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神の子

 アリーチェがアグネスカに頬を張られてから先は、もう大変だった。

 激高したアグネスカがなかなか収まらずにアリーチェを引っ掻くわ噛みつくわでズタボロにするし、アリーチェは夜通し運動し続けて寝不足なところにがんがん振り回されて目が虚ろになっているし。

 勿論、僕もジスランも止めに入ることは無い。というか止めに入れる状況ではない。

 そして毛並みが千々に乱れてズタボロになったアリーチェに、アグネスカがびしりと指を突き付けた。


「もうこうなったら何が何でも産んでもらいますよ、新たな神(・・・・)を!! いいですねアリーチェ!!」

「あぁい……産みます……」


 頭をぐらぐらと揺らしながら、光の消えた瞳を回しつつアリーチェは答えた。返事こそしているが、意識ははっきりしているのだろうか。不安だ。

 と、そこでアグネスカの言葉に引っかかるものを覚えた僕が、おずおずと口を開いた。


「えぇと、アグネスカ……そこは、僕の子供じゃ、ないのか?」

「エリクとアリーチェの子供なのですから、生まれる子供が並の子供でないことは明白でしょう? 当然の帰結です。

 まさか、アリーチェは何も話さないままエリクと交わったとでも?」

「いや……話した話してない以前に、アリーチェに跨られてからの記憶が無くて……」


 申し訳なく話しながら視線を落とす僕に、アグネスカは深くため息をついた。

 もしかしたら行為の最中にアリーチェが話したのかもしれないが、僕の記憶は本当に、アリーチェに上に乗られてからぷっつりと途切れているのだ。

 未だふらふらのアリーチェの身体を倒し、ベッドに横たえさせると、アグネスカはベッドに腰掛けて口を開いた。


「使徒という存在は、その身に比類のない神の加護を宿します。それ故に、その身体は人間でありながら神に近く、並の人間には成し得ないことを行えます。

 融合士(フュージョナー)の魔法を用いずに、触れ合うだけで動物や魔物と融合することも、周囲の地形や生き物の気配を広域で察知することも、自然神の御力を引き出しての使徒の御業です。

 それ故に、神に連なる者の中で、最も神に近いとされるのですが……最もその存在が神に近づくのは、子供を成す(・・・・・)ときです。

 使徒に付き従う巫女は、種族の差こそあれたいてい異性が選出されます。使徒と巫女の間に子供を成すために」


 そう説明するアグネスカが、自分の胸に手を置いた。

 使徒の人数に比べて、巫女の人数は何倍も多い。巫女の力を宿す人々は使徒がこの世界に生れ落ちた時に奉じる神から啓示を受け、その使徒の下に馳せ参じて共に生きるのだと、アグネスカが自分で話していた。

 僕の巫女は今のところアグネスカだけだが、もしかしたらヴァンド森の聖域に今後別の巫女がやってこないとも限らない。


「……そういえばアグネスカも前に話していたよな、ゆくゆくは僕と結婚して子供を作るって」


 幼い自分に夢物語を聞かせるように話していたことを思い出しながら話すと、アグネスカが頬を赤らめて頷いた。


「小さい頃の話です。今はどうにも、そういう感情を抱けません……血が繋がっていないとは言えど、私はエリクの姉なので。

 ともあれ、使徒が子を成すとき、その子供にも神の力が相応に流れ込みます。

 一般の人間種(ユーマン)と子供を成せば優れた能力を持ち、三神の巫女と子供を成せばその子供にも巫女の力が宿り、動物や魔物と子供を成せばその子供は群れの長にふさわしい程の力を持ちます。

 そして、神獣や精霊など、神に連なる、上位に位置する存在と子供を成した場合。その子供は新たな神(・・・・)としてこのルピアクロワに生まれます。

 アリーチェは人型の魔物に神獣の器が混ざりこんだ存在とは言え、その位階は神獣相当です。間違いなく、生まれる子供は神の一柱となるでしょう」

「神って新しく生まれてくるものなのか……」


 アグネスカの説明に、僕はぽかんと口を開いたままで聞き入っていた。

 自然神カーン、火神インゲ、水神シューラのルピア三大神がこれだけ世界中で敬われているから、その他の神の入る隙間など、無いと思っていた。

 こくりと頷いたアグネスカの人差し指が、一本立てられた。その立てた指を、くるりと回す。


「勿論、三大神として広く敬われている三神が中心にいますが、神そのものは数多いるのですよ。伴神として、三大神それぞれの配下につく形で。

 アリーチェが産み落とす新しい神も、カーン様の伴神となります。産み落とすといっても、人間種(ユーマン)がそうするように体内から産みだすのとは勝手が異なりますが」


 アグネスカの視線が、傍らでベッドに横たわるアリーチェのお腹に向けられた。再び意識を手放したアリーチェの目は閉じられ、胸元が小さく上下している。

 今まで話を静かに聞いていたジスランが、ぽつりと慚愧に堪えない様子で呟いた。


「アダンが欲望を満たすためにお二人に盛った興奮薬が、こんな結果をもたらすとは……本当に、申し訳ありません」

「いえ、ジスラン副村長が気に病むことはありません。アリーチェが自ら、薬を盛られた紅茶を飲んだわけですから」


 アグネスカの淡々とした言葉に、救われたような表情になってジスランは頭を下げた。

 村長の不始末は自分の監督不行き届き、と思っていた節もあったのだろう。それが使徒や神獣の身体や子供に関わるものとなれば、猶の事だ。

 僕も、アグネスカにそっと頭を下げた。上目遣いに彼女の顔を見て、耳を下げる。


「……ごめん、アグネスカ。こんなことになって」

「謝らなくていいです。エリクがアリーチェを押し倒したのならともかく、アリーチェがエリクを無理やり押し倒したのですから。

 まぁ……エリクの初めてを私が頂けず、アリーチェに頂かれてしまったのが、ちょっと悔しいですけれど。

 何にせよ、使徒としてそういう経験が豊富なことはいいことです。エリクは特に動物や魔物に好かれる性質ですから、人間種(ユーマン)相手よりもそちらを相手にする方が多くなるかもしれませんね。

 子作りも使徒の立派な仕事です。聖域に帰りましたら体力増強の神術を教えますので、励んでください」


 子作りも仕事、ときっぱり告げるアグネスカに、僕は尻尾をしゅんと垂らすほかなかった。多分げっそりした表情をしていたことと思う。

 使徒の大事な役割と言われればその通りだが、僕はまだ12歳。いくら16歳で成人する世界だといっても、早すぎる。

 動物や魔物を相手にするにしてもそうだ。魔物と結婚したり交わったりすることも普通にあるわけで、異種族間での行為も全く問題ない世界だが、人間の形をしていない生き物と致すのは、若干気が引けてしまう。

 気を紛らわせるように、僕はジスランに視線を向けた。


「ジスランさん、アダンさんは人間じゃなくなっちゃったわけですけれど……村長の職は、どうなるんですか?」

「私が持ち上がりで、村長になると思われます。村会議での承認が必要ですが。

 あとは王国にもその旨を届け出なければなりませんね、アダンの神罰適用と併せまして」


 ジスランの話によると、通常の村長交代と異なり神罰が適用されているので、問答無用で交代は進むらしいのだが、その分だけ必要な行政手続きが増えるのだそうだ。

 確かに、神罰適用が関わるので三神教会にも話を通さないとならない。王国にも神罰の案件詳細を報告しないといけない。なので、僕も書類作成を手伝わないといけない。

 農作業そのものは落ち着いたからいいとして、僕の仕事はまだまだありそうだ。


「アダンさんは、この先どうなる……というか、どうする予定なんですか?」

「表向きは、『村の共有財産』として扱われます。家畜と同じように……ただ、経緯が経緯ですからね。

 非常に下世話な話になってしまいますが、その……あれです、奴隷と同じような具合に扱われるかと」

「……あぁ」


 申し訳なさそうに言葉を零すジスランに、何故か非常に納得のいくものを感じた僕だった。

 雄の魔物への淫行の罪で神罰を受け、雌犬に身をやつしたアダンが、村人から『そういうふうに』扱われるのは、何もおかしなことではない。

 ある意味で、自業自得だと思う。


「ともあれ、そういうわけですので。使徒様には本日、私の書類仕事にお付き合いいただければと思います。

 種蒔きは明日の予定ですので、巫女様も神獣様も、今日はお休みいただければと……」

「そうですね、昨日までのあれこれで私も疲れましたし、アリーチェもこの調子です。今日はゆっくりさせてもらいます」


 ジスランの言葉に、こくりと頷くアグネスカ。アリーチェにちらと視線を向けると、まだ寝息を立てている。この様子では暫く起きないだろう。

 事態が落ち着いたところで、くぅー、と僕の腹の虫が鳴いた。そういえば朝食がまだだ。


「そういえばもう5の刻半ですね、朝食にいたしましょう。使用人に準備させてまいります」

「はい、お願いします」


 ばたばたと足音を立てて地下室を去っていくジスランを見送った僕は、傍らに腰を下ろすアグネスカに視線を向けた。

 その途端に、僕にぎゅっと抱き着いてくるアグネスカ。

 唐突になんだ、と目を白黒させていると、アグネスカの手が優しく、僕の後頭部に触れた。


「よかったです、エリク……エリクがアダン村長に汚されなくて、最初の相手がアダン村長でなくアリーチェで、本当に……」

「アグネスカ……」


 優しく僕を抱くアグネスカの傍で、小さく身じろぎをしたアリーチェ。

 その瞳がうっすらと開かれているのに、僕達が気付くことは無かった。




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