微睡みの時間
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翌日から、僕はウサギの姿でいることが多くなった。
理由は今更、説明する間でもないだろう。ウサギの繁殖のためには僕がウサギにならなくてはならない。
ボーナの身体を酷使する形になってしまうのだけが気がかりだが、当の本人が随分乗り気で随分励んでくれた。おかげでちょっと、腰が重い。
人間に戻ることはおろか、獣人になることすら億劫で、ウサギ姿のままで小動物用の小屋の中でぐったりしていると、ひょいと僕の身体を抱え上げる存在があった。
「エリクさん、お疲れ様です」
『ああ……アリーチェ』
か細い声で鳴きながらピスピスと鼻を鳴らすと、僕の顔を頭上から覗き込んだアリーチェがくすりと笑った。
今の僕はウサギ獣人でもなければ魔物の角ウサギでもない、ただのウサギだ。ルピア語もベスティア語も話せない。使徒の力でアリーチェに言葉を伝えることは出来るけれど。
小屋の扉を開けるアリーチェが、僕の頭を撫でながら口を開いた。昼過ぎだろうか、太陽はいくらか傾いている。
「すっかりウサギですねー、エリクさん。皆に混ざっていても全然違和感なかったの凄いですよ……で、どうでした?」
『どうもこうも……朝から晩まで励みっぱなしだったから、すごく疲れた。
隣じゃピーノもカストも皆が連れてきたメスと励んでるから助けを求められないし……ボーナは喜んでいたけどさ』
ぷーっと息を吐き出し、喉を鳴らす僕を見て再び笑ったアリーチェが、草地の上に腰を下ろした。そのまま抱きかかえた僕を膝の上に乗せる。
膝から伝わる体温と、アリーチェの毛皮の柔らかな感触にまったりとしながら、僕は下からアリーチェを見上げた。
『1ヶ月後には、子供が生まれるんだよな?』
「そうですよー。でももしかしたら、もうちょっと早まるかもしれませんね。聖域の中は神力で満ちていますから……一度に生まれる頭数も、もしかしたら6頭より増えるかもしれません」
『大丈夫かな……』
アリーチェの言葉に、僕の心に不安が去来した。
ピーノとカストが関係を持っているメスのウサギは、聖域の森から連れてきた野生のものだから、出産も経験しているはずだ。しかしボーナは1歳とはいえまだ致した経験も、子供を産んだ経験もない。それがいきなり多胎妊娠して、大丈夫なのだろうか。
そんな僕に対し、アリーチェが意地の悪そうなにやりとした笑顔を向けてきた。
「エリクさんの方こそー、大丈夫なんですか? 朝から晩までずーっとヘコヘコ。
いやー凄い効果ですねー、アグネスカさんの『種よ栄えよ』。エリクさん最後まで種切れ起こさないどころか、今でもビンビンじゃないですか、ほらほら」
『ちょっ、やめろよアリーチェ! 全然収まらないの気にしてるんだから!』
揶揄いながら僕の身体をひっくり返して仰向けにするアリーチェ。彼女の上で仰向けになり、バンザイするような姿勢になった僕の下腹部に空気が触れて、ひんやりとした感触が襲った。
そう、神術の影響下にずっといたままの僕の下半身は、未だに元気いっぱいなのだ。
大地属性神術「種よ栄えよ」は、効果範囲内の生き物の生殖能力と生殖意欲を、大きく増大させる神術だ。
この神術を使ったうえで小作りをすれば、どんなに受精が成功しにくい動物や魔物であろうと、一発で着床が成功する。意欲増大でアドレナリン全開になるため、一晩中身体を寄せ合っていようが全く衰えることはない。
つまるところ、生き物を盛大に発情させる神術なのだ。
アグネスカの手で小動物用の小屋の中に施されたそれのおかげで、僕もピーノもカストもボーナも名前のないメスのウサギも、皆が皆子供を作ることを最重要課題として考え、脇目も振らずにいたしていたというわけだ。空腹にはなるので飼い葉を食むことこそしたが、それ以外はずっとである。
カーン神の使徒や巫女の仕事をするうえで、非常に重要かつ使う機会の多い神術なのだが、正直自分がかけられる側になるとは。そして効果範囲から外れると、こんなに疲れるなんて。無理をさせてごめん、と動物たちに謝りたくなってくる。
僕が内心で今まで「種よ栄えよ」を使ってきた動物たちに申し訳なく思っていると、僕の柔らかくぷにぷにしたウサギのお腹を撫でていたアリーチェが、笑みを浮かべながらすっとその目を細める。
「大丈夫ですよエリクさん、発情して苦しいなら私の上にまたがっても」
『しないから! 第一アリーチェはお腹の中に赤ちゃんがいるだろ! 僕との子が!』
僕の腹を撫でるその手を後脚で蹴り上げるようにしながら、僕は盛大に文句をつけた。
チボー村で薬を盛られ、無理やり押し倒されてから数ヶ月。アリーチェの腹部は特段変わったところは無いが、大量の神力が聖域から流れ込んでいるのは僕にも分かる。
アグネスカとリュシール曰く、今月にも神の形を成して生まれいずるだろう、との見立てである。二人いわく、物理的な肉体を伴って生まれるのではなく、神の魂が神力をまとって体外に放出されることで生まれるらしい。
だからアリーチェの胎内に命が宿っているわけではなく、彼女の身体だけみればいつもと何も変わらないのだが、それでも身重であることには変わりはない。
アリーチェのお腹に前脚を伸ばす。いつものように、ぷにっと柔らかくてちょっとだらしない。最近アリーチェはのんびりだらだらと過ごしすぎだと思う。
何となく母性を感じる身体つきは、神獣らしいとも言えるし、らしからぬとも言える。ぐうたらでだらしないアリーチェも嫌いじゃないが、使徒としては何かがあった時に一番頼りにするのは彼女なので、もうちょっとしゃんとしてほしいとも思う。
しかし、そんな僕の思いなどよそに、アリーチェはうつらうつらと舟を漕いでいる。
「うぅーん……エリクさんをお膝に乗せてると、あったかーくてぽかぽかしますねぇ……お昼寝しちゃいましょうか、このまま……」
『えぇ……でも、確かに疲れたから、ちょっと休憩しても、いいよな……』
そのまま、重たくなった瞼をゆっくりと閉じていく僕。
アリーチェも草地の上に座り込んだまま、こっくりこっくり夢の中。
11の刻手前の紅くなりつつある太陽に照らされながら、僕たち二人はちょっと遅いお昼寝の時間に突入した。
背中に感じるアリーチェの体温を感じながら、僕はいずれたくさん生まれてくるであろう、僕の血を引くウサギの子供たちに、思いを馳せるのだった。
なお、ピーノとカストに割り当てられたウサギは一匹とは限らず、他にもオスが2匹、メスが3匹、小動物用の小屋の中で盛っている。
1ヶ月もすれば、それこそ小屋がウサギでいっぱいになることだろうことは想像に難くない。
そうすれば死告竜に安定して食糧を供給できるだろうし、僕達の役にも立つはずだ。
それまでは、彼には森に棲む獣たちで我慢してもらうほかない。
まだまだ、課題は山のようにあった。





