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第二話 その手に掴むは呪いの魔剣

 ━━いったいどれ程の時間走っただろうか。痛む腕のせいか、追われている状況のせいか、もう一時間以上走りっぱなしな気もしてくる。まぁ、実際にはホンの十数分というところなのだろう。日常ならアッという間に過ぎてしまう様な時間。だがそんな僅かな時間でも状況は変化し続けていた。

 分かり易いのは、追っ手だ。チラリと見ただけでオーガとゴブリン、それとその親戚みたいな連中が徒党を組んでいるのが見える。そのスピードは身を屈めて進んでいるオーガに合わせているのか、それとも手負いの食い物で遊んでいるのか、それほどではない。だが捕まればロクな死に方にならない事だけは確かだった。そしてロクな抵抗が出来ない事も。

 分かりづらいのは、何かに導かれている事か。いや、導かれているというよりは誘われているといった方が少しは正しくなるだろう。俺は右も左も分からない場所で迷い無く走れていたが、それは誰か何かに誘導されているからだ。例えるなら……三途の川の向こうからの手招きか? まぁ、ロクな感覚ではない。ないが、それしか頼りになるのがないのだから仕方ないだろう。それに、今のところ行き止まりに誘導されてはいないのだし。


「はぁ、ひぃ、はぁ……あぁ? あぁ、次はこっちか」


 おいで、おいで、と。まるで手招きするように、それこそ無邪気な子供の様にすら思えるその手招きは視覚化されたモノではなく、聞こえる訳でもない。だが確かに俺の手を、俺の意識を引っ張っていた。

 こっちだよ、こっちだよ。まるでそう言っているかの様に俺の意識が引っ張られ、足はそれに倣って分かれ道を右へと曲がる。チラリと後ろを振り返って見れば、もう片方の道は見て分かる程の短い行き止まりだった。度合いは低いものの、また助けられた、という訳だ。


「何が、どうなってんだか……なぁ?」


 まるで問い掛ける様に口にした言葉に帰って来る言葉は無く、感覚も無い。俺を引っ張るナニカは言葉を発さないのだ。理解しているかも怪しい。……いや、こんな感覚だけの存在を信じ、また頼っている時点でかなりヤバい奴なのは自覚している。その上会話を試みるとか狂人のソレだ。さもなくば痛い奴。だが……もう俺はこの感覚だけの存在にすがるしかなかった。色々と、限界なのだ。


「あー痛い。死ぬ程痛いぞクソッタレめ。……あぁはいはい、次はこっちな」


 雑に悪態を吐き、引っ張る感覚にテキトーに答えを返す。本当ならどちらももう少し丁寧にやりたいのだが、ちょいちょい意識が飛びそうになる現状ではこれで一杯一杯だ。

 ほら、また。


「━━っ、と。危ねぇ」


 フッ、と。浮遊感にも似た何かが意識を通り過ぎていく。辛うじて受け流せたが、もし今のに流されていたら意識を失って倒れていただろう。そうなってしまえば……いや、ここから先は考えなくとも分かる話か。せいぜいミンチか挽き肉かの違いぐらいだ。あるいはザクロかも知れないが。


「何にせよロクでもねぇな。あぁロクでもねぇ!」


 吠える様に悪態を吐き、痛む左腕を心なし庇いながら地を蹴る。息切れを起こしている事もあってスピードは平時を大きく下回っているし、折れた場所が熱と痛みを持って激しく抗議してくるが……だからといって止まる訳にはいかない。どれだけ限界が近かろうが、痛かろうが、疲れようが、まだ死にたくはないのだ。

 そんな俺を支える様に、あるいは誘う様に感覚が引っ張られる。おいで、おいで、こっちだよ。あと少しだよ。


「頼むぜ、ホント……」


 あと少し、あと少し。そう俺を引っ張るナニカはどこに案内したがっているのだろうか? ふとそんな事を考えたが、重要な事じゃないと直ぐに頭から蹴り出した。安全圏なら死ぬまで拝んでやるだけだし、食虫植物みたいな奴にパックリならそれはそれで俺がアホだったという事なのだから。

 とは言ったものの、恐らくどちらでもないだろう。俺を引っ張るナニカはそんな生易しく現実的な存在ではない。もっとオカルトチックかつ曖昧で、恐ろしいモノだ。感覚からの推測でしかないが、然程間違ってもいますまい。

 そら、いかにもな扉が見えた。禍々しい扉、差し詰め封印の扉か。そして、俺が扉をそうと認識した途端に引っ張っていた感覚がプツリと切れる。どうやらあそこが終着点の様だ。


「伸るか反るか……いや、迷ってる暇もねぇか」


 追い立てられている身で迷えるはずもなく、俺は半ば体当たりする様に扉に取り付いて押す。そうすると重々しい扉はゆっくりと、しかし簡単に動いていき、人一人が入り込めるだけの隙間が開いた。

 迷いは無い。

 俺は扉を押すのを止め、隙間へと足を踏み出して扉の奥へと進む。いったい何が待ち受けているのか、期待と不安をゴチャ混ぜにしながら中へ進んでみるが……部屋の中は今までの延長線でしかなく、存外殺風景だった。というか奥にもう一つ似たような扉があるせいでマトリョーシカ的な何かを感じて気が抜ける程。

 それがマズかったのか。部屋の真ん中近くまで足を進めた俺の背後で扉が閉まり、ご丁寧に閂まで掛けられる。


 ━━閉じ込められた!


 何ともベタな閉じ込められ方をしたせいか、理解は早かった。

 しかしだからといってどうこう出来る訳でもなく、むしろ周りに敵らしきものがサッパリ見えないという一先ずの安全を確認してホッと一息つく。そして疲弊しきった身体を休める為にその場に腰を下ろして……ポツリと呟いた。


「全く、何だってこんな事に━━」


 ……………………

 …………

 ……


「━━ホント、何だってこんな事になったんだよ」


 部屋に入ってどれ程の時間が経ったのか、俺の脳ミソがストライキを止めて仕事を始める。

 とはいえ相変わらず状況は良くない。体力こそ幾らか回復したものの左腕は折れたままだし、背後の扉は畜生どものせいで今にも吹き飛びそうだ。

 もう一回現実逃避してやろうか? そう考えた途端に後ろから一際大きな衝撃音が響き、それに影響されたのか左腕がズキリと痛む。ストライキ失敗だ。


「……行くか」


 蛇が出るか、鬼に食われるか。

 俺は重い腰を上げて前へと進む。ロクでもないモノが待っているのは肌で理解させられているが、このままここでグダグダしていては畜生どもに殺されだけ。ならば俺をここまで引っ張ってきたナニカの顔を拝んで死んでやるのも一興だろう。

 そう自棄クソ気味に覚悟を決め、感覚が薄くなってきた左腕を庇いながら足を進める。

 一歩、二歩、三歩。ゆっくりと、しかし確実に扉へと歩み寄り、俺の手はついに扉へと掛かった。


 一拍、深呼吸。覚悟は出来てる。


「い、よっと……」


 身体を押し付ける様して力を掛けると扉はその禍々しく重々しい見た目から想像出来ない程に軽々しく、実にアッサリと開いていく。

 その軽さにどこか誘いの様な物を感じながら、開けた隙間から部屋の中を除き込む。マトリョーシカか、ドラゴンか、あるいは財宝の類いか、何が待ち受けているのかと目を凝らしてみると……有った。剣だ。


「これは、剣か?」


 先程の部屋よりも二回り以上小さい部屋の中央。そこにポツンと存在する台座に突き刺さっていたのは、間違いなく剣だ。パッと見た感じでは両刃の西洋剣、ロングソード……いや、バスタードソードというやつだろう。片手でも両手でも使えるそこそこ大きな剣だ。まぁ、刃が幅広だったりしてるから明確には違うのだろうが。


「ふむ、んん……?」


 部屋の中に入ってよくよく見てみれば、その剣は地面に突き刺さっているというのに錆び一つ無く、暗い赤色の剣身は吸い込まれる様な透明感があってスゥーと目が引き寄せられた。特に刃の部分の透明感と鋭さは凄まじく、気づいたら自分の手を切っていてもおかしくない程だ。


「あぁいや、なるほど。……妖刀、魔剣の類いか。俺を引っ張っていたのは、お前だな?」


 この見るものを惹き付ける凄まじい魅力、間違いなく魔剣の類いだ。惹き付け、魅了し、切り捨て、輝く、真性の魔剣だろう。あるいは呪いの魔剣か。全く、凄まじい魔性だ。危うく自分から首を差し出すところだった。……それが狙いか? にしては邪気が無さ過ぎたが。


 ━━ガゴンッ!


 背後から轟音。どうやら一つ前の扉が吹き飛んだらしい。

 振り返って狼藉者の顔を見てやれば……なかなかの団体だ。オーガやゴブリンだけでなく、様々な鬼の様なモンスターが列を成してゾロゾロと一つ前の部屋の中へと入って来ていた。流石に巨人は居ない様子だが、トロールとしか言い様のないデカブツの姿も見える。……これは、死んだか? いや━━


「このファンタジーな洞窟に来てからこっち、博打ばっかりだな……」


 俺はモンスター達を視界に入れたまま、数歩後退して魔剣の側まで近づく。モンスター達は俺を見失ったのか、キョロキョロと辺りを見回している……チャンスだ。


「━━━━っ!」


 伸るか反るか。右手を伸ばして魔剣の柄を掴むと、奇妙な感覚が俺を襲う。それは俺の意識を蝕む様にジワジワと身体に広がっていく、生ぬるいナニカだ。赤く、アカイ、真っ赤なナニカ。ジワジワと広がって、染みて、塗りつぶしていくナニカ。


『━━━━』


 冷たくはなく、しかし温かい訳でもない赤いナニカは俺の意識を散々のたくってナニカを発した。何を言ったのかはサッパリだが、随分勝手な事をしてくれた割には邪気が無かった様な気がする。

 だが、そんな事を気にしている余裕は無い。今や俺の視界は薄く赤みがかり、意識は赤黒く染まっているのだ。衝動が、赤いナニカを求めているのだ。赤く、アカイ、真っ赤な━━血を。生き血を。生きるモノの命を!


「クハッ……!」


 そら、モンスターどもが俺に気付きやがった。だがもう遅い。

 不思議と手に馴染んだ魔剣をスルリと台座から引き抜き、左手も添えて両手で構える。痛みも疲労もとうに無い。魔剣に触れた瞬間から、あるいは意識の中でナニカがのたくったときからそんな物は解消された。━━戦うには、邪魔だから。


「ハッハッァア!」


 自然と浮かぶ笑みを誤魔化す事もせずに地を蹴飛ばし、モンスターの集団へと突き進む。二歩、三歩、普段とは比べ物にならない力で地を蹴ればモンスターはもう目の前。畜生どもは何やら驚愕している様だが……知ったことか。


「クタバレヤァァァアア!」


 走ってきた勢いを殺さず、前に踏み出した左足を軸に回転する様に腕を振えば、後ろに流す様に構えていた魔剣はその遠心力を受けてモンスターの脇腹へと直撃し、切り裂く。


「ハハッ……」


 一拍。血をブチ撒けながらモンスター……オーガが倒れ、俺の足元へと転がった。あぁ、全く、笑いが出る。俺をあれほど恐怖させた鬼が、こうも容易く殺せるなんて!

 グルリ、と。視線を回せばまだまだ獲物はいた。どいつもコイツも驚愕と疑問を抱えたバカ面を曝している。アホ丸出しだ。


「ハァーハッハッハ!」


 魔剣が血を啜る。付いた血を、溢れた血を、返り血を。

 それに比例するかの様に俺の身体も調子が良くなっていく。身体は力強い熱を持ち、頭は冷たく冴え渡る。それになんだか気分も良く、負ける気なんて欠片もしない。前に見れるアレら全て、ただの獲物だ。


 笑みが深まる。力が湧き、衝動が身体を突き動かす。


 気づけば俺は前へと飛び出していた。眼前に大きな肉のナニカ、トロールだ。本来なら勝てない相手。しかし今や、雑魚だ。

 左足を止めつつ魔剣を上段へ、右足で踏み込みながら降り下ろし、袈裟斬り。分厚く硬いだろう肉は容易く切り裂かれ、無様にも断面を露出させる。血は殆んど出ない。魔剣が触れる側から吸っているのだ。あぁ、気分が良い。


「ガァアア!」


 畜生どもの殆んどは案山子と化していたが、気合いの入った一匹のオーガがゴブリン数匹を率いて突撃してくる。魔剣が無ければ絶望していただろう。

 だが、魔剣があれば全てが引っくり返る。


「ハッハァ!」


 魔剣を槍の様に構えて足を蹴り動かし、オーガと真正面からぶつかり合う。狙うは心臓、ドンピシャ。魔剣は骨ごとオーガの心臓を指し貫き、血を啜る。硬いはずの骨の抵抗は感じなかった。魔剣の切れ味が上回ったからだろう。流石といったところか。

 しかし感動する暇は無い。ゴブリンどもがチャンスとばかりに飛び掛かって来たのだ。確かに俺が剣を敵に刺し込んでいる今、普通ならチャンスだろうさ、普通なら。


「チェェスットォォォオオ!」


 刺し込んでいる魔剣を刃側に動かしてオーガを斬りながら取り出し、その勢いのまま一回転。飛んで来たゴブリンを薙ぎ払って迎撃して、ミンチを量産する。ゴブリンなんぞ今や虫を払うが如く……いや、生き残りだ。


「グギャギャ!」


 鉄砲玉の如く錆びた短剣を突き刺そうとしてくるゴブリン。その距離は近く、魔剣は振りきってしまって間に合わない。ならば。


「ッァア!」

「ギギ!?」


 魔剣を引き寄せる様に引っ張り、手をずらして短剣を柄で受ける。甲高い金属音、紙一重。直ぐ様お返しのヤクザキックを入れて蹴飛ばし、追撃して魔剣を振るう。血が吸われて消えた。

 一応とばかりに魔剣の剣身を見て見るが、特に変化は見られない。問題は無さそうだ。心なし剣身が黒に寄っていた気がしたが、気のせいだろう。


 スッ、と。視線を他にやれば構える畜生と逃げ出すゴミが見えた。

 全くふざけた奴らだ。人を散々いたぶっておいて状況が悪化したら逃げ出す? 誰が逃がすものか。


「テメェら全員、ここで死ね」


 ポツリと呟いて足を踏み出して突撃する。

 畜生ども、お前全員、魔剣の贄となれ。━━皆殺しだ。


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