波乱のバレンタインデー その6
2人の気がすんだところで、本題に入る。そもそも俺はどうして廊下に呼び出されたのか。
「さて、みーくん。なんで呼び出されたかわかりますか?」
「まったくわかりません」
「なら教えてあげましょう。ほっちゃんのことです」
ほっちゃんとはおそらく蛍のことであろう。
「蛍がどうかしたのか?」
「みーくんにあんな美人な女の子のお友達がいたなんてわたしたちはこれっぽっちも知らなかったんですけども!」
「そりゃ今まで言ってこなかったからな。なんかお前らに居合道のこと話すの恥ずかしかったし」
「そうだね、みーくん小さい頃から秘密多いもんね。いまだにみーくんが寄り道して遊んでる、ツカサ君、だっけ? その人のことも知らないし」
どうやら司彩のことを男だと思いこんでいるらしい。確かに1度も女とは言ってないし名前も男っぽいしな。
ん、待てよ。よく考えたら俺、カナともまごめとも一緒のクラスにならなかった小3と中2のときだけ司彩と同じクラスになったのか。ちょくちょくあの2人もうちのクラス遊びにきてたけど、そういうときはなんでかタイミング悪く司彩が教室にいなかった。
司彩が女だとバレるのめんどくさいしこのまま男っていうことにしとこう。すまん司彩。
「幼なじみだからって全部話すとは限らないぞ」
「わたしはみーくんのこと全部知りたいなぁ」
「なんでだよ。もしかしてあれか、友達が自分の知らない人と仲良くしてるのがイヤだ、っていう独占欲的なやつ?」
「まぁ、今はその認識でいいよ。それよりほっちゃんのことに話を戻すけど、みーくんって小学校低学年のときから道場通ってたよね。もしかしてそのときからずっと仲良いの?」
「最初の頃はどうだったかなぁ。お互いライバル意識みたいなものがあって反発してたような気もするけど、自然に仲良くなってたな」
「なるほどなるほど。つまり幼稚園の頃からみーくんと仲良かったわたしより幼なじみレベルは低いと」
「うんその基準よくわからない」
「わかった。それだけ確認できればいいかな。……みーくんがほっちゃんに対して恋愛感情がないのは見てわかるし」
「ん、最後なんて言った?」
「なんでもないよ。さ、リビングに戻ろう。紅茶淹れなおすね」
「そこまでしなくていいよ」
「だめだめ。みーくんにはわたしが淹れられる1番おいしい紅茶飲んでほしいからね」
「お前そういうとこ本当律儀だよな」
「えへへ」
闇堕ちモードじゃないときはこんなに笑顔がかわいいのになぁ。もったいない。
カナと一緒にリビングに戻ろうとしたときに、違和感を感じた。
そうだ、いつのまにかまごめがいなくなっている。
なんとなくいや~な感じが身体をかけめぐった瞬間、案の定リビングの中から蛍の叫び声(なまめかしさ成分多め)が聞こえてきた。
「どうした蛍!」
ドアを開けると、そこには涙目で手をのばし助けを求めている蛍と、その蛍のなかなか大きめの胸をもみしだいている我が妹の姿があった。
うわぁ、あんなに形が変わるほどもんじゃうとか我が妹ながらおそろしい。今までほとんど道着姿しか見てこなかったから気づかなかったけど、蛍けっこう胸あったんだな。
「ミナト、助けてくれ! まごめさんが突然私の胸を」
「カナ大佐! こやつ、推定Dです!」
「ごくろう、まごめ中尉。どれ、わたしも確認してみようか」
「ひぃ~! ミナト、ミナトぉぉぉぉおおおお!」
ごめん、蛍。戦艦2隻の間に入るのは自殺行為なんだ。
胸の前で静かに十字をきり、祈りを捧げる。
それを見た蛍の瞳が絶望に染まっていくさまを、俺は見ていられなかった。
「このこのこのお~! あたしなんて、あたしなんていくら牛乳のもうともおっぱい体操しようとも大きくならないのに!」
「わたしだって男の子だったらやっぱり大きい方がいいだろうなと思って良質タンパク料理食べたりしてるのに~!」
「仕方がないだろう! 居合道するのに邪魔だなと思って大きくなってほしくないのに、また最近サイズが」
「「それ以上言っちゃだめ悲しくなるから!」」
さて、俺は1人優雅にティータイムといきましょうか。 イスに腰掛けようとしたそのとき、事件は起こった。
「あ、蛍さんが逃げた」
「追え追え~」
「ミナトそこどいてくれ~!」
「え、いや、ちょ、待っ」
あ、これ知ってる。アニメとかラノベとかでよくあるやつだ。まさか自分がこんなベタな体験することになるとは。でも幼なじみじゃなく運命的な出会いをしたヒロインがよかった。蛍と接触する刹那の間にそんなことを考えていた俺であった。
ぽよん。
やわらかい。やわらかいよ神様。いや、武神様。
わかってるんだ。このあとボコボコにされるって。きっと蛍だけじゃなくまごめやカナにもボコられるだろう。
だから今この感触を最大限に味わおう。
武士道とは死ぬことと見つけたり。
この言葉の意味は、1日1日を死ぬつもりで生きよ、というものだ。
この一瞬を、全力で生きる。
「に、にいちゃんの顔が天国にいるかのような安らかなものに!」
「みーくんひどいよ! わたしとも前こういうハプニングあったのに、そのときはこんな幸せそうな顔してなかった!」
「いやぁぁああ! なんで私ばっかりこんな目にあうんだああああ! もういやだうわぁぁぁぁん!」
ドス、ドス、ドス。
俺の腹に突き刺さる手刀の鈍い音が、我が家に響く。
「蛍さん、次はあたしの番ね」
「ほっちゃん、その次はわたしで」
「ぐふっ、お前ら2人は、がふっ、関係ないだろ」
予想通りの展開でむしろ清々しい。