第19話 人は無力である
次の世界…
空は黄色で、斉藤の話では科学よりも宗教的な方面が尊重されているらしい
例えば盆に海に行くと足を引っ張られるとかみたいな迷信などにも厳しく、見つかった場合罰せられる
車のシートベルトみたいな感覚か
元の世界でなんとなくやってることが義務的なのだ
冠婚葬祭は勿論、季節行事…豆まきとか雛祭りと鯉のぼりもか?あとは冬至にカボチャを食えだとかそういうのだ
とりあえず宗教的なというか、スピリチュアルな部分にうるさい、幽霊や輪廻転生なんかも当たり前に信じられている
…
そう…
幽霊ね…
もし俺が灰色の世界に戻ったら…
彼は俺を恨むだろうか…
幽霊になって化けて出るだろうか…
いっそでてきてくれたほうがいいな、謝ることができる
許してくれなくていい、怨んでくれてもいい…
ただ別の世界とは言え家族友人恋人を見捨てた俺に謝らせてほしい
…
確かにあの状況で引き返したってなにもできやしない、あの大艦隊を前に俺のできることと言えば無事を祈ることくらいだろう
自分の身さえ守れやしない
斉藤と景子さんの判断は正しい、合理的で思いやりもある… 二人は俺を置いて行くことだってできたんだから
でもだ…
でもさぁ…
あんなに世話になってさぁ…
本当の俺は軍人やってんのにさぁ…!
同じように水橋功一として見てくれたかけがえのない友人を置いて自分だけさっさと逃げるなんてさぁ…!!
ゴミグズもいいとこだよなぁ…っ!?
…
俺は異世界に入ってから孤独だった
斉藤や景子さんがいるが孤独なんだ
二人の関係とか目的とかも知らないし、知る必要はないと思う…
助けてくれたり、なにか話したり、ご飯作ってくれたりするがそれだけだ
たまたま電車で隣の席にいた人とそう変わらないんだ…
まともに話したのだって数日前が始めてなんだし…
だから智昭くんに見付かった時は「しまった!」とも思ったけどなんか少し安心できたんだ…
俺のことを知ってて俺もよく知っている人に気軽に話しかけられる、当たり前だろそんなのって思うかもしれないけどこれは俺みたいな状況のやつには地獄に仏だ
まぁそんな智昭くんも… 今ではまさに“仏”になってしまっているんだろう
クソ…
こんなときでもこんな風に思えるのは俺がドライな奴だからなのか、あるいは死んだところを見てないしあんな映画みたいな空に実感がわかないだけなのか…
…
斉藤は
「ここにもこれと言って用はない、ソフトスポットを見つけ次第次に行こうと思う」
そう言っていた…
と思う
あのときは… 気が動転していたしムシャクシャしてた
相槌こそ打っていたつもりだが会話という会話をしていない
ただここはあそこと違って大きな戦争はしていない元の世界でいうイラクとかアフガニスタンとか、ああいう紛争地帯はあるとしてもだ
その点は、まぁ安心だ…
ただ、こちらで誰か知り合いに会った時にうまく誤魔化せるか自信はない
特に智昭くんとは合わせる顔がない
それにこっちにも俺がいるだろう…
鉢合わせるのはかなりまずい、都合よくいないってこともないだろうし自分と会うのがどういう気持ちなのかは赤の世界で体験してるが自分と面と向かって話すってのはさすが怖いもんだ
まぁどちらにせよ
動く気になんかなれはしないんだが…
俺や他二人はその日は特になにもせずに過ごした
こっちに来てからまず食事をとり、世界に馴染んだ
斉藤の拠点に行き、この世界の概要を聞いて…
あとは考え事だ…
時間経つと景子さんが料理を作った、と言っても…
ご飯と焼き魚に味噌汁だ
実に日本人らしい質素な食事だ、うまい… とは思うが…
今は生憎味付けと関係のない理由で味がしない
しかし人間、こんな複雑な心でも腹は空くんだな… なんて思った
俺たち三人、特にこれといった会話は無い
それはそうだ…
この二人はもともと必要以上に喋らないし、空気に耐えられないと俺から話しかけていた
でも俺は今しゃべる気分ではない、その場合はこのような言葉の無い空間が続く
いいさ、今は静かなほうがいい
…
その晩のこと
なかなか眠れなかった俺は台所で水を一杯頂いた
寝苦しいのではない
ありがちだが、悪い夢を見るのだ
家で彼女とのんびりしてると彼女が死ぬ夢
実家に帰ると家が焼けている夢
そして友人達が俺の前にでて死ぬ夢
トラウマだ…
これが俗に言うトラウマなんだろう
現代人は「前にこんなことあったから、トラウマになってやりたくなーい」何て言うが
こっちが本物だな…
いかに俺の世界がなまっちょろいのかわかったぞ
つまり俺はなまっちょろい男なんだ
…
「眠れないようだね」
ッ!?
声がした、真後ろだ… 不意を突かれて驚いた俺はハッと振り向いた
「斉藤…さん」
そう斉藤だ
同じ建物にいるのだ、なにもおかしくはない
「よほどショックだったようだね、まぁ当たり前のことさ… あんなものを見てしまっては絶望を感じずにはいられないだろう」
斉藤は灰色の世界の最後のことを話始めた
聞きたくもない…
だが、俺は不思議と止めるつもりもなかった
俺の返事を待つことなく、斉藤は淡々と話始めるのだった…




