蛍とカナと大会 ラスト
「ミナト、なぜ私を避けるのだ! 不満があるなら言ってくれ!」
上目遣いからの涙目コンボ。蛍に落ち度はないために、すさまじい罪悪感がわいてくる。
「ちょい落ち着け。あと声のボリュームもおさえて」
「落ち着いてられるものか! 急に避けられて、それに気づいたときどれだけ寂しかったかわかるか!?」
ポカポカポカとあまり痛くないパンチを繰り出してくる蛍。
「ごめん、ごめんって! 蛍が悪いわけじゃないから! 俺自身の問題だから!」
「……ホントに? 私のせいじゃない?」
「本当だ。信じてくれ」
まっすぐ目を見て力強くそう言ったため信じてくれたのか、蛍の表情筋が一気にゆるみ、少々間の抜けた顔になった。
「よかったぁ。よかったよぉ」
「いや、マジですまなかった」
すんすんと鼻をならしていた蛍は、目元をぬぐってから、またまた不安そうに見上げてくる。今はもう肩をつかんだりはしていないが相変わらず近い。
「理由、教えてくれないか? どうしたらまた普段通りに接してくれる?」
「……恥ずかしいから言いたくない」
「私をこんな気持ちにさせるだけさせておいてそれはないだろう」
「むぐっ。な、なら、自分の席に座ってくれ。とてもじゃないが蛍の顔を見て話せないから」
「うむ、わかった」
蛍はうなずき、自分の席へ座った。これなら蛍の後ろ姿しか見えない。
俺も自分の席に座り、数回深呼吸をする。羞恥プレイにもほどがあるだろコレ。アナタに尊敬や嫉妬をしていますって告白するんだぞ。
でもこれ以上蛍を不安がらせるわけにはいかない。あんな悲しそうな顔見せられちゃあな。
覚悟を決め、今度はカナのときとは違い頭の中で整理しながら話していく。内容はカナのときと大差ないけどな。
蛍は俺が話している間、黙って聞いていてくれた。
話の時間自体は20分くらいだが、もっと長く感じられた。
話し終わった瞬間、俺はたまらず机につっぷす。きっついわこれ。
「ミナトも男の子だったんだな」
「当たり前だろ」
そこからやや間が空き、再び蛍から口をひらいた。
「良い試合だった。同点決勝になったときは、ついにこのときが来たかとわくわくしたよ。ミナトは実力さえ発揮できれば私と大差ないだろうから」
「うそつけ」
「うそじゃない。父上もいつも言ってるぞ。あいつはもったいないやつだ、緊張しすぎなければもっと上を狙えるのに、と」
「武蔵先生、そんなこと言ってたんだな。買いかぶりだ」
「過度の緊張の原因、自分でもわかってるんだろう?」
「ああ。ようやく自覚できたよ。良い点をとろうと意識し過ぎて、剣先が鈍る。ただそれだけの話だった」
「なんだ、わかってるんじゃないか。なら前に進めるな。次の大会が楽しみだ」
「楽しみってお前、二段にあがっちまったら俺たち賞とれなくなるかもしれないんだぞ?」
「賞とかは関係なく、大舞台でミナトの集中した演武が見れるのが楽しみ、ということだ。さぞかし美しい演武なのだろうな」
賞とかは関係なく、か。やっぱり俺なんかよりはるか先を見据えている。勝手にライバル視してたのがおこがましく感じた。
「俺なんかより蛍の演武の方がゾッとするほどきれいで、見ていて引き込まれるよ」
「う、うむ。そうか、あ、ありがとう」
そんな反応されると言ってるこっちが恥ずかしくなるんだよ!
この空気をなんとかしたいというのと、この際だから普段聞けないようなことを聞いてしまおうということで、俺はあることを尋ねてみた。
「なあ蛍。お前はどうやって今まで1位を維持してきたんだ?」
「? 何も考えず、ただ居合道を楽しんでいただけだが」
俺は稽古方法を聞いたつもりだったんだが、これこそ真理な気がした。好きこそものの上手なれ、ということわざが頭をよぎる。
にしてもあまりに自然にそう言うものだから、思わずつっぷしていた顔を上げて笑ってしまった。
「ぷっ、あはは!」
「む、何を笑っているのだ」
「いや、ほんっとうに居合道が好きなんだなぁって」
「もちろんだ! ミナトは違うのか?」
「俺は……うん、そうだな。俺も好きだ。好きじゃなきゃこんなに長く続けられないよ」
「よかった。それを聞いて安心したぞ。私が居合道を楽しめてる要因の1つは、ミナトだから」
「俺?」
予想外の言葉に驚き、間髪入れずに聞き返す。
「そうだ。居合道をしているとき、刀を振っているとき、気づけばとなりにミナトがいる。どんどん成長していく姿を見て勇気をもらった。もうやめてしまいたいと思ったとき、笑顔で父上に稽古をつけてもらっている姿を見て踏みとどまることができた。大会でいつも並んで表彰されるのがたまらなく嬉しかった」
蛍ほど居合道が好きなやつでも、やめたいって思うことがあるんだな。
「蛍がそんなこと思ってたなんて。意外だった」
「ミナトが言ったことだって私にとっては相当意外だったぞ」
「お互いさまだな」
「まあ私はどんなことを思ってたとしても避けるなんてマネはしないがな」
「もしかして根に持ってます?」
「知らん!」
こうやって話をしてても、蛍は律儀にも振り返ったりはせず、前を向いたままだ。この真っ直ぐさが蛍の芯の通った演武につながっているのかもしれない。
そこから数分の間、何もしゃべらない時間が続く。
窓から吹き込む風の音、グラウンドから聞こえる運動部員たちの声。蛍も、今までの会話を反芻しているのだろうか。
落ちはじめた陽の光を跳ね返している茶色の髪を眺めていたら、不意に蛍がゴホンとわざとらしいせきばらいをした。
「そろそろ帰ろうか。今日はちゃんと話してくれてありがとう」
「こちらこそ。よっし、帰宅するとしますか~」
帰り支度をし、席を立つ。蛍はすでに教室のドアのところで待っていた。廊下の外を見つめているらしく、こちらから表情をうかがい知ることはできない。
俺が教室のドアのところまできたとき、蛍がクルッと振り返った。
振り返りつつ右手で手刀の形をつくり、俺ののどもとに当てながら、さわやかな笑顔でこう言うのだった。
「もう何があっても避けるようなことはしないこと。これからも道場、学校でよろしく頼むぞ」
両手をあげて降参のポーズを取りながら、「武神に誓って」と返すしかない俺だった。




