人間の少女と龍の女
愛などと、安くかたるな。
黄金の瞳に、獣を飼う剣呑さが私を貫いた。ごめんなさい、と口にするしかない。
女は、一目で分かる豪奢な紺の着物を纏っていた。刺繍は黄金。瞳より暗い色は、煤けた汚れのせい。
「でも、私は貴女が、」
「その口に走るうわ言をつぐむがよい」
その背後に広がる言葉に尽くせぬほど薄汚れた壁石。そこに次元の違う繊細な細髪が広がり落ちている。女は、いくつか剥がれた爪の先で優しく腹をさする。それは、私に注がれる鋭い冷たさとは真逆だった。
「ごめんなさい」
小さく臆病な声が空をやわやわと進み女に届く。女は、その化粧の落ちた白い眉を少し上げて、ふうと小さく息吐いた。
「なぜ、妾に執着するのだ。小さい娘。恐れならば分かる。妾はそなたを踏みにじり支配した女主人、しかし、その目の熱は理解が出来ぬ」
少し、苦しげなのは、陣痛が始まっているからだろう。女の腹には女の血が色濃い獣の仔がいる。
私は、そっと女に近付いた。女の額には、脂汗が滲んでいる。目尻に指を置く。
「貴女がたが、ヒトと言うもののなかには」
私の声は、掠れていた。
「ひどい欠陥を抱えるものがいるのです」
女の呼吸が荒くなり、睨む眼光は、閉じられる。
「私はそれでもまともな方です」
無機物でも、学問でも、未熟な子供でもなく。ただ、鱗のある生体に欲を感じるだけだ。その美しさが長と仰ぐ龍に愛を感じた。それだけだ。
「愛してますよ、だから、助けるのです」
安いと言われたその言葉は、女に届くことはない。女は目を閉じて強くなる痛みを堪えていた。
龍はヒトを虐げた。ヒトは龍よりか弱く、龍より強かだ。
革命は起こり、龍政は斃れた。
2017-02-02