幼なじみ属性が嫌いな男子高校生の1日 後編
そんなこんなで放課後。
俺は帰宅部のためすぐ学校をでる。
カナは料理部、まごめは女子バスケ部なため帰りは1人だ。特に仲のいい山谷も科学部だしな。
さってと。今日は入ってるかな。
靴箱の中を確認。ここ数日なかったから今日あたりかな、と思っていたら案の定だった。
となりのクラスのプリント類。なぜこんなものが俺の靴箱の中にあるのかはすぐにわかると思う。
朝に登校してきた道とは違う道を通り、とある家の前にたどりつく。
インターフォンをならす、前に玄関のドアが開いた。
「やあタカト。待っていたよ。さあ入って入って」
「うい~」
見計らったようなタイミングで俺を待ちかまえていたこいつは甲斐司彩。いつも通りだぼだぼのスウェット姿。伸ばしっぱなしのやや青みがかった髪。ほとんど手入れしてないのにさらさらとか腹立つ。
そんな司彩を一言で言い表すと、「サボり魔」である。
「今日は何のゲームをやろう。久しぶりにスモブラとかどうかな」
「おっけ~。ただ今日は稽古日だから5対戦くらいかな」
「むぅ。物足りない。稽古なんてサボってしまえ」
「俺が稽古サボらないやつだって知ってるだろ。それにサボり魔なお前とは違うんだ。あと2、3ヶ月で4月だけど出席日数足りてるか?」
「ボクを見くびらないでほしいな。計算は完璧だ。1日たりとも狂いはない」
「いやもっと余裕持てとあれほど」
「ボクが何言われようとギリギリまで学校休むのは知ってるだろう」
「だな。でもそんなんじゃお前のファンクラブ会員が悲しむぞ」
「興味ないよ。それより時間ないんだから早くスモブラしよう」
「あ、その前にプリント」
「そこらへんに置いといてくれ」
「へ~い」
話しながら司彩の部屋までいき、積みゲーの最上段にプリントを置いておく。相変わらず数々のゲーム、マンガ、DVD、フィギュアにあふれた部屋だなぁ。実に素晴らしい。
ところで、なぜ他クラスの俺がわざわざ司彩のプリントを届けているかというと、1年の最初のときに司彩が他クラスである俺をプリントお届け係に指名したからだ。俺が届けないと受け取らないとか言ったため、仕方なく引き受けている。
何はともあれ、司彩は幼なじみにして俺の最高のオタ友なのだ。
「あ、今ピッチ姫のパンツ見えた!」
とか言ってしまうくらいには残念なやつだが、オタク知識は俺をも凌駕するほど。ギャルゲー乙女ゲー深夜アニメなんでもござれ。
あーあ、こいつが同じクラスだったらよかったのに。そうすれば山谷も交えてオタ話しほうだい。でもなぜかほとんど一緒のクラスにならないんだよなぁ。小学3年と中学2年のときくらいかな、一緒だったのは。司彩はそのときは毎日学校に来てたはずなんだけど。
趣味が完全一致しているため、たびたび家に寄ってゲームをしたりアニメ談義をしたりしている。いつごろからだったかな。初代ポキャモンを一緒にやってたのは覚えてるから、小学1年くらいか。
「あ、待てお前つかんで心中は反則だろ!」
「これも戦法だ」
「くそ、まだだ、まだ終わらせないぞ!」
おっと、回想していたら一本とられてしまった。不覚。
集中してたらあっと言う間に5本勝負が終わり(1勝4敗だった)、家をでる時間になった。
「んじゃ今日もサイガーオンラインで」
「いつもどおり21時に広場集合で大丈夫かい?」
「おう!」
そう、司彩は幼なじみ兼オタ友兼ネトゲ仲間でもあるのだ。そのせいかまごめやカナと同じくらい時間を共有しているような気がする。
「ではのちほど、タカト」
「そのハンドルネーム呼びはそろそろやめろ。んじゃまた夜に」
そう言って司彩の家をあとにする。
実に有意義な時間だった。稽古前のいい気分転換になったな。
時間もあまりないし、道場に急ぐとしよう。
司彩の家から道場までは徒歩30分かかる。早足で行けば十分間に合うはずだ。
模擬刀を肩にかけなおし、道着も忘れてないか確認。問題なし。
俺は帰宅部だが、それは学校の部活動に参加していない、というだけで習い事はやってたりする。週に3回ほど、家からやや離れた居合道の道場にかよっている。
ほどなくして道場の前にたどりついた。
達筆な道場主、切通武蔵自らが書いた、「切通道場」の文字。
家屋と道場が一体となったその外観はまさに古き良き日本家屋といった風で、ここにくるといつも落ち着く。たまに土日に緑茶を飲みながら松の木を眺めにくるくらいだ。ジジイか俺は。
くぐり慣れた門を通って、更衣室へ。小学校のころから通っているため勝手知ったるなんとやら、だ。
道義に着替え、模擬刀のチェックをし、道場へ。
ここで居合道とは何か簡単に説明しておこう。
居合道とは何百年も前から続く日本の伝統的な武道である。剣道などのように打ち合ったりはせず、仮想の敵を思い浮かべながら演武を行う。自分との戦いだ。流派もいくつか存在し、その流派に伝わる「型」を継承していく。
もちろん段位もあるし大会もある。大会では正しい形か、序破急、つまり緩急は適切か、残心はできているか等により評価される。
激しい動きはしないため老若男女だれでもできる。サポーターをしないとひざがぶっこわれるためそこだけ注意だ。
居合、という単語から想像できるものとして、ゲームや小説、マンガにでてくる居合い斬りがある。刀をチンとならしただけで敵が輪切りになっている、みたいなやつだ。居合道では確かに鞘離れ、刀が鞘を離れる瞬間を大切にするが、さすがにあれはできない。あくまで刀の扱いを学ぶものなのでケンカが強くなる、ということもない。
稽古は模擬刀を用いる。三段以上なら真剣を持つことが許可されるが、高校生のうちに三段まであがることができないため関係ない話だ。
さて、誰に向かって言ってるんだかわからない説明も終わったことだし、自主稽古しよう。
一礼をして、道場内に入る。
そこでは、すでに刀を振っていた1人の少女がいた。
ゆったりとした動作で刀を抜きつけ、1番よく斬れる物打ちという部分まできたところで鞘をひき、鋭く刀を抜き放つ。
剣の軌道が正確だからこそでる、ヒュンと風を斬る音。
水の流れのようにスムーズな動作のつながり。
優雅に納刀、からの絶妙な残心。
上手い。思わず見とれてしまうほどに。その実力に嫉妬してしまうほどに。
この道場で教えている流派、無門流の立ち技1本目、連刀その1を終えたところで、その少女は俺の存在に気づいた。
「お、ミナト、やっと来たか。待ちくたびれたぞ。いつもより遅いじゃないか」
凛と響く声。
こちらに向けられる屈託のない笑顔。刀を抜いているときはものすごい迫力だが、ひとたび納刀すれば10人中10人の男が振り返ってしまうほど整った容姿をしている。まごめやカナがかわいい系の美人なら、こちらはややクール系の美人だろう。
道場主、切通武蔵の1人娘、切通蛍だ。
ここで察しの良い人はわかると思う。しつこいかもしれない。もう俺も言いたくない。けど言わなければならない。
こいつも俺の幼なじみだ。
うん、おかしいだろと俺も言いたい。今日だけで4人目だぞ。さすがにこれ以上はいないので安心してください。
「すまん、ちょっと寄り道しちまった。身体を馴らしたあとにいつも通り型の確認しよう」
「うむ。今日は武蔵先生が座技を教えてくれるらしいから、立ち技を完璧にしておきたいところだ」
「そっか、俺たちもうすぐ高校2年だもんな。やっと座技に進めるんだな。よっしゃ、気張っていきますか」
「気合いを入れすぎると演武に支障がでるぞ。明鏡止水、落ち着いた心をもってして正しき刀を振るうことができる。そもそも居合とは~」
またはじまったよ。蛍の居合道講義が。きっといつも父親に聞かされて一言一句違わず覚えているのだろう。
俺も耳たこだがおとなしく聞いておく。こんなに上機嫌で楽しそうに話されたらさえぎれない。
それに蛍は別の学校に通っているため、幼なじみといってもこの道場でしか時間を共有できない(ごくたまに買い物に行ったりすることはあるが)。俺もたまにアニメの話とかつき合ってもらってるし、これくらいつき合ってやるか。
「こらミナト、ちゃんと聞いているのか!」
「も、もちろん聞いてるぞ」
怒られてしまった。幼なじみーズの中で1番頭が上がらないのは蛍かもしれない。
ほどなくして武蔵先生や他の門下生がきて稽古がはじまる。
稽古風景は割愛。詳しく知りたい方は近くの道場へGO!
稽古が終わり、束の間の雑談の時間へ。
「座技、やっぱりひざにくるな」
「そうだな。私もかなりキてる。でも今日教わったおかげでこれから自主稽古できる!」
「だな。次の大会は負けねえぞ」
「ふん、それはどうかな。次もいつもどおり私が優勝をもらう」
「よく言うよ、そんな着崩れして下着が道着のすきまから見えてる状態で。てか今日も緑色か。かわりばえしないな」
あ、ヤバい。やらかした。刀抜いたときの顔になってる。
「……る」
「ん?」
「……斬る!」
「ちょっと待て武蔵先生に怒られるぞ!」
「ならば手刀で!」
「ぐはっ!」
まさか手刀突きも上手いとは。おそれいった。
着替えが終わり、みんなで道場に集まって道着、袴をたたむ。
蛍はいち早くたたみ終わり、すみっこの方でいじけていた。
「……もうやだ……恥ずかしい……また見られた……幼なじみだからってそんな無反応とか……私だって女なんだぞ……うぅ」
「うん、ごめん。心から反省してる」
「ほんと?」
「ほんとほんと」
「武神に誓う?」
「誓う誓う」
居合道では稽古のはじめと終わりに武神がいる方に向かって挨拶をします。わかりにくいネタで申し訳ない。
「なら、グチ聞いてくれるだけで許したげる」
「どんとこい。と言ってもどうせいつものだろ?」
「そう。最近赴任してきた新人の先生にまた髪色のことで怒られた。地毛なのに! 地毛なのに!」
長めのポニーテールをぶんぶん振り回す蛍。顔に当たって良いにおいと痛みが同時にやってくる。
蛍の髪は生まれつき明るめの茶髪。そのため小さい頃からそれはもう色々あったのだ。
「はいはいわかってるよ。しょうがないよな、生まれつきなんだから。蛍は悪くないって」
「ううう、ミナトぉ」
全く、本当に蛍は昔から変わらないな。普段強気なくせに、すぐヘコむ。だからいつも慰めたり慰められたり。お互いさまだな。
「もう大丈夫か?」
「……うん。聞いてくれてありがとう」
グチを吐き出しスッキリした蛍は、気はずかしそうにそう言った。素直なやつだなぁ。
荷物をまとめ、他の門下生や蛍と少しだけ雑談してから道場をでて、蛍に持たされたお手製のおにぎりをほおばりながら帰路につく。
今日もいつもどおりだった。何度繰り返してきたかわからない日々。
高村まごめ。浮海彼方。甲斐司彩。切通蛍。こいつらとの日常はいつまで続くかわからないけれど、願わくばこの変化のない生活がこの先も続いてほしいものだ。
んじゃ、蛍との話も終わったことだし、帰るとしよう。今日は宿直で父さんも母さんもいない。カナが夜ご飯を作って待ってくれてるはずだ。まごめも、にいちゃん早くーとかゴネていることだろう。司彩とネトゲの約束もあるし、深夜アニメの消化、積みゲーも進めなければ。
まだまだ1日は終わらない。むしろ俺の生きがいであるオタ活ははじまってすらいない。
そろそろ冬アニメも佳境だし楽しみだなぁ。昨日やった幼なじみゲーは速攻売り払って次のゲームの攻略にとりかからなければ。
顔をだらしなくゆるませ、スキップしながら帰宅する男子高校生の姿がそこにあった。