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クレイジー☆ディ(BL キャッチ→芸能事務所契約社員)

自分が、悪趣味だと自覚したことはないが、付き合う女全員に「ごめん、タイプじゃなかったんだ」と言われふられ続けたら、それこそもしや、自分は、「自分がタイプじゃない女がタイプ」という悪趣味になるのではないだろうか。


目の前で、幾度目かの「タイプじゃなかったの」を聞いて、仕事終わりの疲れマックスも相まり、背後の笑顔で客引くキャッチを見た俺は、もう限界だった。

「そうか」

「うん、ごめん」

「わかった、じゃあ」

そうして、俺がごねると考えていたのか、あっさりと彼女のもとを去るそぶりの俺に彼女は、拍子抜けしたような表情をする。


何度も言うが、俺は限界だったのだ。

「しつこいのよ!」

と派手な女がしつこいキャッチに切れて当たったら痛そうと思われるゴテゴテしい鞄を振り上げる。実際、とてつもなく痛かった。

「な、なんなの、あなた」

一瞬、夜の喧騒が遠ざかる。俺は、キャッチが受けるべき暴力を肩代わりしたのだ。記憶上たぶん。


何度も申し訳ないが、本当に「キて」いたのだ。だから、記憶は、酷く曖昧だ。うしろからまだ、立ち去ってなかったらしい元彼女の悲鳴。「山田くん!」悪いが、おれは、川田だ。いくら下の名前で呼んでいたからといってそれはないだろう。

「お姉さん、こいつがすまないね。でも、仕事なんだ。しつこかったのは謝るよ、本当はいい奴でさ。あとで、罪悪感で1日ねれなくなるような繊細な奴なんだ。俺に免じて許してやってよ」

俺はキャッチの何を知っているというのか。しかし、いい奴いい奴を壊れたレコードのように繰り返す。女は、どこか同情的な視線を背後に送ると「まあ、いいわ」と言って去った。


俺は、初対面のキャッチを褒めるだけ褒めると、何か言いたげに口を開くキャッチと元彼女を置いてその場を去る。


これで終わると思ったか?そんな簡単な暴走なら俺は精神疲労を体不調に変えて会社を休んだりしなかっただろう。もう、一歩も外を出歩きたくない。

何故なら、先ほどから断続的にピンポンピンポンと玄関が鳴っている。最初に、不用意に出ずに良かった。


「誰だアイツら」


俺の限定的な訪問者用の玄関を来ては、賑やかにして帰って行くのは、金髪のチャラい系青年、黒髪の生真面目そうなスーツ男、近所でヤンチャしてそうな着崩した幼顔の高校生。もれなく全て美形だ。最初に至ってなんとなく見覚えがあるなと思ったら、昨日のキャッチだった。他は、全く覚えていない。



「昨日は、確かあの後」


ホームレスの男を口説き、タバコを吸っているヤンキーからタバコを奪って吸い、通りすがりにティッシュ配りの青年の手伝いをして、社会がどうのと叫ぶ男に合いの手をして、たむろしている女子(中学くらい)に話しかける廃れた雰囲気の青年を拉致して、通りすがりのなんか見覚えのある話しかけて来たキャッチとともに身分証不用の違法性カラオケで花の慶次とエヴァを熱唱した。盛り上がった気がする。確変がどうのとキャッチと廃れは盛り上がっていた。パチンコですか。


「山田さーん?」

外から声がする。寝よう。そうしよう。あと、俺は川田だ。




「アンノウンマン」の皆さんです!


朝のニュース。最近人気上昇し始めたアイドルグループが入場し、黄色い悲鳴が上がる。アナウンサーもどことなく興奮したように頬を紅潮させている。拍手をしながら、名物司会者の山田さんが「皆さんが、揃うとなんだか不思議な感覚ですね!」とコメントした。確かにとんでもなく統一感のないアイドルグループである。世代は、10代から30代だろうか。唯一、揃いの衣装が彼らを纏めている。センターの金髪が苦笑して「バラバラでしょ?」と笑った。なんか見覚えある。気のせいか。口の中の歯磨き粉を吐き出す。

あの悪夢のような出来事から1年。俺はすでに立ち直れ、はしなかったが、仕事には復帰していた。ただ、住居は、彼女と同棲するつもりで借りた2Kの公園近くのアパートから都心近くの1Rの社員寮に移ったが。


「ええーそんなことないですよ。俺ら好きですよ、山田って名字」

「今、お茶の間の山田さんたちが耳ジャンボにしてテレビにかじりついてますよ!絶対」


話題は、グループ員のジェネレーション問題から名字の話に移っていた。山田山田と連呼されると、1年前の悪夢が蘇りそうになるのでやめてほしい。

あまりに山田山田いうので、司会者も苦笑してる。


「なんや、自分ら山田さん大好きやな」


アイドルとタレントの間で彷徨う親しみ易すぎるとんび君が、突っ込んだ。一応、事務所のプロフィールは「アイドル」とカテゴリーされている。

念のため確認すると、ちゃんと録画されていた。言っておくが、趣味ではなく仕事である。


「当たり前ですよー、僕たち初恋の人全員山田さんなんです」

「は?」


素っ頓狂な声を上げる司会者に、慌てたように、幼顔の口を塞ぐ生真面目そうな青年。固まったような空間に、へえ!と純粋な驚きを発して鳶君が「何、自分らのオーディションって、初恋が“山田”さんちゅうことか?俺も受けたいわ!」いいな!そんなおもろい募集要項!なんて笑う。空気が笑いに包まれて、俺はそっと目頭を押さえた。


うちの子、可愛い。


1年かけてじわじわ人気を上げている「鳶」こと、本名 空島そらしま たかしは、俺が担当するアイドルである。付き合いは鳴かず飛ばずの5年前にも及び、俺が例の事件で無理に行かなくても良かった訳はそれだ。少数精鋭過ぎて、俺の事務所にはあまり仕事がない。とんでもなく黒過ぎた会社から転職してきた正社員が率先して全てを片付けまくるので、契約社員の俺は定時上がりの事務員のようになっていた。事務作業がむしろ本業である(ちなみにあの悪夢の日は決算の時期だった。雑務が鬼のようだった)俺が休んだその日、自主休業の名目、鳶君は、イベント会場の壁立て事業者になっていた。派遣が楽しいと言いだしていたので、次の年売れ始めて本当に良かった。俺も事務員化しなくて良かった。その仕事がしたかった訳じゃない。


「じゃあ、皆さんどこかの山田さんたちに恋敗れた山田さん繋がりなんですね」

「 まあ、そういうことです」

「そうすると、失恋の痛手で付き合うなら山田さん以外の女性が?」

「じゃあ、俺がその山田さん貰うわ!」


一人だけ関西圏だからか、その日のオチは全部鳶くんが持っていく。和やかに笑いが溢れたその光景に、売り出し方向が決まった気がした。お茶の間アイドルは、人気が出ると定着するから良いよね。


「それでは、準備が整ったようですので、歌っていただきましょう!」



アンノウンマンで、『あの日、僕はキャッチだった』



俺は、含んでいた牛乳を噴いた。


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