第六話 シリアス退け! ファッションチェックだ!
人にはそれぞれ何かしら好きな物があると思う。それは趣味の範疇で収まるものかも知れないし、趣味と呼ぶには逸脱するものかも知れない。メジャーなものではなく、マイナーなものであったりもするだろう。だが、もし他者からその好きな物について聞かれたとき……そのときどう対応したいかは、大体一致するはずだ。つまり、語りたいと。勿論実際に語るかどうかは人に寄るだろうし、中には隠しておきたい人もいるだろう。だが、それでも語りたいという欲求に関してはおよそ一致するはず。
さて、ここで問題だ。ソーニャの好きな物は何で、今俺は何を聞いたか? そしてソーニャは語るタイプか、隠すタイプか? もし語るタイプなら、どのレベルで語るのか? 答えは……我が身で知る事となった。
「━━マさん、クーマさん。聞いてますか?」
「あ、あぁ、聞いている。聞いているよ」
俺が手持ちの魔剣についてソーニャに聞いてからどれ程の時間が経ったのか。五分以下だとは思うが、体感では十分以上経ったような気もする。少なくとも警戒の為に一応と手に持っていた魔剣を、倒れない程度に地へと突き刺して手ぶらになる程度の時間が経ったのは間違いない。
あぁ、どうやらソーニャは魔剣に並々ならぬ興味があったらしく、静かに、しかし熱く激しく語ったのだ。その有り様たるや凄まじく、俺は目に見えている地雷を踏んだ兵士の気分だった。
「えぇ、ですから鞘無しの魔剣というのは非常に貴重なんです。何せ自身を縛る事を知らなければ、自身を偽る事も知らない、何も知らず、何の積み重ねも無い赤子の様な状態。どういう風にでも育てる事が出来、またこの状態であれば精神を侵食されこそすれ、食われる可能性は殆んどありません。大勢の人が、様々な要因で欲しがる状態なんです。しかしその需要に対して供給は殆んどされていません。何せ人が作ればその時点で何らかの思想を受けて積み重ねてしまいますし、迷宮で生まれても数日もすれば迷宮内の魔力に当てられてしまいますから。そういう点ではクーマさんは運が良かったと言えるでしょう」
「お? お、おう。そうだな」
どこか眠気漂うジト目気味の紅い瞳は見開かれ、爛々と輝くサーチライトに。ピコピコ動く白いモフモフケモミミは、俺を捉えて離さぬ鉄条網に。余り口数の多くない小さな口は、理解し辛い専門用語混じりの言葉を吐き出すガトリング砲に。
そして、あぁ、俺の全身は足下に地雷でもあるかの如く引きつり動かない。今の俺は十三階段を登った囚人だ。次の瞬間には三十ミリガトリング砲アヴェンジャーでミンチにされる運命なのだろう。あぁ、魔王の遺産が見えるぅ……
「んーしかし鞘が無いのはやはり危険です。抜き身の魔剣はそれだけで使用者の精神を蝕みますから。……クーマさん、何か変化を感じてはいませんか? 魔剣を手に取る前と、手に取った後で変わった事は? 今誰かを殺したいと思ったりは?」
「お゛うっ?」
自分がミンチにされる幻影に恐れていたせいか、ソーニャが何を聞いてきたのか一瞬分からなかった。
が、分からないのは一瞬だけで直ぐに脳ミソが動きだす。精神を蝕まれるとか、殺意の有無を直接聞いてくる辺りにツッコミたかったが、今は質問に答えるべきだろうと素早く回答を用意していく。後はそれを言うだけだ。
「あー……そうだな。……少し好戦的になった気がする。後は、戦い方か? 前からあんなに上手く戦えれたとは思えないかな。それと殺意は特に感じて無い」
「ふむ、なるほど。やはり何らかの侵食現象が発生しているようですね。しかし殺意が無いのは……やはり魔剣が生まれたばかりで純粋だから? いえ、あるいは波長が合った? それとも元から魔に対する適性が? でも戦い方が上手くなったというのはどう見れば━━」
時折ブツブツと専門用語的な何かを口走りながらも、ソーニャは深く思考している様で一気に静かになる。
平和が訪れた。実に静かだ。ソーニャも時折ピクピクとケモミミを動かすのみで、その整った顔は爛々と輝く瞳を覗いて動かず、癖で顎に当てたのだろう雪の様な手も動いていない。完全に近い静だ。
いや、違う。モフモフ尻尾がパタパタと揺れている。……まさか、嬉しいのか? 何が? そりゃ魔剣についてだろうが━━あぁ、これはあれだ。筋金入りのオタクだ。それも好きが高じて大学教授になっちゃうレベルの。なんならそのまま偉業を成し遂げるタイプ。うん、そっとしておこう。なに、その手タイプは頼り方さえ間違えなければ非常に頼りになるのは間違いないし、このまま思考さえておいた方が良いだろう。それにこうして黙っているソーニャは良くできたお人形さんの様で、不思議な魅力がある。
「━━ん、違う。そうじゃなくて……これも違う。大きな魔力変動は観測されてない。━━違う、しっくりこない。……駄目。それじゃ大変革との整合性が取れない━━」
考えが纏まってきたのか、ソーニャの口数が多くなる。とはいえまだこれという結論は出ていない様子。ならば、是非ゆっくりと自由に思考して欲しい。万が一邪魔者がくるなら始末しておくので。
ポツリポツリとたまに思考が漏れて何かを呟くソーニャと、邪魔者が来てないだろうかと部屋へと続く通路を交互に……ソーニャ八割であったが、それでも交互に見ながら過ごす事暫し。未だに答えは出る気配がイマイチ無く、邪魔者も『せいすい』系統らしい宝石が仕事をしているのかまるで来ない。何がいいたいかといえば、暇だ。そして暇になるとアホな事を考え出すのが人というモノ。
「そうだ、師匠なら何ていうか━━」
何やら思い付いたのか更に深く潜った様子のソーニャを見つつ、改めて思う。美少女だよな、と。
お前ここがダンジョン内だって分かってるのかとツッコミの蹴りを入れたくなる思考であったが……悲しいかな、俺の脳ミソは暇に飽きてその思考を受け入れてしまった。
そうなると気になるのはソーニャ自身。例えば整った可愛らしい顔立ちとか、雪の様な白くサラリとした長い白髪とか、爛々と輝く紅い瞳……は今はスルーして、白いケモミミとか、モフモフ尻尾とか━━そういったチャームポイントを失礼にならない程度に自重しつつボケーと見て、思う訳だ。美少女だなと。その蹴り殺されるべき行為と思考は、脳内の俺に拍手喝采で歓迎された。死ね。
「うん、きっとそう言う。だったら━━」
そうしてボケッと過ごしていると別のモノも見えてくる。例えば頑丈そうなフード付きのマントとか、俺の持ってる巾着と同じ『ふくろ』系統だろう黒地のウェストポーチとか、足場が地味に悪いダンジョン内を歩く事を前提としつつ、防御力も考慮しただろう実用的な印象を受ける黒いロングブーツとかだ。
それ以外にも着心地も良さそうな暗色系のキチッとしたシャツ、足の邪魔にならないように実用性を鑑みただろう暗色系のプリーツミニスカート、丈の短いスカートで隠せなかった素肌を覆う為だろう黒のサイハイソックス。そしてなにより、ミニスカとニーソが醸し出す絶対領域の白き眩しさは俺をデロデロに溶かしてくる。凄まじい。
あぁ、全体的に暗めというか黒いコーディネートなのはこの薄暗い洞窟内での迷彩効果を狙ったのだろう。地味に成りがちな色合いではあるが、ソーニャの場合本人が白いので逆に個性的になっている。白と黒のモノトーンがお互いを強調しあっているのだ。これが女子力……いや、実用性と防御力を考えている辺り女子力(物理)か? 流石だ。脳内の俺らも拍手喝采スタンディングオベーション……いや、貴様らは死ね。
「━━クーマさん」
「んん、何だ?」
「その魔剣の鞘を作ろうと思います。良いですか?」
「それは、ありがたいが。良いのか?」
「はい」
「そうか。なら、頼む」
ソーニャの突然の申し出に、俺は脳内妄想を軒並みジェノサイドして了承を返す。鞘も無く、いつまでも抜き身の剣を持ち続けるのもアレだったので、ソーニャの提案は渡りに船だったのだ。
ソーニャは俺の了承にモフモフ尻尾をパタパタと振り回しながら頷きを返し、ウェストポーチをゴソゴソとあたりだす。そうして出てくるのは幾つかのアイテム。手のひらサイズの金属らしいインゴットに、銀色の液体が入った試験管が三本と、ひし形の宝石のような何か。
「軽鉱石と水銀に流体金属。それと高純度の魔女の魔石です。流体金属と魔石は師匠から今回の探索用にと貰った物なんです。……ひょっとしたら、師匠には全て見えてたのかも知れません」
「そ、そうか」
何が見えていたというのか、それらファンタジーな代物で何をしようというのか、その宝石みたいなのは魔石というのか。疑問、疑問、理解とぐちゃぐちゃな心境を無理やり納得させ、吃りながらもそれらしく同意を返す。変に物を聞いては事態が悪化すると。
果たしてソーニャは俺の返答に満足したのか、それとも最初っから気にもしてないのか、黙々と作業を進める。
魔石が溶けて光と成り、試験管から水銀と流体金属とやらが飛び出してそれに交わる。そうして光の煌めきに魅せられていると、いつの間に金属のインゴットも粒子となってそれに加わっていた。俺はそれを呆然と見て、ソーニャは瞳に真剣さを宿してそれを見つめる。一拍、ソーニャが手を光の中へと差し込んだ。そしてクルリ、グルリと何かを始める。クルリクルリグルリ、ソーニャが光を掻き回す度に光が収まっていく。それはまるで大釜をかき混ぜる様に。そして、光が収束する。
「……出来ました」
フゥ、と。小さく息を吐きながら、ソーニャはソレを両手で抱えながら俺に差し出してくる。ソーニャの髪色と同じ様な、雪の様に真っ白なソレは、鞘だ。俺の持つバスタードソードクラスの大きめな魔剣を入れるに足る大きめの鞘。
俺はフラリとその鞘を片手で受け取り、もう片方の手で地に突き刺していた魔剣を引っこ抜き、鞘へと入れていく。抵抗は、切っ先で少しだけ。躊躇う様に。後はスルリとスムーズに収まった。サイズも丁度良い様だ。暗い赤色の柄が満足そうに見えるのは錯覚か。
「どう、ですか?」
「うん。良いと思う」
「良かった……」
ホッと一息吐くソーニャを脇目に見ながら、俺はこの鞘をどう装備したものかと思い悩む。何せ剣のサイズがサイズだけに腰に付けるには些か大き過ぎるし、かといって背に背負ってもいざというとき素早く抜ける気がしない。しかし作って貰っておきながら使わないというのは不義理に過ぎる。
さて、どうしたものかと考えようとしたとき、ソーニャの爛々とした紅い視線が突き刺さる。自慢の品を語りたいと。うん、あぁ、これは……覚悟が要るな。
「あー、この鞘には何か仕掛けがあるのか?」
「はい。幾つか。一番大きなものは魔剣を封じる効果ですね。今後も使用していく事を前提としたので完全に封じるのではなく、怨みや呪いなどを溜め込ませず、放出する事で成長先を補正する方向性で式を編みました。これにより魔剣を扱うデメリットが軽少されます」
「つまり、なんだ。この魔剣が原因で身を滅ぼす事は無くなったと、そういう事なのか?」
「いえ、その……すみません。そこまでではないんです。あくまでも補正するだけですから、突き抜けられると意味を成しません。ただ、クーマさんはある程度魔剣を使いこなしてしましたし、適性もあって関係性も良好、魔剣も生まれたてなのでコレがベストだと思いまして……駄目、でしたか?」
「あーいや……」
ズルいなーズルいなーその言い方はズルいなー上目遣いはトドメだな? いや、自然とそうなっただけか。うん、俺の負けだね。分かってる。
それに、ソーニャの考えはなんら間違っていない。俺は今後も、それこそ身を滅ぼす事になろうとも魔剣をメインウェポンに使うつもりで、だからこそ厳重に縛るのではなく、補正をかけるというのはありがたい方向性なのだ。そういう訳だから、まぁ。
「大丈夫だ。問題ない」
フラグ臭い事を言いながら、俺は何となしに鞘に収まった魔剣を背に持っていく。するとどういう訳か鞘の方からスルリと白いベルトの様な物が伸びて来て、鞘を俺の背に固定する。これはどういうファンタジーな事かとソーニャを見れば、瞳とケモミミ以外は無表情……いや、心なし口元が緩んでいる。その分かりにくい笑みが実験が上手くいった科学者のソレ。どうやら、あらかじめ織り込んでいた機能らしい。
「ふむ……」
「どうですか?」
「良い感じだ。……しかし抜刀しようとすると鞘が無くなる感じがするんだが、これは?」
「そのサイズだと抜くのにも苦労するだろうと思ったので、鞘の側で使い手の意思を読んで部分的に構成が変化し、穴が開く作りにしたみました。……もしかして、余計でしたか? その、タイムラグもありますし」
「いや、ありがたい。助かった」
要するにあれだろ? アクションゲーでありがちな鞘無視抜刀術が出来るって事だろ。抜刀時に鞘の判定が無くなるアレ。それをファンタジーな技術で可能にした訳だ。SMS、ソーニャマジ凄い。
「よっ、と」
「……問題なさそうですね」
「あぁ、スムーズだ」
柄を握り、鞘を半ば無視して抜刀、構える。ここまで実にスムーズだった。タイムラグは言われなければ気づかないレベルで、鞘に収める際も非常にスムーズだ。
そしてこうして格好付けてみると気になるのが俺の防具。ソーニャが実用性と見た目の両立を見せているのに対し、俺はダンジョンにおける実用性が怪しく見た目も芋いジャージだ。うん、実に良くない。台無しだ。服屋はどこだ? 地上か。ならば出口はどこだ? 知らん。しかしソーニャは知っているだろう。ここまで博識かつ腕の良さを見せつけてくれたのだ。間違いない。
そんな思考を経て、図らずもソーニャと出会う前の目的に立ち返った俺はソーニャに問うて見る事にする。
「そういえば、だ。ソーニャ、出口がどこか知っているか?」
ノータイムで返事が返ってくると確信していた俺は気軽にそう尋ねた。しかし返事が返って来ない。不思議に思いながら魔剣を鞘に収め、ソーニャの方を見てみればそうと分かる程に申し訳なさそうな顔。無表情がデフォルトだった事を思えばかなり珍しい表情だ。……まさか。
「申し訳ないのですが……私は知らないのです。迷宮を調査中に大変革に巻き込まれたので。…………すみません」
ケモミミをしょげらせ、うつ向くソーニャ。責める事は、出来ない。
しかし、頼りになる白い少女が俺と同じ迷子という不意討ちのショックは……些か以上に大きい。何せ俺の死に場所がここだという可能性が、顔を覗かせたのだから。