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第五話 ケモミミ美少女の前にシリアスなど無力ゥ!

「片付いた、か?」

「……周辺に反応無し。間違いないみたいです」


 俺が最後の一匹らしきゴブリンを始末して直ぐ。紅い瞳の彼女と俺は死体の少ない場所で手早く合流し、暫くそれぞれの方法で辺りの様子を探って安全の確認をしていた。

 結果は白。周囲の安全が確保された事をお互いに確認し、二人息を吐いて呼吸を落ち着ける。そうすると今まで気にもならなかった鉄臭い血の臭いが気になるが……まぁ、些細な事だろう。生き残った事に比べれば、俺以外の生きた人間に出会えた事を思えば。


「くっ、ぅうあぁぁ、疲れたぁ……」


 連戦続きの戦闘が終了し、周囲の安全が確保され、味方と見て問題ない他者が居るせいか、今まで感じもしなかった疲れがドッと表に出てきた。俺はたまらず重く感じられた魔剣を地に突き立てて寄りかかり、だらしなく息を吐いて疲れを誤魔化そうと試みる。


「そう、ですね……」


 そしてそれは彼女も同じだったのだろう。戦っているときには気づかなかった、装飾のあしらわれた装備品らしい杖に寄りかかる様にして息を整えていた。

 何気なく、本当に何気なくその様子を見つめていると、戦闘中には分からなかった物が見えてくる。

 例えば杖やフード等の装備品。それらが粗末な代物ではなく、むしろ高級な……それもファンタジーチックな品である事が見て取れた。杖は宝玉らしき物が先端付近に一つ、それを強調するかの様に魔方陣じみた幾何学模様が先端部を中心としてほぼ全体に描かれており、RPG系のゲームに出てくる魔法使いの杖といったところ。そしてどうやらマントと一体になっているらしいフードの生地は丈夫そうで、着心地よりも実用性が高そうな代物だ。どちらもこのダンジョンでの使用を前提にした物なのだろう。

 ……あぁ、いい加減断言しよう。ここは異世界だ。それもファンタジー世界のソレ。これは先程見た魔法と合わせて、間違いないと言える。……まぁ、そんな情報が今更何だというんだ! 等と言われればその通りとしかいえない、本当に今更な断言なのだが。


「殆んど確信してたから、今更何かが変わる訳でもないしなぁ……」

「どうかしましたか?」

「いんや、独り言だ。気にしないでくれ。うん」

「はぁ……?」


 コテン、と小首を傾げる紅い瞳の彼女。フードが邪魔でイマイチ動きを見れなかったが、やはり中身は少女なのだろうと思える動きだった。

 背丈も俺の首筋まで届いていない……目測で百六十センチ弱、それも丈夫そうなブーツ等の装備品込みの数値だから実際は百五十センチ強。そんな背丈だから中身の確信はより一層深まっていく。

 そうなると気になるのがフードの下の素顔だが……フードを取って見せてくれと言うのは不躾だろうか? 不躾だな。しかし見てみたい。見てみたいが不興は買いたくない。

 果たしてそんな俺の思考を読んだのか。目の前の少女がフードに手を掛ける。まさか……ッ!?


「ふぅ、やっぱりこのフードは蒸れますね……どうかしましたか?」

「い、いいやや! いや! 何でもない!」

「?」


 パサリと下ろされたフードの下に居たのは、白いケモミミ少女だった。

 フードの下にまとめていたのだろう。少女は腰程まで届く長い髪をフワリと外に広げる。その色は新雪の様な白。サラリと流れるその白髪に目を見張り、そして目を奪われるのはピコピコクリクリと動く、これまた白いケモミミ。かのケモミミは何ともいえないモフモフで、しかしどこか凛とした雰囲気を放っていた。一番近いのは……狼だろうか? そう思案しかけた俺の視界の端でスルリフワリと何かが動く。一体今度は何事だとそちらを見れば、そこで動くのは狼のソレに似た純白のモフモフ尻尾。ゆるりゆるりと動く魅惑の尻尾がマントを押し退けて姿を表していたのだ!

 雪の様に綺麗な白髪、ピコピコ動く愛らしい狼耳、ゆるりフワリとこちらを誘う尻尾。俺の視線が一体何度それらを往復したか━━ピタリと動きが止まる。魅惑の尻尾はその殆んどがマントに隠れ、ケモミミもこちらを向き、まるで威嚇するかの様にその動きを止めてしまっていたのだ。そうして気づくのは彼女のジト目気味の紅い視線。


「あの、私に何か……おかしなところでも?」

「い、いや、その……」


 あまり表情を変えずに、しかしそうと分かる程度には心底不思議そうに、少女は宝石の様なすんだ紅い瞳を向けて俺に問う。

 答えられない。答えられる訳がない……! いくらケモミミとはいえ、ケモミミとはいえ! 長々と直視し続けるなんて、ただのセクハラなのだからっ……!

 や、ヤメロ、そんな純粋な目で俺を見るな。見ないでくれ……! 俺はただ、ただ、やったぜケモミミだ。ファンタジーヒャッハー意識がトリップするぜーとかアホな事してただけなんだ……!


「……?」


 あああぁぁアアアアア!? 駄目だ、耐えられない! そんな純粋な疑問顔を俺にぶつけないでくれぇ……あぁ、ケモミミ美少女の純粋さに浄化されるぅぅぅ。

 だ、駄目だ落ち着け落ち着くんだこんなところで浄化されるな魔剣で暴れ回ってた狂戦士魂よ帰って来るんだあの荒ぶる心はどこにいったあぁヤメロそんな可愛らしく悩まないでくれもうこうなったらゴブリンでもオーガでもドラゴンでも構わないからこの視線から助けてくれぇぇぇ!


「あぁ、そうですね。一度ここから離れましょうか。そろそろ血の匂いに釣られて、新手の魔物が寄ってくるでしょうし」

「うん、そうだな」


 幸いにもというべきか、白い少女は俺の邪なアレコレを指摘する事もなく、このモンスターの死体だらけで血生臭い場所からの移動を提案してくれる。勿論即答で乗っかった。

 白い少女は二歩、三歩と歩き、チラリとこちらを振り返る。ついて来ないの? そう言わんばかりに。どこか自信無さげなのは、ペタンと伏せたケモミミのせいか。それとも無表情に近い整った顔の中で唯一揺れる紅い瞳のせいか。どちらにせよ、俺も足を動かすべきだろう。

 だが、その前に一つ聞いておくか。


「今行く。……方向は、そちらで良いか?」

「はい。あちらは行き止まりでしたから、落ち着いて話をするのに丁度良いかと。勿論、出くわす魔物次第で追い詰められる危険性もありますが……駄目、でしょうか」

「大丈夫だ。問題ない」


 自信を持って断言したのが良かったのか、白い少女は小さくホッと一息吐く。

 ……早まった? いやいや、あんな風に聞かれて駄目と言える訳がない。ましてやメリットもデメリットもちゃんと分かっているんだ。それなら多少のデメリットくらいこの魔剣で叩き斬って見せねばなぁ!? よーし調子出てきたぜ。もうどもったりもしない。完璧に落ち着いた。おれはしょうきにもどった! ……いや、それじや駄目じゃん。

 そんなアホな思考をコロコロと転がしながら、白い少女の半歩後ろを歩く。剣持ちらしく前へ出る事も考えたが、この先は行き止まりだと言うし、敵が来るなら後ろからだと思い直してのこの立ち位置だ。実に現実的かつマトモな理由だと思う。チラリチラリとマントの端から覗く純白のモフモフ尻尾が眩しい。


「ここです。少し待って下さい」

「あぁ、了解だ」


 俺がチラリズムに浸っているうちに、いつの間にか通路の行き止まりへと辿り着いていたらしい。白い少女は立ち止まるなりそう言って、腰に巻いていたらしい黒地のウェストポーチからひし形の宝石の様な何かを取り出し、手を当てて魔法的な何事かをした後に地面へと丁寧に転がす。

 地面に転がった宝石じみたソイツはポウッと穏やかな光を放ち、数センチ程浮遊して動きを止めた。実にファンタジーな光景だが……何の役に立つのだろうか?


「これで魔物に見つかりにくくなりました。……気休め程度では、ありますが」

「いや、ありがたい。充分凄いと思う」


 どこか謙遜する様な、申し訳ない様な様子の白い少女に素直な感謝と称賛を送る。要するにこの宝石一つでゲームでありがちな『せいすい』系統の役割を常時行えるというのだから、お世辞を考える必要もなかった。むしろそう申し訳なさそうにされると、逆にこちらが申し訳なくなるぐらいだ。

 それに空気の読めないのが来たなら来たで斬ればいいだけだしな。だから、そうしょげないで欲しい。たぶん他の何かと比べてるのだとは思うが……


「では、先ずお礼を言わせて下さい。貴方が来なければかなりマズイ状況になっていたでしょうから。本当に、ありがとうございます」


 そう言ってペコリと頭を下げる白い少女。頭の動きに合わせてサラリと動く白髪が眩しい……ではなく。


「いや、そう言ってくれるとこちらもありがたい。余計な事をした気もしていたからな」

「いえ、助かりました。ああも連携されると式を編む暇もないので。良い遊撃でした」

「……そうか?」

「はい」


 一応邪魔にはならないように注意していたとはいえ、殆んど好きに暴れ回っただけだったのだが……そう言われると悪い気はしない。鼻が伸びそうだ。


「あぁ、そして遅ればせながら自己紹介を。私はソーニャ・ヴォールク。氷の魔女の弟子の一人です。今回は迷宮調査団のオブザーバーとしてダンジョンに潜っていました」


 これは、何というか。白い少女……ソーニャはかなりの大物であるらしい。氷の魔女というのは例の手帳にも出てきた何か凄そうな人であるし、調査団のオブザーバーというのもまた凄い。日本で例えるなら……そう、一般人でも知ってる様な超有名な科学者の弟子で、大学教授とかがもりもり集まった集団でも頼られる存在、といったところだろうか。しかも恐らく高校生以下、それこそ中学生程だろう年齢で。うん、超凄いな。SMS、ソーニャちゃんマジ凄い。

 ……しかし、潜っていました? 過去形? 今は違うのだろうか? そう思案しかける俺に待ったを掛ける様にソーニャが俺を見つめていた。貴方は? と。これは、質問より答えるのが先だろう。


「俺は東十空真(とうじゅうくうま)。一般人、だと思う。あー、いや、違うんだ。実は気づいたらこの迷宮? の中に居てな。モンスターぶちのめしたり逃げたりしてコイツを引っこ抜いて……えっと、ヴォールクさんと出会った次第なんだ」

「…………」


 空いている片手を顎に持っていき、小首を傾げながら何やら思案している様子のソーニャ。

 暫く続く重い沈黙に、記憶喪失だとでも惚ければ良かっただろうかと今更ながら軽く後悔するが、そんな事しても絶対ボロが出るし、ソーニャのすんだ紅い瞳に三秒と見つめられれば全てゲロだろうから無意味な後悔だと蹴り飛ばす。どうせゲロるなら最初にやった方が潔いと。

 しかしソーニャの沈黙は思ったより長い。まさかギルティ判定、それも死刑なのか? だとしたら俺はどうすべなのか。そんなとりとめもない事を考え出した頃、ソーニャが手を下ろす。判決が出たらしい。ケジメか。


「話は、分かりました。えっと、トージュウが名前でいいのでしょうか? トージュウさん?」

「あぁいや、クウマが名前だ。トウジュウが名字になるな」

「なるほど。東方風の名前なんですね。ではクーマさん。貴方は恐らく、迷宮に召喚されたのではないかと思います」


 うむ、美少女に名前を呼んで貰えると何だかゾクゾクするな。何か発音が微妙に違うケド。まぁ、誤差だ。俺も時々伸ばすし。

 え? 召喚? 今更じゃろ。ここファンタジー世界だし。まぁ、迷宮『に』召喚されたというのは気になるが。


「時々あるんです。迷宮が人を召喚する事が。一体なぜ、何の為に、どうやっているのかは一切不明ですが……いつの間にか迷宮にいたというのなら、まずそれで間違いなかと」

「なるほど。つまり俺は運が悪かったと?」

「恐らく」


 コクリと小さく頷くソーニャになら仕方ないなーと軽く納得する。KAWAIIに流されている気がするが、日本に戻る気も無いしどうでもいい。ヤバい方法で召喚されたなら気にもなるが、そうでもないらしいし。

 俺がそんな風に独り納得していると、紅い視線が刺さる。突き刺さった先は……魔剣だ。やはり、マズイ物なのか? 今更手離せないんだが。


「……その剣、魔剣ですよね。鞘はどうされましたか?」

「たぶんそうだろうな。で、鞘か? そんな物は無かったな。抜き身で突き刺さってた」

「それは、確かですか?」

「あぁ、間違いない」


 俺が断言するとソーニャはフラリと一歩前に進み出る。まるで夢遊病の様に。……まさか、魅入られたのか?

 そう不安に駆られる俺を余所に、ソーニャはそれ以上魔剣に近寄らず、ただジッと視線を投げ続ける。それは暫く続いたが、やがて。


「凄い。殆んど積み重ねがない。怨みも、呪いも、大して無い。これが昨日今日生まれたばかりの、魔剣」

「あー、ヴォールクさん?」

「っ! 失礼しました。珍しい物だったので、つい」


 ソーニャの小さな呟きに何やら怪しい気配を感じて呼び止めてみたが、ピンッと警戒したケモミミが次の瞬間しゅるしゅると萎むというレアな物を見れた。眼福。眼福。

 ん? ソーニャが何やら言いたそうな顔とジト目を……まさかケモミミで癒されたのがバレたのか!? 見てはいけなかったのか!?


「あの、クーマさん。私の呼び名、ソーニャでいいですよ。東方ではそういう呼び方が普通だと聞きますが、こちらは違うので。それにヴォールク呼びはどうにも……その、慣れないので。出来ればそちらでお願いします」


 違った。助かった。むしろ嬉しい。

 しかし東方という場所は日本に似ているんだな。そしてこちらは欧州寄りと。しかしだからといって呼び捨てはマズイだろうし、ここは。


「なるほど。では、あー、ソーニャさん?」

「呼び捨てでいいです。そちらが年上ですし、ここは迷宮。敬称を呼ぶ手間は省けるなら省いた方が良いと師匠が言ってました」

「尤もな話だな。あー……ソーニャ?」

「はい」

「ソーニャ」

「はい」


 イイ! これイイ! ……お、落ち着け。落ち着くんだこの、バカヤロウ! これじゃあただのHENTAIじゃないか! ほら、ソーニャも少し不思議そうにしている! 分かりにくいけどな! トゥ! ヘァー! いや、マジで落ち着け。幾らケモミミ美少女の名前を呼び捨てするのがジャスティス! だったとしても限度はある。せめて理由を、何かマトモな理由を━━砕けて閃け、俺の脳細胞!


「あー、そういえばこの魔剣は珍しいといっていたが、どう珍しいんだ? 俺はよく分からないんだが。デメリットとか分かるなら教えて欲しい」

「っ!」


 苦し紛れの俺の質問に、ソーニャは今までの様子からすれば過剰と思える程に反応した。そう、そのときのソーニャに効果音を付けるなら、それこそ段ボールをひっぺがされた伝説の傭兵の如く、実に派手な効果音と感嘆符になったと思える程に。

 ケモミミは嬉しそうに立ち上がり、純白モフモフ尻尾はブンブンと激しく左右に振られ、顔は相変わらず殆んど無表情なままだが、ジト目気味だった紅い眼が見開かれ、爛々と輝いているのだ。


 そして俺は直感で悟る。あぁ地雷踏んだな、と。


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