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誕神日

 結局、アリーチェはすぐさまに屋敷の中に運ばれていった。

 リュシール曰く、神の誕生にあたっては儀式的な取り決めが色々あるそうで、人間種(ユーマン)や魔物の出産とは、趣がいろいろ異なるらしい。


「新たな使徒の生誕、新たな神の誕生、これが一日の内に目の当たりにできるとは、今日はめでたい日ですな」

「全くですわ。2144年紫の月21日は、ルピア三神教にとって歴史に残る日となることでしょう」


 ダニエルが毛量の多い頭を小さく揺らしながら笑えば、イルムヒルデも口元に手先をやりながら笑う。確かに今日というこの日、ルピア三神教にとってのイベントは数多く起こっているが。

 今、僕を含む使徒五名は、ヴァンド森の屋敷の中の一室、儀式場ともいえる広間に椅子を並べて座っていた。

 広間の中心ではアリーチェが寝台に乗せられて横たわり、周囲をアグネスカとリュシールとルドウィグが忙しなく行き来している。手伝いたいが、リュシールにきつく止められた。


「どうかしら、ブリュノ様。初めて『神域(しんいき)』に立ち入った感触は」

「いやあ……なにぶん若輩なもので、神力の感覚は未だはっきりとは分からないのですが、空間として、別格ですな」


 マドレーヌが隣に座るブリュノに声をかけると、神域に立ち入るのが初めてとなるブリュノが身を硬くしながら答える。

 そうなる気持ちも分かる。聖域と比較しても、神域の神力の密度は膨大だ。全身にびしびしと圧を感じていることだろう。僕も引っ越してきた当初はそうだった。

 緊張した様子のブリュノに、イルムヒルデがにこやかな笑みを向ける。


「明日から数日間、ルセ様にはこちらの神域で、神力の感じ方と使い方を学んでいただきますわ。私どもが付きっきりになって指導しますので、心配されることはありませんよ」

「ヴァンドの神域は使徒、巫女、神獣が勢揃いだから、環境としてはこの上ないわ。しっかり利用なさい」

「うむ……感謝します」


 イルムヒルデの発言にマドレーヌも同調して言葉を重ねた。言われる側のブリュノは恐縮しきりである。

 とはいえ、言いたくなる気持ちも分かる。マドレーヌにも、ダニエルにも、イルムヒルデにも、僕達の環境が恵まれていること、このヴァンド森の聖域が力に満ちていることは言われ続けているのだ。他の使徒からしたら羨むなという方が無理だろう。

 そんな現実を脇に置いておいて、僕は隣に座るダニエルへと視線を向けつつ口を開いた。


誕神(たんしん)って、そんなにすごいことなんですか? 前に、神様ってものすごくたくさんいる、という話を聞きましたけど……」


 僕の問いかけに、ダニエルがうっすらと目を細める。その表情のまま、彼は両手を小さく広げた。


「たくさんおわすこと、それ自体は間違いではないのですぞ。ただ、現世での肉体を有する神獣の身から誕生すること、それが滅多にないことなのですな」

「そうなんですか?」


 彼の言葉に、思わず僕は目を見開いた。そんなに珍しいことを、先日に僕はやったと言うのだろうか。

 その特異さを裏付けるように、マドレーヌが指を一本立ててみせる。


「一般の使徒にとって、神獣はあくまでも配下であり魔物。恋愛対象になることは、まず無いと言ってもいいわ。だから使徒と神獣が交わって新たな神が宿り、誕神までもっていく事例は、かなり稀なの」

「そもそも、アリーチェ様のような神獣人という存在が、世界で見ても稀でございますゆえにね」


 マドレーヌの言葉に頷きながら、イルムヒルデが言葉の後を継ぐ。

 そういえば、神獣という存在は時折耳にするけれど、その神獣はいずれも巨大な獣の姿をしたり、竜の姿をしたりするものだそうだ。ルスランがまさにそれである。

 アリーチェのように人間種(ユーマン)と変わらない体格をして、獣人族(アニムス)のようにふるまう神獣人という存在は、僕もアリーチェ以外に存在を知らない。

 その独自性にはーっと息を吐いていると、イルムヒルデが口角を持ち上げながらさらに口を開いた。


「大概の伴神というものは、主神が自らの手で生み出すか、自然発生的に(・・・・・・)世界から生まれ出でます。神とは、世界から望まれて生まれるものなのですよ」

「自然発生的に……!?」


 その言葉に、僕の顎はすとんと落ちた。

 自然発生的に、特に何の働きかけもなく、神が生まれてくるなんて。

 確かにこの世界、ルピア三大神以外にもその下につく伴神が多くおり、多神教のような性質を持つ三神教が広く信仰されているけれど、そこまで神という存在が気軽に生じる世界だったとは。

 僕の様子に、同じヴァンド領内に住む人間だったブリュノがため息をついた。


「エリク、お前13年(13ムート)王国で生きてきて、神をどんなもんだと思ってたんだ」

「えー……なんかこう、もっと、仰々しい感じで生まれてくるものだと……そんな、ジャガイモ(ポンメ)の新芽みたいにぽこぽこ生まれ出でてくるなんて……」


 頭を抱えそうになっている僕の言葉に、ブリュノはからからと笑った。そのまま、鱗に覆われた硬い手で僕の肩を叩いてくる。


「はっはっは、ジャガイモ(ポンメ)の新芽か。言い得て妙だな」

「お気持ちは分かりますよ、神ですものね。ですが逆に、神だからこそそうして、何も手をかけなくてもほいほいお出でなさるのです」


 僕の、「ジャガイモ(ポンメ)の新芽のような」という表現が、存外にツボに入ったらしい。イルムヒルデもくすくすと笑みを零していた。


「へぇ……」

「シッ、始まるわ」


 はーっと息を吐きながら声を漏らすと、マドレーヌが前方を見据えながら場を引き締める。視線を前方に向ければ、今まさにアリーチェが目をしっかと閉じ、力んでいるところだった。


「う……」

「始まります。アリーチェ様、意識を手放さないように。持っていかれて(・・・・・・・)しまいます(・・・・・)ので」


 苦しみの表情を浮かべるアリーチェに、傍につくリュシールが優しく声をかける。その声に、僅かに目を見開いたアリーチェが寝台の縁を掴んだ。

 そして、その下腹部から。球体をした神力の塊が、じわり、じわりと押し出されるように彼女の身体から外に出てきている。


「あ……」

「あれが『生まれたての神』よ、ボウヤ。ヒトの身体からは、ああして生まれ出でるのね」


 思わず声を漏らす僕に、マドレーヌが目を見開きながら言葉を投げた。

 これこそが、神の誕生。誕神の過程だというのだ。

 僕は真正面から視線を外さないままに、並んで座るイルムヒルデに声をかける。


「イルムヒルデさん、今リュシールが言った、持っていかれる、って?」

「誕神の際、母体の魂が生まれ出でる神に引きずられて、肉体から出て行ってしまう危険があるのです。体内に宿る神力を、ほとんど根こそぎ持っていかれますので」


 イルムヒルデの声も、普段とは違って僅かに震えている。使徒としては大いに先輩な彼女と言えど、こうして誕神の現場に居合わせることは、そうそうなかったのだろう。

 改めて、僕は目の前で今まさに神を生み出さんとしているアリーチェを見た。

 下腹部から徐々に、徐々に出てきている神力の球体は、もうすぐ半分が彼女の身体から出ようとしている。ただの神力でないことは、発する燐光(りんこう)からも明らかだが。


「あれが……神、ですか?」


 僕の目には、その『神』はなんの特徴もない、しかし密度が段違いに濃い神力の塊にしか見えなかった。

 あれが、神だというのだろうか。だとしたら、どれだけ個々の特徴のない、ありきたりなものなのだろうか。

 僕の零した疑問に、イルムヒルデがこくりと頷いてくる。


「そうですよ。神とはすなわち、力の具現。その有り様は世界(ルピアクロワ)に在る生命には知覚せざるものなのです。

 私共は神の名代たる使徒でありますゆえ、ああして神力の塊として知覚できますが、一般市民の皆様には認知すら出来ないものでございます」

「神の形とは、一つの物に定まらないものなのよ。世間に広く知られている神の形は、その神が好んで取っているだけの一側面。だから私達も、在り様の定まっていない神は、ああいう風に見えるってわけ」


 マドレーヌもイルムヒルデの言葉に同調しながら、僕にそうして説明してきた。

 神の姿は定まらない、世間の人々が一つの形を作る。地球の神々もそんな具合だったはずだ。偶像とか、聖書などの書物の挿絵とかで、形が定まっただけのもの。

 仏教の神々なんかも、古代の書物でこれこれこういう姿、とされたものがそのまま伝わり、像にされただけだと聞くし。神の実体なんて、得てしてそんなものなのかもしれない。

 改めて視線を前に向ければ、アリーチェの下腹部から神力の球体はもう七割方外に出てきていた。そして、アリーチェが一つ力んだところで、その球体がすぽん、と飛び出し、彼女の身体から離れる。その瞬間、アリーチェは寝台に沈み込むように脱力した。


「あ……っふぅ」

「お疲れ様です、アリーチェ様。無事、神はお生まれになり、カーン様の御許に向かわれました」


 生まれ出でた(・・・・・・)神である神力の球体は、アグネスカが掲げるように持ち上げて、そのまま天へと送り出していく。リュシールの言葉を借りれば、カーン神の元へと向かっていったのだろう。

 ここに、誕神の儀式が完了したわけである。


「なんか、すごいものを目の当たりにしたな、俺達……」

「そう、ですね……」


 神力が屋敷の天井を通り抜けて天へと昇っていく様を、ただじっと見つめていたブリュノが言葉を零す。

 僕も、あまりにもスケールが大きい事態に、同じように天井を見つめて言葉を零すしか出来なかった。

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