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神との対峙

 呪圏の中を、やはり僕ははっきりと見ることが出来ていた。薄暗い空間の中、明らかな存在感を持って立っている獣人族(アニムス)の少年のような存在。

 エスメイが、角を備えた(ループ)の頭を傾け、上を見上げた。


「ん?」


 その視線の先には、呪圏に乗り込んできた僕達の姿がある。ふわりと呪圏の地面に着地して、まずイルムヒルデが口を開いた。


「エスメイ、やはりここにいましたわね」

「なかなかお見えにならないので、こちらから伺いましたよ」


 ディートマルも挑発するような目をして、エスメイに言葉を投げかける。そうして僕達も、マドレーヌとギーも、一緒に呪圏の地面に降り立つのを見て、腰に手をやりながらエスメイが目を見開いた。


「へえ、そう来たか」


 そう発しながら、舐め回すように僕達を見てくる邪神。その視線が、先頭に立つイルムヒルデへと向けられた。


「お前のことはちっとも知らないわけじゃあないが、まさか呪圏の中に踏み込んでくるような女だったとはな、イルムヒルデ」

「あなたの地階(マテリアル)降臨を阻止するには、これが一番なのですわ。分かっておいででしょう」


 感心したような、嘲るような声色で言ってくるエスメイに、イルムヒルデがきっぱりと言い返す。

 それを受け取り、にやりと笑った彼が右腕を横へと伸ばしながら言った。


「そりゃあそうだ。俺の手中には見ての通り、エリクの身体から複製した『心臓』がある」


 そう言いながら彼が指し示した右手側、そこには脈動する僕の「心臓」が浮かんでいた。

 いや、浮かんでいた、という表現は適切ではない。まるで骨格標本のような、エスメイの骨を写し取ったかのような獣人族(アニムス)の骨格が宙に浮かんで、その中に僕の「心臓」が収まっているのだ。

 「心臓」とそれを包む骨格を見上げながら、エスメイが嬉しそうに言う。


「見ろ、既に骨格までは完成したんだ。あと半日もしたら、皮膚や体毛も構成できて『俺の人間種(ユーマン)としての身体』が出来上がる」


 僕達に見せつけるように言いながら、エスメイは沸き立つ心を抑えられないとばかりに言った。それは嬉しいだろう、これが出来上がったら彼の悲願は達成されるのだ。

 嬉しそうにくるくると、自分の新しい身体の周りを回りながら、エスメイは子供がはしゃぐようにしながら言った。その姿にイルムヒルデ以外の全員が目を見開いている。

 それはそうだろう、世界にその名を知られた邪神である。こんな、普通の子供のような振る舞いをするだなんて誰も思わない。

 再び新しい自分の身体の前に立ちながら、エスメイが両腕を広げた。


「これが出来上がって、俺が肉体を得たら、もうこんなチンケな禁域に留まっている理由はない。俺は地神スヴェーリの一の使徒として、邪神三柱の威光をルピアクロワの人間どもに知らしめるんだ。三大神の権威を、俺の手で塗り替えてやるんだ」


 満面の笑みを見せながら言い放つ彼に、ディートマルが鼻を鳴らしながら冷たく返す。


「ふん、聞こえのいいことを仰いますが、要は地階(マテリアル)に降りて意のままに力を振るいたいだけでしょう」

「同感だ。如何に貴様が美辞麗句を並べ立てようと、貴様が悪神であることに変わりはない」


 ギーも前に立って武器を手にしながら、きっぱりと言ってのける。その後ろに立つマドレーヌも、険しい表情をしながら口を開いた。


「ゲヤゲ島の禁域は今も拡大しているのよ、邪神エスメイ。このままでは地階(マテリアル)だけではない、天階(ドゥーフ)にも悪影響だわ。さっさとあなたの愛する神様の足元に還りなさい」


 びしりと指を突きつけるマドレーヌの腕で、黄金のブレスレットがしゃらりと鳴った。その音を聞きつつ、イルムヒルデも翼を組みながら告げる。


「滅されよ、とまでは申しませんわ。私達三大神の使徒も悪鬼ではありませんもの。ですが、邪神の跋扈(ばっこ)を看過するほど優しくもありませんのよ」


 四人の人間に厳しい言葉を投げかけられて、しかしエスメイはめげた様子も悪びれた様子もない。口角を持ち上げながら、彼があざ笑うように言った。


「言ってくれるな、火神インゲの使徒マドレーヌ、そして水神シューラの使徒イルムヒルデ。そしてその巫女ども。そこまで俺に強く出るなら、俺がお前たちの後ろに隠れる子供に何をしたか、分かっているんだろう」


 そう言いながら、彼が目を向けてくるのは、当然、僕だ。


「なあ、エリク?」

「っ、エスメイ……」


 アリーチェの背中に隠れるようにしながら、僕は小さく声を漏らした。

 怖い。彼の目的に、僕は間違いなく関わっているのだ。なにせあの骨の中で動いている心臓は、僕から複製したものなのだから。

 おまけに僕の魂は、エスメイに掌握されてしまっている。エスメイを抑え込むのに、僕が邪魔をしてしまうかもしれない。

 僕の手を握りながら、アグネスカが力強く言った。


「エリク、耳を貸してはいけません」

「私たちが一緒にいますからね」


 アリーチェも僕を見ながら小さく笑う。しかしその表情は真剣で険しいものだ。気を抜いている様子など一つもない。見れば、僕の足元でイヴァノエもぴたりと体を寄せていた。

 イルムヒルデが僕を自分の体で隠すようにしながら、鋭い目線を前方のエスメイに向ける。


「ダヴィド様の魂を掌握したこと、それ自体は当然把握済みですわ。『器』を操作し、ダヴィド様を呪眼獣(カトブレパス)の神獣人に作り替えたことも」

「そうね、坊やはびっくりするほど強くなったわ。神獣人の使徒、当然神力の生産量も桁違い。高位神術も学べば、凄まじい威力が出せるでしょうね」


 彼女の隣に歩み出しながら、マドレーヌも腕を組みつつ言った。細い尻尾をゆらりと揺らしながら、強い口調で彼女はエスメイに話しかける。


「でもね、エスメイ。坊やは子供なのよ。まだ13歳の子供なの。そんな子供を一人籠絡して、おまけにあなたは自分の身体を作るので手一杯。どうしようってわけ?」


 マドレーヌの呆れたような声色での問いかけに、エスメイがスンと鼻を鳴らした。新しい身体の前から離れ、こちらに歩みだすように脚を踏み出す。


「骨組みは作った。後は呪圏に任せれば、俺が作るより時間はかかるが、放っておいても勝手に組み上げてくれる」


 話しながら、彼がもう一歩足を踏み出した瞬間だ。一瞬にして、エスメイの姿が視界から消える。視線を外していないのに一瞬でいなくなったことに、一同が途端に慌て始めた。


「消えた!?」

「呪圏に沈みましたわ! 皆様、構えて――」


 アリーチェが驚きの声を上げると同時に、イルムヒルデがせわしなく視線を巡らせた。呪圏に沈んだということは、どこからエスメイが攻撃を仕掛けてくるか分からないのだ。どこから、どうやって攻撃を仕掛けてくるか、警戒しないとならない。

 だが、そんな暇すらエスメイは与えてくれなかった。


「甘い」


 突然に僕の前に姿を表すと、僕の手を握って再び呪圏に沈んでいった。急速に身体が下に引っ張られる。


「うわ!?」

「エリク!?」

『させるか!!』


 アグネスカがとっさに僕の手を握ろうとするが、僅かに間に合わない。するりと彼女の手を離れて僕は呪圏の地面に吸い込まれていくが、僕の尻尾をイヴァノエがつかんで噛みついた。

 真っ暗だ、何も見えない。息が詰まる。だがそれも数秒くらいで、再び身体が浮上して僕は息を吹き返した。隣でイヴァノエもぜいぜいと息を整えている。


「っぶは……!」

『かっ、は……!』

「エリク! イヴァノエ!」


 アグネスカの声がずいぶん遠くから聞こえる。見れば、15メテロ(45メートル)は離れたところに立っているようだ。あの一瞬で、エスメイはここまで移動してきたらしい。

 驚きに目を見開く僕を見て、にやりとエスメイが笑った。


「余計なオマケまでついてきたが、まぁ関係ない。さあエリク、存分に遊んでもらえ(・・・・・・・・・)!」


 そう言いながら彼の右手が僕の胸に触れる。同時に彼の神力が、一気に僕へと流れ込んできた。

 心臓が、ドクンと脈を打った次の瞬間。

 僕の身体が風船が膨らむみたいに一気に膨らんだ。骨が、肉が、内臓が組み変わる。だが痛みはちっとも無い。これは、『器』をいじられた時とは状況が違う。

 同時に身体の中で、エスメイの神力が暴れ回っている。僕の身体から発する僕の神力が膨れ上がり、燃え上がり、際限なく湧き出しては溢れ出していく。


「あ、あ、あ――!!」

『エリク、おい、エリク!! うわっ』


 あまりの変化に僕の意識がついていかない。苦悶の声を漏らしながら僕はどんどん視点が高くなっていく。イヴァノエの声が随分低い。

 ぐらり、と身体が傾いた。両手を地面につける、が、既に僕の手は前脚(・・)と呼ぶべき形になっていた。これは、これはまるで。


「あれは……!」

「坊やの『器』が……いえ、違うわ!」


 僕を見つめるイルムヒルデとマドレーヌの声にも、驚きと焦りが見えた。彼ら彼女らにとっても、この事態は想定外だったらしい。

 ぐ、と顔を上げて口を開く。


「アァァァァァ!!」


 吐き出された僕の声は、もはや僕の声とは思えないほど禍々しく、おぞましくなっていた。

 神獣人どころではない。これは、神獣(・・)だ。呪眼獣(カトブレパス)そのものだ。だが、僕の身体から溢れ出る神力は、並の神獣を遥かに上回っているだろう。


「変身、させたのか……呪眼獣(カトブレパス)に!!」

「やってくれる……! マドレーヌ、下がれ!」


 ディートマルが、ギーが、辛そうに表情を歪めながら手に武器を握る。エスメイの姿を探したが、いない。また呪圏に引っ込んでしまったらしい。

 そうなれば、彼らの武器が向けられるのは、僕だ。


「エリク!!」

『エリク!!』


 アグネスカが、イヴァノエが悲痛な声を上げる。皆の声が、僕にはひどく遠くに聞こえた。

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