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水刹那(異世界エルフ魔術師→悪人面中年)



 好きな奴がいた。愛してると言っても良い。だが、大きな問題があった。更には、小さな問題も山積みだった。俺と彼は別の世界の人間だったのだ。そして俺に彼は見えるが、彼には俺が見えない。

 俺は今年286歳を迎える、エルフ族の魔術師だ。白いローブに金色の髪。渦巻いた杖先、俺の正面には、くたびれた中年の男がいる。白髪混じりの短髪、鋭い目に、鋭い顎。鋭い針を人にしたような男だ。革を模した上着に、魔具でもないゴテゴテとした装飾品を纏っている。

 男には、俺が見えない。例えこのように杖先を振って見せてもなんの反応もない。世界を越えて精神を飛ばせても、肉体までは越えれないからだ。

 彼に俺が惚れたのは、15、6歳の時だ。勿論、男の歳の話である。別に容姿がどうとかではない。彼は、勘の良い人物で、時たま俺のいる方をじっとみている。言うなれば、その真っ直ぐに見てくる視線に惚れていた。




 今、男は、35、6ほどであっただろうか。独身ならではの若さが滲んでいた。

 最近、男は、自身を鍛えることにしたらしく、早朝自宅から家々を抜けて神殿のような石柱のある場所まで駆けていく。




 朝の清々しい空気に押されるように、男は、毎度、そこに来る度に、しずしず水が落ちる石をくり抜いた水飲み場に近付いていく。石の底を見て、顔を洗い口を濯いで、家へとまた走り込む。

 その石の底を見つめる時間は、まちまちで、2分も見ない時もあれば、太陽が昇るまで見続けることもある。

 のらりくらりと自宅で魔法陣を枕に、男を追い続ける自分も暇人だが、男も相当な暇人だった。




 ある日、俺は、仕事でしくじった。簡単な仕事だ。魔術師の初歩的な仕事。ほんの少しの守りの魔法を、対象に施す。囁かなものだ。

 しかし、失敗した。らしくない。原因は、金が底を尽きそうだったため、人物を見極めずに仕事を了承した自分にある。

 依頼者は、女で、青白い顔は、酷く思い詰めていた。「私に防護をかけて下さい。旅に何事もないように」だが、頷き、杖を振った所で気付いた。彼女は、人を殺そうとしている。彼女の周りにいるのは殺意に集まる羽虫ゴブリンだった。俺は、しかし、彼女の依頼を受けてしまった。ぶれた杖先は、彼女に害にも益にもならない光の加護を選ぶ。明らかに失敗していた。

 1センチほどの羽虫ゴブリンたちは、ブンブンと彼女の殺意の先の顔を描く。彼女が殺そうとしている男の顔だ。

羽虫が描いた男の顔は、どことなく彼に似ていた。




 俺は、しくじった。そこそこあった名誉も、あんな簡単な依頼で崩れる。その内容も百単位で生きるエルフの魔術師の恥晒しだった。

 男が、走り去る。俺は、わざと男の背を見送った。石の底を覗く。辛気臭いエルフの顔が映った。水面が揺れる。水の音が、心を慰めてくれた。彼がこうする理由を少しだけ理解できた気がして、嬉しさに微笑む。


「辛気臭い顔してんじゃねえよ」


 それは、俺にとって非常に驚愕的で奇跡のような瞬間だった。いつの間にか戻って来ていた男の顔が水面に重なるように浮いている。鋭い目つきが、自分のなだらかな目と重なっていた。まさか。


「何驚いてんだ幽霊野郎。此処は、神社だぜ?」


 俺は、そのすれ違いの会話ごと脳に刷り込んだ。好きだ。異界の人よ。名も知れない男よ。 出来れば、君が魔術師であれば良かった。いや俺が、君と同じ世界で生まれれば良かった。


「何か言いたいことが有るんだろ?さっさと言って成仏してくれ。あんたが長い間うろちょろする気配で、女も出来ねえんだよ」


 唐突に、俺は、絶望していた。エルフは、300年に1度自殺周期が巡ってくると説いた学者がいたが、まさしく俺は、非常に死にたい気分だった。不意に、男は片腕を水の中に突っ込んだ。揺らめいている。俺もすぐさま同じように水の中に腕を突っ込んだ。

 俺は、水の中で、男に触れていた。びくりと、上がった肩はどちらのだ。重なっている姿に、自分とは違う指。




 俺は、ふと、長く生きすぎたとエルフにあるまじき思いを抱く。エルフの恋は、エルフ族の寿命と同じく永く深い。ゆっくり絡めると、躊躇う指先は、しかし、応えるように絡んだ。




 俺は水面に、泣きそうな顔で映る自分と、眉間に皺を寄せる男を観た。









11.08.28

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