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邪神の領域

 禁域に、邪神が降臨している。

 そのとてつもない緊急事態に僕たちが総じて身を固くする中、イルムヒルデは丁寧に言葉を選びながら、彼女の知る事実の説明を始めた。


「ゲヤゲ島の禁域に、最後に調査が入ったのは今から16年(16ムート)前、ルピア歴2128年のことです。その頃は邪神の影響下にこそありましたが、守護者の元で信徒と魔物が手を取り合って暮らす、比較的安定した場所だったのです」

「禁域の中にも……人が?」


 その説明に、僕が目を見開く。

 まさか、邪神が降臨するような、邪神の影響下にあるような場所にまで、人が住んでいるだなんて。

 信じられないと言いたいが、イルムヒルデはこくりと頷いた。


「はい。神域と同様、守護者がおり、守護者の招き入れた人々がおります。三大神の信徒が大半を占めるルピアクロワですが、時折邪神を信仰する邪教徒もおりますので、彼らの安息の地として禁域は機能していたのです」

「魔物の中にも邪神を崇める悪種がいるように、人の中にも邪神を崇めるものがいるのです。三神教会は彼らの存在も受け入れつつ、禁域の中に収めて目を光らせていたのですぞ」


 彼女の説明を補足するように、ダニエルが言葉を発した。

 曰く、三神教会の教えが広く人民に信仰されているマリエール大陸においても、三大神以外、すなわち邪神を崇める民と言うのは一定の割合でいるそうだ。そうした人達は肩身の狭い思いをして生きながら、禁域に招かれて仲間と共に生きることを夢見るのだという。

 禁域の守護者が邪神の信徒に接触するのは、まさに「神の御導き(・・・・・)」なのだそうだ。そういえば世の中の魔王も、大概は邪神を信望する魔物だったっけ。

 何となく僕が納得したところで、イルムヒルデが解説を再開する。


「その最後の調査の3年(3ムート)後に、ラコルデールの先代の使徒であったバスチアン・ペリエ様がお亡くなりになり、以降直接調査することは叶わず、外部から観測するだけに留まっていたのです。私共は、ダヴィド様が使徒としてのお力に目覚められることを、ずっと待っていたのですわ」


 と、そこでまた突拍子もないことが話されて、目を見開く僕だ。

 そもそもさっきの話からしてよく分からないのだ。何故、僕が調査に同行しなくてはならないのだ。邪神の支配する領域の調査に。


「ちょ、ちょっと待ってください。なんで僕を待っていたんですか?」

「そうです、調査なら、イルムヒルデ様やダニエル様がいらっしゃれば十分に……」


 アグネスカも一緒になって声を上げた。彼女としても、使徒として新米の僕にそんな危険なことはして欲しくないだろう。使徒として何倍も先輩な、ダニエルやイルムヒルデ、マドレーヌがいるのだから。

 しかし、それでもなおイルムヒルデは頭を振った。


「いいえ、そうはいかないのです。三神教会の関係者が禁域に立ち入るには、邪神との間に交わした厳密なルールがあるのですわ」


 そう話しながら、イルムヒルデは翼の先端、指のように使える翼指を二本立てた。


「一つ、インゲ、カーン、シューラのそれぞれの使徒、巫女のみが、三神とも揃って(・・・・・・・)立ち入ること。ただし使徒または巫女が調教士(テイマー)である場合は、その伴魔も認める。

 一つ、その禁域が所属する国家の使徒が、必ず(・・)同伴すること。

 ゲヤゲ島はルフェーブル海、つまりラコルデール王国の領域内なので、ラコルデールの使徒の存在が、立ち入り調査には不可欠なのです」


 一本一本折りながら、彼女は僕が必要な理由を懇切丁寧に説明する。

 それを聞いて僕はようやく納得がいった。前回までの調査に同行していた先代の使徒の人が亡くなったから、その後に生まれた僕が使徒の力に目覚めるまで待っていたのだ。

 同じく状況を把握しているダニエルが、真剣な面持ちで話す。


16年(16ムート)前までは、先代の使徒であったバスチアン殿、イルムヒルデ殿、そして私が、それぞれの巫女を伴って調査をしておりました。バスチアン殿はインゲ神の使徒でありましたからな。

 対して、エリク殿はカーン神の使徒であられる。それ故に、マドレーヌ殿を謝肉祭(カルナバール)に際してこの場にお招きしたのです」


 彼の言葉に、僕の視線はマドレーヌとギーの方へと向いた。彼女は僕に視線をチラと向けると、小さく頷きを返す。やはり彼女自身、事前に話は聞いていたらしい。

 なんというか、僕だけが置いてけぼりだ。僕の存在が禁域に立ち入るのに不可欠だというのに。

 ほんのりと不満を滲ませながらイルムヒルデに目を向ければ、彼女は困ったように苦笑を返しつつ嘴を開いた。


「話を進めさせていただきますわね。外部からの観測でも禁域の変化、規模は大まかに分かりますので、私は三神教会と連携して定期的に、ゲヤゲ島の観測を行っておりました。幸い、今年に入るまで目立った変化はなかったのですが、今年の青の月の頃から、禁域が急速に領域を拡大し始めたのです」

「青の月……」


 続いての説明に、ぽつりと言葉を零す僕だ。

 僕がカーン神の使徒の力に目覚めたのは、今年の青の月のとある日。それと禁域の拡大開始が同時期と言うのは、なんとも気持ちが悪い。


「ダヴィド様が使徒として目覚められたのも、その頃でしたね」

「はい……そうです」

「まさかとは思いますけれど、エリクさんの使徒としての目覚めって、その邪神が関与していたり、なんてことは……」


 身を震わせる僕が答えると、僕の肩を抱きながらアリーチェが不安げな声を上げた。

 そう考えるのが自然ではあるのだ。邪神が降臨したから僕に使徒の力が目覚めたのか、僕が使徒の力に目覚めたから邪神が降臨したのか、あるいはただの偶然なのか、それは分からないけれど。


「あり得ないとも言えません。なので、早急な立ち入り調査が必要だと判断し、今回のお話に繋がったのですぞ」


 アリーチェの言葉に、ダニエルがこくりと頷きながら答える。

 その言葉に、はっと息を呑むアリーチェ。喉を空気が通り抜ける音が、僕の耳にも聞こえる。

 神妙な面持ちをして、イルムヒルデが再び嘴を開いた。


「外部からでもはっきり分かるくらいに、神力が高まっておりました。神の降臨も確認できておりますわ……そして、その降りた神が、また厄介なのです」


 非常に、非常に困った顔で眉尻を下げながら、彼女はその名を告げる。


「その名はエスメイ。地神スヴェーリの伴神である、れっきとした邪神です」

「なんですって……!? 人と魔物の命を戯れに弄ぶという悪神じゃないの!」


 エスメイ。その名を聞いたマドレーヌが、思わず椅子から立ち上がって腰を浮かせた。

 僕も名前だけは聞いたことがある。三大神と対応するようにおわす邪神の三柱。その一柱、地神スヴェーリの配下。

 親が子供をしつける時にもその名前を挙げるのだ。「夜更かしする悪い子の元には、エスメイがやってきて連れ去ってしまいますよ」と。

 邪神も邪神だ。まぎれもない悪の神だ。


「そうです。スヴェーリの第二の伴神。悪童。『器』を壊すもの。神階(ドゥシャ)にお帰りいただくにせよ、封じるにせよ、滅するにせよ、一筋縄でいかないことは間違いありません」


 真剣な顔をしてイルムヒルデが頷けば、身体から力が抜けるようにマドレーヌが椅子に腰を下ろす。その表情は恐れがありありと浮かんでいた。

 僕も、アグネスカも同様だ。そんじょそこらの小規模な伴神を相手にするのとはわけが違う。僕みたいな新米の使徒が相対するには、強大すぎる相手だ。


「そんな……本物のエスメイを相手にしなきゃならないだなんて……」

「恐ろしいお話ですね……」


 僕の手を、アグネスカがぎゅっと握った。その手が小さく震えている。

 恐怖に囚われる僕達を、しかしアリーチェが必死になって励ましてきた。


「だ、大丈夫ですよ二人とも! エリクさんは調教士(テイマー)でもあるんですから、私も伴魔としてついていけますし、なんならルスランさんやイヴァノエさんだって連れて行けるじゃないですか!」

「アリーチェ、そうは言いますが、相手は神なんですよ」


 彼女の言葉に視線を返しながらも、アグネスカの手の震えは止まらなかった。

 確かに、僕は融合士(フュージョナー)であると同時に調教士(テイマー)でもある。イヴァノエとアリーチェは僕の伴魔ということになっているし、ルスランも話をすれば僕と契約を結んでくれるだろう。

 しかし、それでも。


「……」

「大丈夫かエリク、震えているぞ」


 これから相対する敵の強大さに、僕の身体の震えは止まらなかった。ブリュノが心配そうな目を向けながら、僕の肩を叩く。

 と、おもむろにイルムヒルデが僕とアグネスカのところへと近づいてきた。その大きな翼で、優しく僕達二人を抱く。


「怖いと思うのも分かりますわ、ダヴィド様……ですがご安心ください、殺されるようなことは、決してありませんから。使徒を殺せば、三大神の怒りに触れますからね」

「そう……ですか……」


 柔らかな羽毛に包まれながら、僕は力なく言葉を返した。

 まさか、こんなことになるだなんて。いずれ来るであろう調査の日が、今から不安で仕方がなかった。

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