甲斐司彩 後編
「ふう、疲れたけど充実した1日になったな」
「今日はタカトのおかげで外出する楽しさが少しわかったよ。ありがとう」
「俺も楽しかったよ。これからもまた町で遊ぼう。1年に2回くらい」
「さすがタカト、よくわかってるな。1年に2、3回くらいがちょうどいい。ボクたちのホームはネットの中であり2次元の中なのだから」
「ちょっと良いこと言ったみたいにドヤるな」
「ところでタカト、公園に寄っていかないか? 少し休憩したい」
「相変わらず自由だなぁ。それじゃあそこの小さい公園に寄ってくか」
その公園はシーソーとブランコ、すべり台、砂場、それに屋根付きの木製ベンチだけの決して大きいとは言えないくらいのサイズだった。
俺たちは木製のベンチに腰掛け、沈みゆく夕陽を眺める。お互いへとへとに疲れていたため一言も話さない。
夕陽が半分くらい沈んだところで、司彩が唐突に口を開いた。
「タカト、ボクがした予言、当たっただろう?」
司彩の言ったことがわからず、一瞬固まる。
予言。予言か。確か、この前司彩の家で一緒にゲームして、その帰りにそれっぽいことを言われたような。
「なんだっけな、そろそろ来るぞ、決断のときだ、とか今まで避け続けてきたことに向き合うときだ、とかいうマンガみたいなセリフだったような気がする」
「ちゃんと覚えてるじゃないか」
「でも、意味がよくわから」
「ない、とは言わせないよ。高村さん、浮海さん、切通さん、なによりタカトを見てればよくわかる。もう一度言おう。タカト、決断のときだ。避け続けてきたことに向き合うんだ」
あの3人の名前をだされて、ようやく理解できた。
「すごいな。気づいてたのか」
「そりゃあね。言っただろう。ボクは観察眼には自信があるって。さらに言えばもっと前からこうなることはわかっていた。キミだって、気づいていたんじゃないか? 彼女たちの好意に。あるいは気づいたとしても意識的にそういうことを考えないようにしてきた、とかかな」
司彩の落ち着いた声が、やけにはっきり耳に入ってくる。
「俺以上に俺のこと知ってるんだな。今司彩に言われて色々思い出したよ。確かに最初の頃は意識的に避けてた、と思う。それを繰り返してきた結果、無意識で耳をふさぐことができるようになったんだろうな」
「器用なようで不器用な人間だな。そこまでとはさすがに想像していなかったよ」
「俺のヘタレっぷりは司彩の想像を超えてたわけだ」
「そんなヘタレなタカトに1つ聞きたいことがある。キミは幼なじみ属性が嫌いだというけど、それは2次元に限ってのこと? それとも、3次元にも適用されるのかな?」
「それは、もちろんそうだ」
「なるほど。ならボクたちは例外ということだね。タカトが心の底から『幼なじみ』という存在が嫌いなら、そんなに悩まないだろう。自分に恋愛感情を抱かせないように牽制していた、ということかな。ひどい男だ」
「それは違う! 俺は本当に幼なじみ属性が嫌いで、そういう作品には拒否反応起こして寝込むくらいだぞ」
「結果的に牽制していた、って感じかな。あとタカト、キミは言葉の選択を間違っている。嫌い、ではなく苦手、だろう? この意味、当然わかるね?」
「……ああ」
「ならいい。すまない、一気にまくしたてて。キミの助けになればと思って。これでも精一杯やってるつもりなんだ」
急にエネルギー切れを起こしたように言葉が尻すぼみになっていく。
「それはすごく伝わってくるよ。情けない俺の背中を押してくれて感謝してる」
「こんな情けない男を好きになるなんて、あの3人も物好きだね」
「まったくだよ。こんな俺なんかのどこがいいんだか」
「まず、優しいところだろうね。恋愛方面以外ならよく気づくし思いやりがある。面倒見がいいし、一緒にいて落ち着く」
「つ、司彩?」
驚いてとなりを見ると、司彩は俺に表情を見られないようそっぽを向いていた。
「キミは気づいてないだろうけどっ! ……いや、ボクが気づかせないようにしてたんだけど、それはいいとして。ボクだって、タカトのことが好きなんだ! 愛しているとさえ言っていい!」
衝撃的すぎて言葉がでない。司彩が、俺のことを!?
「なんで気づかせないようにしてたんだよ」
「だってだって、タカトが恋愛方面に進みたくないの、知ってたし、なら良き友人でいた方がずっと一緒にいられるかなって。キミに告白した幼なじみたちの中で、ボクが1番臆病者なんだ。え、ボク告白しちゃったの!? タカトに!? うわああああなんてことだ!」
司彩は頭を抱えてジタバタしながら小刻みにふるえている。
「お、落ち着け。落ち着くんだ」
俺も落ち着けない状態なんだが、自分よりもっと混乱している人がいると少しだけ冷静になれる、気がする。
「もうこうなればヤケだ。ボクがどれだけタカトのことを好いているのか説明しよう。ボクのサボり癖のことなんだけど、これはキミのせいだ」
「俺の?」
「そうだ。事実キミと一緒のクラスになったとき、ボクは1度も遅刻、欠席をしていない」
記憶をたどると、確かにそうだ。現に新学期がはじまってから司彩は1度たりとも遅刻、欠席していない。
「それと俺がどう関係あるんだよ」
「タカトと一緒のクラスじゃなきゃ学校行きたくないつまんない」
「お前は子どもか」
「ああそうさボクは子どもさ! だからキミが遊びにくるときは30分前から玄関で待機してるし同じクラスにならなかったときは出席日数ぎりぎりまでサボって、キミがプリントを届けにくるついでにうちで遊んでいくよう仕向けてたんだ!」
そう叫んだのち、コテンと横に倒れ、それっきり動かなくなった。
俺も俺で司彩の言葉に照れてしまい、うつむいて固まるしかなくなる。
10分くらい気まずい沈黙が続き、お互い落ち着くためにスマホゲームの協力プレイをした結果、なんとか普段通りに戻った。単純だな俺たち。
「やはりゲームの力は偉大だな」
「同感だ。タカト、先ほどは暴走してしまってすまない。ためこんでいたものが一気に爆発してしまったんだ」
「お、おう。俺もなんかごめん」
「遅くなってきたし、そろそろ帰るとしよう」
司彩はそう言いながら荷物を持って立ち上がった。
「司彩、その、返事についてなんだけど。今日と明日、考えて考えて考えて、ちゃんと答えをだすから。月曜日にはお前含めて4人全員に伝えるから」
「ボクは、答えをださない、という選択も1つの答えだと思う。――タカト、実はもう自分の中で答えがでてるんじゃないか?」
長い髪をふわりとなびかせながら振り返り、真っ直ぐな瞳でこちらを見つめてくる。
「そうかも、しれない。でもまだもう少し、もう少しだけ考えたい。気持ちの整理をつけたいんだ」
「キミがそう言うのならもうこれ以上何も言わないよ」
「ありがとう。司彩のおかげで自分がどう思っているのか、どうしたいのか再確認できた」
「力になれたようでよかった。健闘を祈るよタカト。それじゃあボクは失礼する。そ、その、今日見せた痴態の数々はできるだけ忘れてくれると嬉しい! アディオス!」
司彩はそう言い残し、逃げるように去っていった。
俺はその後ろ姿を見ながら、ベンチに腰掛け直す。
ちょうど夕陽が沈みきり、あたりはすっかり暗くなった。それに呼応するようにポツリ、ポツリと電灯がともってゆく。
何度も言わなければならない。いや、言わせてくれ。ありがとう、司彩。おかげで前に進む決心がついた。
俺はスマホを操作し、連絡先一覧から『桜庭チカ』の名前を探しだし、電話をかける。
「桜庭、ちょっと頼みがあるんだが――」




