男勝りと兎と狐
密が千尋に拾われてから数日。
千尋は困っていた。密の男勝りすぎる性格に。
〜数時間前〜
「あー!月光みーっけ!何してんのー?」
密の大声が屋敷中に響き渡ったのはお昼前の事だった。
中庭で薪割りをしていた月光はその声に少し肩を震わせる。
「………薪割りです。見て分かりませんか?」
「ん?分かるよ?」
「………」
これ以上密と話しているのは時間の無駄だと悟った月光は密を無視し、仕事を進める。
だが、この選択が間違いだった。
「いいなー薪割り。私もやってみたいなー。と言うか、その斧よこせ」
「………嫌です」
「私も薪割りしたい」
「………ダメです」
「しーたーいー」
「ダメって言ってるでしょう!?」
「ちぇっ、月光のケチ。いいもん。大和さんに借りてくるもん」
「大和が貸す訳ないでしょう。それに、どうして私のことは呼び捨てなのに大和には[さん]が付いているんですか」
月光の記憶では、密はどんなに階級が上の妖でも呼び捨ては勿論、タメ口で接していたはずだった。
だから大和には[さん]が付いていた理由が分からなかった。
「え?大和さんは私の師匠だもん」
嫌な予感がする。
大和は上級妖怪にも関わらず、始祖を差し置いて3本の指に入るほどの武道の実力者である。
武道であれば、どんなものでも出来てしまうのが大和だった。
「……一応聞いておきますが、大和は何の師匠なのですか」
「武道。今は合気道習ってる」
予想的中。
嫌な予感と言うものはよく当たるものだ。
「大和に[さん]を付けるのならば、千尋様にも付けてください」
「無理。千尋に付ける理由がない」
「………もういいです」
「んじゃ、私大和さんから斧貰ってくるねー」
「ご勝手に」
走り去る密を横目に薪割りを始める。
ただの薪割りでこんなに疲れを感じたのは長年生きてきた月光だが、初めての経験だった。
「月光ー!斧貰ってきたー!」
「はぁ… 大和は馬鹿でしたね…」
数分後、大和に斧を貰った密が満面の笑みで月光に駆け寄り、月光の疲れが倍増したのは言うまでもないだろう。
〜現在〜
「ちーひーろー」
「うるさい」
「なんで大和さんが居ないのー。私の愛しの大和さんがぁ〜」
「静かにしろ」
「じゃあ千尋が大和さんの代わりに合気道教えてくれるの?」
「俺は忙しい」
「千尋、表に出ろ」
おーい、密。立場が逆だぞー。と言いかけたが面倒くさくなりそうだったので、ため息をつきながらも密に着いていく。
「千尋、私と勝負しろ!」
密のその一言に周りがざわつき始める。
「おい、あいつ千尋様に勝負しかけたぞ」
「また彼奴か」
ヒソヒソと話しているが丸聞こえである。
「密、俺を舐めるなよ」
「舐めてない。寧ろ警戒しまくってるよ。一応、始祖だもんね」
「一応じゃない。……それで何の勝負なんだ」
始祖であり、ここ一帯を自分の領土として納めている千尋に勝負を持ちかけた密は一斉に注目を浴びた。
「それは…………………」
「それは?なんだ?」
「………………考えてなかった」
ニカッと笑う密に対し、千尋は呆れ果てていた。
「考えてから行動しろよ」
「だって千尋が構ってくれないから」
「暴れたりなかった、と」
「うるさい!」
ギャーギャー騒ぎ出した密を尻目に
「陽和、いるかー?」
と陽和を探す。
すると直ぐに
「此処に」
と短いながら、凛とした返事が返ってきた。
「密に茶道でも教えてやってくれ」
「えっ、ヤダよ。身体動かしたい」
「密、行きますよ」
陽和は笑顔だ。
だが、その笑顔の背後にどす黒いオーラを感じる。
逆らってはいけない、と思わせるその笑顔に
「……はい」
と答えるしかないのであった。
最終更新からかなり 時間が開いてしまったので、内容が思い出せない方は申し訳ありませんがプロローグからの読み直しをお勧めします。