波乱のバレンタインデー その5
どうやら俺たちが話し込んでいる間におやつの準備をしていてくれたようだ。あいつらにしては気がきくな。もう5時近くでおやつって時間じゃないけど。
「ま、そういうことだから蛍もお茶してけよ」
「私はチョコを渡しにきただけだし、長居するつもりは」
「まあまあ、蛍がうちを訪ねてきてくれたのははじめてなんだからさ。それにカナの淹れる紅茶は絶品だぞ~」
「なら、ちょっとだけ」
「よし、決まりだ。あ、そうだ、さっきは驚きすぎて言いそびれたけど、チョコ、ありがとうな。早速食べさせてもうらうよ」
俺がそう言うと、蛍は照れくさそうな顔をしてそっぽを向いた。
「どういたしましてだ。これからも道場でお互い切磋琢磨していこう」
「おう!」
「……にいちゃ~ん、蛍さ~ん、イチャイチャしてるとこ申し訳ないんだけど、急がないと紅茶冷めちゃうよ~」
「イチャイチャしてないから! 熱き友情のなせる会話だから!」
「どうでもいいから早くきなよ~」
まごめの言い方にトゲがあるような気がする。にいちゃん悲しい。
しかしカナの淹れた絶品紅茶を冷めた状態で飲むわけにはいけない。さっさと家の中入るとしますか。
「……イチャイチャ、私とミナトが? だめだそんな破廉恥なことは武道を嗜むものとしていやだがしかし武道人である前に私は女でミナトは男だそうなる可能性も否定できない待てその前になによりお互いの気持ちが大事なのであって」
ダメだ意味不明なことをひたすらつぶやいてる。少女マンガ読んでるときと同じ顔になってるし。何がきっかけかはわからないがスイッチの入った蛍はしばらく自分の世界に引きこもるのだ。こうなったらほっとくか力ずくでこっちの世界に戻してやるしかない。
「ほら、蛍行くぞ~」
腕を引っ張って動かそうとしたがバランスがとりにくく移動させずらい。仕方なく手をつかんで誘導することにした。
「! ミナト貴様なにをしておるのだ!」
「しゅとおおおお!」
手刀いたいよ手刀。でもこれはすごい発見だ。手を握るとここまで現実回帰が早くなるとは。ひきかえに臓器が飛び出しそうになるキッツい手刀突きをくらう諸刃の剣だけど。
我が身を犠牲にし、ようやくリビングにたどり着くことができた。
居心地悪そうに座っている蛍の前に、カナがニコニコしながら紅茶を差し出す。
「どうぞ~。よかったらそこに置いてあるチョコクッキーもいかかですか? 手作りなんですよ~」
「かたじけない。でも、いいのか? このクッキー、ミナトのために作ったものでは」
「これは友チョコ用のやつです。みーくんのは特別製のを用意してあるので大丈夫ですよ~」
今、特別製、って言ったときカナの目が一瞬大きく見開いたような気が。うん、気のせいだろうきっと。
「そ、そうなのか。では遠慮なくいただくとしよう」
ひょい、ぱくっとチョコクッキーが蛍の口の中に消えていく。
「う」
「う?」
「うまい! 食感も味もお店で売っているものと遜色ないほどだ!」
「口に合ったようでよかったぁ。たくさんあるからどんどん食べてね~」
「うむ!」
わぁ~お。あの蛍がすっかり餌付けされちゃってるよ。気持ちはわかる。カナは料理全般得意だが、お菓子作りの腕もピカイチだからな。
俺のぶんは別に作ってくれているようだが、これを食べちゃいけないってこともないだろう。
テーブルの上のチョコクッキーに手をのばした瞬間、カナの手が鷹のように素早く俺の手をとらえた。あまりの早技に心臓が止まるかと思った。
「みーくん、ちょーっと顔かしてくれないかな」
これからシメられるのかな、俺。かの有名な童謡・ドナドナが勝手に脳内に流れる現象どうにかしてください。
抵抗しても無意味なのはわかっているので、おとなしくカナに連行され、廊下にでる。
そこで俺は目撃してしまった。見てはいけないものを見てしまった。
みずからの小さな胸をもみしだいているまごめの姿が、そこにはあった。
「ひゃっ!?」
俺たちと目があったまごめは飛び上がり、手をわちゃわちゃと動かしながら必死に弁明する。
「まごめ、お前」
「違うの! これは」
「最近おっぱい体操はじめたのは知ってたけど、さすがに廊下でするのはどうかと思うぞ。誰も見てなかったとしても、せめて自分の部屋でやった方がいいと思う」
服の上からでよかった。もし生でやっていたらここまで平静を装うことはできなかっただろう。
「……にいちゃんなんであたしが最近はじめたこと知ってるの」
「お前が本屋で恥ずかしそうにハウツー本買ってるの見たからな」
うつむいてふるふると震えているまごめの肩に、優しく手を置く。
「まごめ、心配するな。ちっぱいには需要がある。無理しなくていいんだ。頑張らなくていいんだ。ありのままが1番さ」
「……にいちゃんの、にいちゃんのバカ! デリカシーなし男! あんぽんたん! ネクラオタク!」
「いだだだだまごめこれ新技でしょギブギブギブ! カナ、助けてくれ!」
「みーくん、さっきの発言はないわ。ドン引きですよ。ちなみにみーくんは貧乳派それとも巨乳派?」
「どっちもいけるけどしいて言うなら巨乳派です」
ぼくはキメ顔でそういった。
「まごちゃん、わたしも加勢するね~」
「どうしてぇぇぇぇええええ!」
そうして約数分間、良い子のみんなには見せられない惨劇が行われた。鍛えられているためケガとかは全くないのが救いだ。