意外な一面
「月光も大変だな」
「うん。壊れなきゃ良いけどね」
「……お前、覗いただろ」
「私に秘桜のような過去や未来を視る力は無いよ」
「違う。月光の『考え』を覗いただろ」
「秘桜も視てるくせに。覗いたも同然。人の事言えないでしょ」
「……チッ」
月光が居なくなったその部屋に面白くなさそうな秘桜、それを見て笑っている莉桜の姿があったらしいが真実は闇の中に消えてしまった――――
「ただいま戻りました」
「おー、おかえり。今回もありがとな。助かった」
月光が戻ってくると千尋と大和が笑顔で迎えた。
何故か、2人とも竹刀を持っている。
「……何をしているのですか」
「ん?剣道だ」
「見たら分かるだろ?」という言葉が大和の顔に書いてある。
「見れば分かります……」
じゃあなんだ?と言いたげな顔をしている大和。
「大和には何も言いたい事はありません。千尋様。今、貴方が何をすべきか分かりますよね?」
「そ、そう怒るなよ。あれだろ?えーっと…… えーっと……………」
『何をするべきか』千尋が分からないのは当たり前である。
何故なら、仕事は全て終わらせているのだから。
月光が言いたいのは―――
「月光って口さえ開かなければ可愛いのになー。残念。残念すぎる」
これだ。
自分の背中に張り付いている密だ。
帰ってきた途端背後から突進され、危うく顔面から転けるところだった。
「千尋様。貴方が拾ったのだから私の背中に張り付いて離れない此奴を剥ぎ取ってください」
「あー… 密、月光から離れて俺の方に来い」
「嫌だ。気持ち悪い」
普通なら始祖に言われた事は絶対で、喜んでその行動に移すものなのだが密には『普通』通用しない。
密と始祖以外の妖(女に限る)がこの発言を聞いたならば秒速で千尋の元にやって来るだろう。
「じゃあ、俺にするか?」
爽やかな笑顔を密かに向ける大和。
「え、ホントですか。大和さんに抱きついていいんですか。言いましたね?大和さん大好き!」
その瞬間、密かは月光の背中を離れ大和に抱きついた。
「俺の時と反応違いすぎじゃないか?」
千尋がボソボソと何か言っているが当然無視。
「あー、大和さんは月光と違って背が高いねー。落ち着くわ〜」
「僕が小さいとでも?確かに僕は平均より低いですが、それでも貴方よりは高いです」
「あ、今『僕』って言ったでしょ。完全に私のペースに飲まれてますよ、月光サン」
月光はオンとオフを分けるタイプで、普段は私、プライベートでは僕と言っている。
「……ウザいですよ。そんなのだと大和に嫌われてしまうまで秒読みですね」
「嫌いになんかならないぞ?密と一緒に月光をいじるの楽しいし」
「大和さん、Sだったの!?」
「? 姉さんには敵わないが、俺は攻める側だな」
いろんな意味で陽和に勝てる妖は居ないと思う。
3人の意見が初めて一致した瞬間だった。
「……無駄な時間を取ってしまいました。千尋様、私はもう自室に戻っても構いませんか?少し疲れてしまって」
「あぁ、勿論だ。ありがとな」
その言葉を聞き終わると、月光の姿は一瞬で消えた。
その場に小包みを残して。
「意外と素早いんだね」
その言葉に千尋と大和は耳を疑った。
まさか、とは思うが密は『月光の動き』が見えていたのだろうか。
それとも、直感的にそう言っただけなのだろうか。
前者ならば密は膨大な力を秘めている可能性がある。
何故なら、月光の動きはとても速く上級妖怪でも『消えた』と錯覚するほどだからだ。
「なあ、密。お前、あれが見えたのか?」
「あれって?」
「月光の動きだよ」
大和の問いに密かは答える。
「え?うん。千尋が ありがとな って言い終わった直後に地面蹴って屋根に上がったよね?」
正解だった。
月光は屋根に上がった。
密はあの動きが見えている。
「凄いな。俺なんか、見えるようになるまで3週間費やしたぞ」
と大和は言うが、それでも普通はありえない。
3週間であの動きに慣れるなど、常識破りすぎる。
「意外だな。お前の眼がどの速さまで捉える事ができるのか興味がある」
大和がそう言うと、今まで黙っていた千尋が竹刀を手に取った。
「今から俺が竹刀を振る。どの方向からどの方向へ向かって振るのか、良く見ておけ」
「えー、面倒くさい」
「頑張れよ」
「大和さんに頑張れと言われたらやるしかない」
そう言って千尋の正面に立つ。
「じゃあ行くぞー?」
竹刀は――――――