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夜闇の呪い

本作の累計PVが、昨日に20,000PVを突破しました!

読者の皆さんの応援もあって、ようやくここまで来られました。ありがとうございます。

これからも物語を楽しんでいただければ幸いです。

 日輪狼(スコル)の照らした光が消えると同時に、洞窟内が再び闇に閉ざされる。

 再び視界が黒に覆われたところで、トランクィロがぽつりと声を発した。


「今のは……まさか、『夜闇の呪い(テムナェ・ノーチ)』か?」

「察しがいいな、イタチ(ウェッセル)の王。その通り、我が月輪狼(ハティ)を蝕む呪いはそれだ」


 信じられないものを見たかのような口ぶりのトランクィロに、日輪狼(スコル)が言葉を返す。

 聞き慣れない、耳慣れない言語だ。なんとも不吉な香りのするその言葉を、繰り返すように僕も口にした。


夜闇の呪い(テムナェ・ノーチ)……?」

「邪神が扱う『厄呪(やくじゅ)』と呼ばれる呪いの中でも、特に性質の悪いヤツだ。

 呪われた奴は光の下を歩くと、全身を激痛が苛むようになる。苦痛から逃れられるのは、こうして真っ暗闇の中にいる間だけ……外を出歩けるのは朔の日の夜くらいになっちまう」


 解説してくれた声はトランクィロのものだ。

 光の下を歩けなくなる呪い。光に照らされると激痛が身体を襲う呪い。それは確かに、非常に性質が悪い。効果が強いのだから猶更だ。

 その恐ろしさを実感した僕が、前方にいる月輪狼(ハティ)の、暗闇の中で紫色に輝く紋様に視線を向ける。


「それじゃあ、さっき日輪狼(スコル)が洞窟の中を照らした時も……」

「そうだ。あの光さえも我が月輪狼(ハティ)には毒となる。

 そして、この呪いが恐ろしいのはそれだけではない。小僧、我の傍に寄れ」


 そう言いながら、日輪狼(スコル)が左前脚の紋様を淡く光らせた。傍に寄る際の目印に光らせたのだろう。

 彼の言葉に従って手探りでその前脚の傍まで寄ると、僕はあることに気が付いた。

 肌が何やら、チリチリと針でつつかれるような刺激を受けている。傍らの日輪狼(スコル)に視線を向けると、彼の瞳が僕を見つめ返したのが分かった。


「肌を絶えず突かれる感覚が分かるだろう。これがこの洞窟に山に生きる者を寄せ付けなかった理由だ。

 夜闇の呪い(テムナェ・ノーチ)は傍に寄った獣の身体にも害を及ぼす。人間にはその程度(・・・・)の痛みで済むが、獣にとっては、身を裂くほどの痛みとなるだろう」

「なるほど……先程から感じる妙な圧力と、肌を刺すような力はそれか」


 ヴィルジールが僕の後方に下がりながら、その銀色の身体をぶるりと震わせる。それと共に、長い尻尾がふさりと揺れた。

 僕は改めて、僕の前で闇の中に身を横たえる月輪狼(ハティ)を見た。闇の中に溶け込むような黒色に染まったその表情を窺い知ることは叶わないが、先程灯りに照らされた時の表情は、非常に苦しそうなものだった。

 僕に、何とかできるのだろうか。自信が持てないままに、隣に立つ日輪狼(スコル)の身体に手を添えた。


「これを……僕に、どうにかしてほしい、ということですか?」

「邪神といえども神は神。神の呪いは、神に連なるもの(・・・・・・・)にしか手が出せん。

 小僧が年若いのも、使徒としての力に目覚めたばかりなのも分かっている。だが、他に頼れる相手がおらんのだ」


 そこまで言うと日輪狼(スコル)はぐいと、僕の目の前まで顔を近づけてきた。思わず彼に添えていた手を引っ込める。

 少し距離を取ったことで、暗い中でもしっかりと、金色の瞳が僕を見つめているのが分かった。荘厳で、力強い眼差しが僕を射た。

 そしてその目がすっと伏せられる。


「重荷を背負わせることを、平に容赦を願う、エリク・ダヴィド。

 我が月輪狼(ハティ)を……妹を、死の淵より救ってほしい。頼む……」


 そう、絞り出すように言ってから、日輪狼(スコル)は僕に向けて首を垂れた。

 目の前で僕に頭を下げる、体長3メートル(1メテロ)を超す巨大な日輪狼(スコル)。僕は改めて、彼の身体に――額の紋様に、そっと手を添えた。

 僕の使徒としての力に呼応してか、日輪狼(スコル)の額から仄かに光が溢れ出し、ぼうっと洞窟内を照らす。

 その光を見ていると、何故だろう、僕にも出来ることはある、という思いが心の底から湧き上がってきた。この神獣の兄妹の力になれることが、きっとあると。


「わかった……やってみます」

「……恩に着る」


 改めて頭を下げる日輪狼(スコル)の頭をそっと撫でて、僕は僕の後ろに立つ三人へと振り返った。

 やると決めたなら、もう躊躇している場合ではない。


「東の王様。水を入れられる器を持ってきてもらえますか。真ん丸な奴がいいです。それと硬筆も」

「分かった、持ってこよう」


 ヴィルジールへお願いすると、彼はすぐさま洞窟の外へと駆けて行った。

 その次に僕が目を向けたのは、その隣に立っていたトランクィロだ。すぐさま呪いの正体を見破った彼なら、と期待を込めつつ問いかける。


「西の王様。『夜闇の呪い(テムナェ・ノーチ)』のことをもっと詳しく教えてください」

「そうだな……俺も昔に専門書で読んだことがある程度だが。

 『夜闇の呪い(テムナェ・ノーチ)』は夜と闇を司る邪神・ヌエが使ってくる厄呪(やくじゅ)だ。

 呪われた者は身体のどこか――大概は首に、真っ黒な紋様が浮かぶ。その紋様がある程度の休眠期間を経た後に、ぶわっと広がって身体を覆いつくすんだ。そうしてから呪いの「光に当たると激痛が走る」効果が出始める。

 呪いの対処方法は光に当たらないことだが、身体を覆いつくす呪いを神の力で身体から(・・・・・・・・)剥がし、浄化する(・・・・・・・・)のが、根本的な解呪方法として伝わっているな」

「ありがとうございます」


 予想していた以上に詳細な回答に、僕は驚きに目を見張りながらも礼を述べた。

 さて、残る一人だ。僕は身体の向きも変えて、アルノー先生の正面に立って口を開いた。


「アルノー先生。サバイバル実習の期間はまだありますけれど……聖域への一時帰還(・・・・・・・・)を許可してくれますか?」

「言われるまでもねぇ。守護者のお二人にも話を通してこい」

「……はい」


 間を置かずに頷いたアルノー先生に、僕はしっかりと頭を下げた。

 程なくして洞窟の入り口から、ヴィルジールが木製の盥と硬筆を手に戻ってくる。僕はそれらを受け取ると、作業のために洞窟の入り口の方へと足を向けた。これを描く(・・・・・)のは、灯りが無いととてもじゃないが難しい。

 地面を蹴る前に、その場にいる三人と一柱に向けて一言を残す。


「すみません皆さん、そんなに時間はかけませんので! ちょっとの間、お待ちください!」

「おう! 頼むぞエリク!」


 アルノー先生の言葉に背中を押されるようにして、僕は改めて、転移陣を描くために駆け出したのだった。




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