垢舐め
つまらない人生を、滑車のように滑ってきた。忙しい反面何も考えることがない。そういうものだ。家業を継ぐというのは。客の注文を届けに行ったしがない家具職人が、人々という線路に沿って流されていく。今日も何もないつまらない人生だったと思ったそこで、急に高々と上がった客引きの声が耳を通って足を止めた。
さあさあ、ご覧あれ!今日はなんと、妖怪垢舐めだよ!垢舐め小僧だ!
客引きの言う胡散臭さに、しかし、足を止めるのは俺だけではない。ふむ、垢舐めとは何だね。壮年の紳士が考え込むように、いかにも低俗なと見下すように客引きの男を見た。それに臆する風もなく男は、声を潜めるように話し出す。だが、彼の声が此方まで聞こえてくるというのは、商売の上手いことだ。
「お客さん垢舐めをご存じない?いや、まさか。あなたほどの立派な身なりの方が?」
「な、なんだね。悪いかい」
「いえいえまさか。むしろそれはこっちにとっちゃあ幸運だね。お客さんみたいな知識人が、まだ知らないってことは見せ商売の幅がまだ有るってこった。垢舐めっていやあ、ここ最近一般に受け入れられ過ぎてねえ。やれ芸をやれやら、消えて見せろやら。全くあなた垢舐めっていったらやること一つですよ!」
「なんだね?何をするんだ」
商売は、上々である。なんだなんだと人だかりができてきた。
「そりゃあ、あんた垢を舐めるんさ」
その日。あの場所で、彼を見ようとしなければ、俺は、きっとつまらない人生を送っていたのだろう。
垢舐め小僧の白黒赤子。彼は、後に、奇想天外な日常と、少々可笑しな恋情を教えてくれた。
曰わく、舐め尽くしたい。
2012-09-24