先ほどよりは落ち着いたのか、大量の汗が流れながらもシャルエッテの身体の震えは小さくなっていた。


「ええ。私はあなたにも興味があったのよ、シャルエッテちゃん。魔法技術はつたないながらも、シルドヴェールを追いつめるほどのバースト魔法を放てたあなたの魔力は目を見張るものがあるもの」


「……ヴェルレインさん、貴方が数年前から人間界に来ていたという噂は耳にしていました。教えてください……貴方の目的は何ですか⁉︎ やはり、他の魔法使いと同じように、魔女の宝玉(レーヴァテイン)を手に入れるためですか……?」


 レーヴァテイン……この人間界に潜伏してる魔法使いたちのほとんどが目的としている、原初の魔女ってやつの魔力が封じこめられた玉か。


「それは秘密――って言うほど隠すようなものでもないし、せっかく今日は頑張ったのだからご褒美がわりに教えてあげるわ。……ええ、シャルエッテちゃんの言った通り、私の目的はこの町のどこかに隠されているレーヴァテインを手に入れることよ」

 

「っ……⁉︎ どうして……魔女の一人とされるほどの高名な魔法使いである貴方が、なぜレーヴァテインを求めるのですか⁉︎」


「フフ、私がレーヴァテインを手に入れてそれを何に使うかまでは教えてあげない。……それに、あなたは勘違いしているみたいだけど、魔女は魔法使いにとっての最高峰ではあっても、限界点ではないのよ? 私以外にも、レーヴァテインを手に入れようとしている魔女はいるわ」


 さっきシャルエッテが言っていた五人の魔女……つまり、この女と同じレベルの魔法使いがあと四人はいるってことか……。


 その事実に恐怖はない。ただ、それぞれがどれほどの実力者なのだろうかと、未知に対する興奮はたしかにあった。


 ――喧嘩してみたい。可能なら、この女とだって今この場で戦ってみたい。


 だが……今この場にはシャルエッテの他に、魔法使いたちとは関係のない青葉もいる。この場で戦えば、自然と彼女も巻きこむ事になってしまう。


 ――俺はあくまで『元』不良。喧嘩するためではなく、守るためにこの力を使いたい。


 だから――、


「わりぃけど、もうここに用がねえならとっととどっかに行ってくれ。……俺が障害にもならないのなら、この場で俺たちと戦う意味はないんだろ?」


 ……遠回しではあるが、これは降伏の言葉でもあった。少なくとも、多少疲労がある状態でシャルエッテたちを守りながら彼女と戦える自信まではない。何より、先ほどまでゾンビ化していたこの学校の生徒や教師たちは未だ眠っているまま。彼らが動けない状況で、この学校を戦場にするわけにはいかなかった。


「……私との戦闘より、他人の安全を優先……といったところかしらね? ……本当に冷静な男。感心したわ。……ええ、たしかにこの場であなたと戦うメリットはさほど私にはないわ。……いえ、正確にはまだ利用価値があるかもしれないから、この場はあなたたちを生かす意味がある。……あなたとの戦いに興味はあるけれど、ここはあなたの目論み通りに退散してあげる」


 彼女はそう言うと、腰掛けていた窓の枠から静かに降りる。




「でも――――私たちはすぐにまた出会う事になるわ」




 突如、部屋の中に一陣の風が吹く。思わぬ風に目をつむってしまい、少しして再び目を開けると魔女――ヴェルレインの姿が消えていた。


「っ――⁉︎」


 直後――脳内に彼女の言葉がまるですぐそばでささやかれてるかのように、静かに響く。


『次会う時は、また面白い悪戯いたずらを考えているから、楽しみにしててね? 黒澤諏方、そして……シャルエッテ・ヴィラリーヌちゃん』


 脳内で響いたその言葉を最後に、ヴェルレインの気配は完全にこの場から消え去った。


「…………ふぅ」


 ヴェルレインがいなくなった事で、ようやく緊張状態から解放される。正直……馬金と戦っていた時よりも強い疲労を感じてしまっていた。


 くやしいが……その圧倒的な存在感だけで、彼女一人がこの空間の全てを支配していたのだ。


 日傘の魔女――ヴェルレイン・アンダースカイ。彼女はすぐにまた会う事になると言っていた。その時、果たして俺は彼女と戦う事になるのだろうか……。


 それが楽しみ――という気持ちと、白鐘たちを巻きこんでしまわないかという不安が俺の心に複雑に混じり合う。


「……シャルエッテ、大丈夫か?」


 隣にいたシャルエッテも緊張から解放されたためか、少しだけだがようやくリラックスした表情を見せてくれた。先ほどまで額を流れていた汗のせいで、彼女の髪も濡れてしまっている。


「……ごめんなさい、スガタさん。まさか……今回の件に魔女が関わっていただなんて予想外で……もし、ここで戦闘になっていたら、わたしは恐怖で何もできなかったかもしれません……」


「……気にすんな。俺も、目の前にいただけでアイツが今までのどの魔法使いよりも強いってのは感じ取れた。……あの女とはいずれ戦う事になるかもしれねえが、ひとまずは先に優先するべき事をやろうぜ」


 そう言って、俺は周囲を一通り見回した後、視線を青葉の方へと向ける。彼女は目の前の出来事を未だ理解できずに呆然としていたが、俺の視線に気づくと彼女もこちらに視線を向け、互いに見つめ合う形になる。


「……さっきまで半信半疑ではあったけど……本当に諏方お兄ちゃんなのね、あなたは」


「っ……」


 もうどう言い訳しても、これ以上ごまかす事ができないのはわかっている。それでも……すぐには彼女の質問に返答ができなかった。


「……先生、いろいろきたい事があるのはわかってるし、それにもちゃんと答えるつもりだけど……今はひとまず――」


「――わかってるわ。今はひとまず、ゾンビになっていたみんなを病院に連れていかなきゃ……でしょ?」


 疲れと混乱で弱々しくはあったが、彼女は久しぶりに笑顔を見せてくれた。その笑みに、俺は少しだけ安堵する。



 ――こうして二転三転はあったものの、陰湿な化学教師と魔女によって引き起こされたゾンビ騒動は、一旦の幕を閉じたのであった。

珍しくあとがきを少し


今回で総合100話に到達しました!

偶然ではありますが、100話目で今回の章で一番書きたかったお話が書けて感無量です

ここまで書けてこれたのもひとえに読んでくれている読者の皆さまのおかげです

全体のお話としてはまだ序盤も序盤なのですが、今後も読んでいただけたら幸いでございます


今後もよろしくお願いします!

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