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宴は一度落ち着いて

「はーー、つかれたーー……」

「お疲れ様でございます、エリク様」

「立派な働きでしたぞ」


 謝肉祭(カルナバール)一日目は滞りなく終わり、その日の夜。

 夕食の席で僕は突っ伏すようにテーブルへと倒れ込んでいた。

 仮装行列が終わってからも、パレードの先頭を歩いた僕やイヴァノエを一目見ようと、殺到する人々にもみくちゃにされてとても大変だったのだ。着替える暇も変身も解く暇がなくて、聖域に帰って来てようやく人間族(ヒュム)の姿に戻り、ダルマティを脱げたくらいである。

 まさか、使徒としてお祭りに参加することが、こんなに大変だとは。ダニエルさんが僕に役目を譲ろうとするのも、とても分かる。


「もう無理……今日はご飯食べたら寝る……」

「駄目ですエリク、せめてお風呂には入ってください」


 机に突っ伏したままで食事どころではなく、地の底から漏れ出すような僕の呻き声に、アグネスカが丸パンを割りながらぴしゃりと告げた。

 今日の夕飯のメニューは謝肉祭(カルナバール)の最中ということもあって鹿肉のステーキだ。普段は食べられないであろう分厚いステーキが、マッシュしたジャガイモ(ポンメ)と一緒に皿の上で存在を主張している。

 そのステーキを頬張りながら、アリーチェが口をもごもごさせつつ声を出した。


「ふょうへふよー、ぅんぐっ、お風呂もめんどくさいーってんでしたら、私の水属性神術でドバーンとやりましょうか」

「アリーチェ様、みっともないですよ。それに、三大神の齎したもうた奇跡である神術をそのような、横着することに使うのは、流石にいかがなものかと」


 ステーキにナイフを入れながら苦言を呈するリュシール。彼女の冷たい視線にうぐ、と呻くアリーチェが、ふるふると首を振った。


「分かってますってー、流石にやりませんよ……ほら、死告竜(ドゥームドラゴン)の方だって、あるわけじゃないですか」

「あっ……そうだよね、傷を塞いであげなきゃ」


 その言葉に、僕もハッと顔を上げた。

 そうだ、祭りに集中していたからすっかり忘れていたけれど、死告竜(ドゥームドラゴン)は今日この日も聖域から神力を吸い上げて、その身体を内側から裂かれているのだ。

 僕と視線がぶつかったリュシールが、口元をナプキンで拭いながらそっと目を閉じる。


「そちらは、アリーチェ様と私でしておきましょう。エリク様は早めにお休みください」

「あの、私は」

「アグネスカ様も、本日はエリク様に長い事付き従ってお疲れでしょうから、本日は結構です」


 自分も手伝うべきか、とアグネスカが言うよりも早く、優しく微笑みながらリュシールは首を振った。

 確かに、アグネスカも今日一日僕について、巫女として仕事をしている。きっと疲れていることだろう。彼女のことだから、顔には出さないと思うけれど。

 僕がそっと身を起こして鹿肉にナイフを差し込んでいると、向かいの席のルドウィグが一際分厚いステーキを食べつつ笑った。


「それにしても、今年の仮装行列は見事なものじゃったなぁ。アルセン殿によれば、王都からも参加者があったそうではないか」

「あー……そういえばそんな話をしていた気がする。王都ウジェに、城塞都市ドナンに……例年以上に、色んな所から参加者があったって」


 アルセンから聞かされた話を思い返しながら、ステーキを口に運ぶ僕である。

 ヴァンドの謝肉祭(カルナバール)はその規模の大きさもあって、ヴァンド領外からも参加者がある程に人を呼べる祭りだが、子供たちについてはなかなかそうもいかない。

 遠方からの参加となれば家族への負担も大きいし、そもそもルピアクロワでは子供を連れての旅行は一般的ではない。だから仮装行列の参加者に関しては、ヴァンド領内の中でも比較的ヴァンドに近い町や村の子供で、九割がた占められる。

 それが今回は、ヴァンド領内どころか王都ウジェや、南のユボー領の領都であるドナンからも参加申し込みが届き、僕の後ろについて仮装した姿で子供たちが練り歩いたのだという。

 屋台を出していたエクトルも、仮装行列の時だけ祭りを見学していたアンセルムとフェルナンも、興奮の面持ちで僕に話しかけてくる。一人だけ不在のパトリスは、早々に夕食を片付けて別の家事に取り掛かっているらしい。


「本当に凄かったです! エリク様とイヴァノエ様が先頭に立って勇ましく歩かれて、その後ろをいろんな仮装をした子供たちがずらずらと!」

「使徒様の姿が角を曲がって見えなくなってもまだ、子供たちの列が続いていました!」

「実に見事でした。御山に籠っていたままでは、決して自分の目にすることは叶わなかったでしょう」

「ははは……そんなに凄かったかな」


 やいやいと騒ぎつつ僕を褒め称える三人に、思わず苦笑を零しながら言葉を返すと、大きく頷いたのはルドウィグだった。腕組みをして満足そうな顔をしている。


「凄かったですとも。なんにせよ、一日目の今日がエリク殿にとっては山場でしたからな。後はゆっくり、謝肉祭(カルナバール)を楽しまれるとよいじゃろう」

「そーですよー、今日は私とエクトルの屋台に来たくらいで、屋台なんて全然回れなかったんでしょう? 明日からゆっくり回るといいですよー」


 ルドウィグの言葉の後を継いで、アリーチェがジャガイモ(ポンメ)に手を出しながら言った。

 確かに、僕にとっては今日が謝肉祭(カルナバール)で一番忙しい日だ。後は特段用事があるわけでもなく、お祭りを楽しむことが出来る、と思いたい。

 きっと明日も明後日も、僕が使徒だからということでもみくちゃにされる予感はするけれど……明日以降は普段通りの服装でいられるから、まだ服装で目立ちはしないはずだ。獣人族(アニムス)の姿でいれば比較的自由に動けるだろう。


「屋台と言えば、エクトル、そっちの方は調子はどうだったの? 行った時、随分繁盛していたように思ったけど」

「そうそう、そうなんですよ。もう既に昨年の謝肉祭(カルナバール)で出した売り上げの、半分を超える額を出してるんです! これもアリーチェ様の呼び込みのおかげです!」

「アリーチェの?」


 視線をエクトルに移すと、食べ盛りの少年はステーキを平らげてから嬉々としてそう話した。

 昨年の謝肉祭(カルナバール)全体で売り上げた額の半分以上を、一日で出したというのか。それはなんとも凄い。ヴァンド森の聖域に使徒が来て、神獣も来て、そのブランド力が飛躍的に高まったとはいえ、予想以上だ。

 話題に上がった当の本人は、ふんすと鼻を鳴らしながら胸を張っていた。


「ふっふーん。『今なら生の神獣が拝めますよー! 話も出来ますよー!』ってぶち上げたらどっと人が集まりまして。いやー可愛いって罪ですねー」

「アリーチェが可愛いかどうかより、アリーチェが神獣であることの方が、お客さんには重要だったのではないかと思いますが」


 何ともわざとらしく自分の可愛さをアピールしにかかったアリーチェだが、それを殊更にバッサリと切って捨てるアグネスカ。

 そのすげない対応はある程度予想出来ていたのか、アリーチェも腹を立てることはしなかった。しかし頬をぷくっと膨らませて不満を露わにしている。


「ぶーっ、アグネスカさんってば、わざわざそれ言わなくてもいいじゃないですかー」

「言い争いは後にいたしましょう。アリーチェ様、お食事がお済みのようでしたら外へ。フェルナン、片付けは任せますよ」

「かしこまりました、守護者様」


 アリーチェの様子に肩を竦めたリュシールが、そっと椅子を引いて席を立つ。歩き出す中でフェルナンに視線と声をかけると、彼はこくりと頷きを返して。

 この光景だけ見れば、日常の一シーンなのだが、明日も明後日も謝肉祭(カルナバール)。非日常はまだまだ続く。

 丸パンを割ってステーキソースを拭いながら、僕は呆けたように呟いた。


「明日も、明後日も、まだまだ謝肉祭(カルナバール)は続くんだよね……去年もあのお祭りには参加しているはずなのに、なんでこんなに疲れてるんだろう」

「それは勿論、昨年までのエリク殿は一般市民だったわけですからな」

「昨年まではお祭りをただ楽しむ側でしたが、今年からはお祭りを動かす側です。疲れて当然です」


 僕の零した言葉に、ルドウィグもアグネスカも当然だ、と言わんばかりの表情で言葉を返してくる。

 それに目を見開きながら、ソースの付いた丸パンを口に運んだ僕は口をキュッと結んだ。

 確かに、当然に過ぎる話だ。同じ祭りだとしても、昨年までと状況が違う。違い過ぎる。僕の立場も違うし、祭りの人入りも違う。同じように考える方が酷というものだろう。

 納得しながら僕は自分の分の丸パンを食べきった。ステーキの乗せられた皿も空になって、すっかり食事が済んでいる。


「そうかー……そうだよね」

「あれだけのお祭りを運営する側ですもの、お疲れになって当然です。丸パンのおかわり、いかがいたしますか?」

「ん、後は寝るだけだし……今日はいいや。ごちそうさま」


 僕の傍に寄ってきたフェルナンに首を振って返すと、一つ頷いた彼が僕の前にあった皿を静かに取り上げた。

 そのまま両手で持ちつつ、僕に向かって頭を下げてくる。


「後片付けは私共でやっておきますので、使徒様はお休みになってください。風呂の用意はパトリスにさせております」

「ありがとう、いつもごめんね」

「いえいえ」


 風呂の用意もしてくれているとは、本当に彼らの働きぶりには頭が下がる思いだ。礼を述べるとにこにこと笑みを返して、キッチンの方に足を向けるフェルナン。アンセルムも立ち上がって、自分とフェルナンの使った皿を手にそれに続く。

 後片付けは彼らに任せれば大丈夫だろう、僕はあとはお風呂に入って、ゆっくり眠るだけだ。食堂の扉に手をかけながら、後ろを向いて皆に声をかけた。


「それじゃ、おやすみなさい」

「おやすみなさい、エリク」

「また明日、よろしくお願いしますね!」


 そうして短く言葉を交わした後。

 小さい音を立てて木製の扉が閉められた。

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