スマホで文章(SF/未完)
スマホで長文が書けるかという習作でした。未完かつ、完結予定がありません。*は、サイトページ分けの名残です。
人が何かをしている動作が気になって仕方ない。特に、知り合いでもなんでもない人が、電車で隣に座りごそごそと何やらしていると感じると全神経がそこに集中する。
その時も、隣の男がごそごそやり出したので、ヤサヒトは、そっと耳をそば立てた。
あ。
小さな、吐息のような声。
ごそりごそりと、鞄を其れこそ掻き回していた男は、ほっと安堵に肩を下ろす。携帯だった。銀色のフォルムのみたことのない。
「よかった」
そうな。密かに彼の携帯発見に頷いていたら、彼と偶然か目があった。
「何か」
「いや」
ゆっくり目を逸らすと、それ以上の追及はなかった。
*
その男と隣になったのは、偶然だった。きらりと瞳が反射したのをみたのも偶然であった。
(ああ、彼はヒューマノイドか)
日山は、そっと電気ショック搭載の防犯機器を取り出した。東京府は、非常に防犯グッズに潤沢な都市だ。何がしかの事件が起こるたびに、多彩なカテゴリのグッズが増えていく。
日山が取り出したのは、1780年代に暴走したヒューマノイドを教訓につくられたもので、銀のフォルムがヒューマノイドの皮膚に触れるとヒューマノイドは感電し動きを止める。
使う方の安全を考慮して、完全停止までいかないレベルでの電撃は、心もとないがないよりましである。
不意に彼と目が合った。スゥと吸い込まれるような瞳が、あまりに濁りのない凪いだ様子だったので、日山は、思わず言葉を掛けていた。
「何か?」
「いや」
おや。思わず眉がよる。いまだかつて、敬語の抜けたヒューマノイドに会った事がなかったのだ。
・
ヤサヒトは、その隣の人物が挙動不審に鞄を漁るのを見て、あれと思わず彼の顔を覗きそうになった。いつかの銀色携帯の男だった。
また、携帯を見失ったのだろうか。
そそっかしい人だ。
【次は新釈、新釈です】
ぼそぼそとした聞き取りにくいアナウンスが流れた。なぜ、この線は、こんなに発音が悪い車掌が多いのか。そんな些細さを気にしながら、横斜めで音楽プレーヤーを弄り出す学生に視線を移した。赤いチェックに埋もれるように、丸い頬が埋められている。次で降りなきゃと呟いたように見えた。
*
そのヒューマノイドは、昨日と数ミリも違わない席に座っていた。正確な姿勢だった。
(ああ、そういやあれどこやったけか)
防犯グッズを探すが、今日は見当たらない。
(ああ、しまった置き忘れた)
【次は新釈、新釈です】
「次で、おりなきゃ」
びくりとして、肩を揺らす。思いもよらない近さで、女子高生が独り言を言った。隣のサラリーマンが迷惑そうに身じろぐ。ああ、なんて小心者な自分。しかし、だって、仕方ない。
日山は、ヒューマノイドと合いそうになった目線を慌てて下げた。
(攻撃されたらどうする)
例え、それが差別だと義務教育で諭されたとして、彼らの人工骨は、ふり回しただけで、鉄を曲げる強固な特殊ポリカーボネートを使用している。恐ろしいものは、恐ろしい。
・
荒い息。壊れそうな心臓。喘ぐように、ぼくは、叫ぶ。
「シュワちゃんのつもりか!この超絶ハイパー鬼ど阿呆!」
ヒューマノイドは、使い捨ての時代だった。ぼくは、湖に沈みながらサムズアップする全長30センチほどの小型ペットヒューマノイドを見守るしかない。後日、迷惑そうな清掃業者が置いていったのは、冷たい塊だった。ぼくには何の力もないのだと当たり前のことに気付けたのは美しい話としては申し分ない。
ボクノロボット ハ コノナツ テンシニナリマシタ
*
日山は、その日疲れていた。なぜだか、今日、上司の機嫌が過去最大の氷河期だったのである。
「・・・」
そういう時に限って会いたくない奴に会うものだ。ピンと背筋を伸ばしたここ最近見慣れた男が空いた夜の電車に座っている。正面の席だ。今日は、居ないでくれれば良かったのに。いつも数ミリ違わないキープ具合がさすがである。
「今日は、探さないんですね」
ひやりとした。何故バレたのだろう。銀色の防犯機器は、既に日山の日常だ。気を悪くした?殺される?
「どうしてですか?」
「いつも、そそっかしい人だなって」
「は?」
ぱちりと、まばたきを。いやに精巧で、いびつな機械である。
それにやはり、敬語がない。
*
ぼくは、最低だ。
ため息を1つ。夢見が最悪だった。だからって、仕事にそれを持ち込むなんて馬鹿げている。
暗い部屋の電気。仕事が忙しくなかなか帰れなくなった末路は、長く残っているファミリータイプのマンションルームのローン。
昔は、棚にたくさん飾ってあった写真もあの幼い時に亡くした小さなヒューマノイドのみになっている。
ニュースでも見るか。ネクタイをゆるめてリモコンに。ザッピング予定の指は、だが、その衝撃に硬直する。
「ああ!皆さま!ご覧ください!」
町中に、ヒューマノイドたちが!
アナウンサーの声は、恐怖に掠れている。町中至るところに溢れるヒューマノイド。異常な景色だ。
「嘘でしょう?」
ぐらつくカメラ。画面は、ふらふらとあるヒューマノイドに近づく女性を映す。
「マーくん」
それは、もう20年も前に自主回収された幼児向けのヒューマノイドだ。
ふらふらふらふらと。その女性の子供だろうか。5歳ほどの男の子が泣いている。だけれど彼女は気付かない。まるで何かに操られているかのようにヒューマノイドに近づく。
「私の、マーくん!」
それは、歓喜だった。
「嘘だろ?」
そのヒューマノイドの後ろにいるのは!
*
2014年。
東京府に突如、ヒューマノイドの亡霊たちが溢れだした。
・
街に溢れたヒューマノイドの幽霊たち。後に、「機械たちの帰還(英/ Feedback of our humanoid )」と称されるヒューマノイド最新国で起こったこの事象は、全世界の関心をさらった。
何故?どうして?
それが分かれば、現代の監視されるような人間社会で一年に一回の平均で旅客機が消えることもないのだろう。答えのつかない事象は、未だに存在した。
その日は、電車に乗っている人々も、少しばかり浮き足だっているようだった。
目がじくじくする。目の前の幼い姉妹の姉だろう子供らしい派手な水色のダウンの子が、妹を手招いた。
「ちよちゃん! ここ!」
空いた席を指す小さな手が、反発したのか効率を選んだのか向かいに座ってしまう妹に僅かに固まる。引率の父親が、「座りなさい」と妹の隣の空席を指し示した。
その子は、腑に落ちない顔で妹の隣に座る。何気ないヒトコマだった。
それが、自分の右隣で起こったことでなくば、ささやかな日常として、片隅に置いてやがて消え去った出来事だっただろう。
ヤサヒトは、ああそうかとトンネルに入って真っ暗な窓に視線投げる。
(あの、いつも携帯をさがす人が今日はいない)
右隣の親子は、なごやかな中に姉の不満を乗せて電車の中に彼らだけの世界を作り上げていた。
いつも金曜に、この席で鞄をあさっていた。
「なによ、ロボットのくせに」
子供が発した言葉は、まさしく魔法のように電車一箱分を氷付けにした。だれひとりとして、言葉を発しない。
【新釈~新釈でございます。お降りの方は】
この間とは別の滑舌の悪い若い車掌の声に弾かれたように、父親は娘たちを外に出す。ほら、ここだよ。ちよちゃん! 早く行かないと!
彼らがいなくなった車内は、違った意味で雑音を取り戻した。
「聞いた?」
「今は法律で電車に乗るヒューマノイドは、区別のヒューマ印が浮くはずだろ!」
「どういうこと? なかったわよ」
「違反改造か、怖いな」
「きっと古いのだよ」
呟かれた誰かの声は、よみがえり溢れたヒューマノイドたちを人々に思い出させた。あのヒューマノイドたちは、一夜を待たずに一つ残らず消え去った。
「父親型か」
「女の子じゃない?」
「だって言ってたろ、あの父親の台詞のあとに」
目が鈍く痛みを訴える。
ヤサヒトは、そっと瞼をおさえる。涙がじわりと浮かんだ。
2015-01-31