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その男、軍人につき

※機能テスト中


 困った。本当に、困った。

 自宅が火事に遭って、死んだかと思ったら神様ちっくな何者かに『お前を別の世界へ転生させてやる』と聞いた時。この世への未練もあったが、あの時は未知の世界への好奇心が優った所為で、それを受け入れてしまった。

 最初は喜んださ。『これで剣と魔法に囲まれた異世界生活が送れる』と。だが転生して、意識がはっきりしてからと言うものの、どうも現実は違っていたらしい。

 魔法は“魔術”と言う体で存在はしていた。だがその多くは通信や医療―麻痺毒や致死毒、催眠など―に特化しており、火や水と言った、俗に言う五大属性は影も形も見当たらず。当然、“魔法使い”もいない。

 更にはこの世界―ユーロフィリア大陸は前世で言うところの、1920年代のヨーロッパのような場所。つまり、剣は今や戦場の主役ではなく、銃火器へ既に取って代わられつつある世界。何が言いたいのかというと、理想と現実のギャップに押し潰されそうです、はい。

 しかも何処でどう間違えたのか。軍学校に入学して、上の下くらいの成績で卒業する間際に隣国との戦争が始まって、准士官として戦時特例で実戦に放り込まれる羽目に。そして死に物狂いで戦ってきたと思ったら、突然の少尉昇進辞令と共にある小隊の隊長にされていた。


「作戦の実行は、本日2130時を・・・・・・小隊長? 聞いていますか?」

「あ、ああ、聞いている。すまない」

「いえ、それでしたら構いません。失礼しました」


 最初は指揮も統率も貧弱一般人・・・・・・もとい素人同然だったのだが、優秀な部下達のお陰で何とかやってこられている。今し方俺に話してきた副官も、その一人だ。

 名は、ウリエル・エンドルフ。階級は上級曹長。容姿は銀髪に赤い瞳と、やや冷たさも感じる美貌に、軍人らしく、長身かつすらりと引き締まった体躯が特徴だ。


「小隊長」

「ここには俺達しかいない。今なら多分良いぞ」

「・・・・・・・・・・・・ここの所、疲れている様にも見えます。昨夜もまた寝ていなかったでしょう?」

「・・・・・・そんな事はないぞ。今日も快食快眠快便だ」

「その間だけで十分です。後は私とウォルタイル軍曹でやっておきますから、『オスカー』は先に休んでいてください」

「いや、だが・・・・・・」

「休んでいてください。良いですね?」

「・・・・・・あ、はい」


性格はまあ、ご覧の通り。寡黙で実直な女性准士官である。少々頭が硬いのはいただけないが。

 半ば追い出されるように司令部としているテントを後にし、俺専用(士官なので、そう言う事にされている)の寝泊まりするためのそれに入る。

 支給品の氷砂糖を口に入れつつ簡易ベッドに寝転んでいると、自然とまぶたが重くなっていくのを覚える。今までの疲れが一気に出てきたのか、気付くと俺はそのまま眠りについていた・・・・・・・・・・・・。



――――――



 どれくらい経っただろうか。誰かに見られている気配がしたので目を開けると・・・・・・


「じー・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」


目の前には絶世の美女・・・・・・ではなく、テントに戻る前に分かれた筈の副官の顔があった。


「名前と階級、好きな方を選べ」

「名前、と言いたいところですが、仕事関係なので階級でお願いします」

「エンドルフ上級曹長、何か用かな」


互いの息づかいが聞こえるほどの距離に居た彼女をやんわりと退かし、公の場で使う方の呼び名で問う。


「出発時刻ですので、起こしに参りました。既に歩兵分隊各位、並びに戦車の準備は完了しております。それと、寝顔を観賞させて頂きました」

「野郎の面見て、楽しいか? こんな何処にでもいそうな顔の」

「・・・・・・その質問には黙秘権を行使します」

「さいでっか」


そう言って何故かそっぽを向く副官を尻目に、寝る前に脱いでいた野戦服のジャケットとガンベルトを身に付け、ヘルメットと双眼鏡を手に取る。

 テントから出ると、準備を終えた部下達がずらりと中央の広場に集まっていた。3個分隊、男女合わせて総勢三十名。これに軍で普及している軽戦車一両の運営人員十数名ほどと、小隊司令部要員数名。そして予備兵力兼小隊長直属の戦闘要員七名を含めた面々が、俺に預けられている全戦力だ。

 最初は彼らの生死を俺の意思一つで決められると知った時には、ぞっとするものがあった。が、それでも慣れというのは恐ろしいもの。今では人並み程度の決断は出来ていると思う。


「小隊、傾注! 小隊長殿に、敬礼ッ!!」

「皆、楽な姿勢で聞いてくれ。今回の標的は、敵陣後方にある物資集積所だ。幸いな事に、第四旅団が真正面から敵さんに挑んでいるお陰もあって、後方の警戒は手薄になっているだろうが、それでも相応の抵抗は予想される」


 敬礼する部下達に楽な姿勢を取らせた上で、作戦目的とそれによって予想されるリスクを彼らに説く。作戦は至ってシンプル。機動力を活かして戦列を迂回し、後方拠点を叩く。

 銃がなくても人は戦えるが、銃がなければ余計な犠牲が増える。こう言ったゲリラ的作戦は総力戦が当たり前になった現在においても、毒のようにじわじわと響いてくるもの。結局の所、手数と引き出しの多い方が戦いを制するのだ。


「危険な作戦だが、その是非を論じるのは俺達じゃない! 今日よりも少しだけ平和な明日のために、皆で力を合わせよう!!」

「総員、搭乗!」

「『『了解!!』』」


 さて、戦意高揚の時間はお終い。歩兵隊が移動用のトラックに、戦車兵が隊の軽戦車に搭乗するのを確認すると、俺も指揮官用の軍用車へ乗り込む。運転席にウリエルが、後ろの座席に小隊付きの通信兵二人が乗り込むのを確認すると、左手を振って出発の合図を送る。

 駐屯地としていた村から、目的地まではおよそ三時間。その間にも、遠距離魔導通信機からは、刻一刻と変化する戦況が暗号文となって次々と吐き出されて行く。運の悪い事にこの日が事実上の初陣だった、通信兵の一人―ハイティーンくらいの少女はてんやわんやの状態で、相方兼教育係の中年男性下士官がそのフォローに入っている。


「あっ、しょ、小隊長殿!」

「何だ?」


 出発から二時間ほど経った頃。夜の闇の中、僅かな明かりを頼りに車を走らせ、目的地までもう少しと言った所で後ろの通信兵が俺を呼んできた。


「れ、連隊司令官のカトリーヌ・フォン・メディシス中佐殿より入電であります!」

「・・・・・・読み上げろ。ゆっくり落ち着いて、かつ正確に」

「は、はっ!」


ガッチガチに力を入れてしまっている彼女を諭しつつ、そううながす。


「発、連隊司令部。宛、第七特務小隊。『狼に追われ、羊は柵へ入った。牧羊犬は、未だ目の前に食らいついている。狼王はそれを待っていた』、です!」


 読み上げられた内容は一見すると、どこぞの動物記の一節のようにも思える。だが事情を知る者からしてみれば、送り主の独特のセンスで隠された暗号文である事は、一目瞭然だ。まったくもって『アレ』は、いい年して何か拗らせているというか、何というか・・・・・・


「アレで中二病かよ・・・・・・」

「はい?」

「いや何でもない。そぉら、あと一時間ほどで目的地だ。展開を終えたら、各自休息を取らせておけ。予定通り、夜更けと共に仕掛ける」

「了解しました、伝達しておきます」


 俺が指示を出し終わるよりも早く、ウリエルは懐から小型の機械―近距離用の魔導携帯通信機を取り出して各分隊長へてきぱきと指示を出していく。そうこうしている内に、小隊は小高い丘の影へと到着していた。ここはこれから襲撃する敵の拠点から見て、丁度死角になる場所だ。

 機材を下ろさせ、待機の準備が完了したら、各分隊長を集めて作戦の最終確認を行う。本来ならランタンの灯りでやるところだが、敵さんが何処で見ているか解らない以上、月と蝋燭のそれで我慢するしかないが。


「フェリックス分隊は左翼から進入し、食料庫と武器庫の制圧。エヴァンゼリン分隊は戦車と共に中央から突撃、陽動を行う。その隙を突いて、クラウス分隊は司令部を抑える。何か質問はあるか?」

「恐れながら、よろしいでしょうか?」


 そう言って質問してきたのは、分隊長陣の紅一点、エヴァンゼリン・コレヒドール軍曹だ。言葉遣いからも解るとおり、良いところのお嬢様らしいが、平穏な市民生活を放り出して軍に志願したと言う変わり者である。


「陽動とは申しますが、具体的には何をすればよろしいのでしょうか?」

「派手であればあるほど良い。盛大に撃ちまくって、敵を慌てふためかせろ。手段は任せる」

「小隊長殿、味方への被害を考慮した上でご指示願います。間違って撃たれたら、たまった物ではないであります」


 エヴァンゼリンに対して文句を付けてきたのはクラウス・オルゴン軍曹。この暗がりでありながら蝋燭の炎が眼鏡に反射しているので、一目瞭然だ。


「だから一番誤射されにくい、司令部制圧を任せるんだ。悲観する事ではないぞ」

「あら、小隊長様。私が誤射をするなんて心外ですわ」

「その薄っぺらい胸に手を当ててよく考えろ」

「・・・・・・後ろにはお気を付け遊ばせ」

「おお、怖い怖い。フェリックスは・・・・・・何かないか?」


 最後になったが、歩兵分隊長のもう一人。この中では一番大柄なフェリックス・ブルームハルト曹長にも聞いたところ、彼は首を横に振る。寡黙な上に威圧感のある風貌だが、心優しい頼れるベテランだ。


「良し、各分隊は戦闘開始まで待機。フェリックス隊は先行して仕込みだ。では、行動開始!」

「『了解ヤヴォール!』」


 その一言と共に、それぞれの持ち場へと散っていく三人。後には通信兵の二人に、俺とウリエルだけが残された。


「ウリエル」

「何でしょうか?」

「正味の話だ。今更ながら怖くなってきた」

「・・・・・・何度目ですか、その話は」

「人の命を預かってるんだ。何度だってするさ」

「なら私も、何度でも同じ答えをします」


 指揮のために、敵の様子を見渡せる丘の上に移動する最中。ふと俺が漏らした弱音に、ウリエルはため息を吐きながら応える。


「貴方ならできる。そうやって今まで生き残れたんです。少なくとも、私はそうでしたし、これからもそうあります」


月明かりの柔らかな光を浴びて、そう話す彼女の顔には微笑みが浮かんでいた。人前では滅多に笑うところを見せないが、こうして希に出すそれはもはや反則級だ。もしここが戦場ではなく町中のカフェテリアで、互いに私服姿だったら間違い無く口説いていただろうが・・・・・・今はそれを頭の隅へ蹴り出しておく。


「そうか・・・・・・そうだな」

「ええ、そうです。その通りでよろしいかと」

「・・・・・・伍長殿。小隊長殿と上級曹長殿は、恋人なのでありましょうか・・・・・・?」

「信じられんと思うが、アレでもまだ付き合ってないらしい・・・・・・。ウチの小隊の不思議なところだ・・・・・・」


何やら後ろの二人がヒソヒソ話している様だが・・・・・・こっちも気にしないでおこう、そうしよう。その方が良い。


「さて、敵はどう動くか、だ・・・・・・」


 配給品のライ麦パンを囓って口寂しさを紛らわせつつ、仕事道具の銃床を叩く。アイゼルラント公国、ならびにその近隣の友好国であるオストガロア帝国陸軍における正式装備の一つ、ゲヴェーアG8(ゲー・アハト)。ボルトアクション機構を採用した事により、これまで主流だったマスケット銃やフリントロック銃を大きく上回る性能を獲得。瞬く間に主力小銃として浸透していった名機だ。

 兵科ごとの役割分担の普及によって、今では歩兵全員が手に取る事は少なくなったものの、偵察兵でもある俺は気に入っていた。


「ウリエル、今何時だ?」

「お待ちを・・・・・・現在、2129時。もう間もなく、戦闘開始の時刻です」

「秒読みを頼む」

「了解」


 彼女との短い遣り取り。そして訪れる、しばしの静寂。懐中時計の針の音までが、はっきりと聞こえてきそうな闇の中でその時を待つ。


「秒読み入ります。7・・・・・・6・・・・・・5・・・・・・4・・・・・・」


残り十秒を切り、ウリエルが数え始めたその時だ。轟音と共に拠点の外周部に立っていた見張り台が炎に包まれ、それとほぼ同時に奥の方から火の手が上がっる。前者はエヴァンゼリンのとこの装甲兵が持ち出した歩兵砲、後者はフェリックス達の仕掛けによるものだ。


「・・・・・・あのバカ。作戦開始!! ド派手にぶちかませ!!」

「アールヘンド・ガンパレード! ゾルダット・フォー!!」


それを合図にして無線で檄が飛ばされ、戦闘が始まる。

 ここから見てもはっきりと解るほどのマズルフラッシュを見るに、エヴァンゼリンは派手にやっている様だ。軽戦車の主砲と歩兵砲の40ミリ弾が次々と命中し、防衛用の柵や倉庫を破壊していくのがここからでも良く解る。ああ、畜生。見ていたら何だかウズウズしてきたぞ・・・・・・!


「先に言っておきますが、突っ込まないでください」


そう思っていたらウリエルに釘を刺された。だが一度疼いてしまった以上、もうこの衝動は止められそうにない・・・・・・!


「ウリエル・・・・・・」

「はい?」

「説教は後で聞くッ・・・・・・!」

「えっ・・・・・・あ、ちょっと!? オスカー!?」


 双眼鏡を座席に放り捨て、副官の声を背中に受けつつライフル片手に丘を駆け下りる。目指す先には、ドンパチ賑やかにやってる鉄火場が。思えば初めての実戦も、こんな感じの月夜の晩だったな。


「前線で指揮を執る! それに小隊長である以前に、俺も兵士なんでな!!」


 塹壕を飛び越えながら撃鉄を引き、薬室へ弾を送り込む。着地と同時に転がる事で衝撃を流しつつ、匍匐姿勢へ。そこからライフルの照準を合わせ、発砲。間髪入れずに再び撃鉄を引き、再び撃つ。放たれた銃弾は正確無比に、敵兵に命中。その命を奪い去った。


「小隊長殿!? 何でここに!?」

「悪いな、クラウス。俺も混ぜてくれや」


 飛び込んだ場所―クラウスの分隊が進むルート上に現れた事で、当の本人は目を丸くしている。こんなんでいちいち驚いていたら、この先生き残れない。戦場では、こう言う突拍子のない事が起きるのは十分あり得るからだ。


「・・・・・・・・・・・・エンドルフ上級曹長殿には何と?」

「指揮官先頭って体で来た」

「・・・・・・・・・・・・」

「そんな顔すんなよ、クラウス。基地に戻ったら奢るぜ?」

「・・・・・・特上のウィスキーを、ロックでお願い致します」

「了解だ、軍曹」


 渋々、本当に渋々、同行することを受け入れるクラウス。持つべきものは、友人と聞き分けの良い部下に限るな。


「では改めて、分隊、着剣せよ! 着剣!!」


さあ、ここからが本番だ。

 敵の規模は、少なく見積もっても一個中隊。場合によってはそれ以上に膨れ上がるかもしれない。だが、そんな事は関係ない。それまでにケリを付けてトンズラすれば良いだけの事。それを求められ、そして結果を残してきた。今までも、今も、そしてこれからの未来に於いても、それは変わる事はない。


「吶喊!!」


それが俺達。アイゼルラント陸軍401連隊麾下、第七特務小隊の使命であり存在意義なのだから。




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