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第三話 進む先はどこか

 斬って、捨てて。薙いで、払って。蹴って、追撃。

 魔剣を振るう度に俺を脅かしていた畜生どもが倒れ、贄となる。

 両断し、切り上げて、袈裟斬りにし、首を跳ね、叩き潰す。血は出ない。全て啜られて贄となる。ゴブリンだろうと、オーガだろうと、関係無い。魔剣の力の前には無力だ。全てが贄となる。

 そら、今もまた一匹のモンスターが袈裟斬りにされ、贄となった。


「ハハッ……」


 笑いが出る。おかしくて仕方ない。

 あれほど強力で脅威的だったモンスターがゴミの様に死んでいくのだ。全ては魔剣の力で、俺の力ではないが……それでも通快だった。


「……ん?」


 唐突に視界から血の様な薄い赤みが取れ、フッと力が抜ける。

 気づけば俺の周りにモンスターは一匹も居なくなっていた。転がっているのは死体ばかり……全滅だ。


「…………」


 沈黙が場に降りる。実感がイマイチ湧かない。

 モンスターが全滅。なるほど、魔剣の力だ。凄まじかった。完全に我を忘れて暴れただけでこれだ。凄まじいとしかいいようがない。

 クルリ、と。辺りを見回すが、見えるのはモンスターの死体ばかりで敵らしき姿は見えない。おそらく安全だろう。

 モンスターは全滅。周囲に危険は無く安全。つまり……?


「……あぁ、そうか。勝って、生き残ったのか」


 ようやくというべきか。実感が追い付いてくる。

 モンスターが全滅し、周囲が安全なら、それは俺の勝利であり、生き残ったという事だろうと。死なずに済んだのだ、と。

 そう安心して気が抜けたせいだろう。カクン、と。唐突に力が抜け、重い音を立てて魔剣の切っ先が地面にぶつかった。戦っている最中は気にもならなかった魔剣の重さが、嫌に重く感じられる。その感覚は良いモノではなかったが、しかし、これ以上なく生きてる実感を与えてくれていた。


「はっ……」


 息を吐く様な笑いが出る。何がおかしいのか? およそ全てだ。

 無様に贄となったモンスター、それらを喰らい尽くした魔剣、絶体絶命からの大逆転、こんな状況で感じる生の実感、死ななかった事実、何より……これを成したのが自分だという現実は笑えて仕方ない。

 全く、笑うしかない。あぁ、笑うしかないさ。

 折れたはずの左腕もいつの間にか治っているし、全てが夢かナニカの様で笑える。笑えよ。それ以外にやりようなんてないだろ。


「……血」


 自虐する様に笑おうとした俺の視界に、魔剣が啜り損ねたらしい血が映る。そして鼻につく鉄臭い嫌な臭いも。

 ふと、血の匂いに寄ってくる獣の話を思い出した。このままでは新たな敵がやって来てしまうだろう。


「…………移動するか」


 迷いはホンの少しだけ長く、しかし直ぐに決断した。魔剣さえあれば獣だろうが鬼だろうが全く気にもならないが、避けれるに越した事はないだろうと。

 畜生どもの死体を避けて歩きながら、魔剣を元の場所に返そうかと少ーしだけ思わないでもなかったが、魔剣が無い状態で畜生どもと遭遇したときの事を思えばその考えは直ぐに蹴飛ばされた。それに故人の物を拝借した後なのだし、その手の話は今更だ。もっとも、この魔剣は故人の物というより……宝物の類いの気がするが。


「宝物、宝物か」


 この魔剣が宝物? なるほど、確かにあり得る話だ。いかにもな扉二枚は実にそれらしい。

 しかし、と。破壊された扉から外の通路へと出て思う。鍵も守りも無いのに宝物は言い過ぎではなかろうかと。だいたい場所も場所だ。こんなモンスターだらけの洞窟の中に宝物を隠す物好きが居るか? そんな可能性よりもまだRPG系のゲームで有りがちなドロップアイテムだと言われた方が納得できる。特に一回だけ入手できる宝箱系のソレ。


「ゲームの宝箱、か。それにあのモンスターども……まさか、なぁ?」


 まさかの可能性だ。俺自身半信半疑……いや、殆んど傾いてしまっているが、それでも完全には信じれてはいない。

 つまり、この洞窟はRPG系ゲームでよくあるダンジョンで、モンスターどもはそこの敵、魔剣はそこの宝箱から出てくるアイテムではなかろうかと。要するにここは、異世界ではないだろうか、と。

 有り得ない話だ。しかし、本当に有り得ないのかと言われれば即答は出来ない。神隠しなんて昔からある話だし、最近はSFでよくある様なワープの実現に目処が立ったという噂さえある。それに……腕が折られたときの痛みも、今感じている魔剣の重みも現実だ。であるならば、ここが異世界のダンジョンだという可能性は非常に高いのではないだろうか? 少なくとも、大マジメに検討してもいい程度には。


「はっ、仮にそうだとしたらトンでもないハードモードだな。チュートリアルがコレとは……それとも、チュートリアルがあっただけマシなのか?」


 もしコレがゲームならチュートリアルすら突破できない奴が続出するクソゲーだなと、そんなバカな想像を馬鹿馬鹿しいと鼻で笑って口にする。

 同時に、チュートリアルがあっただけマシだろうとも。魔剣を手に入れれなければ、俺は先人の様に白骨死体と化していただろうから。


「ホント、馬鹿馬鹿しい。笑えてくる」


 笑える? 笑えない。笑え。こんなクソッタレな状況で、出来る事なんてソレくらいだ。

 そんな事を考えながら、しかし硬い表情のまま謎のコケXがボンヤリと照らす通路を歩く。今のところ何ともすれ違わない。畜生とも、死体とも。目指す目的地もないまま歩き、ふと思う。埋葬ぐらいしてやるべきではないかと。勿論畜生どもの、ではない。ある意味恩人である白骨死体の、だ。

 俺の記憶が確かならかの故人の遺骨は畜生に踏み潰されて砕かれたはず。流石にそのままにしておくには気が引ける状態だ。それに、今の俺は魔剣を手にしてある程度安全を確保しているのだから、あの場所に戻るのに問題はない。


「だが……参ったな。そうなると道が分からん」


 間抜けな話だが仕方ないだろう。魔剣を手にする前の俺に道を覚える余裕は無く、分かれ道に至っては火に誘われる虫と同レベルだったのだから。

 だが諦めるには今の俺は余裕があり過ぎる。それは魔剣の強さもあるが、そもやる事が無いのだ。異世界のダンジョンの中かも知れないというのに、故人の埋葬しかやる事が思い付かない程度には。


「……やるだけ、やってみるか」


 ホンの少しだけ思案した後、結局どうせやる事も無いのだからとテキトーに足を進ませる。魔剣は両手で持ち、畜生どもが出たら直ぐ様斬れる様に、しかし負担になりすぎない程度に構えながら。

 暫し直線を進み、分かれ道。

 来たときと同じ様に魔剣が何やら導いてはくれまいかと期待して十秒程待ってみるが…………何も無い。魔剣に視線を落とし、その黒に近い赤色の剣身を見つめて見るが……何も起こらない。ただのまけんのようだ。


「仕方ない。勘で━━いや、そうだ。手帳」


 分かれ道に直面してハタと思い出すのは巾着の中に有る故人の手帳だ。

 あの時の俺はただの手帳だと思っていたが……ダンジョンの中にただの手帳を持って来るとは考え難い。そうなるとアレはただの手帳ではなく、様々な情報を纏めた貴重な代物ではないか? 例えば、このダンジョンの地図とか。


「袋は確かこっちのポケットに……あった」


 魔剣を地面に突き刺し、巾着から革の手帳を取り出して巾着を元のポケットに突っ込む。

 改めて見る革の手帳はかなり使い込まれており、あちこち擦り切れて表裏の判別すらつかなくなってしまっている。しかしその擦り切れ具合にボロさは無く、むしろそれらの傷がアクセントになって歴戦の古強者にも似た雰囲気を放っていた。実に頼もしい。

 最早迷いは無い。俺はこの古強者に教えを乞うべく、謎コケの光を頼りに右開きにページを捲る。先ずは凡その感覚を掴む為にザッと数ページ飛ばして。


『鬼の迷宮。探索十日目。━━探索は順調だ。大変革の兆候もなく、余裕を持って探索出来ている。とはいえ油断は禁物。一瞬の油断が死に繋がるのが迷宮なのだから、慎重にいかなければ。……そういえば妹の誕生日がそろそろだったな。袋も一杯に近くなったし、仲間に帰還を提案しよう。あいつにどんなプレゼントを買うか、今から考えておかないと……やはり、あいつの好きな魔法関連が良いだろうか? ツテを頼って氷の魔女様に相談するのもありかもしれない』


 そこに書かれていたのは何故か読める未知の文字の羅列。何故か読める不思議への驚きは最早今更なので割りとどうでもいいが……あぁ、何という事か。これは日記帳であったらしい。何だってあの白骨死体の故人はこんなフラグ満載の、それも死亡フラグに成り易い代物をダンジョンという危険地帯に持ち込んでいるのか。しかも内容も内容だ。

 いや、そんなだからああなったのかも知れないが……あぁいや、いうべき所はそこではない。取り敢えず日記はこれ以上読まない様にしなければ。関係者でもないのに故人の日記を読むのは不躾だろう。……断じて妙なフラグを恐れた訳ではない。ないったらない。


「他のページは━━日記ばかりか。いや、これは……?」


 もしやこれは手帳は手帳でも日記帳なのかと思い出したとき、明らかに日記ではないページを見つける。書かれているのはモンスターの……生態について。中々に上手い手書きの挿し絵付きのそれは何かの獣型モンスターについてだった。

 ペラリ、ペラリ、とページを捲って確かめたところ、どうやら手帳の右半分が日記帳に、左半分がダンジョンやモンスターに関する情報を記載している手帳になっているらしい。

 ……いつものクセで右開きに読もうとしてしまったが、どうやら左開きの手帳だったようだ。不覚。


「えぇ、と? 地図地図…………地図は……無い? そんなバカな」


 手帳の読み方が分かったところまでは良かった。だがどれだけ探しても地図らしき物は見つからない。モンスターやダンジョンに関する情報は攻略本もかくやとばかりに載っているのに、地図だけがない。


「まさか地図無しでダンジョンを進んでいたのか? ……いやいや、それは無いだろう。となると……別口で持っていて紛失した?」


 それが自然か。俺は口から出た独り言に頷き、独り納得する。

 そしてため息を一つ。これで頼りの当てが外れた。どうやら俺は故人の埋葬をする現場に勘で辿り着かなければならないらしい。


「……まぁ、いいさ。どうせやる事もないんだ」


 テキトーに自分を誤魔化し、手元の手帳へと目を下ろす。開いているページには見開きである植物について書かれていた。


『ヒカリゴケ。洞窟系ダンジョン全般で見られる特殊なコケ。空気中の魔力を取り入れる事で生命活動を維持しており、その際余分なエネルギーを光として放出する。この特性からヒカリゴケの光具合で、空気中の魔力量を推測する事が可能。つまり強い光を放つヒカリゴケがある場所は魔力量も豊富で、そこに出現する魔物もそれに比例する様に強い個体が多くなる。その逆もまたしかり。とはいえ例外もあるので注意が必要。また一定以上に成長したヒカリゴケの幾つかは魔力や光を溜め込む事もあり、見分ける事が出来れば工夫しだいで簡易の爆弾やトラップとして使える。だが見分けられなかったり、間違って衝撃を与えると痛い目を見る。魔女の秘薬の材料にもなるらしい』


 なるほど。今俺の視界を確保してくれている謎のコケはヒカリゴケと言うらしい。日本にも同名の物があったと思うが……間違いなく別物だろう。日本のが魔力で自力の発行とか出来る訳ないし、そんなホイホイ色々と使える便利な存在ではなかったはずだ。

 まぁ、そんな事が分かったところで異世界の可能性が確定同然に高まっただけで、根本的には何一つとしてどうにもならないが、この手帳が完全な役立たずという訳でもないのは確かだ。そのうちお世話になる事があるかもしれないし、落胆する必要はないのだろう。たぶん。


「行こう」


 手帳をポケットの中の巾着へと叩き込み、俺は分かれ道を右へと進む。完全な勘だ。ここがマジな異世界のダンジョンなら危険行為だろうし、ダンジョンの難易度次第では自殺行為だろう。例え魔剣込みでも、だ。

 しかしそれ以外に方法なんて無いのだから仕方ない。例えここがゲームチックな側面を持つダンジョンで、次の瞬間怒涛の即死コンボを食らう可能性があったとしても。


「……覚悟は、出来てるけどな」


 覚悟。それは前に踏み出す覚悟で、戦う覚悟で、恐らく、死ぬ覚悟だ。俺はその全て……最後のはその瞬間次第なところもあるが、それでも凡その覚悟は決まっているつもりだ。オーガだろうがトラップだろうがかかってこい、てな。

 心なし光が強くなったヒカリゴケが照らす、硬い土の通路を歩く事暫し。俺の視界に少しばかり奇妙な物が入る。

 ゴブリンとオーガの死体だ。


「これは……?」


 死体はゴブリンが数体、オーガが一体で、それ自体は奇妙でも何でもなく最早見慣れた物体だ。鉄臭さが鼻につく事を覗けば大して害にもならない。

 問題はコイツらを殺したのは俺ではないという事で、つまりはコイツらを殺した誰か何かが居るという事だ。俺を襲ったときの事を考えるに同士討ちした訳ではないだろうから、この畜生どもにとっての敵がいるのは先ず間違いない。ひょっとしたらまだ近くに居るのかも知れないが……


「ふむ。これは、爪とか牙じゃないな。…………あれだ、大きめの槍とか、大口径の銃弾とかだ」


 覗き込む様にして致命傷だろう外傷を観察してみると、どれも似たような傷痕……だいたい手のひらサイズ程の大穴がポッカリと空いているという代物で、同一の存在かつ、それらしい武器を持った人間の仕業である事を想像させた。

 人間。このダンジョンで、人間! 最初に会ったのが白骨死体だったからあまり考えなかったが……人間、俺以外の人間か。


「うぅん、協力できる相手なら話が楽なんだが……」


 チラリ、と。アンチマテリアルライフルでもブチ込まれたのかといいたくなる傷痕を見てポツリと呟く。

 これだけの事をしでかせる人物が味方、あるいは協力的な人物なら何の問題もない。このクソッタレなダンジョンからの脱出すら可能だろう。それも楽々と。

 だが、もし敵対的なら? 快楽殺人者みたいな奴だったら? 俺は果たして生き残れるだろうか。甚だ疑問だ。というか絶望的だ。俺の頼みは魔剣一本しかなく、アンチマテリアルライフルだろうが槍だろうが相性が悪いのだから。


「なるようにしかならないか」


 小さくため息を吐いて俺は再び歩き出す。心配事は増えたが、心構えが出来るだけマシだと。

 差し当たって気の効いた挨拶の文言でも考えるべきか、それとも粋なブリティッシュジョークの方がいいかと思案し始めたとき、また道が左右に分かれる。さて、どちらへ行くべきか。勘しかない。


「━━━━」

「ん?」


 いや、どうやらそうでもないらしい。左側の通路から何かが聞こえた。恐らく、先程のゴブリンやオーガをブチ殺した何者かが居るのだろう。

 思案は数秒。足は左側の通路へと進んでいく。

 勿論、迷いや不安はある。だがこのクソッタレなダンジョンを一人で生き抜けるかと言われると……正直微妙なのだ。であればこの先に居る何者かが友好的であることを期待し、仲間になってくれる可能性に賭けるのはそこまで悪い事ではないだろう、と。それに敵対的なら逃げればいいのだ。例え重火器で武装したターミネーターが居ても逃げるだけなら可能だろう。きっと、たぶん、めいびー。


 俺は心なし早足になりながらも、先に進む。どうか友好的な人物であります様にと祈りながら。

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