俺は幼なじみ属性が――
「お~いまごめ、もう朝だぞ~」
「んー、あと5分だけ……ってにいちゃん!?」
寝ぼけていたまごめは俺の姿を確認するなり一瞬で跳ね起きた。
「何をそんな驚いてるんだ。あ、勝手に部屋に入るな、とか?」
「それもそうだけどこんな早起きで、しかもすでに制服に着替えてるなんて」
「この前もまごめに起こされる前に起きたじゃないか。朝ご飯つくっておいたから準備できたら降りてこいよ~」
そう言ってまごめの部屋からでて階段を降りる。まごめはキョトンとしながらこちらを見ていた。
階段を降り、リビングのドアを開けようとしたところで、突然玄関の扉が開く。
「おじゃましま~す。ちょっと遅れちゃったな、急いで朝ご飯作らなきゃ……ってみーくん!?」
まごめと全く同じ反応でちょっと笑ってしまった。
「おうカナ、おはよう。お前のぶんの朝ご飯も作ってあるから一緒に食べよう」
「へ?」
カナは状況がよく飲み込めないようできょろきょろしている。なんで2人ともそんなに動揺するんだよ。
でも思い返してみると、今までこんなこと1度もしたことないかもしれない。驚いて当然か。
食卓についてからも2人は有り得ないようなものを見る目で俺が作ったスクランブルエッグを見つめていた。
「毒とか入ってないぞ?」
「いや、疑ってるわけじゃないんだけど、なんか意外で」
「うんうん。にいちゃん、料理とかほとんどしたことないはずだし」
「ネットでレシピ調べて作ったから味は悪くないと思う」
それを聞き、ようやく2人とも安心したのか、いただきまーすっと言ってから食べはじめた。
「むむむ、わたしほどじゃないけど、けっこうおいしいね」
「予想してたのよりよっぽどマシで驚いたかも」
よかった。少なくとも不味くはなかったようだ。
「みーくん、急にどうしたの?」
「そうだよにいちゃん、ちょっと変だよ」
「ただの気まぐれだよ、気まぐれ」
2人はそんな俺をいぶかしげに見ていたのだが、急に何かを察したように静かになった。
気づかれちゃったかな。俺なりの覚悟、決意みたいなものを。蛍と司彩には月曜日に答えをだすと伝えてあるが、カナとまごめには言っていなかった。
そこから俺たちは淡々と朝ご飯を食し、3人そろって登校した。案の定、道中の会話は少なめだった。でもそれでいい。いつも通りだったら決意が鈍ってしまいそうだから。
教室に入ると、背筋をピンとのばして着席している蛍と、山谷と雑談をしていた司彩が目に入ってくる。
蛍は俺たちの姿を確認するやいなや、ぎこちない笑顔でおはようと朝の挨拶をした。
かたや司彩はいつもと変わらない態度で、おいタカト、なんで昨日インしなかったんだとこづいてくる。ブレないな、司彩は。
午前中、カナはずっと空を見てて、まごめはひたすらペン回し、蛍は背筋を真っ直ぐ伸ばしたまま授業を受けていた。かくいう俺も昼休みにやろうとしていることに対する緊張で、教科書で隠しながらラノベを読んでしまっている。このおかげでだいぶ落ち着くことができた。そのかわり俺、カナ、まごめは先生に授業に集中しろと怒られてしまったが。もちろん読んでたラノベは没収された。帰りに職員室に謝りに行って返してもらわねば。
没収されて落ち込んでいる俺に、後ろから司彩が背中のツボ押し攻撃をしかけてきた。そのせいで変な声がでて、さらに怒られることに。これでラノベ返してもらえなくなったら司彩に弁償させよう。
だけどツボ押しマッサージのおかげで重かった肩が少しだけ軽くなった。司彩なりに緊張をほぐそうとしてくれたのかもしれない。やっぱり弁償は無しにしよう。
途中で何回かトラブルがありつつもなんとか午前中の授業を消化し、ついに昼休みになる。
机をくっつける前に言っておかないと。
「すまん、今日は一緒に昼ご飯食えない。お前たちだけで食べててくれ」
とたんに場に緊張が走る。
司彩は何も言わず、いそいそと弁当を取り出して食べはじめた。やっぱりいつも通りだな、と思いかけたが、何度も箸で玉子焼きをつかみそこねているところを見るとそうでもないようだ。
カナやまごめも理由を聞こうとせず、のろのろと昼ご飯の準備をはじめる。
そのとき蛍が、我慢できないといったふうに立ち上がり、こう言った。
「ミナト、誰を呼び出すつもりだ?」
そうか、蛍は、俺が誰か1人を呼び出して告白する、って思ってるんだな。
他の3人も同じように思っていたらしく、視線が一気に集まる。
「誰も呼び出さないよ。とにかく、ここで食べててくれ。できれば校内放送を聞いててもらえるとありがたい」
それだけ言って俺は教室をあとにした。まごめと蛍は意味がわからなかったようで、なんでそんなこと言うのだろうと首をかしげていたが、カナと司彩は察したようだった。
足早に放送室へ向かう。
まごめにはじまり、カナ、蛍、司彩から告白されて、ずっと考えてきた。
俺に、彼女たちに対する恋愛感情はあったのか。
正直、なかったと思う。けど、無意識に似たようなものを抱いていたのは自覚できた。
俺はずっと逃げてたんだ。避け続けていた。今の関係があまりに温かく、ずっとこのままでいたいと願っていた。
だけど、いつまでもぬるま湯につかっているわけにはいかない。勇気を振り絞って想いをぶつけてくれた彼女たちのためにも、どこかでこのままじゃダメだと感じていた自分自身のためにも。
「あ、港人先輩、待ってましたよ! 急いで準備しちゃってくださいね! 今日はわたくしが担当するので先輩の出番は1発目ですよ!」
放送室で俺をハイテンションでむかえてくれたのは後輩の桜庭チカだ。
「昨日は無理な頼みを引き受けてくれてありがとうな。本当に助かる」
「何言ってるんですか! 他ならぬ先輩の頼みをこのわたくしが断るわけないじゃないですか! 今週は出演希望者がいなかったですし問題ありませんよ。それに電話口からでも感じました。先輩のほとばしる想いを! 今この学校で、このコーナーに出演するべき人は先輩しかいないです! あと5分でオンエアなので話す内容をまとめておいてくださいね。尺の方はわたくしがなんとかするので先輩は思うまま熱い想いをぶちまけちゃってください!」
「恩に着る。よろしく頼むな」
「はい!」
打ち合わせも終わり、桜庭はのどの調子をととのえはじめた。俺もマイクの前に座って深呼吸をし、心を落ち着かせる。
桜庭には話す内容をまとめておいてくれと言われたが、頭の中は真っ白だ。でも、言いたいこと、想いは胸の中にある。ぶっつけ本番でもきっと言えるはずだ。
「先輩、あと30秒ほどではじまります。心の準備はいいですか?」
「ああ。いつでもいける」
「さすが先輩! じきにカウントダウンがはじまります。以前先輩はこのコーナーに出演したことがあるということなのでタイミングも大丈夫ですね」
俺はうなずいて肯定する。
他の放送部員が時計を眺めながらカウントダウンをはじめた。
「本番5秒前、4、3」
2、1は無音で口の動きだけで確認。
校内放送が、はじまる。
「さぁて今週も校内放送がはじまりますよ~。みんなが愛してやまない放送部による、全校生徒のための校内放送の時間です! 本日の司会はわたくし、シューティングスター桜庭こと1年3組桜庭チカで~す! みんな、わたくしの美声で倒れないように気をつけてね!」
相変わらずイカれた放送だが、いつも通りすぎて逆に落ち着くな。
「もうみなさんおわかりですね? わたくしが最初にもってくるコーナーはこちら! 『アナタに伝えたい! ほとばしるこの想いを!』です! 今日はわたくしの敬愛する港人先輩が来てくださいました! わたくし、ワクドキが止まりません! くぅ~、1年前、先輩がはじめてこのコーナーにでたときもわたくしが担当したかった! あ、前置きが長くなってしまい申し訳ありません、では、自己紹介をお願いします!」
若干寒気がする。桜庭のやつが敬愛する先輩、とか余計なこと言うからカナあたりが念を送ってるんだろうな。あとこいつも無駄に顔が良いから男子放送部員たちに人気がある。そのせいで今も冷ややかな視線をあびている。桜庭のやつ、今までお互い知り合いであることを完璧に隠してきたはずなのにボロをだしやがって。
気を取り直し、もう1度大きく深呼吸をする。俺なりの答えってやつを、放送にのせてあいつらに届ける!
「俺の名前は、高村港人。2年1組に所属してる。今日は、俺の幼なじみたちに伝えたいことがあってこのコーナーに出演させてもらった」
「港人先輩の幼なじみたちと言えば校内きっての美少女集団のことですね! そんな彼女たちに、何を伝えるのでしょうか!? それでは、お願いします!」
俺はマイクをつかんで、精一杯、こう叫んだ。
「俺は! 幼なじみ属性が、大、好きだああああ!」
キィーンとハウリングしつつ、俺の声は校舎全体を駆け抜けた。
「去年ここで、俺は幼なじみ属性が大嫌いだ! と宣言したけど、正しくは違う。幼なじみ属性が苦手なんだ。振られていく幼なじみを、涙をのんで主人公を応援する幼なじみを見るのが、辛かった。ずっとカナ、まごめ、蛍、司彩のことを異性として意識しないように、俺は幼なじみ属性が嫌いなんだって言い聞かせてきた。でも、もう自分に嘘つくの、やめるよ。ぬるま湯からでることに、決めたよ」
ここまで言ったところで息切れし、呼吸をととのえるために少し時間をとる。桜庭がさりげなくペットボトルの水を差し出してくれたのがありがたかった。
「俺は4人の良いところ、たくさん知ってるよ。そりゃそうだよな、もう10年以上一緒にいるんだもんな。そんな魅力的な女の子たちを意識しない方が無理だよな。だからこれからは自分のそういう気持ちから逃げない。いや、もうすでに俺はカナ、まごめ、蛍、司彩に惹かれているのかもしれない……ああもう何が言いたいかっていうと!」
すぅ、と肺がはちきれんばかりに空気を吸い込んで、最初に発したときよりさらに大きな声で、のどを限界までふるわせながら、こう言うのだった。
「俺は、幼なじみが、大好きだああああ!」
その瞬間、放送室からでもわかるくらい、廊下が騒がしくなった。
ドタドタドタとやかましい足音が徐々に近づいてくる。
なんとなく誰が来たのか予想できるなこれ。
バタンと大きな音を響かせながら、4人の女子生徒が放送室の中になだれこんできた。
「みーくん! さっきの放送どういうこと!? 結局誰を選ぶの!?」
「にいちゃん、じゃない、みなとくん! さっきのはあたしも恋愛対象に入るってことでいいよね!?」
「ミナト! 私は覚悟を決めてきたのに拍子ぬけだぞ! 男らしく1人に決めないか! いや、1人というか私に決めるのだ!」
「タカト、よく決心したね。でも、これからが大変だ。ボク個人としてはこのままハーレム展開突入も有りだと思うんだけどどうかな?」
司彩の言葉により放送室がさらにうるさくなり、校内放送はもうわけのわからないことになっている。
俺はもみくちゃにされながら、これからのことに思いを巡らせた。
幼なじみと恋をすることは、簡単じゃない。もしうまくいかなかったら、家族を1人失うことになる。なにせ、もう家族同然なのだから。
でも、家族同然であって、本当の家族ではない。幼なじみというのは、近いようで遠く、遠いようで近い。とても曖昧で不安定な関係性なのだ。
だからこそ俺は、彼女たちと、恋をしよう。
勇気をだして1歩を踏み出した彼女たちのように、俺も1歩前へ進もう。
カナ、まごめ、蛍、司彩を見ながら、そう、思った。
これにて完結です。ここまで読んでいただきありがとうございました。よろしければポイント評価の方、よろしくお願いいたします。それではまた、どこかで。




