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使徒の決断

 僕の心が決まって、全員の意思も固まった。後は問題解決に向かって動いていくだけだが、正直そこが一番難しい。

 ギーも僕の方に視線を向けながら、イルムヒルデに問いかけた。


「ラコルデールの使徒の心も決まったところで、アイヒホルンの使徒よ、どうするのだ? あれは呪圏の中で自分の肉体を作るのに集中していよう」

「そうでしょうね。先程のようにキマイラをいくら倒したところで、呪圏から出てくるとは思えないわ」


 マドレーヌも難しい表情をして、腕を組みながらイルムヒルデに言った。

 今までは何とかして呪圏からエスメイを呼び込む作戦だったのだが、ここに来て状況が変わった。自分の肉体を構築しているエスメイは、何がどうなっても地上の様子に目もくれないだろう。

 イルムヒルデもそのことは十分承知していた。こくりと頷きながら真剣な顔つきで言ってくる。


「無論、そうでございましょうね。かと言ってエスメイが自身の肉体を作り終え、呪圏から出てくるのをただ待っているわけにはまいりませんわ。自分から出てきたが最後、あれは私達など一顧だにせず、地階(マテリアル)への道を拓くことでしょう」


 その真剣な表情を崩すこと無く、イルムヒルデはとんでもないことを言い出した。


「ですので残る手段は一つ。呪圏にこちらから(・・・・・・・・)乗り込みます(・・・・・・)


 彼女の発言に、その場の誰もが――ディートマル以外の誰もが目を剥いた。

 呪圏に自分たちから乗り込むだなんて。そんなの、僕でさえも無茶苦茶なことだと分かる。


「呪圏に、乗り込む、ですか?」

「いやいや……無茶ですよ、そんなの」


 アグネスカが驚きに目を見開きながら言えば、アリーチェもゆるゆると頭を振りながら告げる。

 無茶も無茶だ。邪神の領域に乗り込んで、邪神と決着をつけようだなんて。呪圏そのものを封印する、とか言われた方が、まだ現実味を帯びてすらいる。

 マドレーヌが深くため息をつきながら口を開いた。


「それを話すのがアイヒホルン公国の使徒にして稀代の呪術士(シャーマン)、イルムヒルデ・レームクールでなければ、一笑に付していたと思いますよ、私は」

「無論だ。蛮勇というより他にあるまい……アイヒホルンの使徒の言葉でなければ」


 ギーも険しい表情をしながら話す。しかし二人は、これを言うのがイルムヒルデであるからこそ、説得力があると見ているようだ。

 面食らっている僕とアグネスカ、イヴァノエをよそに、アリーチェが悩ましい表情をしているディートマルへと声をかける。


「アイヒホルンの巫女様、いいんですかぁ? 奥様、なかなか無茶苦茶なことを仰ってますけれど」


 アリーチェの、これもなかなか失礼な発言に、ディートマルがこくりと頷いた。


「私もよくよく、無茶を言うと思っています。しかし彼女の言う通り、他に手はありません……と言いますより、これ以上にエスメイをどうにか出来る方法はありません」


 そう話しながら、ディートマルが屈み込んだ。僕の神力でじわじわと下草や木の芽が生えだしている地面を撫でながら、キリッとした表情で話す。


「エスメイは自分の肉体を用意することを優先して動いている。そこを急襲されれば、如何に邪神と言えども思うようには動けないでしょう。呪圏のリソースも肉体を構築することに割いているはず……この機を逃す手はありません。たとえあちらの本拠に乗り込むとしても」


 彼の言葉を聞いて、何人かが「あっ」と声を上げた。

 確かにエスメイは自分の肉体を構築することに集中している。いわば隙だらけの状態だ。そして向こうも、まさか呪圏に乗り込んでくるようなことはしないだろう、と油断しているに違いない。

 これはまたとないチャンスだ。イヴァノエが小さく唸りながら言う。


『なるほどな……畜生め、確かに今ならあの野郎にも隙があるはずだ』

「無茶なことを、と思いましたけれど、納得できます。それにこちらには呪圏を見ることのできるエリクがいる」


 アグネスカも僕の手を握りながら話した。視線が自然と、僕へと集中する。

 この作戦は自分たちからエスメイの呪圏に乗り込まなければそもそも成立しない。つまり呪圏への道を開かなければならないのだ。それが出来るのは、おそらく僕しかいない。


「つまり、僕がエスメイの呪圏への道を、作らないとならない?」

「はい。一度そこに招かれたダヴィド様です。加えてエスメイの神力もその体内には流れている。突破口は開けましょう」


 僕の言葉に、イルムヒルデも頷いた。確信を持って話される彼女の言葉に、僕は小さくうつむく。


「……」

「エリク……」


 アグネスカの、僕の手を握る手に力がこもった。

 確かに彼女の言う通り、僕ならきっと出来るだろう。一度呪圏に引きずり込まれた実績もあるし、身体にはエスメイから流し込まれた神力がまだ残っている。呪圏を捉えることも、前よりたやすく出来ていた。

 しかし、そこで待ち構えているエスメイとの対面は、決戦の幕開けだ。冒険者としてはまだ未熟、使徒としてもまだ新米の僕が、果たして耐えられるのか。自信がない。

 と、アグネスカがうつむく僕の顔を、そっと覗き込んできた。


「大丈夫です、私も、アリーチェも、イヴァノエもいます」

「ええ。ちゃんと傍にいますよ、今度こそ」

『おう、任せろ! 俺達が全力でお前を守ってやる! 指一本触れさせてやらねぇぞ!』


 アリーチェも優しく僕の肩を抱いた。イヴァノエが長い尻尾を僕の脚に巻きつけてきた。

 温もりを感じる。とても落ち着く、温かい感触だ。三人に触れられていると、僕も僕の仕事が出来るような気がしてくる。

 そっと、アグネスカの手を離して口を開く。


「分かった……行きます」


 そして僕は、三人から離れると地面に両手をついた。僕の体内から溢れ出す神力を、地面へ、その向こうにある呪圏へと流していく。膝をつく僕の周囲で、色とりどりの花が一気に咲き誇った。


「おぉ……!」

「さあ、ここからが見ものでございますわよ」


 ディートマルが声を零し、イルムヒルデが面白そうな声を上げたのが後方で聞こえる。そちらにちらと意識を向けてから、僕は神力を練り上げて神術を発動させた。


鍵を開け(ラズブロキロフカ)!』


 魔法名を発した途端、僕の目の前に巨大な、それは巨大な門が姿を現した。

 解錠の魔法の神術版、「鍵を開け(ラズブロキロフカ)」だ。物理的な鍵や魔法の鍵を解除するのに使う魔法版と違って、神術版の解錠は概念的な「鍵」の解除を行う。

 今回のようにそもそも閉じられた空間に「穴や扉」を作り出し、その鍵を解除して扉を開く、という芸当も可能なのだ。だが一般的な使徒では穴や扉が出来るところ、僕は見てのとおり()である。レベルが明らかに違う。

 門を見上げながら、口をぽかんと開いたアリーチェが若干引き気味に言葉を漏らした。


「うっわ……なんですか、これ。開錠の神術ってこんなすごいものでしたっけ」

「これが、エリクの神術……」

『すっげ……扉どころか門じゃねーか』


 アグネスカもイヴァノエも、揃って上を見上げながらぽかんとしている。二人からしても、まさか僕の神術がこんな強力になっているとは思わなかったのだろう。

 イルムヒルデが脚を踏み出し、僕の作り出した門に触れる。太い樹で作られた、しっかりした造りの門だ。蔦がたくさん絡みついているが、崩れそうな様子はない。

 これなら、行き帰りもきっと安心だ。こくりと頷いたイルムヒルデがこちらを振り返る。


「これだけ安定しているなら問題ありませんわね。皆様、参りますわよ!」


 その言葉を皮切りに、使徒が、巫女が次々に門をくぐって呪圏へと入っていく。僕も皆の後を追いながら、先ほど吐き出されたエスメイの呪圏へと、こちらから踏み込むのだった。

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