プロローグ
私が入学した高校はバスケの強豪校で、私は才能と努力を認められ推薦入学した。
バスケが好きで、もっと上手く、もっと強くなりたかった私は吐きそうになる練習も死ぬ気で耐えた。先輩をお手本に、盗める技術は全て盗んだ。
友達もできて、中学のころの自分より遥かに強くなって、全てが順調に進んでいた『ハズだった』。
どこで、道を踏み外したのだろう。
どうして、こうなったのだろう。
……答えは簡単だった。
『私の実力が、努力が、知名度が。先輩
を抜かしてしまったから』
誰にだってプライドはある。
先輩たちは『後輩』に抜かれたことでプイライドを傷つけられた。
そして私の背番号が『5』になったその日から、ソレは始まった。
初めはそんなに酷くなかったと思う。
部内での無視、嫌がらせ。
靴箱に脅しの手紙。
私の陰口、悪口。
それがどんどんエスカレートしていき、最後は私の脚が壊れてしまった。
私の怪我は『不慮の事故』とされ、先輩たちを責めるものは居なかった。
入院期間は約1ヶ月。
その間、必死にリハビリに励んだ結果バスケが出来るようになるまで回復した。
しかし、この努力は一瞬にして壊れていくことになる。
前回同様、先輩たちの手によって。
私の『お見舞い』に来た先輩たちは
「またバスケやるの〜?」
「え、出来んの?」
「大事な時期だったのにね。ご愁傷様」
なんて言いながら、窓に飾ってあった花瓶を手に取った。
「……その花瓶、何に使うの」
嫌な考えが頭をよぎる。
いや、嫌だ。やめて。お願い。私の時間を、努力を、気持ちを、希望を、無駄にしないで。
やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて
振り下ろされる花瓶がスローモーションのように見える。
振り出しに戻るのは嫌だ。戻りたくない。
私の思いは、希望は、努力は、時間は。儚く消えていった。
「今、何か割れる音がしませんでした、……か」
花瓶が割れる音を聞いて、看護師さんが駆けつけてくれた。
看護師さんは今の状況を見て絶句する。
脚を抑えて蹲っている患者。周りに散らばっている花瓶の破片と5〜6人の女子高生。
「…っか、看護師の方ですよね⁉︎ この子が花瓶を移動させようとしたら脚の上に落としちゃって…!」
アホらしい。何を言い出すのかと思えば、そんな事か。自分がやったくせに。
今週、退院予定だったのに先延ばしになってしまう。
だんだんと朦朧としてくる意識の中で、頭に浮かんできたのはバスケの事だけだった。
目が覚めた時、部屋には自分1人しか居なくて酷く孤独に感じた。
この個室は独りで使うには広すぎる。
それに夕陽のせいで、感じなくていい感情を感じてしまう。
朝陽ならまだマシだったのに。
ガラッ。
勢いよく開かれたドアの向こうには妹が居た。
なぜか目に涙を溜めて。
「……お姉ちゃん、大丈夫なの?バスケの推薦で入れた高校なのに…… 勉強できるの?」
「大丈夫だよ。また、リハビリ頑張ればいいだけだし」
そう答えると、妹は複雑な表情をした。
「何言ってるの?ちゃんと現実を見てよ、お姉ちゃん…!お姉ちゃんの脚はもう……っ、使えないんだよ………!」
うそだ。そんなのウソに決まってる。
私の脚が使えない?ウソだ。ウソだ。ウソだ。ウソだ。ウソだ。
笑えない冗談を言わないで。
私からバスケを取ったら何も残らないの知ってるくせに。
まだ希望はあるのに。
「……そうだね」
どうしてこんな言葉が出てきたのか、自分でも分からなかった━━━━。
妹が部屋から出て行った後、睡魔に襲われた私は再び意識を手放した。
そして目覚めた私がいた場所は『病院の個室』ではなく『知らない土地の山の中』だった。