海脇の猫
潮風に染みるのは
硝子越しに見る水色
水分の多い風は
誰にも邪魔されない
見えないベールを
長々と作り
錆汚れの車止めに
覆い被さっている
もっと汚れるように
波を見る為に
海に繋がる
あの下り坂を歩いた
内海 囲い 防波堤
優しげに打ち寄せるから
その外側が気になる
歩き動く船虫
不思議と踏まずに
外側まで行けば
テトラポットの積み重ね
連なり
顔を見せる
鳴き声と同じように
顔を見せる
空間を飛び回る
両手で掬えるほどの体は
戯れ合いながら
波音を聞いている
酷く打ち付ければ
耳をピンと立たせ
辺りを見回し
また遊ぶのである
兄弟ではないのだろうか
少し身体の大きさが違う
そこまで思い
邪魔をせぬよう
来た道を戻った
いつもは居ない存在が居ても
驚かせてしまうだけである
きっと
今 居る場所での
生き残りなのだろうから
黒い毛が水面に浮かぶ
右に左に移動しながら
魚の餌となったのか
いずれ
もう一度沈むのだろう
もしくは
何処かへ流れて行くのだろう
空になった体は
誰にも
気にされることは無い
風が強く吹く日は
白波が立ち
そんな日に消える猫は
そのまま見なくなる
そう聞いた部屋で
ガタガタ揺れる窓の外を見た
自然の色合いに
手を突っ込み
がさつに捏ね回した人に
何も言えない物だ
過ぎ去るのを待てば
過ぎ去った世界になる
黙って待つ理由は
黙って待つことしか
出来ないからだ
軒下で毛繕いしている
お行儀よく座っては
通る人間に撫でられながら
雨音を聞いていた
何処かに粒の落ちる音
耳をピンと立たせ
辺りを見回し
また毛繕いをしている
飼い猫ではなく地域猫だ
変わらない風景だった
そこまで思い
邪魔をせぬよう
横を通り過ぎる
いつもは居ない存在が居ても
驚かせてしまうだけである
きっと
今 居る場所での
生き残りなのだろうから
弱い命から死ぬことを
動物は分かっている
人は
それに抗っているだけだ
だから良いのである
人と動物が違うことを
認識できる
自然を無粋に壊しても
構わない理由でもある
弱い人が死ぬことに
人は抗っているのだから
その理由になる物は
消した方が良い
それに
人の考えは
全てを完璧にすることは出来ない
良いとこ取りは出来ないのだ
神様という存在を
先に作ってしまったから
あの存在を凌駕することは無い
既に行き着く目標を
掲げているのだから
あれを小さくした存在にしか
成れないのである
宿の支払いをしていると
カウンターに猫が飛び乗った
そして
スフィンクスのように
ドカリと目の前へ座った
サービスなのか
宣伝なのか
よく分からないが
背を触り
耳の下を触った
二、三分経つと
終わりという感じに
カウンターから降りて
出入り口の前に座った
靴を履きながら
猫を見ると
顔を洗っている
折り畳み傘を
外に出してから
帰り道を歩いた
ぽつりポツリと雨が降る
傘を差す度に
思い出すかもしれなかった