仮装行列
謝肉祭は、開会宣言直後から大賑わいだった。
立ち並ぶ屋台には人が群がって肉の串焼きやサンドイッチや飲み物を買い求め、町の広場では大道芸人が芸を見せて人々を楽しませている。
そんな賑わいを、僕は開会宣言で着ていた豪華なダルマティを着たままで隠れるように見ていた。
「エリク、なんでそんなに隠れているんですか。アリーチェとエクトルのやっている屋台に行くのではなかったのですか」
『そうだぞエリク、俺は早く肉が食いたい』
こそこそと動く僕に、アグネスカとイヴァノエが不審げな視線を向けてくる。
パレードの始まる前に昼食を取って、お腹を満たしてから、というのは決めていたし、既に人がこぞってサンドイッチを買っているであろう、エクトルとアリーチェの屋台に向かうことも決めていたのだが、この二人は随分気軽に言ってくれる。
そんな二人に批判的な目を向けながら、僕はダルマティの裾を摘み上げた。
「だって……この服装のままじゃ目立つじゃないか。いくら10の刻から仮装行列で、着替えている余裕がないからって……」
ゆったりとした作りの、背中側に尻尾を出すための切れ込みの入ったダルマティを見ながら、僕は力無く肩を落とした。
謝肉祭一日目のメインイベントは、子供たちによる仮装行列だ。
10の刻から11の刻までたっぷり100分かけてヴァンドの街を練り歩くパレードは、例年大変な盛り上がりを見せる。子供たちの晴れ舞台ということもあり、仮装に気合を入れる人々も多い。
今年は僕が、イヴァノエの背に乗って仮装行列を先導するのだ。装飾品で着飾ったイヴァノエは雄々しくて勇ましくて、パレードの先頭を飾るに相応しいだろう。
だが、その背に乗るのは僕であって。いくらイタチに変身するとはいえ、見劣りがしそうで仕方が無い。
ちなみに僕と違い、イヴァノエは今は普段通りの姿だ。装飾品の最終チェックは既に終わっているので、パレード直前までは普段のままである。羨ましい。
『エリクは豪華な服を着せられて大変だなー。なんなら今から俺の背中に乗って移動するか?
ウサギになっていればお前だと気付かれないだろ?』
「そうだけどさ……あんまり小さい動物になったままだと、この人混みの中じゃ落ちたら戻れないだろ」
不安げな目をしながら、僕はイヴァノエの身体を撫でた。
人間大のサイズを持つギガントウィーゼルのイヴァノエは胴長短足とはいえ、僕の肩くらいのところに胴体を持つ。その上に乗って移動すれば安全だろうし、ウサギなど動物の姿になれば僕だと気付かれはしないだろうが、一度落ちたらまた背中の上に戻るのは至難の業だ。
アグネスカもコクリとうなずいて、僕の肩に手を置く。
「そうですね、小さい姿のままでは人に踏まれてしまうかもしれないです」
「うん……かと言って獣人種になってもなー、この服のままだと僕だとバレるし」
腕を組みながら僕は唸った。
なるべくなら目立ちたくはない。使徒としてそれはどうなんだ、と言われてしまいそうだが、本心はひっそりと、去年までと同じように謝肉祭を楽しみたい。
しかし動物の姿になれば隠れられるが危険がある。獣人種だと隠れていることにはならない。
つまり、隠れようがない、ということだ。
イヴァノエがくくっと喉を鳴らして笑いながら、僕の足を尻尾でぺしりと叩いた。
『ま、諦めるこったな『使徒サマ』。どんどん目立て、祭りの顔なんだろ?』
「えぇ……やだよ……」
僕をからかうように言葉をかけて、イヴァノエがにやりと笑う。僕はますます肩を落とすしかなかった。
結局目的の屋台につくまで、握手を求められたり自己紹介を受けたり、安穏とは程遠い道中を、僕達は乗り越えるしかなくて。
エクトルとアリーチェが出迎えてくれた時には、ヘトヘトになってげっそりした顔を見せることになる、僕とアグネスカなのだった。
そして10の刻間際。
着飾ったイヴァノエの上に乗り、イタチの獣人になった僕は、パレードの開始を間近に控えて表情を険しくしていた。
僕達の後ろでは思い思いの仮装をしたヴァンド市内やヴァンド領内の子供達が、僕と同じように表情を固くしている。顔がすっかり隠されて、表情を伺えない子供もいるが、きっとその下では固唾を呑んでいるはずだ。
『なんだよエリク、そんな怖い顔すんなって。祭りなんだから楽しまねーと損だろ』
「緊張するに決まってるだろ。そういうイヴァノエこそ、実際に歩くのはそっちなんだからね? 楽しみすぎて、道、間違えちゃ駄目だよ」
緊張のあまり顔が強張りっぱなしの僕に対し、イヴァノエは平静を保っていた。こんな大勢の人の前に立つのは初めてだろうに、随分と肝が座っている。
性格にしろなんにしろ、さすがと言うほかはない。僕の苦言にも笑いながら言葉を返してきた。
『ハハッ、ギガントウィーゼルを侮るなよ。この町の中をどう歩けばいいか、しっかり頭に叩き込んであるからな』
「分かった、頼むよ」
自信満々に告げるイヴァノエに、僕はその首元を撫でることで答えた。
ここまで自信ありげに言ってくるのなら大丈夫だろう、それにパレードの順路は見物人で囲まれている。ああは言ったが、道を間違えようがない。
僕の隣に立って様子を伺っていたアルセンが、ニコニコと笑いながら行く先の大通り、見物人が待ち構える方に手を伸ばした。
「それでは、よろしくお願いいたします、エリク様。お手持ちの杖を振りつつ、皆さんにその姿をお見せするようにやっていただければ」
「分かりました、ボンデュー市長。歩くルートはヴァンドの大通りで、人の見ている間を通っていけば大丈夫なんですよね?」
右手に持ったバトンを軽く掲げながら、僕は確認の意味も込めてアルセンへと話しかける。
それにこくりと頷いたアルセンが、口角を持ち上げてにこやかに笑った。
「その通りです。さ、もうすぐお時間です。頼みましたよ」
「うっ……頑張ります」
いよいよ、その時がやってきて。
より一層表情を固くした僕を置いて、アルセンは僕から少し離れた、パレードの開始地点に立った。
拡声の魔法具を手に持って、大きく声を響かせる。
「それでは皆様、大変長らくお待たせいたしました。定刻になりましたので、ただいまより謝肉祭一日目のメインイベント、仮装行列を開始いたします!!」
「「ワァァァーーーッ!!」」
アルセンの声に被さるように、見物人がもの凄い音量で歓声を上げた。
その大地を揺らすが如き声に気圧されそうになる僕だったが、ぐっと堪えて前を見た。
『よし、行くぞエリク』
「……うん、行こう」
短く言葉を交わし合って、僕はイヴァノエの肩をポンと叩く。それが開始の合図だ。
一歩を踏み出し、パレードが進み始める。人々の歓声が雨のように降る中を、僕達子供達は歩いていく。
手を振りながら進んでいく僕の背を押すように、アルセンの声が後方から響いた。
「今年のパレードを先導いたしますのは、開会宣言でも皆様にご挨拶いたしましたラコルデール王国の使徒、エリク様!
そしてエリク様の伴魔であるギガントウィーゼルのイヴァノエ殿です!
皆様、盛大な拍手をお送りください!!」
アルセンの声を契機に、万雷の拍手喝采が巻き起こった。それはまるで、英雄を出迎えるかのように盛大で。
その、あまりにも経験しがたい、壮観な情景。僕は手を振りながらも呆気に取られていた。
それにしても僕はともかく、イヴァノエまで紹介してもらえるとは思ってもみなかった。去年の謝肉祭の仮装行列でエクトルが先導した時には、エクトルが跨っていたコンスタンの紹介はされなかったはずなんだけれど。
後方にいるアルセンの姿が小さくなっていくのを見つつ、僕は目を見開きながら口を開いた。
「パレードの先頭って、こんな景色なんだ……」
『なんだ、そんなに嬉しいか?』
「うん……すごいなって」
僕を乗せて前を向いたままのイヴァノエが声をかけてくるのに、生返事になりそうな声を返す僕だ。
何しろ、去年まではパレードの先頭はおろか、先頭の姿を見ることすら出来なかったのだ。それが一気に使徒になって、先頭を任されて。
驚きと感動が綯い交ぜになって、心の中が忙しい。
と。
「エリクさーん、こっち向いてくださいこっちー!」
「立派ですぞー!」
「あ、アリーチェにルドウィグだ!」
見物人の中から僕へと大きな声がかかった。パレードから見て左方、声のした方に目を向けると、そこには見物人の最前列で大きく手を振るアリーチェと、ルドウィグの姿がある。ルドウィグの隣には僕の両親の姿もあった。
ぐっと身体をひねってそちらに向けて大きく手を振ると、強張っていたはずの表情が緩んでいくのが分かる。自然と僕の口から、笑みが溢れていた。
「……えへへ」
『家族にアピールするのはいいがエリク、俺の上から落ちるんじゃねーぞ?』
アリーチェの白い毛皮と、ルドウィグの縞々の毛皮が段々と小さくなっていく中で、イヴァノエのからかう様な声がかかった。
その長い首に手をかけてぐっと身体を支え、体勢を立て直すと、僕はバトンを握った手をまっすぐ前に伸ばす。そこにはメインストリートの曲がり角があった。
「分かってるよ、ほらイヴァノエ、もうすぐ曲がり角だよ」
『おう、心配すんな』
角を曲がると、またもや大きな歓声が見物人から上がる。
角になっていてよく見えなかったパレードが見えて、先頭は聖域の関係者というだけではない、自国の使徒が先導していて。
観客のボルテージが例年より上がるのも当然であろう。
「エリク様ー!!」
「エリク様こっち向いてくださーい!」
「使徒様こちらに手を振ってー!!」
ヴァンド市内の人も、市外の人も。ヴァンド領内の人も、領外の人も。ラコルデール王国内の人も、王国外の人も。
その全ての人々が、僕に向かって大きな声援をかけていた。
「すごいね……」
『おう、すげーな。俺じゃねえ、お前が注目を浴びてるんだぞ、エリク』
その圧倒的な注目を浴びて、感動と驚きに目を細める僕に、イヴァノエが優しく声をかけてくる。
例年以上に大盛況な仮装行列を先導する僕の表情は、もうすっかり満面の笑顔になっていた。





