甲斐司彩 前編
翌日。7月4日、木曜日。
「ミナト、この出汁巻きたまごは絶品だぞ! さあさあ」
「自分で食べられるって!」
お昼どき。俺たちの机の温度差がハンパないことになっていた。
「人に食べさせてもらうと、自分で食べるよりおいしく感じるものだ。た、他意はない!」
「こら、むりやりつっこむ……もぐもぐ……ん、これはうまい! さすが武蔵先生、和食を作らせたら右にでる者はいないな!」
「実はな、これだけは私が作ってきたのだ。喜んでもらえたようで、よかった」
「そ、そうだったのか」
「また作ってきてやるから、楽しみにしておいてくれると、その、私も嬉しい」
ひまわりのような笑顔がまぶしくて直視できない。
かといって周りを見渡せば、氷のような冷たい視線を送ってくるカナと、そっぽを向いてツンツンしているまごめと、我関せずの司彩がいるのみ。俺の安息の地はやはり山谷のとなりだということを確信する。
「まあ、みーくんが普段食べてるお弁当のほとんどはわたしの手作りなんだけどね!」
「はいはいどーせあたしは料理ができませんよーだにいちゃんのバーカバーカ」
「タカト、今日からサイガーオンラインの商店街で限定コスチュームの白鳥レオタードが購入できるらしいから買いにいこう」
急にどうしたんだカナとまごめは。俺は何も言ってないぞ。司彩は、うん、いつも通りだな。そのコスチュームはネタ枠用に買いに行くとしよう。
こんな感じに、少しずつだが確実に変わりつつある日常。俺のだす答えによって、どう変わっていくのか。想像したくもなかった。俺は、変わらない日常がほしい。しかしそう駄々をこねるわけにもいかない。カナ、まごめ、蛍の、真っ直ぐすぎる想いを受け取ってしまったのだから。
次の日もどこかぎこちない雰囲気のまま過ぎ去り、ついに週末がやってきた。
土曜日の朝。俺は妙に早く目が覚めてしまった。休みの日はまごめが起こしにこないから普段は寝過ごすのに。
時計は午前7時を指している。二度寝しようかなと思っていたところで、メールの受信音が部屋に鳴り響いた。
誰だろう、こんな早い時間に。
『タカト、ボクとの約束、覚えてるかい? 急で悪いんだが、今日のお昼に町へでかけることは可能だろうか』
1、2分考えてようやく思い出す。そうだ、確か春休みあたりに、司彩の服を買いに行く約束をしたんだった。
『特に予定もないし大丈夫だ。お昼ご飯はどうする?』
『おや、土曜日なのにこんなに早く起きているなんて珍しいじゃないか。お昼ご飯もできれば一緒にとりたいと思っている』
『自然と目が覚めちまってな。んじゃ昼飯一緒に食うか~。集合は12時に青銅時計前でいいか?』
『よし、決まりだね。かっこよくエスコートしてくれることを楽しみにしてるよ』
『エスコートされるような服装で来たらな』
『おっと、これは1本とられた。ではボクは時間まで経験値稼ぎしてくるよ。遅刻しないようにね』
『俺は司彩が遅刻しないか心配だよ。サボり魔な上に遅刻魔な姫さま』
『そのときは王子に迎えを頼むとしよう』
『それってもしかして俺のことか?』
『他に誰がいるっていうんだ。ということで遅れそうになったら連絡するからよろしく』
『それ確実に遅れてくるやつだろ……』
司彩のマイペースっぷりはブレないな。
二度寝すると遅刻しかねないし、起きるとするか。本当に遅刻したら司彩に笑われてしまう。
カーテンを開け陽の光をあび、体内時計をリセットする。その後、俺は再びベッドに戻った。
寝転び、天井を見上げながら、カナ、まごめ、蛍と過ごしてきた時間を思い起こす。
あとからあとからわいてくる思い出にひたっていたら、あっと言う間に家を出る時間になってしまった。
こうして考えてみると、今まで生きてきて、辛いとき、楽しいとき、どの場面でも、幼なじみたちがいた。3人のことを考えていたはずなのに自然に司彩とのことも思い出す。俺の趣味に理解を示してくれ、たびたび的確な助言をくれる司彩。切羽詰まったときに司彩と話したり遊んだりすることで解決したことも少なくない。
司彩だけでなく、カナ、まごめ、蛍にもたくさん助けられてきた。いつも何気なく享受してきたけど、俺は彼女たちに何か返すことができているのだろうか。
もっと感謝の気持ちを伝えないとな。家族同然だからこそ。手始めに今から一緒に遊ぶ司彩に何かおごってやろう。あいつイメージに似合わず甘いもの好きだったりするからクレープとかアイスとかなら喜んでくれるはずだ。
貯金箱から多めにお金を取り出し財布に入れる。司彩の服選びをするだけだが食事代以外にもゲームセンター行ったりアニ○イトとかで買い物したりするだろうからな。
身支度を整え、まごめに見つからないようにこっそり家をでる。このタイミングで司彩と2人で町にでかけると知られるのは何となく気まずい。
バスと電車を使って町へ。都会では地下鉄とかですぐ都市部へ行けるという話を聞いたことがあるが、うらやましいの一言に尽きる。
1時間ほどかけて町のシンボル兼ここら辺の住民の待ち合わせスポットナンバーワンの青銅時計の下に到着した。時刻は11時30分。待ち合わせの30分前だ。少し早く来すぎてしまった。
ここで俺がラブコメ主人公で司彩がヒロインだったとすれば、すでに司彩は待ち合わせ場所にいて、「ごめん、待った?」「ううん、今来たばっかりだよ(本当は○○君とのデートが楽しみすぎて1時間前に来てたんだけどね!)」というイベントが発生するのだが、俺たちに限ってそんなことは起こり得ない。てかそもそもこれデートじゃないしな。
スマホのゲームをしながら時間をつぶす。50分になっても司彩からメールが来なかったので待ち合わせの時間には間に合うのだろう。
時計が12時を指し、頭上の青銅時計が荘厳なメロディを奏でたちょうどそのとき、司彩が姿を現した。
「って司彩お前制服かよ!」
司彩が着てきたのは学校指定のセーラー服だった。休日ゆえに周りに制服を着ている人は司彩くらいで目立っていた。
「仕方ないだろう。外を歩ける服装はこれしかなかったんだ」
「まあ上下灰色のスウェットよりはマシか」
「さすがにボクもそこまで非常識じゃないよ。今日服を買ったらそのままそれを着るつもりだ」
「司彩って案外マトモだもんな。案外」
「案外は余計だ。では、そろそろ行くとしよう」
司彩は長い髪をなびかせながらスタスタと歩いていく。俺は早足で追いかけ、となりに並んだ。
「ちょっと早いけど、まずは飯にしないか」
「そうしよう。腹が減っては戦はできぬと言うし。タカト、もちろん店は調べてあるんだろう?」
「え、なんで? 適当に歩いて店探せばよくないか?」
「はぁ、ちょっとでもタカトに期待したボクが悪かったよ。そこにあるサイジェリアに入るとしよう」
サイジェリアとは学生のお財布に優しいリーズナブルな料理を提供してくれるファミリーレストランである。
「悪かったな気が利かなくて。でも司彩もジェリア好きだろ?」
「無論だ。食事にお金をかけるよりその分を2次元にささげた方がよっぽど有意義だし、ジェリアのドリアはいつ食べても美味しい」
「激しく同意」
なんてオタク丸だしの会話をしながら店内に入っていく。町を歩いているときもそうだが、やたら人に見られているような気がする。多分司彩のせいだ。制服っていうのもあるかもしれないけどそれはオマケ程度で、原因は司彩の美貌だろう。黙ってれば絵になるような美人だからなぁ。
司彩はドリア2つとドリンクバー、俺はハンバーグセットを頼み、食べ終わったあとにスマホゲームの協力プレイをしてから店をでる。
お腹が満たされたところでお待ちかね、今日の目的である司彩の外出用の服の購入だ。
何軒かアパレルショップを回り、予算と相談してそこそこの値段帯のところで買うことを決めた。
司彩はコーディネイトについてググってきたらしく、手早く3種類ほどそろえてみせた。
「タカト、試着してみるから変じゃないか確認してくれ」
「あいよ」
司彩がカーテンを閉め着替えをはじめたため、試着室の外で待つ。この店は女性客がターゲットらしく、店内には女性が多いため非常に気まずい。
あとこの店、なんか見覚えがあるなと思ったら過去に何度かカナやまごめと服を買いにきたところじゃないか!
たまに買いに来る程度だったはずだから、はち合わせるなんてことにはならないだろう。
そう思っていた時期が、俺にもありました。
「カナちゃん、この服どう思う? ちょっと子どもっぽいかな?」
「んーわたしはいいと思うけどなぁ。まごちゃんによく似合ってるし、なによりみーくんこういうの好きそうだし」
「そ、そうかな。じゃあ買っちゃおう!」
マズイマズイマズイ。マズイですよこれは。司彩と2人ででかけていることを知られたら八つ裂きにされる。あの2人は今入り口付近にいるため店外への離脱はできない。どこか隠れられそうな場所は!?
「タカト、こっちだ」
試着室から伸びた手にとらえられ、引っ張り込まれる。
そこには、下着姿の司彩がいた。
濃紺に近い紫色の上下。視線を下に落とせば紐パン、上に移せばたわわに実った胸。
「お、おい司彩! ヤバいだろこれは! あと紐パンとか攻めてんな!」
小声でそう言いながら目をそらす。
「浮海さんと高村さんの声が微かに聞こえてきたから、タカトは逃げ場がなく困っているだろうと思って。あと紐パンについてだが、ブラが気に入って買ったら下がこれだった。単なる確認不足だ。勝負パンツとかそういうのではない」
口調はクールなのだが、顔が真っ赤になっているので台無しである。
そっか、俺を助けるために無理してくれてるんだ。さりげなく下着姿をチェックしてしまった自分が恥ずかしい。
カナとまごめが去るまで俺は目をつぶって待機。司彩は着替えを再開。衣擦れの音が妙になまめかしい。
クラスでのハプニングのときといい今といい、最近司彩は女性だということを意識させられることが多くなってきた。これまで一切そういうことはなかったのに。
あの2人がいなくなったところで、試着室からでる。周囲から怪訝な表情を向けられるのは仕方がない。
まさか本当にはち合わせるとは。なるべく早く服を買ってアニメ○トあたりに逃げ込まないと。
さっき見た司彩の姿を必死に振り払いながら、知り合いに見られないよう周囲を警戒する。




