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屋敷の抱える悩み

 一先ず、死告竜(ドゥームドラゴン)の寝そべっている周りの木々を片づけて、血に塗れた下草を刈り取って、大地属性の魔法を使って地面に染み込んだ血液を取り除いて、それなりに快適に寝そべられるように場所を整えた、その日の夜のこと。

 屋敷で夕食を取りながら、僕達は頭を悩ませていた。

 今夜のメインディッシュは鹿肉の赤ヴァイン煮だ。イヴァノエが朝に大量に狩って来たのだが、彼や(ループ)たちが朝に食べきれなかったので、血抜きをしてじっくり煮込んでいたのだ。

 ルドウィグは「イヴァノエが狩りの列に加わってから、成果が目に見えて上がっていいことですなぁ」と言っていたが、この先を考えると喜んでもいられない。


「ともかく、早急に死告竜(ドゥームドラゴン)に食べさせる肉を確保せねばなるまいなぁ」

「食べないと、血も作れないよね……そうしないと、体力の回復も出来ないし」


 ヴァイン煮を食んで飲み込みながら切り出されたルドウィグの発言に、付け合わせのキャロッツをナイフで切った僕も頷いた。

 兎にも角にも、まずは肉が早急に必要だ。それも新鮮な肉が。

 ヴァンド森の中で狩りをするにしても、屋敷周辺の森で狩りをするにしても、その個体数には限度がある。全て狩り尽くしてしまって、子供が作れない、ではお話にならない。僕達の生活にも関わる。

 ラコルデール王国内でも有数の交易都市であるヴァンドで(ヴァーシュ)(クーション)を買ってきてもいいが、常に市場に並ぶわけではないし、一頭まるごと生きたまま、ではなかなか売ってはしない。精肉されていては死告竜(ドゥームドラゴン)には物足りないだろう。

 ヴァンド領でよく食べられるのは(ムトン)(デュプレ)だが、(ムトン)はその被毛を刈らないとならないのが手間だし、(デュプレ)は大きさがそんなにない。

 オダン領チボーがそうだったように、(ヴァーシュ)を飼う牧場がヴァンドの近くにあればよかったのだが、そう贅沢は言っていられない。


「やっぱり、ヴァンドで(ムトン)を買い付けて与えるのが妥当でしょうか」

「それが一番効率がいいでしょうね。ヴァンドへの資金還元にもなります。エリク様やアリーチェ様のご助力で、聖域の財政状況もだいぶ潤っておりますし……」


 アグネスカの言葉に、リュシールも頷きを返す。

 確かにこの2ヶ月(2メス)の間も、僕やアグネスカやアリーチェは使徒として、巫女として、神獣として、教会からの仕事や学校からの依頼、人々からの依頼に当たっていた。時々イヴァノエやルスランにも手伝ってもらっていた。

 おかげでそれらの仕事の報酬が、だいぶ蓄積されている。一つ一つは大した額でなくても、リュシールがきっちりと管理してくれているおかげで順調にお金が貯まっていっていた。

 明日にでも市場に出て、(ムトン)を買い付けてこよう、とまとまるかというところで。エクトルがおずおずと手を上げた。


「あ、あのー、リュシール様。ちょっと思ったことがあるんですけれど」

「どうしました、エクトル」


 その切れ長の目を少しだけ開きながら、エクトルへと投げかけられるリュシールの視線。それに合わせてその場の全員の視線が、エクトルに向かう。

 当のエクトルはどぎまぎしながら、「あー」とか「うー」とか一頻り唸ったところで、俯きながら口を開いた。


「あの……聖域の中に、牧場を作るというのは、どうかなって……」

「牧場、ですか? 屋敷の敷地内に?」


 その提案にアグネスカが目を見開いた。それを否定と捉えたか、エクトルの口が小さく歪んで持ち上がる。


「や、やっぱり駄目ですよね……今までだって、そうして来なかったんですし」

「ふむ、確かに今まで、寄進で羊肉を頂くことこそありましたが、生きた(ムトン)を頂くことはありませんでしたね」

「そうじゃなぁ、屋敷で飼っているのは警護と狩りを担う(ループ)ばかりじゃったから……牧場か。悪くはないのう」


 意見を撤回しようとするエクトルだったが、それに反してリュシールもルドウィグも案外乗り気のようだ。下を向いたままだったエクトルの顔が、静かに持ち上がる。


「い、いいんですか?」

「今までやってこなかったからと言って、これからもやるべきではないと限った話ではありません。それで言ったらパトリス以下、狼人(ウルフマン)三名の受け入れもなかったですからね」

「三人とも、非常によく仕事をしてくれている。畑作りも落ち着いたから、別の仕事があってもよかろう。のう?」


 羊肉をごっくんと飲み込んで、にっこりと笑いながら隣の席に座るパトリスに視線を向けるルドウィグ。対して、ちょうどキャロッツを食んでいたパトリスが目を見開いた。その隣のフェルナンとアンセルムも肉にフォークを刺しつつ頷いている。


「んっ……畜産ですか。いいですね、畑の方もだいぶ作物が育ってきましたから、手持無沙汰になりそうで」

「ミオレーツ山の村でも、ウサギ(ラパン)を囲って育てて増やす、というのはやっていました」

「俺達、そこまで肉を美味しくするとか、肉の量を増やすとか、求めてないですからね。ただ育てて増やして食べるというだけであれば、さして難しく考えなくてもいいのでは」


 そう言って、二人して同時にフォークに刺した羊肉を口に運んだ。

 概ね好意的な反応を貰えて、エクトルは表情がキラキラと輝いている。

 その表情のままに、彼は大きく頭を下げた。


「ありがとうございます!」

「エクトル、髪にソースが付きますよ。加減なさい」


 リュシールのぴしゃりとしたお小言に、場が一気に和やかになった。

 と、そこで今まで黙りこくっていたアリーチェが、口をもごもごさせながら難しい顔をして口を開いた。


「へも、ひむぁのひひっへはひは」

「アリーチェ、飲み込んでから喋ってください……何ですか?」


 アグネスカが鋭い視線を向けると、うぐ、と小さく呻き声を上げたアリーチェが急いで口の中の食べ物を咀嚼する。そうしてごっくんと飲み込んだ後に、彼女は改めて口を開いた。


「今の時期って確か、私の記憶が正しければ『謝肉祭(カルナバール)』なんじゃないでしたっけ? 動物、分けてもらえますかね?」


 アリーチェの発言に、その場にいる全員が息を呑んだ。

 謝肉祭(カルナバール)

 ルピア三神教の催す祭事の中でも、最も重要で最も盛大な行事だ。

 獣の肉、魚の肉、鳥の肉、竜の肉、この世のありとあらゆる肉の恵みに感謝し、およそ1週間(1ウアス)の間に街では仮装行列やパレードが繰り広げられ、その後に「豆の一週間(アリコ・ウアス)」と呼ばれる1週間(1ウアス)の肉を食べない期間を設けるのだ。

 僕も去年までは、この時期は仮装行列で獣人族(アニムス)竜人族(ドラコ)の仮装をしてヴァンドの街中を練り歩いたものである。

 そして謝肉祭(カルナバール)の期間中、ありとあらゆる種類の肉が市場に出回り、屋台で供され、振る舞われる。これは「豆の一週間(アリコ・ウアス)」に入るまでに肉の一切を使い切ろうという目的だ。

 勿論、この時期には最上級の質の肉が出回ってくる。謝肉祭(カルナバール)のためにどこの牧場もいい肉を育てて、準備しているわけだ。

 つまり。


「今の時期はどこの牧場も謝肉祭(カルナバール)の準備に大忙し、かつ程よく育った(ムトン)謝肉祭(カルナバール)行き……しまった、そうじゃったなぁ」

「うっかりしていました……そうです、私達も謝肉祭(カルナバール)に向けて準備をしなくては」

「そうなると……うーん、どうしよう……」


 再び頭を抱え始めた僕達。

 そこに助け舟を出したのはアグネスカだった。


「二つほど、手があります……いずれも少し、時間はかかることと思いますが」

「何を思いついたんだ?」


 僕が首を傾げながら視線を向けると、アグネスカは人差し指と中指をそれぞれ立てた。まずは中指を折り曲げる。


「一つは、牧場から肉に出来ない程度に育った(ムトン)を買い付け、それに子羊(アンニョウ)を生ませる方法。

 ヴァンド森の屋敷の敷地にはカーン神の神力が満ち満ちています。子羊(アンニョウ)の成長にもいくらか寄与することと思います」


 アグネスカの言葉に、僕達は揃って頷いた。

 この屋敷の敷地内と、周辺の森には、カーン様の神力が他の土地とは比較にならない程度で満ちている。かの神の領域なのだから当然だ。

 そしてその膨大な神力の影響で、作物の生育も、動物の成長もよその土地と比べると非常に速い。実際、ミオレーツ山から連れて来たウサギ(ラパン)三匹も、1歳のはずなのだが既に2歳くらいの体格にまで成長している。

 それを考えれば、生まれた子羊(アンニョウ)の生育もきっと早くなることだろう。

 そして、もう一つ。アグネスカが人差し指を折り曲げて言うことには。


「もう一つは、ピーノ、カスト、ボーナの三匹のウサギ(ラパン)に子供を産んでもらう方法。

 調達する手間が省けますし、何よりウサギ(ラパン)は生育が早く多産です。急場しのぎであることは否めないですが、有効かと」


 二つ目の案にも、その場の全員がなるほど、と頷いた。

 ウサギ(ラパン)は一度に4匹から6匹の子供を産む。しかもそれが一年中可能だ。たくさん子供を成して、それらをどんどん死告竜(ドゥームドラゴン)に食べさせる。確かに有効な手段だろう。

 納得しかけたところで、僕はふとあることに気が付いた。

 アグネスカ、アリーチェ、ルドウィグ、リュシールの主要人物四人の視線が、揃って僕に向いている。


「……ところで、なんで四人とも僕を見てるんだよ?」

「それは勿論、この二つの案ともエリクに協力して(・・・・・・・・)いただく必要がある(・・・・・・・・・)からですよ」

「ほらー、アグネスカさんが前に話していたじゃないですか。エリクさんには今後そういう(・・・・)仕事が多くなるだろうって」


 アグネスカとアリーチェの言葉に、状況を理解した僕は一気に顔が赤くなるのを感じた。

 確かにアグネスカはそう話していたが。だが僕にそうしろ(・・・・)と言うのか、皆は。

 縋るようにルドウィグに目を向けるが、彼は苦笑しながら首を振るばかりだ。

 隣に座るリュシールも、目を伏せてこくりと頷くばかり。

 僕は食器が揺れるのにも構わず、テーブルに両肘をついて頭を抱え、低い声で呻いた。


「僕が動物たちと子作りしろ(・・・・・・・・・・)って言うのかよ……!」

「「そうですよ?」」


 アグネスカとアリーチェの言葉は、どこまでも容赦がなく、救いのないものだった。





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