第七話 生還の方策はあるか?
もし洞窟内で、それもモンスターが湧くような場所で迷子になったらどうなるか。考えるまでもないだろう。死ぬ。間違いなく死ぬ。飢え死にか、食われて死ぬか、それぐらいの違いしかあるまい。
勿論奇跡が二、三個重なれば生還もあり得る。だがここは異世界のダンジョン。甘い考えは希望にすらならないだろう。そしてそれは俺よりも、目の前の白い少女が一番良く分かっている様だった。
「ッ━━」
まるで甘い夢から覚めて、鬱々とした現実を直視した誰かの様な表情のソーニャ。実際、夢から覚めたのだろう。いや、むしろ先程までのソーニャは現実逃避の真っ最中だったのかも知れない。魔剣について朗々と語ったのも、俺に良くしたのも、全て現実逃避……なるほど、一応筋は通っている。
「っ……!」
チラリ、と。視線を投げればビクリと脅えた様な反応を返すソーニャ。杖を握り込む力が強くなったのを視界の端で捉えた。当たり前だが信用が無い。それとも内心の怒りが顔に出たか? あるいは俺が絶望して暴れだすとでも考えたのか。笑えるな。全く、お笑いだ。
「なるほど、それで?」
「えっ、と。それで、とは……?」
「俺もソーニャも帰り道を知らない。こんな洞窟で迷子……いや、遭難か? しかも周りは畜生どもがゴキブリの如くうじゃうじゃいる。なるほど、良くない。実に良くない。絶望的だ。……で? だからどうした」
「え……?」
状況が腹立たしくクソッタレな事なんざ今に始まった事ではない。何せ今日の目覚めから一時間と経たないうちに俺は腕をへし折られているのだ。むしろソーニャが癒しになってくれただけ好転したまである。遭難? 敵が多い? 絶望的? 今更だ。今更なんだよソーニャ。
「俺は行くぞ、ソーニャ。帰り道が分からんでも、俺は進む。絶望なんざクソ食らえだ。あんな畜生どもに絶望するぐらいなら、食い物になるぐらいなら、死ぬ最後の瞬間までアイツらに斬りかかる。俺はそうする」
なんだ、口にしてみれば今まで通りじゃないか。俺を食い物と嗤った畜生を刺し殺し、斬り殺し、踏み潰すだけ。少しどころではなくKAWAII思考に流され、仕舞いには目指すべき場所が全く分からなくなったが、結局俺のやる事は変わらない様だ。ふざけて騒ぐ暇すら無いとは、笑えるな? 笑え。キレて怒るぐらいなら、笑え俺。
「で、だ。ソーニャはどうする? 鞘も作ってくれたし、幾らか物も教わった。何かやりたい事があるなら手伝うぞ。目指す目的地も見失ったしな」
「私は……」
俺が勝手に思うに、ソーニャは立ち止まるタイプではあるまい。多少現実逃避もするし、休みもするが、それでも立ち止まったままというのは性に合わないタイプと見た。であれば、こう急かす様に語り掛ければ返ってくるはずだ。
一拍、二拍、瞬きして、目を閉じて、深く思考しているかの様に黙り込み、そして。
「私も、行きます。ちょっと見失って、少しだけ絶望しました。でも、まだ、やれます。私は師匠の弟子です。魔女見習いです。だから、やれます」
「……そっか」
紅い瞳が輝く。まだやれると。……良い光だ。
ソーニャは一度まぶたを下ろし、一拍してゆっくりと上げる。そして出会ったときと殆んど同じジト目気味の目で、しかし遥かに意思の強さを感じる瞳で俺を貫く。手伝えと。
「なら。差し当たって、どうする? 魔女見習いとして何か案はあるか? ないなら勝手にやるが」
「案……幾つか」
「ほう」
やはりこの白い少女は頼りになる。
ソーニャの小さめな、しかし確かな自信を感じる言葉に感心のため息を漏らしつつ、視線で先を促す。
「先ず自力での脱出を試みる事が考えられます。これは迷宮では一般的な方法ではありますが、事この状況では試みる事すら困難ですので、この手の方法は除外されます」
「と、いうと?」
「私は大変革に巻き込まれ、クーマさんは迷宮に召喚された為、お互いにこの迷宮が具体的にどこにあるのか、またどのような迷宮なのかを知りません。ですので脱出の為に上に行けば良いのか、下に行けば良いのか、それとも横か、あるいはそれ以外なのか、全く分からないのです。なので一般的な脱出は困難だと思います」
「なるほど、道理だな」
ソーニャの言う通りだ。俺はここがゲームにありがちな洞窟型ダンジョンだと認識しているが、だとしてもダンジョンの作りは様々。下りていくタイプが一般的だろうが、横に広がるタイプと上に登るタイプが無い訳ではない。ましてやゲームではなく、現実だというのなら……どんなタイプでもおかしくなく、また間違った過程は死に直結する。変な固定観念は捨てておこう。固定観念通り脱出の為に登っていたらより深く遭難しましたでは笑うに笑えん。
「なので案は大きく分けて二つ。一つ目は、救出や帰り道を知る他の探索者との遭遇を期待してサバイバルを行う事。二つ目は、特殊な帰還方に頼る事です」
「一つ目は、まぁ難しいだろう。俺はここまでソーニャ以外の生きた人間と会ってないし、ここはサバイバルするには難しい環境だ。他者の助けを期待するには望みが薄い……そうだな?」
「はい。私もそう考えました。大変革に巻き込まれた身でありますが、魔女見習いとしての感覚はここが相当に深い迷宮だと感じています。なので救出や他の探索者との遭遇は絶望的……他の探索者と会っても遭難者が増えるだけだと思います。そしてサバイバルも、その、洞窟型ではあまり現実的ではありません。そういった理由から、この方法はあまり現実的ではないです」
「深い、ね。……なら二つ目の特殊な方法とやらに期待が掛かる訳だが」
深い迷宮という不安を煽る単語を今更だなと口の中で転がした後、再度ソーニャに視線と言葉で先を促す。
特殊な方法とやらに自信が無いのか、あるいは何らかの機密なのか、ソーニャは少しだけ迷った様な様子を見せたものの、直ぐに意を決したのか口を開く。
「二つ目の特殊な方法。それは通称、魔女の通り道と呼ばれる帰還用の転移魔法陣を探し、使う事です」
「ふむ……」
魔女の通り道、帰還用の転移魔法陣。察するにゲームにありがちな外と行き来できるチェックポイントを、超凄い魔女様が魔女だけが知る特殊な方法で作った物といったところだろうか。なるほど、それを使えるなら生還も充分に可能だろう。出口を目指すよりも遥かに現実的だ。しかし、あれだな。
「それは、俺に話して良い内容なのか? 魔女の機密情報ではないのか?」
「いえ、魔女の通り道は一般にも知られた物です。機密なのはその作り方、式のほうですから。……ただ、一つ問題が」
「……聞こう」
イヤな予感をヒシヒシと感じつつも聞く覚悟を決めたのは好奇心か、それとも聞き手の使命か。
ソーニャは無表情を維持しつつもジト目の中で紅い瞳を揺らし、モフモフ尻尾が前から見て分かる程にダラリと下がる。申し訳なさそうに、まるで謝る様に。そして。
「魔女の通り道の気配を、全く感じられません。少なくともこの近くには無く、場合によっては……この迷宮に魔女の通り道が設置されていない可能性があります」
「……うん。うん? つまり、なんだ。その便利な魔女の通り道は使えない、と?」
「いえ、使えない訳ではないのです。ただ……」
「ただ?」
酷く言いよどむソーニャを急かす様に促す。
魔女見習いという製作者側の人間であるソーニャがその気配を感じ取れず、最悪設置されていない可能性があるという話。なるほど、それは分かった。魔女とはいえ人の作る物なのだ、そういう事もあるだろう。都会では百メートルごとに遭遇するらしい自動販売機も、田舎のあぜ道では一キロ歩いても遭遇しないのと同じ原理だ。なんならコンビニも無い。野草と無人販売所はある。……いや、違う。そういう話じゃない。
そんな風に俺の思考がかなりズレている間もソーニャは悩む様子のままで、暫くしてようやっとポツリと口を開く。
「えぇと、その、言い難い事なのですが……」
「構わない。スパッと言ってくれ」
「では。……先程言った通り魔女の通り道は近くにはありません。しかし、自力での脱出は困難。ですので私は魔女の通り道ないし、それが設置できる場所を探す事を主軸にしてはどうかと考えています。ただ、その、見つけるまでの間は、この迷宮の攻略と、その、サバイバルを行う事になりますが……」
「なるほど」
理解した。どうやらソーニャは二つ目の案である魔女の通り道を使った帰還を考えているようだ。しかし問題はその魔女の通り道が近くに無く、簡単には帰れない事。とはいえ自力で帰るよりは遥かにマシなので、この魔女の通り道を探して行動しようという事らしい。無いなら無いで作れそうな場所を見つけて作るから、と。
なるほど、実に現実的で実現可能な方法だ。ダンジョン攻略は勿論、サバイバルも現実的ではないが今更な話だし、なぜソーニャが言いよどんだのか分からないレベル。━━いや、もしかして俺が今更と流したところが問題なのか……?
「あの、良いんですか?」
「ん? 何がだ?」
「私が提案したのは未知の迷宮を当てもなく攻略をしつつの、サバイバルですよ!? ……非難、しないのですか?」
「? なぜ非難する必要が?」
「……え?」
「え?」
なにそれ怖い、ではなく。何か根本的なところで認識の食い違いが発生している気がする。
…………ふむ。やはり迷宮の攻略とサバイバル、俺が今更と流したコレが問題か? 迷宮の攻略なんてダンジョンなら当たり前。ソーニャと現実的ではないと同意したサバイバルも死ななきゃ安いの精神だったのだが……これは、そうだな。想定難易度が食い違っているのか?
「一つ、確認したいのだが」
「あ、はい。何でしょうか?」
「俺の迷宮に対する想定難易度は間違っているのか? 攻略もサバイバルも、魔女見習いのソーニャがいるなら楽勝……とまではいかないでも、それなりの安全マージンを確保しつつやれると考えていたんだが、違うのか?」
「それは、買い被り過ぎです。私一人では攻略もサバイバルも出来ません。三日と持たないでしょう。……クーマさんは迷宮に対する知識は?」
中々にショッキングな謙遜をするソーニャに迷宮に対する知識を聞かれ、反射的に勿論あると言いそうになってハタと気づく。俺の知識は地球世界由来の神話やゲームがソースで、この世界由来の知識ではないと。つまり、俺はこの世界の迷宮について何一つ知らないのだ。
そんな初歩的な事を今更気づいた俺は内心で自身を嗤って蹴飛ばしつつ、おとなしくゲロる事にした。
「いや、この世界の迷宮に関してはサッパリだな」
「……この世界? あぁ、なるほど。クーマさんは異世界人だったのですね」
俺を紅い視線で貫きつつ腑に落ちた様子のソーニャを見て、俺は自己紹介のタイミングでカミングアウトしてなかっただろうかと思ったが、直接は言ってない事を思い出して申し訳なくなる。恐らくそこで認識の食い違いが発生しているだろうから。
「えっと、どう説明したものか、私には分からないのですが……クーマさんの世界の迷宮よりも、この世界の迷宮は難易度が高い……いえ、質が悪い、と思います」
「……まぁ、そうだろうな」
最後は力無く推測を述べる様に、自身の考えを自信無さげに語るソーニャ。推測まみれで合っているか自信が無いと言わんばかりだったが、俺も同じ考えだと伝えるとジト目を見開いて意外そうに紅い視線をぶつけて来る。ケモミミまでこちらに向けて……そんなに意外か? 意外か。
「深く考えないだけで、言われて納得する程度には薄々分かってるんだよ。ここが楽観なんて出来やしない、ロクでもない場所だって事は。それと、ソーニャのその顔と今までの言い分を見るに……面倒くさいギミックがありそうだとも、な」
「ギミック……はい。あります」
ソーニャの断定にしかめっ面とため息を返しつつ、思う。そりゃそうだろうなと。
そもそもここが神話ベースのソレよりはゲームベースのソレに近い要素を持ち、そこに究極的なリアリティーを加えた事でダークな仕上がりになっているのは、魔剣を引っこ抜く前にはおおよそ分かっていた事だ。特殊なギミックの一つや二つはありそうだとも。
そして、今はその特殊で面倒くさいギミックがある事が確定した。知らない俺が迷宮攻略を今更と流せ、知っているソーニャが絶望に片足突っ込んだままの理由が。
「そのギミック、簡単でいい。説明出来るか?」
「はい。私の専門ですから……あぁ、いえ。その必要はなさそうです」
ソーニャの専門と聞いてまた地雷を踏んだかと戦慄したが、ソーニャの残念そうな声を聞いて別の意味で戦慄する事になった。
説明の必要が無い。それはどういう事なのかと俺が僅かに思案したとき、背後から音がする。
あり得ない。
俺の背後は壁だ。行き止まりだ。音がする要素がない。故にあり得ない。だが音がした。それはなぜか? ゆっくりと振り返る。
「……ん?」
「来ます。備えて下さい」
振り返っても変化を確かめられない俺と、変化を確かめられたらしいソーニャで反応が分かれた。俺は疑問符を浮かべ、ソーニャは杖の切っ先を壁に向けて構える。
音はした。しかし壁意外には何も無い。ダンジョンの壁という、破壊不能物質だろう存在以外は。何も。
━━あぁ、しかし何という事か。いや、俺は何も分かっていなかったのだ。
壁が崩れる。無意識に破壊不能だと決めつけたダンジョンの壁が、崩れる!
ボロボロと、脆い岩盤が崩れる様に壊れていく。それは行き止まりだった壁の中央から始まり、やがて行き止まりだった壁全体へと広がっていく。ボロボロと、ボロボロと、崩れて、そして。
向こう側が見えた。
「バカ、な……」
「敵は、いない。追加の変化……無し」
ソーニャの冷静そのものといった声音が、辛うじて俺を現実に引き留める。何も変わらない日常。今更な物事だと。
行き止まりだった壁はもう無い。ここは、ただの通路と化した。変化の始まりから終わりまで、三分と掛からずに。ダンジョンの地形が変わった。ダンジョンの地形が。
「ソーニャ」
「はい。何でしょうか?」
「これが、この世界の迷宮の、ギミックか」
嘘だと言って欲しい。こんな物がギミックなら、それも常設された物なら、攻略難易度は一気に跳ね上がる。サバイバルしつつのダンジョン攻略を今更と流せたのは、ダンジョンの地形は変わらないのだから、どこかに拠点を作って、そこを中心に少しずつマッピングすればいいと無意識下で思っていたからだ。
しかし、その前提が間違っていたなら。マッピングも、地図も役に立たず、拠点なんて作っても直ぐに役に立たなくなる。常に体当たりの攻略を要求されるダンジョンだったら。そう、日本人のゲーム好きらしくいえば……不思議のダンジョンだったなら。その攻略難易度は━━絶望的だ。
だから、どうか。そう願ったのが悪かったのか。ソーニャは無表情を顔に張り付けて、紅いジト目で俺を貫いて、答えてくれた。
「はい。これがこの世界の迷宮の、ごく普通のギミックです」
お分かり頂けましたか? そういわんばかりのソーニャに頷きを返す。
神は死んでいる、と。
◇
━━不思議のダンジョン。
これを最初に世界に打ち出したのは日本のあるゲーム会社だと言われている。デ……ふくよかな体型の商人のオッサンが登場するのが最初の一作目で、その後もこのコンシューマー用ローグライクゲームに分類される不思議のダンジョン系の作品は、続々と新作と派生品を発表し続け一つのジャンルを築くに至った。実際、ローグライクゲームと言われるとイメージすら出来ないが、不思議のダンジョンと言われると理解出来るという人は案外多い。
そんな不思議のダンジョン系だが……その特徴は幾つかある。ターン制であったり、恒久的な死……やられたら最初からやり直しであったり、食糧問題であったりだ。……しかし、一番の特徴は━━ランダムな環境生成。これだろう。ダンジョンに入る度に地形が変わる事で常に新鮮な気持ちでプレイ出来、難易度も上げられる。そんな理屈だったと思う。
ゲームなら、それで良かった。プレイヤーキャラが死んでも死ぬのは自分ではないからだ。しかし……今や死ぬのは自分自身。ハッキリ言おう。堪ったものでは無い。
「…………」
今や通路へと変貌した、つい数分前まで行き止まりだった壁を睨み付けながら思う。ふざけるな、と。誰が自分自身の命を賭けて不思議のダンジョンを攻略するものかと。しかし、今や俺に拒否権は無い。俺は自身の命を掛け金に、この地形が変わるという現実ならクソダンジョン間違いなしの不思議のダンジョンに挑み、生還しなければならない。
幸いにも味方は一人、それも飛びっきり優秀な子がいる。だが、それで何とかなるのか? ものの数分で地形が変わるんだぞ? マッピングなんてやるだけ無駄だし、今通って来た道が塞がる……なんなら敵の巣に繋がる事さえあるだろう。━━無理だ。あぁ、今ならソーニャの気持ちが良く分かる。絶望も、困惑も、自信の乱高下も、全て分かる。こんな場所で遭難すれば、そうもなる。生還の可能性なんて、ゼロに等しいのだから。
「……? クーマさん?」
不思議そうなソーニャの声が聞こえる。何がそんなに不思議なのかと思えば、手が魔剣の柄を掴んでいた。あぁ、これは不思議に思われても仕方ない。絶望しかかったからといって武器を手に持つ事で落ち着こうなんて、狂人のソレだ。笑える。笑える? 笑えない。笑え。
「っ! クーマさん!」
何かを注意するかの様なソーニャの声を聞き、感覚を伸ばせばこちらに飛んで来る飛翔体。矢だ。
視界の端でソーニャが厳しい表情で魔法的な何かを放とうとしているのを横目に、笑う様に息を一吐き。魔剣を鞘から引き抜き、眼前に迫る矢を魔剣の腹で打ち払う。かん高い金属音。粗末な矢は中ほどからポッキリと折れて地面に落ち、続く二発目は見えない。見えるのは新たに開けた通路の先にいた、弓持ちを含む多数のゴブリンらしき畜生ども。
嗤っていた。俺を、そして今はソーニャも、食い物としか見ていなかった。ただの獲物、ただの弱者、ただの肉の塊、そうとしか見ていないのが分かる。そうと分かる程に俺を、彼女を、嗤っていやがる。━━ふざけるな。
「笑うのは、俺だ━━」
そうだ。笑うのは俺だ。お前らじゃない。俺はまだ絶望しちゃいないんだ。お前らに嗤われる筋合いは、無い。
魔剣を懐に引き込む様に動かし、槍の如く構え、大きく踏み込む。狙うは俺を嗤った畜生ども。
「援護射撃、行きます!」
背後から鋭いソーニャの声。意識を後ろに持っていけば、ソーニャの十八番らしい氷の砲弾が放たれていた。一拍、俺の直ぐ横を氷弾が通り過ぎ、ゴブリンども目掛けて飛翔、着弾。直撃を受けたゴブリンは弾け飛び、炸裂した欠片を受けて多数が戦闘不能に陥った。無様にも。
「セェヤァァァアア!」
雄叫びを上げながら足を前へ、這いつくばったゴブリンを踏み抜きながら更に前へ、狙うはまだ無傷の畜生。そら、奥に幾らか体格のいい畜生がいた。リーダー格だろう。獲物は長剣。話にならん。一歩強めに踏み込んで、大きく飛ぶ。畜生が迎撃せんと構えるが、遅い。槍の如く構えた魔剣の切っ先が畜生の腹を上から切り裂き、血を啜る。
どこか満足そうな魔剣を引き抜き、クルリと辺りを見渡せばソーニャの氷弾が残敵掃討を始めていた。一撃の重さより連射性を優先したらしい拳程の礫が畜生どもを打ちのめし、撃破している。……これでは俺がサボっている様ではないか。
「ギャギャ」
「ギャ、ギャ!」
いや、どうやら仕事を探す必要はなさそうだ。ソーニャの機関銃の掃射じみた攻撃から逃れた畜生どもがこちらに走って来ている。そら、畜生どもが俺に気づいた。畜生どもが浮かべたのは、嘲笑。どういう精神構造なのか、この段でまだ俺を嗤うつもりの様だ。実に忌々しい。
あぁ、だが感謝せねばな。おかげで大事な事を思い出したのだから。
「そう、シンプルな話だ。……絶望し、立ち止まれば、殺される。しかもよりによって貴様らの様な畜生に!」
嗤って襲って来た畜生どもを突き殺しながら叫ぶ。お前らの様な奴に殺される気はないと。万が一死ぬ事があっても貴様らには殺されないし、嗤われる筋合いも無いと。━━だから。
「死ね。畜生ども。死に晒せぇぇぇええ!」
突いて、引いて、突いて、殺して、後ろに下がって、また突き殺す。
思えば簡単な事だった。遭難? モンスター? 地形が変わる? 関係無い。関係無いのだ。絶望し、立ち止まれば殺され、弔われる事なく嗤われるのだから。それが嫌なら戦うしかない。進み続けるしかない。
そうだ。進み続けろ。殺し続けろ。笑うのは、俺だ。
「ハッハァ!」
笑いにも似た叫びを上げながら突きを放ちながら下がり、二匹がタイミングを合わせて飛んで来たのを横薙ぎに払おうとして、魔剣が壁に接触する。直ぐ様腕の力を抜きつつ、後ろに大きく飛びながら舌打ち。興が削がれた気分だった。
さてどうするかとチラリと視線をやれば、ゴブリンが全滅している。どうやら俺に襲い掛かったのが最後だったらしく、奴らは背後から撃たれて死んでいた。……何だか、消化不良だ。
「……クーマさん」
「ソーニャ……?」
俺が消化不良な気分を無理矢理宥めていると、ソーニャが強張った顔で近づいてくる。ジト目が心なしつり上がっているし、怒っている様に見えた。なぜ? 今の一幕にマズイシーンがあっただろうか━━?