歯痛虫(BL?)
痛っ。
少年2人が全く同じタイミングで頬を押さえた。間に挟まれたふんわりした髪を横で纏めて肩に流した大人っぽい少女が、ぱちりとひとつまばたきして驚いたと呟く。
「まさか、あんたたちが歯痛虫に刺されるとは思わなかったわ」
それを聞いてどうしたどうしたと前方と後方から生徒たちが集まりかける。野外授業で野草観察名目のハイキング途中だった。区井と花川、四並もそうだ。いま、ちょうど立派な胴回りのソメイヨシノを過ぎた所である。
「散れ!ただの虫歯だ」
前方を歩いていた、前髪を真っ直ぐ整えた細身の良いところの坊ちゃま然とした男子区井が、不機嫌に生徒を散らす。
女子がきゃあと黄色い声を上げて、「歯痛虫よ!」と完全本人の主張を無視して囁いた。
「虫歯って…あんた昨日歯医者にも行ったことないって自慢してたじゃない」
呆れたように言ったのは間に居る女子花川。それにと意味ありげに見るのは、さっき通り過ぎたソメイヨシノである。
花川の視界では、もう1人。肩幅の広い如何にも運動が得意そうな男子四並が同じく片頬を押さえていた。
「いや、花川。俺は虫歯かもしれない。だって俺治療途中で放りっぱなしの奴5個くらいあるんだ」
「馬鹿じゃない」
「いや、四並は馬鹿じゃない。あの図体でかい機械を口にやたら突っ込みたがる医者に行くことこそ異常だ」
「あんたは、馬鹿だわ。つまり、あんたが歯医者行かないのは嫌いなだけなのね区井」
呆れたように言ったときだ、おい、先進んでるぞと四並の後ろの男子が焦ったように四並を押した。思ったよりも力が強かったのか、四並が油断していたのか、つんのめるようにして花川に倒れかかる。
「おい、あぶな」
区井が、花川を支えようとした。更に、何かが仕掛けてあるようなタイミングで、花川が後ろ向きに倒れる。慌てて背中を支えようとした区川に影が、かかった。
3人は完全に倒れた。
押した男子は呆然と言った。
「歯痛虫伝説は、本当なのか」
「どちらかというとあんたが歯痛虫っぽくない?」
呆然とも呆れたともとれる表情で花川は言う。歯痛虫伝説は、彼らの中学では有名な噂である。伝統に近い野外授業ハイキングコースの樹齢百年を越える桜の木。その木の前を通って歯が痛くなった2人(歯痛虫に刺されるのだそうだ)は恋人になるという…ロマンチックより変わった部類の噂だ。
花川の肩の上では、少年2人が茫然自失で互いをみていた。
「殴られるかな?」
「区川には注意ね」
決まり悪げな押した男子に花川が言う。女子の噂は本当!という黄色い声に我に返った2人が弾かれたように離れるのは、次の瞬間であった。




