特待生の待遇
ウジェ大聖堂から学校に戻ってきて、校長室で必要な手続きを終えた僕は、アルノー先生と一緒に校内を歩いていた。
リュシールとアデライド先生は、先に寮の部屋を確認に行っている。転移陣の設置は承認されたが、色々と事前の準備がいるらしい。
「いやぁ、俺がこの学校で教職に就いてから、特待生は何人も迎えて来たけどな。融合士学科に迎えるのはこれが初めてだ。
しかも『使徒』クラスの加護持ちとあれば、そりゃー鍛え甲斐もあるってもんだなぁ」
そう言って、アルノー先生はガハハと豪快に笑った。
対して僕は期待の大きさに恐縮して、身を縮こませながら歩いていた。
オスニエル大司教の反応もそうだったが、『使徒』に対するこの期待の大きさ、何とも言い難いむず痒さがある。
僕はつい先日まで、ただの羊飼いの息子で、突出した能力のない平凡な少年だったはずなのだ。
カーン様の加護を宿していることは分かっていたにしろ、その恩恵に与ることもなく、ただひたすらに平凡な日常を過ごしていただけなのだ。
それが数日のうちに、この持ち上げられようである。おかしい。
「先生、僕……確かに使徒であるとしても、加護の力を使えるようになったの、ほんとに最近で。
動物と融合するとか、自然の声を感じるとかは、ちょっと出来るようにはなりましたけれど、それ以外は全然なんですが……
特待生待遇で入学して、いいものなんでしょうか?」
俯き気味になりながら、視線だけをアルノー先生の顔に向けて、申し訳なさげに問いを投げると、立ち止まった先生がキョトンと、心底不思議そうな顔をしてみせた。
「なーに言ってるんだ、そのちょっとが、普通の生徒には逆立ちしても出来ないことなんだぞ。
動物と融合、についてはまぁ、融合士の基礎だから手法もある程度確立されているが、それでも並大抵の人間じゃ耐えられない。
自然と植物と獣の息吹を広範囲に感じ取るなんてのは、探知専門で働く探査士でも、かなり訓練しないと廃人一直線だからな。
それをお前は事も無げにやってのけている。充分特待生としてやっていけるさ」
アルノー先生は表情を一転させて破顔し、僕の背中を軽く叩いて見せる。
その衝撃で僕は前方にぐらり。なんとか足を出して転ぶのは堪えたが、ちょっとびっくりした。
融合士についての話を聞いたり、通常のカリキュラムについて質問したりしながら、僕とアルノー先生がやって来たのは東棟1階のロビーだ。
食堂がフロアの大部分を占めるこのエリア、食堂沿いの廊下の壁に連なる掲示板の前で、先生は足を止めた。
「ここは『任意課題』が掲示される掲示板だ。ここに、本校の学生向けに持ち込まれたり、学内から持ち込まれた依頼が貼り出される。
持ち込まれた依頼をこなすことで単位が貰えて、卒業に必要な単位を稼げだり、卒業時の査定が良くなったりするわけだな。
本来、本校の学生がここの依頼を受注できるようになるのは、入学してから2ヶ月経ってからなんだが……特待生はその制限が免除されている」
「免除?」
おうむ返しに問いかける僕に、アルノー先生はゆっくりと頷いた。
「そうだ。特待生は通常のカリキュラムから色々とすっ飛ばしてるから、2ヶ月も待ってたらヒマでヒマで仕方なくなっちまうんだ。
だから組まれるカリキュラムとのバランスを取りつつ、柔軟に対応して経験を積めるように、最初のうちから依頼を受けられるようになっている。
エリクの場合も受けることが出来るようにはなっているが、お前の場合は冒険者としての基礎を身に付けないとならんからな。もうちょい先だな。
ま、どっちみち任意に受ける課題だから、そんなに焦るこたぁない」
そうして説明し、唇をぺろりと舐めるアルノー先生。
僕はそんな先生を横目に見ながら、掲示板に貼り出された依頼用紙を眺めていた。
試薬に使う薬草の採取、防具の修理に使う鉱石の採取、崩壊した遺跡の調査……依頼の内容は学生向けとはいえ、千差万別だ。
中には「飛竜の糞のサンプル採取」などという、なかなかにハードそうな内容の依頼もある。というか飛竜の糞なんて採取してどうするんだろう。
こういった依頼を、後々僕も受けていくことになるんだろうが……まずは基礎的な知識と経験を身に付けなくてはならない。
それをしっかりしてからでも、ここの依頼に手を出すのは遅くないだろう。
そうすると、アルノー先生がパンと手を叩いた。
「よし、次は融合士学科の教室を見に行くぞ。そしたら寮の部屋に案内する」
やたらと広く、あちこち破損している教室を後にした僕とアルノー先生は、南棟を出てさらに南側にある、寮に向かっていた。
特待生は一般生徒と寮が分かれていたり、個室だったりとかするのかと思ったがそんなことはなく、普通に二人一組の相部屋らしい。
ただし僕の場合は融合士の特待生であることを鑑みて、ちょっと広い部屋が宛がわれているそうだ。
寮の建物に入って1階、廊下を左に曲がってすぐのところにある、一番手近な部屋。
そこに僕の名前が掛けられていた。
「ここがお前の部屋だ。相部屋だが、まぁ早々不便になることはねぇだろ。
他の部屋に比べて広いから、使い勝手もいいぞ」
部屋の扉を開けながら、アルノー先生が笑いかける。
中ではリュシールとアデライド先生が、ベッド脇のサイドテーブルに置かれた水を張ったスープ皿を前にして立っている所だった。
「おや、エリク様。説明と案内はもう済んだのですか?」
「ああ、もう大丈夫。リュシールも、転移陣の設置はうまく行った?」
僕がにこりと微笑みながら声をかけると、リュシールはしっかりと頷いた。隣に立つアデライド先生が、興奮を隠しきれぬといった様子で頬を紅潮させている。
「この転移陣は凄いですね、こんなに簡単に地点を設定できるのなら、是非ともその技術を本校でも活用したいところです」
「ほーう、そのスープ皿に転移の魔法陣が刻印されているのか?そいつは手軽でいいな」
アルノー先生が興味深そうに、水を張ったスープ皿を覗き込んだ。
教師陣が転移陣に関心を示す中、僕は部屋のベッドに上ってごろりと横たわってみる。ふっかふかで柔らかくて、すごく気持ちがいい。
そんな僕を見て、困ったふうな微笑を浮かべているリュシールの横で、窓際のカーテンがふわりと揺れた。





