波乱のバレンタインデー その1
さて、このような生活があと1ヶ月ほど続き、あっと言う間にあのイベントの日になった。
2月14日。バレンタインデーである。
素晴らしい日だ。今やってる女の子育成ソシャゲーでは育成キャラからのチョコをもらえるし、バレンタインデーに発売する新作ギャルゲーの特典、ネトゲでもキャンペーンアイテムがもらえるという。俺得でしかない。
楽しみすぎて早起きしてしまった。
「にいちゃーん、朝だぞ~ってきゃああああ! 着替えてるならそう言ってよ! 朝っぱらからキモいの見せんな!」
勢いよく開かれ、光の速さで閉じられた部屋のドア。いや、そう言ってよってそりゃ無理だろいきなり入ってきたんだから。あとキモいってなんだにいちゃん普通に傷ついちゃう。
我が小さな妹君のご機嫌をとるべく「今日も慎ましく上品な胸ですね」とか「一部から絶大な人気を誇るロリ属性素敵です」とか一生懸命ほめたのだがどうやら逆効果だったようだ。げせぬ。
プンプン怒りながら朝食をとっているまごめが、ふいに箸をとめてこちらを見てきた。
「どうしたまごめ、まだ怒ってるのか? 何回も謝ったじゃないか」
「いやもうそれはいいんだけど。それより、今日は何の日か知ってる?」
そんなもじもじと気まずそうに聞かなくてもいいのに。
「あたりまえだ。俺のような2次元を愛するものたちのためのイベント。そう、バレンタインデーだ。バレンタインデー滅びろとか言ってるやつらはまだ甘い。3次元に未練がある証拠だ」
でました、まごめの見慣れたジト目。
「あーはいはいそうだったね。なんであたし忘れてたんだろう。いつからだったかは忘れたけどにいちゃんってクリスマスとかもそんな感じだったよね」
「なんだその残念そ~な顔は! そういうお前はどうなんだ? なんだかんだ言って毎年俺に義理チョコくれるけど、誰かに本命チョコあげたりしないのか?」
あれ、もしかして地雷踏んだ? さっきまで怒ってた感じとはまた違う。どう違うかは具体的に説明できないんだけど。
「……にいちゃんの、バーカ!」
ノーモーションからの目つぶし!
「ぐおああああ! なんか知らんけどごめん!」
お互いのことを知りつくしている幼なじみでもわからないものはわからない。女の子の心理って難しいね。
「ええそうでしょうとも。にいちゃんにはあたしが怒ってる理由、これっぽっちもわからないでしょうとも!」
「うんうん、そうだよ、まごちゃん。みーくんにわかるはずないよ。昔からそうじゃない。みーくんにはそういうこと期待しちゃダメ」
そして唐突に我が家の食卓に現れるカナ。いつのまに来たんだお前は。不法侵入にもほどがある。
「だよねカナちゃん。にいちゃんがアホなのは重々承知してたんだけど」
「わたしたちの苦労を少しはわかってほしいよね~」
「ねー」
2人してそんなににらまないでほしい。
「あら、カナちゃんおはよう。この前はこの子らにご飯作ってくれてありがとうね。本当助かるわぁ。どう、お嫁に来る気はない?」
「もうおばさま、いえ、お義母様ったら~!」
もう不法侵入についてはいまさらか。俺よりカナの方がこの家のこと把握しているのかもしれない。
ただ、まごめのおもしろくなさそうな顔が気になった。まだヘソを曲げているのだろうか。
「ごちそうさん」
女性陣はワイワイやってるし俺は先に行くか。
「あ、待て逃げるなでりかしーなし男~」
「そうだそうだ~」
たまには1人でゆっくり登校しようと思ったのにさわがしいのがついてきやがった。
「うるさい貧乳ズ。急がないと置いてくぞ」
「あ~またそういうこと言う~。それにわたしBあるから貧乳じゃないもん!」
「カナちゃんは限りなくAに近いBだけどね」
「む。Aのまごちゃんに言われたくないな~」
「あ、あたしはもうすぐBだし! カナちゃんとほとんど変わらないんですけど!」
「ほとんど、ね」
「に、にいちゃ~ん! カナちゃんがいじわる言ってくるぅ!」
五十歩百歩だろ、なんて火に油を注ぐようなことはもちろん言わず、適当にあしらいながら玄関の扉を開けて外に出た。