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タロとチー:雨

作者: サミシ・ガリー




「今日は雨だな」

 タロは膝を抱えて外を眺めていた。その言葉に引っ張られる様にして外に目をやれば、辺り一面は雨のせいか、霧のせいか、真っ白になっていた。遠くの音はざーざーと、近くの音はびしゃびしゃと音を立てている。目の前で大粒が地面に当たるのがよく見える。

「そうだね。昔みたいに飛び出してみる?」

 僕は目線はそのままでうそぶく。

「はは、それもいいな」

 僕らにとっては危なすぎる提案にタロは力なく笑った。子供のころは無敵だった。人間の持っていた傘を見立てた葉っぱ片手に、人間の言う爆弾さながらに振ってくる水の塊に突っ込んで行ったのを思い出す。あれはひどい経験をした。葉っぱなど存在してないかのように貫通する重い塊が全身に衝撃を与えた。タロは首をねんざし、僕は肩を脱臼して、二、三週間痛みが続いた。加えて親の雷が落ちたのだから踏んだり蹴ったりだ。

「傘っていいなぁ」

 タロは羨ましそうに遠くで歩いている人間を見て言った。遠くにいる人間は小さく見えて、僕らとあまり変わらないのでは、という錯覚にとらわれる。

「あっても危ないよ」

「そうかな」

「そうだよ」

 僕らは小さいのだから、そう言おうとして言葉に詰まる。そんな大人みたいな事を言うのはあまりにつまらない様に感じたのか、何か、負けた気になるからなのか。分からないけれど、言うのは恰好が悪いと思った。

家に帰る道中で雨が降ってくることを予報士から聞いて、ここに避難した。暗い事を除けば雨も入ってこないし、雨宿りには良い場所だろう。後ろを振り返れば暖かいパイプが通っている。そろそろあったまった頃だろう。僕はそこに置いておいたコップを取りに行った。博士からもらった茶葉の欠片を一枚取り出す。タロの隣に座って手渡す。

「おう、サンキュ」

 目線はそのまま、注視しているタロはズズッと、お茶をすする。僕は鞄から土筆の漬物を取り出して二人の間に置いた。

「ん、なかなかうまく行った」

 若い土筆を選んだおかげでポリポリと食感が楽しい。味も悪くない。保存がきくだけでなく、味わいも深くなるだろう。タロは目もくれずに難しい顔をしている。

「なに考えてるの?」

「ああー、ちょっと待って」

 何か思い付きそうらしい。僕は足を手前にほおりだして後ろのパイプに背中を預けて辺りを窺う。雨の音の中、暗くて四角い洞窟の様な所。端っこでは水滴がぴちょんぴちょんと落ちて反響する。色々な音が鳴る。そんな中、マッチが入っている箱があった。お、こんな所に火を付けれるものがあるなんて。持って帰ろうかと思ったけれど、大仕事だろうな。そんなことを考えて居たら、タロがこちらに振り向いた。

「なに」

 タロはにぃ~っと顔の半分を笑顔いっぱいにしていた。これは何かよからぬ事を思い付いた顔だ。

「なんだと思う?」

「もったいぶるなよ。なにか面白い暇つぶしでも思い付いたの?」

「いやぁ、やっぱり俺は天才だな!」

 初めてそんな事聞いたよ、僕はそう返しつつもすることがない今、新しい提案に少しだけワクワクしていた。タロの提案はいつも突拍子ないけれど、一緒に遊んでいて飽きない。

「まずな、雨ってやばいよな」

「どうやばいかは聞かないけど、危ないね」

「首折れるくらいにはやばいよな」

 捻挫するくらいね、そう返しつつ話がまずい方向へ向かっていく予感を感じる。

「でも、ずっと雨が続いたりしたら、それもやばいよな」

「お腹すいて死んじゃうね」

 予報士辺りにでも運んで来てもらえば、なんてことはまだ言わない。

「じゃあ何とか家には帰らなきゃいけないよな」「そうだね」

「でだ、人間は傘を持っている。人間がけがをしないのはデカいからだ。でも俺らはそうじゃない。でも、俺らの家は雨じゃあ壊れないよな」

「大きいからね」

「そうか? あれを見てみろよ」

 タロは雨の中に指を刺した。その先には段ボールがあった。雨で濡れてぐしょぐしょになっている。雨に弱い紙である事もあるが、ところどころ崩れている。

「つまり、大きいからと言って必ずしも壊れないと言う訳ではないと」

「そう、だから。屋根が最強という事だ」

 もうわかるだろうと言った表情でこちらにキラキラした目を向けてくる。

「でも、屋根であれば触れげるかどうか分からないじゃないか」

「博士が行っていたぞ、包丁がよく切れるのは先端が薄いだけじゃなくて角があるからだって」

「じゃあ雨を切れる屋根ならって事か」そういえば、僕らの家の屋根の角も先のほうが少し薄くとがっている様にも思えてきた。

 半信半疑だけど、タロに付き合ってやるか、やる事もないし。そうして試行錯誤の後に完成した。マッチのケーズの角っこをただ切り出しただけだけど。

「チー、準備はいいか」

 タロは持ってきていたお皿を頭に乗せて振り向いて言った。もう何も言うまいと僕はただ頷いた。二人で端っこをもって雨が降っている手前まで歩いていく。タロはそわそわしている。中々前に進まない。

「代わってあげようか?」

 ニヤニヤしながら言ってやった。正直僕も怖かったけれど、こわばった笑顔は見られる事はない。

「はっ、先頭はチーには任せられんよ」タロは振り向かずにそう言って、

「行くぞ!」

 おりゃああ! っとタロは叫びながら雨の中に突っ込んで行く。タロの足を蹴らない様に僕もついてく。びしゃりと、地面に着いたと同時に、雨がバタバタと降ってくる。腕には衝撃が立て続けに来た。しばらくそこにたたずむ。それでも、僕らは雨のなかで、ケガもなくいる事が出来た。タロが嬉しそうにこちらを振り向いてくる。僕も気づけば笑顔になっていた。

「よっしゃー!」


 その後僕らは、全身に感じる雨の音と衝撃を楽しみながら雨の中駆けまわったりした。家にすぐに帰るのもつまらないと大きな水たまりを見に行ったり、他の雨宿りしている連中に傘を見せつけるようにしてドヤ顔でいたりした。でもマッチの箱が紙でできている事を忘れていた僕らは傘の重さで動けなくなってしまい、結局カエルの予報士に助けられて家まで送り届けてもらった事は内緒だ。ちなみに、その時、

「いやぁ助かったぜ」

「本当にありがとう」

「雨の中遊びまわろうとするのはお前たちくらいさ」

 重たくなった傘と僕らを背中に乗せた予報士がゲロゲロ笑った。いつもの調子でぴょんぴょん飛ぶと危ないからと予報士は一歩一歩歩きずらそうに歩いてくれた。

「本当に申し訳ないです。予報を伝えてくれたのに」

「あひゃひゃ、楽しかったからいいじゃん!」

「ゲロゲロ、タロは子供のころから何も変わってないな」

 チーは大変だ、なんて言って笑ってくれた。タロは、お前は大きくなりすぎだ! ずるい、なんて言う。タロの軽口に対して、後で予報士に差し入れをしなきゃいけない、僕は少し気が重い。

 その後も予報士との会話が続く。僕らは背中で雨にも打たれずにいいご身分だ。

「あ、なぁチー、この屋根をさ、予報士の上に、」

 タロがにやりと悪い笑みを浮かべて話しかけてきた。僕はタロがよからぬ提案をしてくることが分かったからお皿の上からぶっ叩いた。

「いでぇ!」

「ゲロ、どうした?」

 音の所為か、自分の事が話題に出た所為か予報士の大きな目がぎょろっとこっちを窺う。

「いやぁ、なんでもないよ。いい乗り心地だねって」

 さすがに予報士を移動式傘にするわけには行かなかった。

「予報士の上にっ、うっ」

僕はとっさにタロの首を絞めて、予報士に、

「今度、ごちそうしますね」

「ゲ、ゲロ」

 多分その時の僕の顔は苦笑いでいっぱいだったのだろう。少しは大人にならなくてはいけないな、そう思いを改めた。




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