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ホリデー☆マジック☆プリンセス ~オタサーの姫と四天王~

作者: 瀬戸内ジャクソン

 夜天を切り裂き、魔法少女は飛翔する。

 ツインテールの金髪を、アイドル然としたフリフリな衣裳を、熱風に靡かせて。

 眼下ではオーク(モンスター)の集落が火の海を化しており、猛る炎が夜の帳を焦がしている。BBQな臭いを鼻腔いっぱいに吸い込み、魔法少女は覚悟を決める。聳える巨大な敵――赤銅色のドラゴンを一撃で屠る〝必殺技〟敢行の覚悟を。

 身の丈ほどのステッキに跨る少女は、ドラゴンの周囲をゆっくりと旋回し、一周したところで真っ向勝負を挑む。真珠湾攻撃に臨むゼロ戦のように火の海をスレスレに飛び、そこから急上昇してドラゴンの頭部へと突っ込んでいく。

 無論、ドラゴンとて棒立ちではない。

 猫科を想わせる黄金色の瞳はギョロリとこちらを捉え、鋭い牙の合間からは炎が洩れ出している。


(炎のブレスが来る!)


 ステッキを握る魔法少女の手に力が篭る。

 吐息ブレス攻撃は想定内だ。と言うより、そうでなければ〝必殺技〟が成立しない。レベル1の自分には、これより他に〝必殺技〟と呼べるものはない。やるっきゃない。


「アタシがやらなきゃ、誰がやる!」


 とある呪文の詠唱をしながら、さらにスピードを上げる。

 標的がデカ過ぎるせいで、距離が縮まっている気がしないが、構わない。あくまで加速は急かすためのものだ。

『グルォオオオオオオオオオ!!』

 魔法少女のフルスロットルに対応して、ドラゴンが攻撃行動に移る。硬皮に覆われた顎が開き、溶鉱炉のような口腔から火炎放射が放たれる。

 ――それを待ってた。


「〝反射魔法レベル1〟!」


 残るMPマジックパワーの全てを費やし、魔法少女は、自身の前方に不可視のバリアを展開する。力不足のため、ドラゴンの攻撃を完全に無効化することはできない。髪が、衣裳が、肌がヂリヂリと焼ける。それでも炎の壁をぶち抜いた時、魔法少女はHPヒットポイント1の状態でドラゴンの眉間へと降り立った。

 不可視のバリアはナイロン袋のように変容し、ドラゴンの吐息を――攻撃エネルギーを圧縮して閉じ込めている。


「よ~~~ッくもやってくれたわねェ」


 シンナーでも吸うように攻撃エネルギーを吸収し、自身のそれへと変換する。数値上は30そこそこだった魔法少女の攻撃力が、一時的に十倍にまで跳ね上がる。

 これはレベル100のステータスに等しい。

 魔法少女は、登頂の証を立てるかの如く、ドラゴンの眉間にステッキの柄を突き立てる。そして、その先端の一点からありったけを叩き込む!


「終末幻想魔穿滅光殺零式!!(ファイナルファンタジックファントムブレイカーゼロ)」


 光が爆発し、ドラゴンはおろか世界まで呑み込む。

 全然ピンポイントじゃあない。

 全ては #FFFFFFまっしろになる。

 どこかで勝利のファンファーレが鳴った気がした。

 ――。

「終末幻想魔穿滅光殺零式!!」

 テーブルの上に転がった2つのサイコロの目は〝6・6〟。

 魔法使いヒメコの奥義は自動成功となり、クリティカルなダメージがドラゴンへと与えられる。

「やったぴょん♪」

 ダイスロールしたセーラー服の少女・寒川姫子は、ツインテの黒髪を揺らして小さくガッツポーズ。

「やりましたな、姫!」

「さ、さささすがは姫ちゃんなんだな」

「まっ、トーゼンだな」

 長机2つを挟んだ対面でパイプ椅子に座すのは、3人の男子生徒たちである。彼らは六道学園ゲーム研究会、通称・六ゲー研のメンバーだ。姫子を筆頭に〝オタサーの姫とオタサー四天王〟をやっている。四天王なのに3人しかいないのをツッコんではいけない。

「……この攻撃により、ドラゴンのHPは0。見事に退治することができました」

 テーブルに着く最後の一人、五人目は、お誕生日席に座るクール&ストイックな女生徒だ。彼女は銀縁眼鏡のブリッジを軽く押し上げ、戦闘終了をプレイヤーに告げる。底と側面にマジックで「ドラゴン」と書かれ、テーブル上に伏せられた紙コップを、ピンと指で弾いて転がす。

「かくして東のドラゴンは倒され、東方に平和が訪れました。コングラチュレーション」

 メガネの女生徒はGMゲームマスターとしてストーリーを締め括り、そしておもむろに席を立つ。

「今日のセッションはここまでですわ。各自で480の経験値を割り振り、来週のセッションに備えてください。以上ですわ」

 余韻に浸る間もなく、六ゲー研の部室をGMは退室する。彼女は六ゲー研のメンバーでもなければ、仲良しさんでもない。完全なる敵対関係――このTRPGは、姫子たちVS彼女との勝負なのである。

 TRPG。

 それは、テーブルトークロールプレイングゲームの略である。

 人と紙と鉛筆とサイコロがあれば成立する、古典的かつ知的なゲームだ。

「か~~~ッ、つれないねぇ。あの生徒会長さんは」

「そそそこが麗しくもあるけど、ひ姫ちゃんとくら比べたら、あ足下にも及ばないんだな。だな」

「このTRPGは〝キャンペーン〟……とはいえ、いつまで続くのでしょうか。もしかして我々が敗北するまで続ける気なのでは?」

 怪訝な表情を浮かべる六ゲー研メンバー、デュエリスト鈴木(通称)に、姫子はからからと笑って緊張をほぐす。

「だいじょうぶダイジョーブ♪ 今回はちょっち厳しかったけどぉ、これまでのセッションで不可能なゲームを要求してきてないじゃーん?」

「なるほど。そうですな。フェアプレイの精神は保たれているということですか」

「それにしても姫子よォ、さっきの必殺技は危なかったんじゃねーか。下手したら死んでるぜ」

 口を挟んできたのは、髪をワックスで固めてFFキャラみたいになってるメンバー、ガイア佐藤(通称)である。テーブルに足を乗せるな。

「ふ、終末幻想魔穿滅光殺零式……ささ佐藤くんが使ったらクソワロだけど、姫ちゃんだったらラブリーキュートなんだな。だな」

「田中テメーは黙ってろ」

「さささ佐藤くんこそ、あとで鍵垢つかって荒らあらしてやるから、か覚悟しておくんだな」

「何だとコラァ!」 

「も~っ、アタシのためにケンカしないで? 確かにあの技は捨て身だったけど、あーでもしないと勝ち筋は見えなかったし、たとえ死んでもゲームの中だけのことでしょ?」

 TRPGの中でアタシが死んでも、生徒会長との勝負に負けたことにはならない。意志は四天王が継いでくれる。それに、どこかで復活アイテムを入手できるかもしれないし、総合的に見て分の悪い賭けじゃなかったはずだ。ゲー研部長として姫子は冷静に考える。

「それでも拙者は、ゲームの中でも姫には死んでもらいたくないですぞ」

「鈴木くん……」

 デュエリスト鈴木の呟きに、佐藤と田中も同調する。

「みんな、ありがと♪ えへへっ……なんだか恥ずいぴょん♪」 

 ここぞとばかりに姫子ははにかんでみせる。

 これで当分はアタシの虜。と内心ほくそ笑んで。

「じゃ~もう遅いし、帰ろっか!」

 荷物――と言ってもさほどもないのだが――をまとめて部室を出ると、外はもう夕暮れ時である。午前9時からセッションを始めて、お昼も事前に買ってきたコンビニおにぎりで済ませ、トイレ以外ではカーテンを閉め切った部室から一歩も出てはいない。これはTRPGへの集中力を切らさないためで、GM側から提案されたルールである。

 なんだか軽くウラシマ気分を覚える。

「姫子。どォ~だ、これからカラオケでもよ」

「元気だね佐藤くん」

 乾いた笑いが姫子から漏れる。

「馬鹿者! 姫はお疲れになっておられるのだ! 空気を読みなされ!」

「や、やっぱり鍵垢で荒らしてやるやるぞ」

「ちぇ、じょ~~~だんだよ!」

 揃って部室棟を出て、チャリ置き場で四天王とは別れる。

 姫子だけ帰る方向が逆なのだ。

「送ってこうか?」

「結構ぉ~です。みんなゾロゾロきちゃうしね。また学校で♪」

「オウ」

「おさらばでございます、姫」

「こ、今度SNSの垢教えてねフヒヒ」

「ばいび~♪」

 独り裏門から出て、姫子はチャリで路地を抜ける。小さな神社の脇から勢いに任せて坂を上り、夕陽の土手を走る。秋口の涼風が頬に当たって心地良い。

 また貴重な日曜日をTRPGで潰されちゃったな~~~。

 でも、部が潰されるよりは百万倍マシだから。

 その理由が私にはあるから。

(次のセッションも負けられない!)

 姫子は、立ち漕ぎで大きくペダルを漕ぎ出した。


  §


 事の発端は、先々週の金曜日にまで遡る。

「ゲーム研究会は廃部ですわ」

 放課後18時10分、唐突に部室へと訪れた生徒会長は、仏頂面で無慈悲に宣告した。

 闖入者に対して無視スルーを決め込んでいた六ゲー研メンバーも、さすがに顔を上げる。

 ワックスで髪をセットしていたガイア佐藤も。トレーディングカードを並べて熟考していたデュエリスト鈴木も。携帯端末でVIPしていたビッパー田中も。ネイルしていた姫子も。

 一様に、生徒会長へ視線を集中させる。

「質問はありまして?」

 真っ先に噛み付いたのは佐藤だ。

 立ち上がり、腰掛けていたパイプ椅子をはたき倒し、ガンを飛ばしながらガニ股で近づいていく。

「あぁ~~~!? テメー、何の権利があって――」

「生徒会長権限ですわ」

「権利の濫用だろーが!」

「我が六道学園は、都会の私立でもマンモス校でもありませんの。通常の活動もままならない怠慢な部を、生かしておく余裕はありませんわ」

 開いた扇子で口元を隠し、生徒会長は、レンズの奥にある切れ長の目をさらに細くさせる。

 扇子の表面に達筆で書かれた〝廃部〟の二文字がいやらしい。

「ゲーム研究会は同好会。そもそも部費は予算計上されていないはず……毎日どんちゃん騒ぎをしているわけでもなし、迷惑はかけていないと思うのですが」

 小さく挙手をして発言したのは、デュエリスト鈴木だ。

 さすがは眼鏡をかけているだけのことはある。眼鏡には眼鏡ね! 言っちゃって言っちゃって!

 姫子はグッと拳を握り、無言で鈴木を応援する。

「新しい部の創設申請が、今月だけで6件もありますわ。ダメダメでダメなゲーム研究会に、部室棟の部屋を貸し与えておく余裕はないと申しているのです」

「拙者はこうして、最先端カードゲームの研究を……」

「他の方は?」

「……」

 黙らないで鈴木くん!

「い今どき廃部宣告とか、うっう売れないライトノベルみたいな展開、誰も求めていないんだな。だな」

 ちゃんと相手の目を見て言ってよ田中くぅぅぅん!

 あとそれ煽ってるだけだから! 火に油だから!

(――仕方ない!)

 不甲斐ない四天王たちに代わって姫子が腰を上げる。長机に手をつき、身を乗り出す。

「あまりに唐突過ぎます。アタシたちの怠慢は認めるほかありませんけど、これまで生徒会から注意も警告もなかった。放置しておいていきなり廃部宣告なんて、筋が通ってない……あんまりだと思います!」

 姫子の発言に、四天王たちから賞賛の拍手が贈られる。

 完全に瞼を閉じて聞いていた生徒会長が、〝廃部〟扇子をパチンと閉じた。

「なるほど一理ありますわね。まあ、そう切り返してくると思ってチャンスを用意してありますの」

「うっうわああああああ!! あっありがっ、ありがちな展開なんだなぁああああああ!!」

「ちょっと黙ってろ田中!」

「それで、チャンスっていうのは、具体的には?」

 鈴木の問いに小さく頷き、生徒会長は続ける。

「ゲーム研究会らしい勝負を、私、生徒会長キリシマヨーコとしていただきます。勝てば存続、負ければ廃部。シンプルでしょう?」

「ゲーム研究会らしい勝負……」

 それって、ゲーム対決ってことだよね?

「拙者、TCG全般なら負けませんぞ」

「格ゲーなら任せとけ」

「どどどっちが早くターゲットを炎上させられるか、し勝負なんだな」

 生徒会長は、おすまし顔で首を横に振る。

 そして、わずかに口角を上げて対戦種目を告げる。

「TRPGですわ」


 生徒会長がGMとしてシナリオを用意し、六ゲー研のメンバーが攻略する。

 最初のうちは警戒していた。生徒会長が、ゲームバランスに欠いた不可能難度のシナリオをぶつけてくるのだろうと。しかし、なかなかどうして、がんばれば何とかなる程度なのだ。これまでの2回のセッションで確信した。〝無理ゲー〟ではないということを。

(裏がありそうな気がする)

 夕陽の土手でチャリを立ち漕ぎしながら、寒川姫子は考える。

 鈴木くんにはああ言ったけど、生徒会長は、単なるフェアプレーの精神だけで動くキャラには見えない。

 ……ううん、人を見た目で判断するのは良くないかな? 良質なシナリオを会長が準備してくれているのは事実だし、本当はTRPGが大好きなだけで、ゲーム研究会に入りたいだけなのかも。

 入りたいけど、自分は生徒会で特定の部に肩入れできないから、こうやってアタシたちと楽しもうとしているんじゃない? なるほど、そう考えると筋は通っているような気がする。名推理。

(生徒会長も可愛いとこあったりして♪)

 クスッと笑いが漏れる。

 ペダルを踏み外して転倒した。

「……」

 でも、ぬか喜びさせておいて叩き潰すドSなら。見た目的にはそんな感じだし。

 姫子はチャリを起こし、今度は慎重に漕ぎ出す。

 油断しちゃいけない。

 六ゲー研はアタシが守るんだ。だって、六ゲー研の部室には〝ユウヤ先輩〟との思い出がたくさん詰まっているから。アタシがやらなきゃ誰がやる。

「絶対に負けられないッ」

 小さな身体に大きな闘志の炎が燃える。

 ゆけゆけアタシ! どんとゆけ!

 重いコンダラは牽かないけど!

 極めて安全運転で、それから事故も起こさずに帰宅することができた。田んぼに囲まれた一戸建て、昔は豪農だったっぽいが、親戚が増えるたび田畑を分割しまくって今はそれほどでもない名ばかりの宗家――それが、オタサーの姫が暮らす城だ。

「ただいま」

 ローファーを脱ぎ捨て家に上がる。「おかえり」はない。いつものことだから気にしない。

 2階の自室に直行して、部屋の電気も点けず、姫子はベッドに倒れ込む。

 長時間のTRPGで疲労感がハンパない。

 姫子はそのまま眠りに着いた――。


「……」

 風が頬を撫でる。

 チャリを漕いでいる時のそれではない。TRPGでドラゴンと戦っている時、イメージで感じていた熱風。

 うつ伏せに寝ているはずの身体との接触面にも違和感を覚える。サスペンションの利いたふかふかベッドじゃあない。ゴツゴツで硬い、甲殻類の殻みたいな……。

「う~ん……?」

 不快さに思わず身体を起こし瞼を擦る。

 視界に飛び込んできったのは、トゲのような隆起がたくさん生えた赤銅色の大地。

 あー、この場所知ってる。

 頭を暖気運転させながら、姫子は立ち上がる。そのすぐ脇を鳥が掠めていく。

『グルォオオオオオオオオオオオオ!!』

 足下から咆哮。

 あー、ですよねー。

 間違いない。ここは、

「ドラゴンの額だ」

 トゲにしがみつきながら、赤銅色のフィールドを端まで姫子は進む。

 到達したところで、ようやく夜空とドラゴン以外を視界に収めることができた。

「……」

 姫子は息を呑む。

 見下ろした世界は煉獄だった。城壁に囲まれた街が、いや、城壁国家というべきか――が燃え盛っているのだ。上空にまで熱気が届くほどに。

 文明レベルからしてオークの集落なんかじゃあない。

 人間の、人間たちが暮らすエリアだ。

「これ、アンタがやったの?」

 足下のドラゴンを咎めるべくスタンピングしたい気持ちになったが、よくよく見ると実行犯は別にいるようだ。街の四方から、やや人型(?)をした四体の異形が、炎のブレスを吐きながら侵攻している。この国は、たった四体の魔人によって制圧されているのか。

「アレ、アンタの手下? アンタが出るまでもないってことね」

 指をパキポキと姫子は鳴らす。

 やっつけようと跳び出そうとしたところで、自分が今、魔法少女じゃないことに気づく。髪は設定した金髪じゃくて黒い。服は帰宅したままのセーラー服。ここには魔法使いヒメコはいない。いるのは、普段オタサーの姫を気取っている寒川姫子だけだ。

 指先のネイルに気づけなかったらワンチャン身投げしてた。いやそれノーチャンスだから。

 セルフツッコミを経て、姫子はその場で仰向けになる。

(ま、冷静に考えて夢だよね)

 気が付いたら異世界でした~なんて、もう擦り切れるくらい使い古されてるよ。

 ないない。そんなのなし。

 ぎゅっと瞼を閉じて、祈るように胸の前で手を組み、姫子は念じる。とっとと目ぇ覚めろ。レム睡眠状態なんでしょコレ。気合でなんとかなるよ、うん。

「ファイト一発!!」

 ガバッと上半身を起こし、視界を開くと、そこは思い描いたとおり薄暗い自室である。姫子は、フローリングの床に倒れていた。

 寝返り打ってベッドから落ちちゃったのか……どうりでドラゴンなんてイメージしちゃうわけだ。

 さっきの掛け声が下の階まで聞こえていませんように、と再び姫子は祈る。


 riririririn!


 ベッドの上に転がっているケータイが鳴る。

 もちろん黒電話でも赤電話でもない。ただの着信音だ。

 コールしてきてる相手は……チッ、田中か。無闇にかけてくんなって言っておいたのに。

 やれやれと嘆息して姫子は通話ボタンを押す。

「はぁい♪ 姫子だぴょん♪」

『ひっ、ひひひひ姫ちゃんこんばんわぁあああ!』

「SNSのアカウントは教えないよ?」

『ぶぇぇぇぞんなァ~! で、ででも、でで電話したのはその件じゃなくて』

 ……?

『さささっき夢を見たんだ。どどうしても、それを姫ちゃんに伝えたくて』

「もしかして、それって、ドラゴンに乗ってる夢?」

『ううん、姫ちゃんとデートしてる夢』

「……」

『もしかしたら、ひひ姫ちゃんも同じ夢を見てるんじゃないかって、こっ、コーフンしちゃって……』

 死ね。という言葉が喉元まで出かかっていたが、姫子は落ち着いて嚥下し、代わりの殺し文句を用意する。

「うん♪ アタシも同じ夢、見てたよ♪」

 ケータイ越しに、嬌声を上げて田中が倒れる様が伝わってくる。

 田中くんってば、四天王の中でもとびきりクズなんだから。でも、とびきり忠実でもあるのよね。一番御しやすいというか。きっと私のピンチに迷わず命を投げ出してくれるのは、田中くん。

「じゃあ、また夢で逢おうね♪」

 もはや聞こえていないかもしれないが、そう告げて姫子は通話を切る。

 夢がリンクするなんて、バカバカしい。一瞬でも信じそうになった自分が恥ずかしい。

 ライトノベルの読み過ぎかな。鈴木くんがやたら勧めてくるのがいけないのよ。この前なんて十巻以上あるシリーズを一度に押しつけてくるし……重いっつの! 部屋のスペース狭くなるっつの! はぁ。

(夢はただの夢よね)

 シーツにくるまり再び姫子は眠りに着いた。


  §


 ――翌、月曜日。

「で、あるからして、この数式は……接点Tが……接点Tで……」

 また新しい学校生活が始まった。昨日もTRPGで学校に篭っていたから、本当の週初めからスタートしちゃってるんだけど。あ~、接点TがTRPGのTに思えてきた。水曜くらいまでは思考の外に置いておきたい。

(とも、言えないのよねぇ)

 来月には六道学園の学園祭が開かれる。六ゲー研も何か展示物を用意しなくてはならない。てっとり早いのが、現在進行形で関わっているTRPGの〝リプレイ〟だ。本屋にもそのテのコーナーに置かれていたりするが、すなわちプレイした記憶をそのまま文章に起こしてしまおうというものだ。こういうのは、忘れないうちにメモでもいいから書き留めておくに限る。

 姫子の数学ノートは、授業開始から30分でTRPGノートと化していた。

 びっしり一番下の行まで書き切り、余白を求めて次のページをめくろうとしていた時、


 ガァン!!


 教室のドアが、開けるために必要なパワーの10倍以上でもってスライドされた。当然、ドアは端までいって叩きつけられてレールから外れて廊下側に倒れる。

 当然のように器物損壊して入ってきたのは、茶色いトレンチコートを纏った壮年の男だ。角刈りで、無精ひげで、強面。口には火が点いた煙草を咥えている。構内禁煙なんですけど。

「なんだ貴様はぁ!! 接点Tかぁ!!」

 よく分からない怒声を上げる数学教師に、男はトレンチコートの内側から無言で拳銃を取り出す。リボルバー(回転弾倉)式のゴツいやつだ。途端に情けない声を上げて数学教師は尻もちを着く。

「俺の名は……そうだな、ミスターTと名乗っておこうか。刑事だ」

 拳銃をひらひらと見せつけながら、ミスターTは教室を見渡す。目が遭いそうになって姫子は視線を落とした。

 なんだこれ。

 まだ夢の中にいるの?

 こっから銃乱射事件とかシャレになってないよ?

 どこの銃社会で自由の国なの? おまわりさん何やってるの!

「あ~、警察手帳は持ち合わせてない。ちょっと上司に取り上げられちまっててな」

 照れ笑いを浮かべ、ミスターTは銃把で頭を掻く。

 おまわりさぁあああああああああああああああああああん!!

 はやくきてぇええええええええええええええええええええ!!

「今日はお前らガキどもに、訊きたいことがあって来たンだ」

 咥えていた煙草をプッと吐き捨て、靴の裏で踏み消してから、ミスターTは続ける。

 野獣のようにギラリと眼光を鋭くして。

 憎々しげに口に端を上げて。

「他でもねェ……半年前に起こった『六道学園惨殺事件』に関することだ」

 ――惨殺事件――。

 自称刑事の言葉に、全身の産毛が逆立つのを姫子は感じた。

 思わず腰を浮かせてしまう。身を乗り出してしまう。

「解決、されたンじゃないんですか」

 質問してしまう。

「いいね。いい眼をしている。オレの飼ってる犬が寝惚けて噛み付いてくるときみてーな……そう、野性味を感じるぜ」

 自称刑事・ミスターTは、なぜか銃口をこちらへ向ける。獲物を見つけたような狩人の笑みを浮かべて。

 姫子の周囲にいる生徒は、教科書をシールドにして顔を伏せたり、教室の端へと逃げ出したり。姫子は物怖じしないポーズで(内心めちゃくちゃビビりながら)ミスターTと対峙する。

「答えてください」

「メスガキ、名前ぇは」

 会話しろよ。

「名乗りもしない人に、名乗る名前はありません」

「いいぜ。勝手に出席簿見てやるからよ……あ~、寒川姫子っつーのか」

「……」

「ヒメ公」

「姫子です」

「よし、確認はとれた」

 こンの……ッ!!

 ブン殴りたくなるけど、銃口は向けられたままだ。

 公務執行妨害とか言われてブッ放されちゃ堪らない。

「質問には答えてやる。例の事件には真犯人がいるのさ。至極明朗な回答だろ?」

「あの事件の犯人は、演劇部顧問の、矢満田先生だったはずでしょ」

「ま、そういうことになってるな」

 ようやくミスターTは拳銃を下ろす。ホルスターに仕舞うのかと思いきや、今度は手持無沙汰に一人ロシアンルーレットを始める。くるくる回して銃口をこめかみに当ててカチリ。くるくる回して銃口をこめかみに当ててカチリ。

「犯人は共感能力に欠いた狂人――矢満田光彦、三十六歳。六道学園演劇部顧問。演劇部の練習中、指導と称して部員全員を殴殺・絞殺・斬殺」

「現行犯で逮捕されて、本人も犯行を認めているって……!」

「できすぎてンだよなぁ」

「……え?」

「だから、できすぎてるんだよ。スムーズに行きすぎてる。俺ぁミステリー小説が好きなんだがよ、お前ぇは読むか? ヒメ公」

 そう言い残して、ミスターTは教室から去って行く。

 正確には2-Aの教室からだ。隣の2-Bからドアの破壊される音が聞こえてくる。一クラスずつ同じことを繰り返すつもりなのだろうか。

(ミステリー好きが聞いて呆れるわね)

 落下するようにガタッと着席しながら姫子は思う。

 訊きたいことがあるって言ってたのに、何も訊いてこなかったのは……きっと事件の名前を出して、拳銃を向けて、反応だけ見てあぶり出す気なんだ。真犯人を。

 力技かよ。

「き、気を取りなおして授業を再開しましょう。みんな席に着いて」

「せんせぇ、無茶です!」

「ふざけんな!」

「先生も、矢満田先生みたいに共感能力ないんじゃないですか!?」

 生徒たちから口々に不満の声が噴出する。

「バカを言うんじゃない! 私をあのような殺人鬼といっしょにするな!」

 共感能力の欠如した殺人鬼。

 そんな相手に憎しみの矛先を向けても不毛だ。みじめだ。

 そいつの人生は終始ゲーム感覚なのだから。アタシの悔しがってる様を見て歓喜するだけだ。 

 だから、アタシは「いつもどおり」を今日まで続けてきた。残された宝物を抱き締めて、変わらず日常を歩んできた。それが唯一、犯人に対する勝利なのだと信じた。

(――でもさ)

 手の中で、握ったシャーペンが二つに折れる。

 でもさ、犯人が別にいるなんて言われちゃ、もう我慢できやしないよ。ダム決壊だよ。

 いいよね? 真犯人とっつかまえて、殴殺して絞殺して斬殺してもいいよね?

 いいに決まってるだろ!!

 ガンホー!!

(見ていてください。ユウヤ先輩……)

 混乱に乗じて姫子は教室から脱け出す。

 持ち出したスマホ(超デコられている)を操作し、一通のメールをグループ発信する。宛先はメーリングリスト【四天王】。内容はごく簡潔である。


 『六ゲー研部室に集合セヨ』

 

 日本時間にして午前十時五十分。

 平日にして授業中であるはずの時刻に、六ゲー研の部室には〝オタサーの姫とオタサー四天王〟が結集している。

「みんな、アタシのために集まってくれてうれしいぴょん♪ 姫子カンゲキ★★★」

 横に二つ連結させた長机のお誕生日席側、ホワイトボードの前に立って、姫子は全身で「ありがとぴょん♪」を表現する。あーしんど。

「ま、姫子のためならトーゼンだな」

 長机に座す四天王の一人、ガイア佐藤は、歪な形状の針金を指揮棒よろしく振って2ビートを刻んでいる。

 部室の鍵は職員室で管理されているが、彼にかかればロックなどないも同然である。ちなみに彼は自分の生き様をロックだと思っている。かっこ笑い。

「お調子に乗るほど男を下げますぞ、佐藤氏!」

 デュエリスト鈴木は、掛けた黒縁眼鏡をカチャカチャ触りながら悔しげに唸る。

「さ、ささ佐藤くんは、そそれしか取り柄ないんだな。だな」

 ビッパー田中が煽ると、佐藤はチッと舌打ちして針金をポイ捨てする。そして、彼にとってデフォルトの姿勢と言える〝足を組んで机乗せ〟を憚らずに実行する。

 ミシ、と長机が軋む。

「で……姫子よォ。オレたちを呼び出した用件、そろそろ聞かせろよ」

 答えを求めて四天王たちの視線が姫子に集まる。

 注目されてる感じ、嫌いじゃないわ。

「うん。みんなに集まってもらったのは、実は……」

 一呼吸置いて、とびきり可愛く姫子は発表する。


「探偵事務所を開こうと思うぴょん♪」


 四天王たちの顔が、一瞬(∵)になった。

 うん、そうよね。その反応イエスだね。知ってた。

「た、探偵事務所ですか……うむッ……姫なら美少女探偵になれますぞ!」

「ドラマ化決定なんだな」

 三秒後にヨイショされるのも知ってた。

 心遣いが痛い。

「姫子の頼みなら、まぁ、オレちゃんもやぶさかでもねーな?」

 部の存続が係ってるのに探偵ごっこしてる場合じゃねーだろ! と諌める者などいはしない。六道学園ゲーム研究会は寒川姫子のワンマンチームである。四天王は姫の忠実な従僕だ。

 ……そもそも、TRPGのシナリオは当日になるまで分からない。準備しようにも限界がある。できることは、せいぜい連携を意識したスキルの取得くらい。一日あれば足りる。

 慣れるために別のTRPGに手を出すという方法もあるが、放課後の二時間程度では話にならない。今日みたいに授業ぶっちを繰り返すわけにもいかないし、やるなら土曜日だ。

 これらの方針は、すでに四天王たちと共有してある。

 スマホの某チャットアプリで。

「さあ、さっそくだけど捜査を開始するわよ」

「ひ、姫ちゃんがたまにドライな感じになるの、こ、コーフンするんだな」

「しーっ」

 姫子は四天王を従え、隣の部室棟にある演劇部の部室までやって来る。

 半年前から締め切りの状態になっているが、こちらにはピッキングの匠がいる。佐藤のスキルで難なく開錠した一行は〝事件現場〟へと踏み入る。

 六ゲー研の部室と同様、準備会レベルの広さしかないその部屋は――事件の日から時間が静止していた。

 机や床に乾いた血糊がこびりついており、うっすらと上から埃が積もっている。臭い物には蓋とはよく言ったものだ。なお、部屋に篭っているのはハウスダストと錆びた鉄の臭気である。

「う、うわぁ……マジモンなんだな……」

「ビビッてンのか?」

「そういう佐藤氏もへっぴり腰になってますぞ」

「オメーもな鈴木」

 姫の後ろに続く四天王は頼りない。

(まぁ、フツーの反応よね)

 姫子とて心中穏やかではない。部屋を見回せば〝あの日の光景〟が蘇る。

 ――あの日。

 姫子は、ユウヤ先輩からメールで呼び出された。

『めちゃくちゃオモシロいことになってる。演劇部の部室まで来てみなよ』

 心弾ませて、ステップを踏んで、休日の学校へと姫子は向かった。

 そして第一発見者となった。

「……」

 ぎゅっと拳を握り締める。

「なんでもいい。少しでもミョーだなって感じたら教えて」

「姫は、あの事件の犯人が矢満田教諭ではないと考えておられるのですな?」

 鈴木の問いに、姫子は鷹揚に頷く。

「真犯人を知る手がかりが欲しいの」

「まさかオメー、矢満田のことホレてんじゃねーだろうな?」

 この部屋に入ったときよりも明らかに動揺して、苛立ちの形相で佐藤が迫ってくる。顔が近いんだよ気持ち悪い。と吐露してしまいそうになるのをグッと我慢して、姫子は姫スマイルを浮かべる。ゆっくりと首を横に振る。

「佐藤くんや四天王のみんなのほうが、矢満田なんかよりずっとカッコイイよ♪」

「……! だっ、だよな!」

 無垢な子どものようにパッと表情に花を咲かせる佐藤。チョロい。

「フォオオオォォオォ!! 力がみなぎって参りましたぞぉおおおおおお!!」

 鈴木くんもチョロすぎでしょう。

 こいつらのことチョロQって呼ぼうかな。

「ろ、ろろ録音しておけばよかったんだな……」

「安心して田中くん。後で録音させてあげるぴょん♪」

「ほほほンとぉおおぉおおお!?」

「ホント♪」

「ファ――――!!」

 謎スクワットを始める田中。

 こんな俊敏に動けるんだ(内心ドン引き)。

「オメーら静かに捜査しろよ」

「さ、ささ佐藤くん……か勝手に仕切るんじゃないんだな」

「リーダーはあくまに姫ですぞ!」

「じゃあオレが副リーダーだ」

「なんですとォ――!?」

「炎上させてやるんだな。き、決めたんだな!」

 いがみ合いを始める四天王に、姫子は肩を落とす。

「みんな落ち着いて?」

 逆接の接続詞で各々から応えが返ってくる。

 コホンと姫子は咳払いして続ける。

「今の時間は部室棟には誰も入って来ないだろうし、ちょっと大きい音を立てても構わないから。迅速スピーディに。OK?」


「「「「サーイエッサー!」」」」


 ……。

 敬礼しているメンツに、見慣れないオッサンが混じっている。

 いや、ついさっきの授業で見た。

「ミスターT……!」

「オウ。覚えてくれてるよーで光栄だぜ」

 コイツがうろついてること失念してた。

 アタシのバカ!

「鍵を借りるのが面倒だったンでな。コイツで開けちまおうかと思ってたとこなんだ」

 そうやって拳銃見せびらかすのやめてくれません!?

「ありがとうよ、ヒメ公と愉快な仲間たち!」

 ミスターTはリボルバー拳銃を握ったまま、近くにいる佐藤をいじめっこホールド(※肩を抱くの意)してドヤ顔を浮かべる。佐藤は苦虫を噛み潰したように萎縮して抵抗できない。

「よし決めた! ヒメ公、お前を特別に助手にしてやる。俺様のために尽くせ」

 さっきイエッサーって言ったくせに!

 アタシ女だからサーは正しくないかもだけど!

「……Win-Winの関係を希望します」

「ホウ?」

「アタシたちはあなたの捜査に協力する。あなたもアタシたちに情報を開示してください」

「在校生四人を駒にできるのはうめぇ話だし、まっ、いいだろ」

 ミスターTは佐藤を解放し、トレンチコートの内側に凶器を仕舞う。

 瞼を伏せてフッと口角を上げたかと思えば、今度はバッと天井を仰ぐ。まるでショータイムと言わんばかりに。

「だが、まずはお前らが協力する番だ。さっさと証拠品見つけて俺に提出しろ」

「クソ角刈り」

「うるせえよゴキブリツインテール」

 姫子はキッと睨みつけた後、黙ってミスターTに従う。

 四天王たちも国家権力には反駁できない。しぶしぶといった感じで部室を漁り始める。

 ――ガサ入れから十数分。

「ムムッ!?」

 デュエリスト鈴木が高い声を上げる。

 楽○カードマンかよ。

「拙者、大手柄やもしれませんぞ!」

 古びたA4ノートを掲げてみせる。表紙には太い黒マジックの文字で〝日誌〟とある。

「バーカ、そんなもんサツがとっくに調べてるだろ」

「そうでもねぇぞ。あの事件は一見すると現行犯でホシも犯行を認めていたからな。ロクに捜査もされなかった」

 顎の無精ひげを一撫でし、ミスターTが「広げてみろ」と指示する。すかさず姫子も同様の指示を出し、鈴木は納得した様子で頷く。

 長机の上に鈴木は日誌を広げ、ページをめくる。

「最後の書き込みは今年の三月……どうやら、部費のやりくりに困っているようですな。だいたい部費関係の愚痴に終始していますぞ」

 まあ、うちの学校に限った話じゃないけど、部費って偏るからなぁ。

 まったく成績を残してない野球部の部費が三〇〇万だったり、その一方でマイナースポーツは部費三万だったり。そもそも部費が出ない同好会には縁のない話ではある。

「四月以降はないの?」

「はい……ム! 何ページか破られた痕跡がありますぞ!」

「俺らケーサツは現場保存が原則だ。真犯人の仕業に相違あるまいよ」

 四月の日誌に、真犯人にとって都合の悪いことが書かれていた?

 まったく想像がつかない。想像はつかないが、ダイイングメッセージ――という性質のものではない気がする。事件に関係する事柄が日誌に書かれていた。つまり、計画性のある犯行だった。数ページ分破らねばならないほど。

「ありがとう鈴木くん。日誌は元の場所に返しておいて」

 他に何か――。

 ぐるりと部屋を見回した姫子は、足下に違和感を覚える。じゃり、という音がする。

 ローファーの下には小さな欠片が散らばっている。拾い上げてみると、石のような、骨のような、少なくとも金属ではない材質の欠片である。形に規則性はない。よくよく見ると色がついている物もある。カビて黒ずんだのかもしれない。

(赤いのもある。血が付着したのかな?)

「その欠片は全て回収しておけ。ダチの鑑識に回しておいてやる」

「鑑識の結果は」

「あー、Win-Winだろ。ちゃんと教えてやる。安心しろ」

 言質を取ってから、姫子は素手で一つずつ拾っていく。ミスターTがパッキン付ナイロン袋の口を広げ、そこへ全て投入する。

 と、その時チャイムが鳴った。昼休みを告げる鐘の音だ。

 部室棟近くの人通りも増える。ここらが引き際だろう。

「ズラかるわよ!」


「「「サーイエッサー!」」」


「俺は先に行くぜ。聴き込みして得られた情報だと、購買のヤキソバパンが人気なんだろ?」

 トレンチコートを翻してイチヌケするミスターT。

 部外者のくせに何お昼を学園で済まそうとしてンのこの人……。

(ていうか、)

「ヤキソバパン、アタシのだから!」

 かくして購買戦争の火蓋が切って落とされた。

 さすがにミスターTも拳銃チラつかせてパンを買ったり――しないといいな。


  §


 アタシたちは、瀬戸内という箱庭の中で生きている。

「海と山に囲まれた片田舎」と言えば、都会の人には聞こえは良いかもしれないけど、アタシにとっては檻でしかない。生活圏である西讃エリアには遊べる場所が殆どなくて、スーパーの一角にある子どもだましのゲームコーナーがせいぜい。以西は海か工業地帯、東と南には山が広がるばかりで、少しはマシな中讃エリアにも山一つ越えて行かなきゃならない。

 超マジ、反吐が出る。

 そんなサイッテーな西讃の地にも、なぜか大きな病院があるんだよね。

(このくらい大きなアミューズメント施設もつくれよ)

 山の中に聳える白亜の城を見上げ、寒川姫子は溜息をつく。

 大きな自動ドアをくぐり、総合受付をスルーして、ダンジョンの奥へと姫子は歩を進める。

 中央に吹き抜けがある〝ロ〟状の建造物であり、エレベーターで七階まで移動してからフロアの逆サイドへ。

 そこは、他のフロアとは明らかに――どう形容していいものか、空気感が違う、と言うべきだろうか。

 何度も訪れている姫子も慣れることができない。

 まるで教会にいるのではと錯覚する。

(いやいや、ここまで来て帰るとかありえないから)

 フロアの最奥まで進んだ姫子は、ある病室の前で立ち止まる。

 病室のドアには面会謝絶の札。ドアの脇に掛けられたプレートには「夕矢志津香 様」とある。

 ノックをするわけでもなく数秒間立ち尽くし……病室の向かい、廊下に置かれた一脚のスツールへと姫子は腰を下ろす。いつからだったか、ナースの人が気を利かせて置いてくれた物だ。

 閉ざされた扉の先を透かして見るように、姫子は目を細め、独白を始める。

「ユウヤ先輩。今日、ヘンな刑事が学校に乱入してきて、教えてくれました。ユウヤ先輩を箱庭の中から出られなくさせた、真犯人がいるって」

 返事は返ってこない。

 分かった上で姫子は続ける。

「私、真犯人を突きとめます。とっ捕まえて、簀巻きにして、燧灘(ひうちなだに沈めてカタクチイワシの栄養になってもらいます」

 ……。

「そうそう、先週話したTRPGのほうも順調ですよ。こんな形で、またTRPGができるなんて……へへッ、なんか笑っちゃいますよね」

 ……。

「ユウヤ先輩とアタシの部室は、絶対に守ってみせますから。伊吹島から出る漁船に乗った気持ちで、ドーンと任せてください!」

 ない胸を叩いてゲホゲホむせていると、

「バッカでぇ」

 すぐ隣からクソガキじみた声が聞こえる。涙目で目線を遣ると、なるほどクソガキである。空き地で野球してそうな雰囲気の小学校低学年くらいのクソガキである。薄いうぐいす色の入院着を着ていて、手首には黄色い結束バンドみたいなのが巻かれている。

 初対面というわけではない。ユウヤ先輩の病室に通っているうち、ちょくちょくちょっかい出してくるようになった七階の住人だ。名前は知らない。

 無視を決め込んでいると、右側のツインテールを乱暴に引っ張られた。

「首おかしくなったらどーしてくれんの!?」

 今ゴキッて音したんだけど。痛い。

「のーみそねーんだから、べつに首とかいいだろ」

「よくないわよ」

「そんなことよりさ」

 そんなこと扱いかよ。

 クソガキさんは得意げに胸を張り、ちょっぴり照れているのか指で鼻を擦り、

「お前をオレのお嫁さんにしてやる」

 突然プロポーズしてきた。

 うん、そうよね……このくらいの年頃の小学生男子って怖いものなしで人類最強だもん。プロポーズくらいしてきてもおかしくないよね。こういう不遜な態度でね。

 大らかな心で大人の対応してあげなきゃね。

 ……でも、覚えておきなクソガキ。

 女子高生も人類最強の一角だってことをね!

「お断りします」

「な――!」

「なんでそんな、まさか断られるなんて思ってなかったって顔してるの」

「だってお前、彼氏いなさそーだもん」

「彼氏いなかったら誰とでも付き合うわけ?」

「ちぇ、なんだよ……好きなヤツでもいンのかよ」

 あっ拗ねた。

 ちょっとカワイイと思ってしまったぞ。

「まあ、いるわね」

 姫子は再び病室のほうへ視線を向ける。

「……ゆうや……漢字読めねーけど女だろソイツ」

「わるい?」

「へへーん、知らねーのか? 女と女は結婚できねーんだぜ!」

 いや、威張られても困るんだけど。

 ほっぺ抓ってやる。

「できるできないが恋じゃないのよ」

「ふぁふぇふお~~~!」

 ユウヤ先輩との出会いは、一年半前――姫子が入学したての頃まで遡る。

 その頃の姫子は、どの部活にも所属してはいなかった。新入生かつ四月なので大半が部活を決めかねている時期ではあるのだが。

 ある日、姫子は弟と海を渡った。

 海外という意味ではない。瀬戸内海を渡って岡山まで行き、とあるTRPGのコンベンションに参加した。コンベンションとは、TRPGを遊ぶために場を設けたゲームイベントのことである。

 当時の姫子がTRPGにハマっていたのかというと、そういうわけでもない。ハマっていたのは弟のほうで、半ば付き添いという形での参加である。

 いざ会場(小さな会議室だ)でTRPGが始まると、姫子と同じパーティになった〝魔法使い〟の少女がテキパキとストーリーを進行していった。実際にストーリーを進行するのはもちろんGMなのだが、GMの意図を汲んで大筋から逸れないように、それでいてドラマチックに味付けして動く。華麗だった。同性でも恋をせずにはいられなかった。

 後から、少女が同じ高校の上級生であることを知る。

 私立六道高校の二年生、夕矢志津香である。

 彼女の所属している演劇部に入部しようと姫子は思ったが、気づけば彼女といっしょにゲーム研究会を立ち上げていた。「TRPG部では人が集まらないから」という理由でゲーム研究会という名前になった。部の立ち上げには最低四人のメンバーが必要だが、残りの二人は演劇部員から名前を借りてのスタートとなった。

 ときにクラスメイトから、ときに他校から(※こっそり)臨時メンバーを引っ張ってきては、休日にはTRPGに明け暮れた。姫子は青春を謳歌していた。

「ユウヤ先輩……」

「ふぁなふぇふぉ~~~!」

「あっゴメン」

 回想している間、クソガキさんの両頬を抓ったままだった。

 むしろ捏ね繰り回していた。

「ぢぐじょぉ、何なんだよ、そのユウヤせんぱいって」

 クソガキの質問に姫子は少し考えてから、

「魔法使い、かな」

 と、答えた。


 クソガキを適当にあしらってから、姫子は七階を後にする。

 エレベーターで一階まで下りてから外へ。迷わず出るはずだったのだが、想定外にも呼び止められる。

「寒川さん!」

 若い男の声だ。なんとなく嫌な予感がしてスルーを決め込んでいると、前方に回り込まれた。

「やっぱり寒川さんだ。入院してから何度か見かけてたんだよね!」

 ちくしょうコイツ松葉杖を器用に使いやがる。入院着姿で金髪のイケメンだ。イケメンというのは客観的な評価であって決してアタシの好みというわけじゃないからね!

「僕のこと分かる?」

「あー、うん、えーと」

 直接の面識はないが、知った顔である。六道学園の女子ならみんな知っている。抱かれたい男子生徒ナンバーワン(※六道学園新聞部調べ)、サッカー部の主将・小野寺裕也だ。

「小野坂くんでしょ」

「小野寺だよお」

 わざと間違えてやったんだよ。

 心中で姫子は中指を立てる。

「時間ある? ちょっと話さない?」

「これから塾なの」

「塾なんて行ってないよね」

 なんで知ってとるねん。

「十分、いや五分だけでいいから!」

 押し切られ、病院の中庭へと移動する。吹き抜けスペースといっても敷地は広大、採光はバッチリだ。常緑樹が植えられ、季節の花が咲き、何台かのベンチが設置されている。

 中央に置かれた一台に、小野寺と隣り合わせで腰掛ける。

 小野寺は左足にギプスを嵌めているが、巧みな松葉杖使いでハンディを感じさせない。さすがはサッカー部のエースと言ったところか。体幹が鍛えられている。クラスの女子たちが熱を上げるのも分かる。

(決してアタシの好みじゃないけれど)

「時間を割いてくれてありがとう。思わず呼び止めちゃったけど、大した用事があるわけじゃないんだ」

 アメリカ人のようにオーバーな身振り手振りだ。

 小野寺はズイッと顔を近づけてくる。さりげなく手を握ってくる。

「なんていうかその、寒川さんに会えたのが嬉しくて」

「アタシ帰るね」

 立ち上がろうとする姫子だったが、セーラー服の裾をつかまれてしまう。

「あっ、ゴメン! つい! でも聞いてくれ!」

「……どうぞ」

 半ばうんざりと姫子は向き直る。

 小野寺は何度か咳払いをして声の調子を整え、どこか諭すように、しかし焦りを隠しきれずに続ける。

「寒川さんは童顔だし、身長は一五〇センチないっぽいし、胸もない」

「ケンカ売ってんの?」

「いやいやいや! めちゃくちゃタイプだって話さ!」

 そんなに悪い気はしないわね。

 シャイな四天王たちはあんましダイレクトに褒めてくれないから。

「それで?」

「僕は今、足を怪我してるけど、近いうちに退院できる。サッカー部に復帰したら、その時には……寒川さんを我が部のマネージャーに迎えたいんだ!」

 小野寺の表情は、再び自信に満ち満ちる。

「寒川さんレベルの子がマネージャーになってくれたら、サッカー部の士気は爆上がりだよ! 実はウチの部ちょっとギスギスしてて、寒川さんのような人材が必要なんだ! どうせ今やってるゲーム研究会? だっけ? 大したやりがいもないでしょ。もし我が部に来てくれるというなら特別に! 僕がキミの彼氏になってあげる! どう? みんなにも自慢できるでしょ!」

 小野寺が爽やかに笑う。

 姫子もニッコリ笑って、小野寺の顔面に正拳突きを叩き込んだ。

 鈍い感触。小野寺の鼻っ柱がリアルに折れる。

「お断りします」

「な――!」

 クソガキさんと同じ反応すんな。

「アタシは誰の人形にもならない。マネージャーが悪いとは言わないけど、アタシがなりたいのは最前線で活躍する〝魔法使い〟なの」

「ま、魔法使い? 何アホらしいことを」

「魔法使いパンチ!」

 小さく振ったアッパーが綺麗に弧を描く。

 抱かれたい男子生徒ナンバーワンは、今度こそ動かなくなった。

 

  §


「魔法使いパンチ!」

 魔法少女ヒメコの物理攻撃が、中型のドラゴン亜種・ワイバーンの顎に突き刺さる。

 お得意の反射魔法を常時展開して特攻――近距離で弱点の炎魔法をぶち当ててから、MP切れを起こすと同時にアッパーカットである。ミリ単位で残っていたワイバーンのHPは消失し、戦闘フェイズは終了した。

「いやー、さすがは姫! 物理攻撃のほうも美しいですぞ!」

 パイプ椅子を膝の裏で蹴り、デュエリスト鈴木が立ち上がる。

 胸の前で拳を握り締めて男泣きする。

「いや、ただサイコロ振っただけだろ」

 同じTRPGの席に着いたガイア佐藤は、パイプ椅子の前脚をちょっと浮かせて、冷めた面で呟く。四天王の中でも自尊心の高~いタイプだ。

「拙者には見えるッ!」

「ぼ、ぼくにも見えるんだな!」

 対して鈴木と田中には自尊心がない。

 あ、鈴木くんはカードゲームに対してはすごい自負があるかな。

 今はどうでもいっか。それより勝利のポーズだ。

「ありがとぴょん♪」

 サイコロを抓んで姫子は可愛くポーズを決める。

「Vやねん、魔法少女ヒメコ!」

「姫、それは不吉なフレーズかと……」

「何よぉ、文句あるの?」

「いぃいいいえっ! 何もっ!」

 ビシッと直立不動のデュエリスト鈴木。

「よろしい♪」

「よろしいなら、ゲームを進行するけど。いいかしら」

 長机の上に置かれた小さなパネル(仕切り)の向こうで、GMである生徒会長が抑揚なく呟く。

「全員に経験値280を追加して。たぶん基礎レベルはアップするでしょうから、魔法スキルもレベル3まで解放できるようになりますわ」

「りょ~かいっ」

 GMが魔法スキル以外に言及しなかったのは、そもそも姫子たちのパーティには魔法使いしかいないからだ。キャラクター作成時、真っ先に佐藤が魔法使いに決め、姫子も他のジョブにするつもりがなかったので魔法使い、これに鈴木と田中も同調した。

 さすがにストップをかけるところだが、姫子は〝ワクワクしてしまった〟。魔法使いだけで編成されたパーティが如何なるものか見てみたいと思った。たとえ部の存続が係っていても、いや係っているからこそ、魔法使いだけで勝たなきゃ――妙な思考回路が繋がってしまった。

「今は後悔している」

「? なんだァ姫子、藪から棒に」

「ううん、独り言。気にしないで」

 魔法スキルの取得のため、GMが用意したルールブックをめくりながら嘆息する。

 魔法使いの利点は、物理タイプのジョブよりも平均して大きなダメージが与えられることだ。何より〝属性〟を攻撃に乗せられる。相手の弱点を突ける。

 欠点は、防御力のステータスが紙であること。魔法攻撃がMPに依存するため有限であること。防御に関しては反射魔法で誤魔化しているが、MPに関しては苦しい。MP回復アイテムは高価であり、基本的に自然回復を待つことになる。

(今のアタシみたいにね)

 みんな同じ欠点だとカバーしようがないねぇ。

「つらたん★」

「と、とと凍結耐性の補助魔法かけてあげるんだな。だな」

「ありがとう田中くん、アイシテルよ」

「ファ――!!」

 田中が謎ヘドバンを始める。

 だから突然俊敏に動かれるとキモイって。

「ムムッ!?」

「おいィ、姫子よォ」

「鈴木くんと佐藤くんもアイシテルって!」

 一行は保護色のローブを纏い、雪の山岳地帯を進んでいく。

 攻撃目標の要塞都市は、あえて平地側ではなく山岳側から攻める。少人数編成の部隊ならば奇襲が常套手段だ。飛翔魔法も一切使わずに徒歩で移動する。

 道中、GMが用意した「落石」や「滑落」といったイベントを何とか躱し、一行は要塞都市の背後――崖の上に陣取る。

「あなたたちの目の前に現れたのは、堅牢な守りの要塞都市である。城壁は高く、またドーム状の魔法障壁によっても覆われている。周辺は湿地帯であり、平地側から行軍していれば足を取られていただろう」

 GMの語りが入る。

「ここで夜まで待ちますか?」

 鈴木の提案に、またGMが口を挟む。

「夜まで待つなら、現実時間でも同じだけ待ってもらいますわよ」

「はァ? なんでそんな面倒くせー仕様なんだよ!」

 あからさまに眉間に皺を寄せて佐藤が反駁する。

〝!?〟みたいな写植入りそう。

「そういうルールですの」

「そんな糞ルール変えちまえよ!」

「待って」

 ガイア佐藤を制して姫子は続ける。

「やりましょう。今すぐ」

 そう口にしたのは、ストーリー進行を慮ってのことだ。「1時間の時間経過をリアルに1時間待て」なんて正気の沙汰ではない。ならば、シナリオ上そうして欲しくない理由が――欠陥があるのでは、と寒川姫子は考える。

 その欠陥を突いて有利になるかといえば、難易度修正のためにGMが即興で無理難題をふっかけてくる可能性がある。

(乗っかるのが吉ね)

 姫子たちに与えられたミッションは、魔族が築いた要塞都市内にある〝秘密兵器〟の偵察および可能ならば殲滅だ。偵察のつもりが殲滅せざるをえなくなるシナリオだろうが、できればスムーズに達成させたい。


『あなたたちは要塞都市へ侵入することを決める。魔法障壁同士を干渉させれば、何とか穴を空けることができるようだ』


 淡々とモノローグをGMが読み上げる。


『穴を維持するための人員と、突入する人員が必要になるだろう』


 攻略にあたり、姫子はパーティを二班に分ける。要塞上部を覆うバリアを一時的に破るAチームと、突入するBチーム。後者は偵察の後、殲滅戦に移行する場合にはバリア発生装置を破壊する。

 ジャンケンの結果、佐藤と鈴木はAチーム、姫子と田中はBチームとなる。

「なんでオレが鈴木となんだよ……クソがッ」

 舌打ちする佐藤に、姫子は姫スマイルで対応する。

「大丈夫。すぐに合流できるよ。ね?」

「それならいーけどよォ」

 パーティを分断するシナリオはTRPGでは稀だ。そんなことをすれば、GMを二人用意でもしない限り、片方のチームはゲーム進行を待たされることになる。

 チーム分けして侵入する方法を提示したのはGMだから、そんなに時間をかけず、やむにやまれずという体で殲滅戦になって合流できるはず。

(まともなシナリオなら、ね)

 飛翔魔法で要塞都市の直上まで移動し、突入作戦を開始する。

 GMから求められたバリアに穴を穿つ〝達成値〟は、4D(サイコロ四個)+〝魔法知識〟のボーナスポイントの合計値が14以上というものである。

 佐藤と鈴木もキャラクターのジョブは《魔法使い》だ。ボーナスポイントによる底上げは2ptずつ、期待値的にはヨユーである。

 ――いざダイスロール!

 Aチームは難なく〝達成値〟をクリアし、Bチームは要塞都市に降下する。作戦にあたって支給された、カメレオンよろしく周囲の色に溶け込めるローブが功を奏し、着地した時点で敵さんに感づかれた様子はない。

 魔法少女ヒメコは、タナカと共に偵察行動を開始する。

 四角いマス目が連なった柄のテーブルクロスがGMによって長机に引かれ、ヒメコとタナカを意味する紙コップがそれぞれマス目上に伏せられる。駒がわりだ。

 一マス進むたび、GMのダイスロールによる敵との遭遇エンカウント判定が行われるが、遭遇した場合には続くプレイヤー側のダイスロールによってやりすごし判定が行われ……今のところ穏便にエリア情報を入手していっている。バリア発生装置の位置を二つ把握したところで、

「あ」

 とうとう出てしまった。

 姫子が振ったサイコロの出目は1・1のファンブル。6・6がクリティカルで自動成功なのとは反対に、こちらは自動失敗となる。

「何やってンだよ姫子ォ~」

「部外者のAチームは黙っててよ」


『リザードマンの哨戒兵に気づかれてしまった。あなたたちが取れる行動は二つ』


 仕切り板の上からGMはピースサイン。


『元いたポイントまで戻ってAチームの開けた穴から撤退するか、脅威に晒されながら偵察行動を続行するか』


「もち後者」

「なんだな!」

 姫子と田中は即答する。

 リザードマンたちの投石攻撃にダメージを受けながら、Bチーム内でも別行動をとってバリア発生装置を破壊していく。もしTVゲームならHPのメーターが真っ赤になっているだろう瀬戸際で、なんとか全て潰すことができた。

 要塞都市を覆っていたバリアは消失し、途端に、山岳地帯からの寒気が流れ込んでくる。リザードマンは寒いのが苦手みたいで動きが緩慢になっている。チャンスだ!

 Aチームと合流した後、ダメ押しの氷魔法でリザードマンを追い払ってからホッと一息――つく間もなく敵さんの秘密兵器が姿を現した。

 塔の中から、塔をぶち壊して現れたのは、ゾウの倍はあろうかというサイズの、水牛を肉食獣化したようなモンスターである。大きな三日月状の角、口腔に収まり切らない鋭い牙、筋骨隆々の体躯を艶やかな黒毛が覆っている。

 GMの説明から、姫子は瞼を閉じてイメージする。

(いいね。カッコイイ……〝ベヒモス〟と言ったところかな?)

 要塞都市を築いた魔族は、よくこんなのを捕まえて来れたものだ。もしかして、元々〝ベヒモス〟はこの周辺の湿地帯に棲んでいて、捕まえたその場を要塞都市に変えたのかな?

 ストーリー背景に想いを馳せていると〝ベヒモス〟が雄叫びを上げた……ような気がした。その咆哮は大地を震わせ建物を倒壊させる。

「上等じゃん♪」

 GMが戦闘フェイズを宣言し、姫子は自分のサイコロを握り締める。

「姫、作戦は如何に」

「いったん散開して四方から囲みましょ」

 とか指示を出してたら〝ベヒモス〟が先攻をとって突進してきた。

 各々回避判定のダイスを振ってから、初手「移動」を選択。飛翔魔法を使って建物の上に登り、包囲戦に持ち込む。

「とりあえず思考停止ファイアーボルト!」

 まずは様子見で炎属性魔法をヒメコは撃つ。魔法の火矢は弧を描いて飛んでいき、丘のような〝ベヒモス〟の背にヒットする。GMから告げられたダメージは0。

(ってことは、敵さんの属性は〝炎〟か〝水〟ね)

「鈴木くん!」

「承知!」

 魔法使いスズキの水魔法が発動する。足場から巻き上がった水竜巻は文字通り竜の形になって、槍のごとく標的へと突き刺さる。

 ――否、突き刺さることはなかった。GMから告げられたダメージは同じく0だ。

 でも、これで〝ベヒモス〟の属性が確定した。

「佐藤くん!」

「言われなくてもわーってるって」

 続いて、魔法使いサトウの雷魔法が炸裂する。佐藤は「ダサイから」という理由で〝炎〟と〝雷〟以外の魔法を取得していないが、その分、特化した属性のレベルは高い。直前で水を被せているからダメージも倍増! するかと思われたが、なぜかダメージは0である。

「糞ゲーかよ」

「……」

 姫子も面食らう。

 一瞬、本当の意味で思考停止してしまう。

(あーもう畜生っ、ここまでの推理ぜんぶ白紙ね!)

 ゼロはいくら乗算してもゼロ。すなわち〝ベヒモス〟は、魔法そのものに対して耐性を備えている。

 最悪だ。こっちは《魔法使い》四人からなる編成なのだ。

 勝てるのコレ!?

「ひひひ姫ちゃん! ぼくのターンなんだな! ど、どうしよぉおおお!!」

「田中くんは『移動』して! 距離をとって作戦の練り直し!」

「りりり了解なんだな!」

 ヒメコは率先して肉壁となり攻撃を受ける。時間を稼いで四天王を離脱させる。合流時点でHP満タンまで回復したのに、一撃でごっそり削られた。物理攻撃ステータス高過ぎでしょ……。

「囮なら拙者が引き受けましたものを!」

「こんな美味しい役、譲れないぴょん」

「ひひひ姫ちゃんも離脱をぉおおおおおおっ!!」

「待って。あと一撃ならギリギリ耐えられる」

 試しておきたいことがあるの。

 そう伝えて、魔法少女ヒメコは〝ベヒモス〟と対峙する。

 不思議だ。現実の自分はサイコロを握って学園の部室にいるのに、まるで本当に死地に立っているよう。ユウヤ先輩とは何度もTRPGをやってきたけど、ここまで真に迫る感覚は初めて。

 ドクッドクッと心拍の回転数が上がっている。

 攻撃を受けた痛みを、微かに感じるような気がする。

 トランス状態ってやつなのかな?

 ――今のアタシなら分かる。

「土魔法ならいける」

 魔法使いヒメコは石畳の地面に両手を添える。

 土魔法、それは、このTRPGにおいて「ゴミ手」と認定された役立たずの魔法である。これまでの相手は翼を持ったドラゴンだった。攻撃判定が概ね届かなかった。雑魚の一層に使っても弱点を突けた試しはなかった。

 でも。

〝ベヒモス〟に翼はない。そして、大地を武器に代えるなら、それは他の属性魔法と違って「物理」で「無属性」なのではないか?

 GMは、現実とTRPG世界の時間の流れは等しいと言った。

 妙なリアルさが、このTRPGにはあるのではないか?

(ダメだったらシナリオをバッシングしてノーゲームにしてやる!)

「土魔法ランドスパイク!」

 ……。

 何も起こらない。

 GMが何も言わないということは、そういうこと。

 スキルはちゃんと取得しているはずなのに。

 抗議しようと口を開いたところで、姫子の脳裏にとある魔法スキルの概要が過ぎった。ルールブックのスキル取得表に掲載されているそれは、不具合じみた現状を説明するに足る。

「なるほどね」

 小さく嘆息して〝ベヒモス〟の攻撃を甘んじて受ける。

 残りHPは3になった。下手すると死んでた。

 吹っ飛ばされると同時に離脱行動に移り、魔法少女ヒメコは四天王たちと合流する。田中くんに治癒魔法をかけてもらって回復。

「姫子、次はどうすンだ? とっとと済ませて帰ろうぜ」

「うん。帰ろう。グッドエンドで帰れるよ」

「策があるのですな」

 鈴木の問いに、姫子は鷹揚に頷く。

「ランドプロテクターって魔法知ってる?」

「ほっ、補助魔法メインで取得してるから知ってるんだな! 確か、全ての設置系スキルを無効化する――」

「そう。そして、おそらく土魔法は『設置系スキル』に分類されてる。さっき試したけど発動しなかったから」

 そこまで説明すると、カッと鈴木が開眼する。

「! この要塞都市をつくった魔族が、最初ハナから都市全域にランドプロテクターを敷いていたと!?」

「そうね……つまり、この要塞都市自体が〝ベヒモス〟専用につくられた闘技場。アタシたちはまんまと敵の罠に引っ掛かったってわけ。それが今回のシナリオよ」

 長机に置かれた仕切りの向こうへと視線を遣る。

 GMからの反応はない。

「罠だったら、もう逃げちまおうぜ。それで今日のセッションは終わりだろ」

「さっきグッドエンドで帰れるって言ったでしょ」

 サイコロでお手玉を始めた佐藤を、姫子は「めっ」と窘める。

「罠だからって攻略できないわけじゃない。田中くんは広場のランドプロテクターを、1マスずつ解呪ディスペルで剥がしていって。16×16マス用意できればいいわ。アタシと鈴木くんは土魔法での迎撃準備」

「……オレは?」

「佐藤くんは土魔法を覚えてないから、自然と囮役になるわね」

「あーくそ、そんなダセぇ役かよ。ついてねぇ」

 戦術を伝え終わり、姫子はパンと柏手を打つ。

「それじゃ〝ベヒモス釣り〟を始めましょう!」

〝釣り〟と表現したのは何気なくだったが、MMORPGではわりとメジャーな呼称であるらしい。戦士職がモンスターのターゲットを取って一カ所に集め、魔法職が一掃する。かなり経験値効率が出るのだとか。

 広場のランドプロテクターを剥がしながら田中が教えてくれた。

 姫子がどうしているのかといえば、リザードマン除けに氷魔法を撒いている。鈴木もいっしょだ。〝釣行〟の邪魔をされるわけにはいかない。

 一番の大仕事を担当する佐藤は、広場から離れたエリアで〝ベヒモス〟と鬼ごっこ中である。行動は「移動」に徹しているため、攻撃を受けるのは2ターンに一度だ。たっぷりHP回復アイテムを持たせてあるので、もうしばらくは保つだろう。

「田中くん進捗!」

「進捗駄目なんだな」

「同人作家みたいなこと言わないで」

「16×16で256マスなんだな……い、一回ずつダイスロールして1・1(ファンブル)だと自動失敗になるから……」

「ごめん。がんばって。大好きぴょん♪」

 申し訳程度に投げキッスしておく。

「がががんばるだな! だな! だな!」

 鬼気迫る形相でサイコロを振りまくるビッパー田中。

 しばらくして、十分に土魔法を使えるフィールドが完成する。

 単純な男って嫌いじゃないわ。

「佐藤くんオーライ!」

「あいよ」

 ボロボロの魔法使いサトウが、元気いっぱいな暴れん坊を連れて突っ込んでくる。スピードを上げるために残りのアイテムを捨てて、ブレーキ無視で。

 サトウが広場の〝確殺エリア〟を飛び越えて後ろの建造物に激突したタイミングで、ヒメコとスズキは仕上げに動く。猪突猛進してくる巨大な四足獣――〝ベヒモス〟へ向け、ステッキを構えて待つ。待つ。待つ。

 あと少し。

 ――今だ。

「「土魔法ランドスパイク!」」

 実際には順々のダイスロールだが、姫子と鈴木の呪文詠唱は重なった。

〝ベヒモス〟の角先が前方二〇メートルを切ったかというところで、その巨躯は、突如として足下から隆起した岩の槍に刺し貫かれた。一本や二本ではない。五本、六本、何トンもあろうかというボディが宙に浮く。

(アタシは何を見てる?)

「姫、まだ敵の息がありますぞ」

「あっ、う、うん!」

 ハッと景色が部室に戻る。

 綺麗にカウンターが決まり、見たこともない大ダメージが叩き出されていた。にも関わらず〝ベヒモス〟は双眸に闘志の炎を絶やさない。串刺しにされて身動きが取れないのに。勝敗はもう決まっているのに。

(なんでそんなこと分かるの?)

 姫子は頭を振る。

 意識を現実へと戻す。

 だが、GMが戦闘終了を告げていないのは事実だ。姫子は再びランドスパイクを唱える。〝ベヒモス〟は屈しない。再びランドスパイク。

 ランドスパイク!

 ランドスパイク!

 ランドスパイク!

 そこからは作業プレイといっても差し支えない。〝ベヒモス〟が行動不能なら、HPが残っていても省略して戦闘を終了すればいいのに。姫子はGMを呪いながらランドスパイクを続ける。MP回復アイテムの胡桃を齧ってランドスパイクを続ける。

「ランドスパイク!」

 合計八回唱えた時、ようやく〝ベヒモス〟は沈黙する。

 最後は殆ど肉塊になっていた。広場は屠殺場だった。あたり一面真っ赤に染まっていた。魔法使いヒメコも真っ赤に染まっていた。

 こんな鮮明でグロテスクなシーンなんて想像したくないのに。

 ぼんやりと痺れた頭に、GMから「戦闘終了」の声が響く――。


  §


 三度目のTRPGセッションは、六道学園ゲーム研究会の圧倒的勝利によって幕を下ろした。第二回と比べて二時間ほど早く帰宅した姫子は、自室に直行しベッドに五体投地するが――泥のような眠気はやって来ない。意外と目は冴えている。

「……」

 スマホを取り出して某チャットアプリを起動する。

 すでに新たな書き込みがあった。

 姫子もタッチパネルを操作し、チャットに加わる。

 

 ――――――――――――――――――――



VIP:オツカレチャ――(´∀`)――ン!!(15:53)


Y.Suzuki:んんwww完勝ですぞwww(15:57)


Gaia:シナリオ書いたヤツ殺す。(16:07)


          HIMEKO:お疲れぴょん♪(16:13)


VIP:姫チャンキタ――(´∀`)――!!(16:13)


          HIMEKO:シナリオ確かにひどし(16:15)


Gaia:生徒会長のヤロー絶対いやがらせだぜ。(16:16)


Y.Suzuki:しかし無理ゲーではない(16:18)


VIP:しかしエロゲーではない(16:18)


Gaia:田中オメーは黙ってろ。(16:18)


VIP:コロサレル――(´∀`)――!!(16:19)


Gaia:黙れ。(16:19)


          HIMEKO:会長の心が読めないぴょん(16:25)


Y.Suzuki:我々を潰したいのか遊びたいのか(16:27)


          HIMEKO:近いうち会長と話してみるよ(16:30)



 ――――――――――――――――――――


 そこまで書いて、ディスプレイに緑色の受話器マークが表示された。少し遅れて本体が震える。発信者は、ごく最近に電話帳に登録した人物だ。

 通話ボタンをタップし、耳もとに当てる。

『よーゥ、ヒメ公』

「おかけになった電話番号はただいま使われておりません」

『まあ聞けや。例の件、鑑識の結果が出た』

「やっぱり使われています」

 スマホを握る手に力が篭る。薄い最新型のやつだったら壊れてたかも。

『そうがっつくな。職業柄、俺ぁ電話越しに話のが嫌いでね……明日の放課後、下柳商店街の〝喫茶オアシス〟で待っている』

「ちょっ、そんな勝手に」

 切られてしまった。通話時間にして13秒。

(まだ何も分からないけど――)

 何がどう分からないかは把握できている。どうアクションを起こせば「分からない」を打開できるかは、おぼろげながら見えてきている。すべてはこれからだ。

「そう。すべてはこれから」

 シーツの上にスマホを投げ出し、姫子は寝返りを打つ。

 やがて優しい微睡みが忍び寄ってきて、意識はフェードアウトしていった。


  §


 姫子の住む町は、かつて「まち」と呼ばれていた。

「ま↑ち↓」と発音する。近隣の小さな町から見て、自分たちのところより比較的都会――ハイカラという意味である。

 しかし、二十一世紀になって時代の潮流に乗り遅れた「まち」は活気を失っていった。二つ隣の町がトンネル開通によって栄える中、何も手を打たず漫然と構えていた代償だ。今は大型スーパーを擁するあちらが「まち」と呼ばれている。

 六道学園の近くにある下柳商店街も、今やシャッター街となり栄枯盛衰を体現している。

 とはいえ、完全に滅びたわけではない。干上がったため池に残されたわずかな水たまりのような、オアシスは存在する。その名もズバリ「喫茶オアシス」。

 ミスターTが待ち合わせの場所に選んだのは、そういう背景を背負った店である。

 ――放課後、十六時三十五分。

 四天王を率いず単身で姫子は学園を出る。ミスターTの話がどういう内容にしろ、いったん自分の中で噛み砕いてからみんなに伝えたい、というのが姫子の考えだ。四天王たちが加わると目立つ上、五月蠅くなり、きっと話が逸れる。

 正門から出て、歩きで下柳商店街に入る。ここを通るのは、通学の際どうしてもショートカットしたいときだけだ。採光不安で薄暗く恐ろしさがある。黄泉の国へ続いているような雰囲気がある。続いてないけど。

 シャッターシャッターシャッター(以下略)と来て、シャッターだらけの廃墟に「喫茶オアシス」は実在した!

 通りに面した側はガラス張りになっていて、店内奥にトレンチコートで角刈りの中年男を姫子は見つける。あちらも気づいて小さく手を挙げてくる。とくに反応せず姫子は入店する。

「すまんね。呼び出して」

「電話で伝えてくれればよかったのに。これじゃ傍から見たらエンコーですよ」

 姫子は悪態をついてからミスターTの向かいに座る。

「電話は嫌ぇだっつったろ」

「はいはい」

「まあ、そう硬くなるな」

 硬くなってるように見えただろうか?

 ミスターTはおもむろにタバコを取り出す。火を点ける。姫子に断りなど入れずに。

 ムッと眉をひそめて抗議の眼差しを送ったが、そしらぬ顔でスルーされた。

「まず伝えなきゃならんのが、鑑識の結果だな。ありゃサイコロだよ」

「サイコロ……?」

「ああ。欠片の一部から黒と赤の塗料が見つかって、ぜんぶ合わせると六面ダイスになるだろうって話だ」

「……」

「心当たりがあるってツラだな」

「いえ」

「いいや、不確かなりともあるはずだ。こういう反応は顔を合わせてみないと分からねぇ。お前と会って正解だったよ」

 刑事のカンってやつ?

「ちょっと整理させて」

「待てん。整理しながら今ここで話せ」

 また拳銃チラつかされちゃたまらない。

「サイコロは、おそらくユウヤ先輩の……演劇部に籍を置いていた夕矢志津香先輩の私物です。彼女はTRPGにハマっていて、サイコロは必須アイテムですから」

「なぜ粉々になっていた」

「知りませんよ」

「犯行が夕矢志津香によるものある可能性は」

 何これ尋問かよ。

「今、先輩は、総合病院のベッドで意識不明の状態ですよ。事件に巻き込まれてからずっと」

「そうか。そうだったな」

 ……。

 あの日、あの場で、TRPGが行われていた?

『めちゃくちゃオモシロいことになってる。演劇部の部室まで来てみなよ』

 ユウヤ先輩からのメールが脳裏に蘇る。まさか、死体だらけの部屋を見せたかったわけではないだろう。どういう経緯か分からないけど、きっと演劇部のメンツでTRPGをやることになった。

(それでアタシを呼んだんじゃないかな)

 当たり前だけどテーブルでトークするロールプレイングゲームは殺し合いじゃない。アナログゲームからどうして人死にに発展するのか。話が繋がらない。関連性が見つからない。

「そういえば先日、刑務所で矢満田と面会してきた」

 ――!

「なんて言ってました?」

 タバコをフィルタースレスレまで吸って灰皿に押し付けてから、ミスターTは続ける。

「ゲームに負けた……そう、矢満田は言っていた。『俺はゲームに負けたんだから、現状はしかるべきペナルティだ』とか何とか。ゲーム脳ってやつか?」

「他には、何か」

「譫言のようにそればっかりだ」

 ミスターTはコミカルに〝お手上げ〟してみせる。

 矢満田の言葉を信じるならば、矢満田は何らかのゲームに負けて「ルールどおり」罪をかぶったということになる。矢満田は演劇部の顧問だった。演劇部員もそのゲームとやらに参加していたのではないか? そして、ゲームに負けて「ルールどおり」殺されたのではないか?

 ならば、そこには勝負という図式があったはずだ。

(演劇部はいったい〝何のために〟――〝誰と〟戦っていた?)

 何かひっかかる。

 既視感デジャヴのような感覚。

「……あ」

 繋がってしまった。

「どうした」

「いえ、もう出ましょう。ほら」

 他の客(だいたい近所のジジババ)から奇異の目で見られ始めたので、また情報交換することを約束し、店先でミスターTと別れる。姫子は商店街を突っ切るショートカットコースで家路に着くが、通り抜ける前に三匹のおっさんが立ちはだかる。

 おっさんたちに統一感はない。

 一人は、前掛けを腰に巻いて長靴を履いた小太りなおっさん。八百屋?

 一人は、高そうなスーツをピッチリ着こなした七三分けのおっさん。リーマンかな。

 一人は、全裸のおっさん。変態じゃないですか。

 どちら様かまったく見当つかないが、確かに分かるのは、どいつも異様に殺気立っているということだ。

(――一・目・散!)

 遭遇エンカウントから三拍で姫子は踵を返した。

 殺される。確実に殺しに来てる。

 何? 何なの? アタシが事件を追ってるから?

 真犯人が送り込んだ刺客だっての?

「ホーリシット!」

 毒づいた瞬間、背後から爆発音。

 走りながら振り返ると、違法駐輪されていたボロ自転車が文字通りボロボロの消し炭になっている。爆弾魔――テロリスト――青ざめたところで、前方不注意のために誰かとぶつかってしまう。跳ね返されて姫子は尻もちを着く。

「ようヒメ公」

 見上げた先、立っているのはミスターTだ。凄惨な狩人の笑みを湛えている。

「悪ぃな。お前をエサに使わせてもらった」

 ミスターTは言う。

 なるほど〝釣り〟か。昨日のTRPGでやったのと同じだ。

 真犯人の尖兵を捕えてイッキに事態を好転させる気なのだろう。「ピンチをチャンス」とはよく言ったものだ。

「さあさ、狩りの時間だぜ!」

 外套の中から拳銃をミスターTが抜く。

 だが、刹那――そのトレンチコートが炎上した!

 どう見ても自然発火としか思えない。

 慌ててトレンチコートを脱ぎ捨てるミスターT。相棒といっしょに活躍してるおっさん刑事みたいな、司書っぽいYシャツ+脇ホルスターの格好だ。

「野郎ォ……」

 忌々しげに三匹のおっさんを睨めつけ、ミスターTは両手で拳銃を構える。

 対するおっさん共は、殺気だけを貼りつけたような能面ヅラで、右手の掌をこちらに掲げている。「自分たちが発火現象を起こしました」と言わんばかりに。

 ――二発、その足下へ向けて威嚇射撃が放たれる。 

 三匹のおっさんは怯まない。掌を掲げたまま一歩ずつ距離を詰めてくる。

 やむなくミスターTが射線を上げる。

 しかし、トリガーを引くより早く、彼の身体は後方へと吹っ飛んだ。不可視の右ストレートを〝ジョルト〟で食らったように。

(パイロキネシスの次は、テレキネキシス!?)

 尻もちを着いたまま姫子は後ずさりする。

 あーこりゃ逃げ切れないな。

 ユウヤ先輩ごめんなさい……。

 諦観の念に囚われて視界を閉じる。

(アタシに魔法が使えたら)

 悔しい。力のないことが。悔しい。

 魔法が使えたら、この場を凌いで、ユウヤ先輩を救って、家族だって元通りになって――。

「何をしているのかしら寒川さん」

 冷水のごとく澄んだ声がスッと耳から入ってくる。

 弾かれたような心持ちで顔を上げる。視界を開く。

 そこには、銀縁眼鏡を掛けたショートヘアの女生徒が悠然と佇んでいる。仏頂面で。おっさん共に背を向けて。

「お尻が冷えますわよ」

「生徒会長!?」

 紛れもなく六道学園生徒会長である。

 手には扇子。そして英単語帳。

「さっさと尻尾巻いてお逃げなさい」

 三匹のおっさんと会長の間には〝水の壁〟がある。

 マンホールから噴出した水がおっさんの行く手を阻んでいる。まるで扇子を使った水芸だ。なんと生徒会長も超能力者だったのか!

 数分の間にリアリズムが完膚なきまでに叩きのめされた。

 アタシもうユ○ゲラー馬鹿にしない。

「お、逃、げ、な、さい。と言ったのですわ」

「はっ、はい!」

 腰を上げ、今度こそ姫子は遁走する。

 振り返っている余裕は残っていなかった。


  §


 生徒会長に救われたことは、姫子にとって新たな混乱のタネとなった。

 演劇部の陥っていた状況は六ゲー研のそれと似ている。生徒会が事件に噛んでいると睨んでいたのだが……いや、会長の登場タイミングからして無関係というわけではないだろう。ただ敵と決めつけるには早い。

(かの犬養翁も『話せば分かる』と言ったわけですよ)

 思考の鳴門海峡から脱し、姫子は瞼を上げる。

 ノックしようとして宙で止まっていた手を動かす。

 コンコンコンコン。

「二年A組、寒川姫子です」

「どうぞ」を待ってからノブに手をかける。両開きのアンティーク扉を控えめに開け、静かに入室する。広さも調度品の質も六ゲー研の部室よりワンランク、もといツーランクは上。そこは本校舎内にある生徒会のアジトだ。すなわち生徒会室だ。

 部屋の一番奥には、それ校長レベルだろっていうくらい大きな机が鎮座してあり、生徒会長が執務に使用中である。その脇にはブロンド髪の女生徒が書類を手に立っている。副会長……ではなかったはずだ。私設秘書?

「何の御用かしら」

 部屋に入ってからドア脇で待機していると、こちらに目線を遣らず、書類にハンコを押しながら会長が訊いてくる。

 さすがに開口一番「惨殺事件についてゲロしろ」はないな。どうしよう。けっこう考えなしに来てしまった。

 あーそうそう。まずはお礼だ。

「昨日の一件、ありがとうございました」

「礼には及びませんわ。学園の生徒を守るのは生徒会の役目ですもの」

 そうだっけ。学内行事の企画実施とかじゃないの生徒会業務って。

「寒川さん。どうやら貴女は、不審な輩にマークされているようですわ。一度は追い払いましたけれど、また現れないとも限りません」

 ボディガードを付けましょう。と生徒会長は言う。

 不束者ですがよろしくお願いします。と秘書子が頭を下げる。

 これが意味するものとは――。

「ボディガード?」

 秘書子を指差して確認する。

「ボディガードですわ」

 会長は即答した。

 公称ボディガードの女生徒を姫子はまじまじと見る。背丈は自分よりも高い。たぶん一六〇センチあるかないかくらい。髪はナチュラルなブロンドで瞳はブルー、少しタレ目で、バリバリ白人の顔立ち。そして制服の上からでも分かるほどおっぱいが大きい。栄養が全部そっち行ってるんじゃないかってくらい大きい。胸以外もほどよく脂肪がついて女性らしい体格。のほほんとした雰囲気で戦闘向きには見えない。

「何者なんですか」

「彼女は留学生のソフィア・ビッグウェスト。信頼に足る人物ですわ」

「よろしやす~」

 秘書子改めソフィアさんが柔和な笑みを浮かべる。なんか口調安定してないけど大丈夫か。外人特有のやつか。

「さっそく交流でも深めてきなさい」

 ソフィアさんといっしょに生徒会室を追い出される。十メートルほど廊下を歩いたところで、はたと姫子は気づく。結局「惨殺事件についてゲロしろ」言えてない。

 敗北感に包まれてあれ。姫子はがっくし膝を着く。そんな姫子の肩をソフィアさんはポンポンと優しく叩くのであった。

(留学生のソフィアさんが事情知ってるとは思えないけど)

 一応生徒会の息がかかってるぽいし、ダメもとで訊いてみるか。そう思ってソフィアさんの顔を見る。目がしいたけになっていた。あーこれ知ってる。ヒーローショーに連れてきてもらった少年の顔だ。

「ウチ触っちゃったぁ~! 寒川さんの肩に触れちゃったぁ~! ふぁぁ、もう絶対手ぇ洗わないぞ!!」

 手が寄生獣に乗っ取られたようにソフィアさんは狂喜乱舞する。

 信頼に足る人物……だと……? 大丈夫なの。特にアタマ。

 しばらく跳んだり跳ねたりしていたソフィアさんであったが、突如ピタリと動きを止め、予備動作の感じられない俊敏さでもって頬を擦りつけてくる。

「安心してつかぁさい、寒川さん! ウチがボディガードに就任したからには、微生物一匹触れさせはしません!!」

 いや無理だろ。それもうボディガード失敗してるから。

「ソフィアさん、離れてください……」

「『ソフィアさん』などと余所余所しい!」

「じゃあ、ソフィーとか?」

「『豚』とお呼びください!」

 姫子は確信する。この人は真性の変態だと。

 そして、たぶん生徒会長から押し付けられたのだと。

 秘書子改めソフィアさん改め「豚」と、放課後の学園を出る。帰路に着く。姫子のナナメ後ろ3メートルを豚さんはキープしている。ボディガードっていうかストーキングされてる気分なんですけど。

「どこまで付いてくる気なんですか」

「ゆりかごから墓場まで」

「それ英国の福祉政策」

 話にならない。姫子は歩きのスピードを競歩並みにまで上げる。

 ちらと振り返る。やはりナナメ後ろ3メートルをキープしている。とうとう姫子は走り出した。本能が貞操の危機を告げていた。

〝ベヒモス〟のように帰宅して自室に直行して内側から鍵を掛ける。ひとまずは安心である。姫子は安堵の溜息を洩らす。

「ここが寒川さんのお部屋か~♪」

「なんで上がり込んできとるん」

 ぐぬぬと頭を抱える。

「姫プレイで四天王を従えてるアタシが……ここまで手玉にとられるとは……」

「あ♪ その四天王っていうの欠番あるんでしょ! ウチも混ぜてくださいよ!」

「……勝手にしたら」

「はぁい♪」

 がさごそ。

「勝手に人ン家の本棚漁っていいとは言ってない」

「アルバムないんですね」

「まあ、色々あってアルバムは焼いたんだ」

 喋る気なんてないはずなのに。

 勝手に舌が回る。

「父は勝手に不倫して勝手に離婚して、今や養育費供給装置。母は精神がおかしくなって、アタシと弟は最初からいなかったことになってる。今はルームシェアしてる共同生活者ってとこかな」

 回る。回る。

「家族の痕跡が残ってると、お母さん、ますます気が狂ったようになるから」

 だから燃やしたの。

 結局、身内の恥を洗いざらいぶっちゃけてしまった。

 何やってんのアタシ。誰かに聞いてほしかった……のかな。話さずにはいられないくらいストレス溜まってたのかも。

「ごめんね。ヘンな話聞かせちゃって」

「いいえ。貴重な話が聞けました。〝英雄〟にも、色々事情があるんですね」

「えーゆー?」

 電電公社が憎いとか? 禿と白犬滅びろとか?

「いえ、こちらの話です」

「はあ」

 生返事を返してぽかんとしていると、豚さんに「えーい!」と抱き着かれた。

 ぷにぷに柔らかい感触。これが女子力の差か。違うか。ある意味合ってるか?

 こういうスキンシップは女の子同士でもあまりしたことがない。そもそも同性の友達あんまりいないんだけど。

 豚さんは、姫子にマウントポジションをとってニッコリ笑う。

「いやーな気分は、お風呂で洗い流しちゃいましょう♪」

「ファッ!?」

 ツインテを結っていたゴム紐が外され、胸のリボンが解かれ、セーラー服を脱がされる。たちまち下着姿に加工された姫子は、自らもすっぽんぽんに脱いだ豚さんによって風呂場に連れ込まれる。

 何なのなの、この展開――。

「あなた変態なの?」

「ボディガードですよ♪」

「だからぁ」

 もう諦めてシャワーを浴びることにする。

「お背中流しますよ」と豚さん。どうぞご自由に。放し飼い養豚スタイルなんで。

 豚さんは、ボディソープで泡立てたナイロンタオルで姫子の背中を擦っていく。

「小さな背中ですね」

「ちっこくて悪かったわね」

「かわいいです♪」

 ゆっくり前後させながら豚さんが独白を始める。

「……この町は平和ですね……ウチが住んでた町はもうないんですけど、戦争が起こる前はとてものどかで、なんとなく、この町に似ていました」

「海と山しかないよ」

「でも、人がいます」

 不意に豚さんの手が止まる。

「それで十分なんです。ウチは、そんな当たり前を取り戻したくて――」

 そこまで口にして豚さんは慌てる。

「ごめんなさい! ウチってば、暗い話を」

「いいわよ。お互い様だし」

 人の数だけ悩みがある。ノーテンキそうなこの人にも。

 傷を舐め合うのは嫌いじゃない。

 今日それに気づいた。

「今度はアタシが背中を流してあげる」

「そ、そんな恐れ多いです!」

「風呂場に拉致っといて言うセリフ?」

 豚さんの手からナイロンタオルをスティールし、その背中に姫子は「倍返し」を始める。豊満なボディがやっぱりムカついた。

「こ、擦れて熱いです――ひゃぅん!」


  §


 ユウヤ先輩、事件です。

 先輩の巻き込まれた事件を追っていたら、超能力者のおっさんたちに襲われて、ボディガードに付いてもらった人が変態で、色々と危険がピンチです。

 部室を守るため始めたTRPGもキナ臭くなってきました。

 でも、ここでやめたらいけない気がするんです。

 真実へと至る道が閉ざされる気がするんです。

 ……。

 TRPG、次のセッションが最終戦らしいです。

 みんな無事に守りきって勝利してみせます。

 あ、やばいと思ったらなりふり構わず逃げ出しますから、ご安心を。

 どうか見守っていてください。

 ユウヤ先輩。

「あら、姫子ちゃん?」

 ゆっくりやさしくファーストネームを呼ばれ、姫子は顔を上げる。廊下の先から一人の女性が歩いてくるのが見えた。

 歳は四十代くらい。笑ってもどこかすまなそうな雰囲気がある。

 姫子は彼女と面識がある。

「何度も、お見舞いに来てくれてありがとうねぇ」

「いえ……私が話を聞いてもらいたくて、足を運んでいるだけですから」

「志津香も、姫子ちゃんの話を楽しみにしていると思うわ」

 彼女はユウヤ先輩のお母さんだ。

 姫子の隣にあるもう一脚のスツールへと、女性は腰を下ろす。そうして目線を同じ高さに合わせてから「よかったら」と話を切り出してくる。

「病室の中まで、いらっしゃいませんか」

「いいんですか?」

「少しだけならって、主治医の先生にも許可をもらっているの」

 ここでウインクが飛び出すあたり、人の好さが伝わってくる。ちょっと胸があったかくなる。姫子も自然と口角が上がる。

「はいっ」

 女性といっしょにユウヤ先輩の病室に入る。明かりは落とされていて、冷凍室にあるような分厚いビニールカーテンの向こうにベッドがあり、ユウヤ先輩が仰向けに眠っている。たくさんの機械に繋がれて。

「中は初めてだったかしら」

「はい……」

「あんまりな状態でしょう?」

「先輩が起きてたら『どうだ寒川、スパゲッティーモンスターだぞ!』って自慢してくると思います」

 声色を使って感想を述べたら、女性は、先輩のお母さんはプッと吹き出した。

「うふふ、言いそう♪」

「それで『これからボクは空飛ぶスパゲッティーモンスターになるぞ! 見てろ!』って窓から飛び出すかも」

「シャレになってないわね」

 やりそうだけど、とお母さんは苦笑い。

 それから姫子は、ユウヤ先輩の前でお母さんと他愛のない話をした。だいたい夕矢志津香武勇伝になっていた。

 十五分くらい経って病室を出る。

「姫子ちゃん、エンターテイナーの才能あるわねぇ」

 そんなこと言われたのは初めてだった。

 ヨシモトで芸人目指そうかな。

 これから用事があると言うお母さんを見送って、姫子は思う――ユウヤ先輩は愛されていると。アタシなんかよりずっと愛されている。素敵なお母さんがいる。

 戻ってきて、先輩。

 きっと世界は先輩にやさしいです。

「……もう七時前か」

 すっかり日が落ちてしまったので、姫子も帰宅することに。七階を後にしようとしたところ、ナースセンターの前で呼び止められる。若いナースの一人に。

「あなた、よく夕矢さんの病室にお見舞いに来てる――」

「あ、はい。そうですけど」

「774号室の森田くんから、あなたに渡すようにって」

 ナースは一枚のカードを手渡してくる。それは主に小学生~中学生の間で流行っているTCGトレーディングカードゲームのやつだ。一度、デュエリスト鈴木にコレクションを見せてもらったことがある。

(シャドウ・マジシャン・ガール?)

 カードに描かれているのは、黒魔術師っぽい女の子だ。

 無駄に露出度が高い。

「あの、森田くんっていうのは」

「小学生の男の子よ」

 あークソガキさんか。

 アタシが〝魔法使い好き〟だって解釈したのね。それで、このカードをプレゼントしてくれた。いじらしいというか何というか。

 チョイスがいかにも男の子で笑いが漏れる。

「そのカード、すごく大事にしてたみたいですよ」

 そのわりにはスリーブに入ってないんだよねぇ。ところどころキズあるし、トレカショップに売ってもニアミント扱いもしてもらえなさそう。鈴木くんがこの保存状態見たら激怒するわね。うん。

「森田くんですっけ。今日は見かけませんでしたけど」

「……ええと……言いにくいんだけどね」

 嫌な予感がする。

「実はね、一昨日に容体が急変して」

「あ……そうですか」

 それ以上は訊けなかった。

 訊く勇気がなかった。

(お嫁さんになってあげるって、言ってあげればよかったかな)

 改めてカードに視線を落とす。

 思い知らされた気分だ。ここが〝七階〟であることを。〝そういう患者〟が集められた区画であることを。

 いくら世界がやさしくても。

 ユウヤ先輩は、七階の住人なのだ。


  §


 六道学園二年、鈴木ヤマトは生粋のカードゲーマーである。

 四歳からTCGの蒐集を始め、十二歳で対戦型TCGに目覚め、十五歳で〝西日本最強〟の座を確固たるものした。今や、カードゲームを制作・販売する企業側から公式大会に招待されるほどである。

 カードゲームの世界大会、その賞金で食っていくプロカードゲーマーは実在する。学生で最もプロに近いとされるのが、彼、鈴木ヤマトである。

 人は彼を〝デュエリスト鈴木〟と呼ぶ。

 ――ある日の放課後、鈴木は、いつものように〝愛しの姫君〟のクラスへと足を向ける。しかし、いつものように姫は帰宅した後である。事実を認識すると同時に、鈴木の思考ルーチンは再びカードゲーム考察を始める。何百、何千とおりの戦術を脳内シュミレートする。仮想対戦相手はもちろん〝愛しの姫君〟である。デュエリスト鈴木の内世界には、基本的に「カードゲーム」か「姫」しかない。

 カード一辺倒だった鈴木の人生に〝愛しの姫君〟が現れたのは、今年の春である。

 正門前で新(入生)歓(迎)カツドウ! しているゲーム研究会の少女――その小柄でツインテールなナリは、鈴木の最も愛する「シャドウ・マジシャン・ガール」そのものだった。以来、鈴木は、彼女を姫として慕う四天王の一人となる。

 想い入れのある「シャドウ・マジシャン・ガール」のカードは、姫の写真がわりに肌身離さす持ち歩いている。

(イメージ力が低下していますぞ……姫のご尊顔を拝して補給せねば!)

 カードを挟んでいる生徒手帳を学ランの胸ポケットから取り出そうとして、鈴木は青ざめる。つかもうとする手が虚空を切る。慌てて学ランを脱いでポケットの中を覗き見る。からっぽだ。神隠しだ。

 胸ポケット以外に仕舞った記憶をロスト?

 ありえない。そんなことはありえない。朝のHR前に一度、昼休みに一度確認している。家に忘れてきたという可能性はない。本日の授業に体育はなかった。学ランを脱いだこともない。そもそも絶対になくさないよう定位置=胸ポケに仕舞っているのだ。

「探し物はコレかね」

 錯乱する鈴木の背後から、感情の篭っていないロボットのような声が響く。

 バッ! と効果音がリアルに出るほどオーバーアクションで鈴木は身を翻す。

 暮れ泥む土手の先、ピッチリとスーツを着込んだ七三分けのサラリーマンが佇んでいる。その手には生徒手帳。

「おのれ――スリは犯罪ですぞ!」

「法に頼るか。カードゲーマーよ」

「……!」

「カードゲーマーならカードゲーマーらしい取り返し方があるだろう」

 ビジネスバッグから、カードが詰まったデッキケースをリーマンは取り出す。この男もまたデュエリストだというのか。

「受けて立ちますぞ!」

 鈴木も学生鞄の底からデッキケースをサルベージする。

「デュエル!」

「まあ、待て。このような土手でカードゲームなど愚の骨頂」

「そ、それもそうですな」

「鈴木ヤマト――お前にふさわしい決闘の場を用意してある。次の日曜、その住所アドレスで待っているぞ」

 リーマンはデッキケースから一枚のカードを抜き、鈴木の足下へと投擲する。サックリと土手に刺さったそれを引き抜くと、県外の住所が書かれてあった。

「ムウ……!」

「シャドウ・マジシャン・ガール」は元々宝物のカードであり、姫の分身でもある。両方の意味で失うわけにはいかなかった。そのカードは鈴木にとっての立脚点。自分が自分であるための土台なのだ。

 ゆえにデュエリスト鈴木は答える。

「望むところですぞォ――!!」


  §


 六道学園二年、佐藤ジンは生粋のカッコつけしぃである。

 カッコよさを異常なまでに追求する彼のセンスは、ファッションだけに止まらない。ソーシャル動画サイトに「歌ってみた」「踊ってみた」をコンスタントに投稿し、中でも頸椎を損傷しかけた「踊ってみた」――〝ブレイクゼロシキ〟は再生数百万超の伝説となっている。

 その動画がきっかけで地元ダンスチームに所属することになり、半年でチームの副ヘッドにまで佐藤は上り詰めていった。

 高校二年の春、佐藤は、カッコいい男の傍らにはイカしたナオンが必要であると悟る。そんな折に見つけたのが、鈴木と田中を引き連れた自称姫・寒川姫子である。佐藤のカッコよさセンサーはMAXに奮えた。以来、彼は姫子と行動を共にするようになる。

 その煽りを食らったのが、地元ダンスチームである。

 カリスマである佐藤の出席率が下がったことで全体的なモチベーションも下がり、チームは離散の危機にあった。佐藤も実情を把握していたが、知ったこっちゃないとスルーしていた。そんなある日。

「よう」

 ダンスチームのヘッドが佐藤の前に現れる。同い年くらいで、学校には通わず昼間は働いている少年である。帽子をナナメに被り、顔じゅうにピアスを付けているのが目立つ。

「なぁンだよクロード。オレ帰るとこなんだけど」

 クロードとは少年の通り名だ。

「素っ気ねぇなガイア。お前とオレの仲だろ」

 ガイアとは佐藤の以下略。

「今日一日、TRPGやってて疲れてンだ……帰って寝かせろ」

「てぃーあーるぴーじー?」

「あー説明するのもダルい。じゃあな相棒」

 おもむろに学ランを脱いで肩に掛け、颯爽と立ち去ろうとする佐藤だったが、クロードに呼び止められる。

「まぁ待てよ。お前は悪い女に騙されてンだ」

「ああ?」

 振り返ってメンチを切る佐藤に、クロードは一枚の写真を差し出してくる。その写真には、ベンチに腰掛ける一組のカップルが映し出されていた。

 あからさまに佐藤は狼狽する。

 ベンチに座っている少女は、地面に足がつかないほど小柄で黒髪ツインテールな自称姫だった。男のほうも見た覚えがある。確か、抱かれたい男子生徒ナンバーワン(六道学園新聞部調べ)とかいういけすないヤローだ。足にギプスを巻き、松葉杖をベンチに立てかけている。病院の中庭か?

「これ、どこで」

「我がチームに最近加入したおっさんからの提供情報だ。年中全裸で最高にロックなヤツなんだぜ」

 佐藤に写真を握らせ、クロードは立ち去る。

 ひらひらと手を振って。

「いいかげん目ぇ覚ませよ。ガイア」


  §


 六道学園二年、田中ヒロユキは生粋のネラーである。

 TRPGの勉強会を終えて帰宅した田中は、部屋の明かり代わりにデスクトップPCに火を入れる。カーテンを閉めた八帖の自室、PCのディスプレイ光だけが田中の顔を照らしている。

 ブルーライトに映し出される、壁と天井一面に貼られたフォトグラフたち。全て寒川姫子の顔写真で、新聞部に依頼して(有料)隠し撮りしてもらったものだ。中にはお花を摘んでいるシーンのもある。

 そんな至福の空間でネットサーフィンを田中は始める。まずはVIP板を覗いてからニュースサイトを梯子し、最終的にMMORPGを起動する。MMOとは「不特定多数の人間が同時接続してオンライン世界を共有する」という意味合いである。インターネットを利用した最先端のRPGがこれだ。

 数多あるMMORPGのうち、田中がプレイしているのはブレードワールドオンラインというタイトルである。勉強会で使用しているTRPG、ブレードワールド3.0の世界観がベースになっている。北欧神話っぽい感じのわりとよくある設定だが、MMO黎明期から続く老舗であり、プレイヤーの総数も二百万人を超えている。

 その電子世界において「寒川姫子」は最強の魔法使いである。あらゆる攻撃魔法をマスターした黒髪ツインテールの魔女を知らない者はいない。

 ――あくまで「寒川姫子」はキャラクターネームである。実在する寒川姫子が操作しているわけではないし、関知もしていない。

 操っているのはもちろん田中である。

「姫ちゃんは最強じゃなきゃいけないんだな……最強……最強ッ……!」

 田中の駆る「寒川姫子」は圧倒的に暴力的にモンスターをプレイヤーをその他オブジェクトを炎魔法で水魔法で風魔法で土魔法で粉砕して経験値に昇華していく。今日もそのプレイングが暴走状態に陥り誰も手をつけられなくなったとき、突然に「寒川姫子」のHPは0になった。即死した。

「なあッ――!?」

 ツインテールの魔女を屠ったのは、「職業:八百屋」というキャラクターネームの魔法使い。そいつは「次はお前だ」という発言を残して消える。ブレードワールドからログアウトする。

「ぐぬぬぬぬッ! チートなんだな! 姫ちゃんが一撃で沈むわけないッ! 運営は何をやってるんだな! 垢バンしろ! 垢バンしろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 田中は癇癪を起こしてPCのモニターを破壊する。床に叩きつける。窓ガラスを割って外に投げ捨てる。

「はぁ、はぁ……こんなクソゲーこっちから辞めてやるんだな」

 モニターを投棄した田中は、荒い息でTRPGのルールブックを手にする。ブレードワールド3.0ではなく、生徒会長から貸し与えられたオリジナルのものである。TRPGにおいては、田中はサポート役に徹している。ひとえに魔法少女ヒメコを最強にするためだ。

「姫ちゃんを無敵にする魔法は――」

 ルールブックをめくり、魔法スキル取得表のページを開く。しばし睨めっこして、現在取得できる補助魔法を探る。探る……。

 そして、うっかり読み飛ばしていたページに希望の光を見出した。

「こ、こここの魔法はぁ……!」

 田中は歓喜に奮える。ガタッと椅子から立ち上がり、当該ページを開いたままルールブックを真上に掲げる。まるで聖書を授かったかのように。

「これで姫ちゃんは、絶対可憐! 最強無敵なんだなああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」


  §


「やっぱり駄目ね。繋がらない」

 耳に当てていたスマホを下ろし、姫子はその小さな肩を落とす。

「ぴょん」

 キャラづくりも申し訳程度の雑なものになる。普段から猫かぶれてるとはお世辞にも言えないのは理解している。

「ぼ、ぼくのほうからもかけてみたけど、つ繋がらないんだな。だな」

「無視してンだろうよ」

 毎度よろしく組んだ両脚オンザ長机で佐藤が吐き捨てる。

「鈴木くんはクソ真面目だし……スルーはないと思うんだけどなあ」

 うーん。どうしよう。

 ちらりと部室内を見渡す。いつものメンバーが一人足りない。メガネでノッポのデュエリスト鈴木が。

 昨日の晩、チャットアプリ上に『男児は退けぬときがあるのでござる』とナゾの書き込みを残して鈴木は音信不通となった。

(このTRPGには得体の知れない何かがある)

 プレイヤーが一人抜けた状態で挑むのはリスキー過ぎる。開幕トンズラで逃げ出しちゃうか。でも、せっかく最終戦まで来たのに勝負を放棄するの? 部室を、ユウヤ先輩との思い出を諦めるの? もう少し様子を見てからでも……。

 考えあぐねていると、ニューフェイスのソフィア・ビッグウェストが手を挙げた。凛々しさ半分、おっかなびっくり半分の表情で。

「鈴木くんの代わりに、ウチが入ります!」

 ソフィアこと豚さんの提案にぴくりと眉をひそめたのは、セッションの準備をしている生徒会長である。豚さんは生徒会サイドの人間だし、当然といえば当然か。

「ルール違反ですわ」

「バレなきゃいーんです!」

 豚さんはFカップあろうかという胸を張る。どたぷん、という音が聞こえたような気がする。悔しい。

「覚悟はあるのですね」

「……はい!」

「さ、さささっきから気になってたけど、アンタ何者なんだな。だな」

 田中のツッコミに、豚さんは元気よく敬礼する。

「新たに四天王入りしたソフィアです! 豚とお呼びください!」

「うわあ……なんだな(ドン引き)」

 この空間におけるヒエラルキーが確定した。

「実際何者なんだよ」

 メンチ切って佐藤が追撃する。なんでそんなに怒ってるの。生理なの?

 見かねて姫子は助け舟を出す。

「その人はアタシのSPみたいなもの、かな。悪い人じゃないぴょん★」

「ボディガードだと? オレじゃ足りねぇってのか」

 今日の佐藤くん一段と面倒くさい。

「そういう話じゃなくて。もーメンツ足りてるんだから始めましょ」

 テキトーにお茶を濁しておく。佐藤はチッと舌打ちするもそれっきり。席を立って出ていかないだけマシと考えよう。こんなんで大丈夫かな……。

 兎にも角にも、長机二つ連結したテーブルに役者が揃う。

「それでは、最終セッションを始めますわ」

 仕切り板の向こう、お誕生日席からGM(生徒会長)が抑揚なく宣言する。そして、同様の調子で物語のプロローグを語り始める。


『これまでの武功が評価され、あなたたちは栄誉ある闘いの舞台へと招かれた。此処は国境近くにある巨大なコロシアム。あなたたちは地下の控え室で開戦の刻を待つ』


「なんか今日、いきなり戦闘フェイズに入りそうだね」

「なんだな!」

「サックリ終わンだろ。その方がいい。終わったら姫子ォ、話があっからな」

「はいはい」

 何なのよもー。

 ちょっとむくれていると、豚さんが佐藤を注意する。

「佐藤さん。そんな気構えでは困ります!」

「なんだァ新入り。楯突こうってーのか?」

 メンチを切る佐藤に対して豚さんは怯まない。

「この戦いがどれだけ重要か、理解されてるんですか」

「知らねーよ」

「この戦いは」

「ソフィア・ビッグウェスト!」

 GMがプレイヤーの名を強く呼び、豚さんは押し黙る。不完全燃焼といった面持ちだ。出会って間もないが、こんな表情は初めて見る。

 生徒会長はしばらく瞑想するように三点リーダを連ねていたが、やがて意を決したように嘆息する。

「まあ、いいでしょう。ここまで来たあなたたちです。最後までゲーム感覚でやっていただくつもりでしたが――」

 銀縁眼鏡のブリッジを押し上げる。

「相応の覚悟をもって臨んでもらったほうがよいですわね」

「か、か覚悟? わけわかめなんだな。ぶっちゃけ草生えるんだな」

「……何の話なの」

 訊くと、生徒会長の瞳があやしく輝く。

 推理小説のネタバレをするときってこーゆー顔になるよ。

 リップの載った唇が動く。

 しかし、種明かしは豚さんに奪われた。お返しとばかりの横槍である。

「これは、ただのTRPGではありません」

 ガタッと身を乗り出す。どたぷんと乳房が揺れる。

「世界規模の代理戦争なのです!」

「ハァ? ふざけろよ」

 同じく身を乗り出したのは佐藤だ。

「こんな小せぇ部屋で起こったことが、世界の覇権に関わるかよ。オレたちゃ日本代表か? ああ?」

「日本代表ではありません。聖アングーリフ公国の代表です」

「そ、そんな国、聞いたことないんだな。だな」

 回答者が生徒会長に代わる。

「当然ですわ。この世界にはないのですから」

「異世界の、国同士の諍いに巻き込まれてる……?」

 にわかにもほのかにもガチにも信じられないよ。

 ラノベじゃあるまいし。

 固まっていると、仏頂面の会長がパチンと指を鳴らす。

「これでも信じられなくて?」

 指パッチンに呼応して部室内が面妖に変容する。部屋全体がプラネタリウムのようにスクリーンと化し、コロシアムの外観が映し出される。周辺の建物と比較するとデタラメにデカいのが分かる。ヨーロッパにあるそれを十倍にしたような――とにかく規格外の大きさだ。町一つ入るんじゃないだろうか。

 いや、それ以前に六ゲー研の部室はどうなってしまったのか。映像投射装置はどこにあるのか。見当たらない。

「スゴイ技術」

 わけが分からなくて小学生並の感想に帰結する。

 素直に感動している自分がいる。

「魔法ですのよ。こっちの世界でできることは限定されますけれど」

「ウチらは意識だけこっちにトバして、現地人の肉体をお借りしてるんです。物理的に次元の壁を超えることはできませんから」

 ごく自然に、理路整然といった調子で豚さんが補足する。機微に敏感な姫子をもってしても、嘘を言っているようには思えない。

「……魔法使い……」

「そう。私たちは魔法使い。魔法が使えない貴女たちは奴隷ですわ」

「法律で国民を戦争に駆り出すのが禁じられていて、そもそも戦争は貴族であるウチら魔法使いの役目で、でも誰だって死にたくないから代理を立てるのが通例で――」

「そうして貴女たちの出番、というわけですわ」

「やってられっか」

 佐藤が真っ先に匙を投げた。

「放棄は許しませんわよ」

「だったら〝ルールに沿って〟ゲームをやめるまでよ!」

 匙の次はサイコロを投げようとする。

「キャラクターを自害させてやる」

「話、聴いてました!?」

 いざダイスロールという佐藤の腕に縋るようにして、豚さんが止めに入る。タレ目の双眸にうっすら涙が浮かんでいる。

「そんなことしたら、あなたが死んでしまうんですよ!」

「……マジかよ」

 佐藤の顔色がサッと青くなる。

「ホラ吹いてンじゃねーぞ!」

「たぶん、本当だよ」

 絞り出すように姫子は呟く。

「そうやって演劇部の事件も起きたんでしょ」

「あれは不幸な事故でしたわ」

 多少の憐みを語調に籠めて会長は続ける。

「プレイングの怠慢さで一人が死に、恐慌に陥った一人が大道具のハンマーで全てのサイコロを砕いた……結果、全キャラクターが行動不能になり」

「敵に嬲り殺された」

 姫子は長机を思い切り叩く。

 田中が一番ビビってる。もう姫プレイなんてしてられないから。ごめん。

「そのようなリスクを回避するために、今、真実をお話しているのですわ」

「一つ、解せない点があります」

「どうぞ」

 思い出したように仕切り板をポイ捨てし、会長は発言を促す。仕切り板の先にはサイコロも紙と鉛筆もなかった。GMとして敵モンスターを操っているようで、その実、実況をしていただけなのか。

「あの日、演劇部のTRPGに参加していたはずの夕矢志津香は、意識不明の状態ですが生きています」

「アレは例外も例外。極めてレアケースですのよ。基本的に行動不能はキャラクターの死に直結し、結果プレイヤーも死ぬことになりますわ」

「わりにあってねーよ!」

 佐藤が叫ぶ。

「演劇部員の方々も同じことを言いましたわ。勝てば三百万の部費、負ければ死――わりにあっていないと」

「ぼ、ぼくたち三百万の部費どころか、かか勝っても現状維持なんだな」

「あなたたちは奴隷。奴隷は主のために働くもの。この戦争に勝利すれば、前回の戦争で奪われた国土を取り返せますの」

 そこで会長は豚さんを一瞥して、

「そこにいるソフィアの故郷も」

 うっすらと冷たい笑みを浮かべる。豚さんは「もはや自分に発言権などない」という顔で俯いている。

「せめて、死なないようにはできないんですか」

 無理に平静を保って姫子は尋ねる。

「死なないように設定できないこともありませんけれど、敗北=死は貴族の誇りですの」

「お前らの誇りをオレらに押し付けるなよ!」

「あなたたちは私たちの代理ですのよ。当然でしょう?」

「うるせぇ! 自分がされて嫌なことを人様にするなってガッコで教わんなかったのかよ!」

 うわあ佐藤くん正論だ!

 キャラじゃないけど!!

「どちらにせよ、設定を変えることはすぐには不可能ですわ」

 諦めろと生徒会長は言う。慈悲はない。

 お通夜ムードのパーティ一行。

「きっと勝てますよ!」

 わざと明るくソフィアが口を開く。

 もう豚さんとは呼ばない。

「最終戦の代表に選ばれた皆さんですもの! 先週の要塞都市戦、すごく評判で、皆さん〝英雄〟って呼ばれてるんですよ! だから――」

 そこで「ガクン!」と、暗転していた部室内スクリーンの映像が動き始めた。いや、いつの間にかキャラクターのいる地下に切り替わっていたのだ。

 上へ上へと足場全体が稼働いている。

 姫子は確信する。

 ――戦闘フェイズが始まろうとしている。


 プラネタリウム然とした「LIVE」ビューイング会場と化した部室――そこに映し出された姫子たちの分身、異世界にいるキャラクターは想像以上に味気ない。柔軟性のありそうな薄く平たい鉄の帯を全身に巻きつけたアイアン・ミイラ人間である。パーティ全員が画一フォルムである。

(いつだったか夢に出てきた魔人だ)

 正夢だったのかなアレ……。

 それにしても、これまでのTRPGにおいて、街で買い揃えた装備品とは何だったのか。率直に質問してみると「あえて自由度をあげてプレイヤーに応じて魔人のパワーを調整していた」という答えが会長から返ってくる。決勝ステージにふさわしいプレイヤーを選定するためであるらしい。今回の最終セッションにおいては、リミッターは全て外され、レベル99のキャラクターとして運用できるとのこと。

 一瞬「楽勝じゃん」って思ったけど、敵さんも同様の選別をしているそうなので油断ならない。――っていうか敵にも〝中の人〟がいるってことはつまり、勝つということは人殺しになるということだし、

(もうアタシたちの手は血塗られている)

 三度の場数を踏んできた。すなわち三度の人殺しをしてしまったかもしれないということだ。別室で死刑執行するように現実感はないけれど。

 佐藤くんも田中くんも自覚ないっぽいから、あえて口にはしない。

 でも、そういうことだ。

 相手国も聖アングーリフ公国と同じ貴族主義ならば、の話だが、同レベルの間でしかケンカが起きないことを考えれば悲観していい。

 覚悟を決めるしかない。

「そういえば相手って?」

「説明せずとも、すぐに分かりますわ」

 上方から光が注がれて来る。

 足場が上がり切ると、そこはコロシアムの中である。はずである。実際には果てしなく広い荒野の地平線あたりに内壁が見える。万里の長城を円形にしたような感じ?

 それよりまず、眼前のドラゴンである。

 コイツが最後の敵。

 大きさは十階建てのビルくらいだろうか。赤銅色の殻のような表皮覆われていて、ちょっとやそっとではダメージが通りそうにない。攻撃面では何と言っても、巨人の喉笛噛み千切ってそうな獰猛アトモスフィアを漂わせる頭部が二つもある。双頭のドラゴンである。

「勝てんのかよコレ」

「つ、強そうなんだな」

「ゆでたまご理論じゃあるまいし、頭が倍だから倍強いってわけじゃないでしょ」

 ……。

「ごめん倍だわ」

「達観してないで頑張りましょうよ!」

「大丈夫だよ。アタシだって死にたくないもの」

 ぶんぶん両腕を振るソフィアに、姫子は〝姫スマイル〟を向ける。効果は抜群だったようんで、キューン★ という音が聞こえてくるようだ。

「しかし、襲って来ねーな。このドラゴン」

「まだ試合開始の銅鑼が鳴っていませんから」

 やっぱり〝中の人〟が制御してるってことね。知ってしまうとやりづらい。

 鬱になっている姫子の前で、会長が淡々と解説を始める。

「こちらが《マジン》と呼ばれる人造の魔法生物をキャラクターとしているのに対し、あちらはモンスターを捕獲して使っていますわ」

「あっちにアドバンテージありすぎちゃいますのん」←姫子

「それでも貴女たちは勝ってきたでしょう」

 確かに。

「いくらサイズ差があっても、サイコロを振っての行動と、ターン制であることは協定で約束されていますの。それに、あっちは野生を捕まえてくるから〝己を知れ〟ていない。百戦危うしですわね」

 その言い回しが正しいかはさておき、勝ち目がありそうという事実は呑み込んだ。何とか相手を降参にまで持ち込めるといいな。

「オイ、始まるみてーだぞ」

 佐藤が外野の動きを察知する。少し離れた位置でラッパ吹きが高らかに音色を奏で、ホログラムだろうか、空中に映像が映し出される。貴族っぽい髭の男性が二人並んで立っている立体映像だ。

 いや、二人の背景に違和感がある。現実には並んで立っていないが、加工して並んでいるよう見せているのだろう。おそらく片方は聖アングーリフ公国を治めているヤツで、もう片方は敵国を治めているヤツだ。

 映像の中で映像見てるって何だか滑稽だなと思ったが、姫子は胸の内に止めておく。

 理解不能な異国語で髭貴族たちが長々と講釈を垂れた後、ようやく開戦を告げる銅鑼が鳴る。いきなりだった(ように姫子には感じられた)ので、慌てて戦闘態勢をとる。

「明鏡止水でいつもどおり。始めるよ、みんな!」

「お供いたします!」

 ソフィアのやる気は十分だ。彼女にとっては故郷奪還が係っているのだから当然だろう。これまでの姫子たちの戦いを見てきたなら、実戦経験値はなくとも、それなりには動いてくれるはずだ。

(まずは攪乱から!)

 指示を出そうとしていたところ佐藤が茶々を入れてくる。

「命がけの戦いの前に、ハッキリさせたいことがある!」

「何よッ!」

「姫子、お前、ユウヤと付き合ってンのか!?」

 思考回路を走らせること○・五秒。

「付き合ってはいないけど大切な人だぴょん!!」

「ちきしょうめぇええええええええええええ!!」

 佐藤は謎の奇声を上げた後「特攻!」と言ってサイコロを振った。佐藤の駆る《マジン》が、陸上選手のように双頭ドラゴンへ向けて走り出す。一直線に。無謀極まりなく。

「バッッッッッッカじゃないの!?」

 姫子は「サトウを拿捕!」と言ってサイコロを振る。クリティカルが出て佐藤の《マジン》は取り押さえられた。それぞれ1ターン分の行動を浪費してしまった。

「止めてくれるなッ! お前はサッカー部のイケメンのほうがいーんだろ!?」

「ユウヤって夕矢志津香先輩のことじゃないの!?」

「小野寺裕也だよ! 会いに病院通ってンだろ!」

「ユウヤ『先輩』のお見舞いよ! 小野寺くんにはナンパされたけどボコった!」

「OK分かった! オレが間違ってた!」

 テンション高いまま佐藤は改心する。姫子もホッと嘆息する。しかし嗚呼、そんな二人を、双頭がなかよく捕食すべく狙っている。ガブリと来たところを、佐藤は杖をつっかえ棒にして回避。姫子を狙うドラゴンヘッドはソフィアの雷魔法によって牽制される。あわやというところで姫子と佐藤は死地を脱する。

「改めて作戦!」

 なるべく短い言葉で、姫子は戦術を伝える。

「アタシとソフィアは右の頭、佐藤くんと田中くんは左の頭を攪乱! ぶんぶん振り回して! きりきり舞い!」

 元巨人軍の監督ばりのオノマトペ指示だったが、ちゃんと把握してもらえたようだ。元気よく「サーイエッサー!」が返ってくる。思考停止イエッサーじゃなければいいけどいちいち確認している暇はない。

 それぞれチームに分かれ、飛翔魔法でもってデタラメ軌道で幾何学文様を描くようにドラゴンの背後へと回る。双頭とはいえ、首の稼働範囲は無限じゃない。死角は必ずある。それを探るための攪乱行動だ。

 双頭のドラゴンは炎のブレスで攻撃してくる。躱すと今度は翼で打ってくる。さらに躱すと尻尾をムチのようにしならせ叩きつけてくる。小回りが利かない証明だ。

 ドラゴンの真後ろでパーティ四人は合流し、それぞれ時間差で魔法攻撃を放つ。姫子の指示で一属性ずつ。地水火風の魔法が双頭ドラゴンの背中にヒットする。どれもズバ抜けて大きなダメージは出ない。

「弱点なしね」

 それでも〝ベヒモス〟と違って魔法攻撃は通っている。ヒットアンドアウェイを続ければ、たとえ時間はかかっても勝利できるだろう。多少の余裕の色が姫子に浮かんだ時――事件は起きる。

 双頭のドラゴンが身を翻した!

 双頭のドラゴンのブレス攻撃! 噛み付き攻撃! 頭突き! 体当たり! 風起こし! ブレス攻撃!

 怒涛の連続攻撃が始まった。頭が二つある分、二回攻撃までは納得できるが、明らかにターン制無視で攻撃してきている。FFからモンハンに変わってしまっている。

「生徒会長!」

「今、抗議の申請をしていますわ。でもジャミング魔法で妨害されていますの」

 忌々しげに会長は続ける。

「こちらの世界でも、部室の外が騒がしくなってきましたわ。探知魔法に引っ掛かった刺客が二人……プレイヤーそのものを殺害しようって腹でしょう」

「放置できるんですか?」

「ミスターTが対応してくれています」

「へ!?」

「彼とは休戦協定を結びましたの」

 深くは考えないことにした。今は目の前にある脅威だ。とにかく順々にサイコロを振って「回避」&「移動」していく。攻撃に転じている暇はない。

 一気にジリ貧と化した戦況の中、姫子は違和感を覚える。まるで自分が異世界に立っているような感覚に襲われる。〝ベヒモス〟のときと同じだ。

 映像を通してではなく、五感全てで戦場を感じているような錯覚――果たして錯覚だろうか?

(今、アタシの眼に映っているものは何?)

 双頭のドラゴンだ。視線を落してじつと手を見る。アイアン・ミイラ人間な《マジン》の手だ。そこにサイコロはない。

「!? 何やってんだ姫子、ダイスロールしろ!」

「サイコロを振ってください!」

「なんだな! なんだな!」

 フィルターをかけたように、微かに四天王の声が聞こえてくる。遠い……ドラゴンのほうが近く感じる。いや、実際近い。目の前で顎を開いている。牙を剥き出しにしている。

(食べられちゃう)

 そう思った瞬間、《マジン》の身体は別の場所に移動していた。サイコロは振れていない。でも、事実、瞬間移動していた。

 自分がいたはずの場所に他の《マジン》がいた。

 左半身を食いちぎられている。HPは風前の燈火だ。

「姫ちゃんが無事でよかったんだな……」

(田中くん!?)

「隠し玉の相互ワープ魔法なんだな。これで姫ちゃんは安全。絶対可憐最強無敵なんだな」

 それじゃ田中くんがやられちゃうでしょ!

 声が出ない。自分の発声器官が分からない。悔しい。

「姫ちゃん……サヨナラなんだな」

 双頭ドラゴンのもう一方の頭部が、田中の《マジン》に残された右半身へと牙を掛ける。

 これまでの姫プレイを姫子は悔いた。四天王なんてゲー研存続のための頭数にしか考えていなかったことを詫びた。そして祈った。

(ダレか、田中くんをたすけて)

 誰だっていい。他の四天王の誰かでも、生徒会長でもミスターTでも、ユ○ゲラーでも妖怪のしわざでもいい。

 たすけて。たすけて。たすけて。


『たすけてユウヤ先輩!』


 姫子の《マジン》が初めて言葉を発する。がらがらの擦れた声で。泣きながら力の限り叫ぶ。

 刹那、双頭ドラゴンの頭が――もといボディ全体が横に吹っ飛んだ。

 田中の《マジン》は無事だ。もはや無事とは言えないがHPは残されている。

『ア……』

 コロシアムに倒れ伏すドラゴンの背に、登頂でも成し遂げたように清々しく佇む人影がある。ゴールデンポイントで結った栗毛の髪を、魔法少女然としたひらひらの衣裳を靡かせ。不敵な笑みを湛え。身の丈ほどあるメカメカしいステッキを軽々と振るい。まるでドラクロワの『民衆を導く自由の女神』みたいで。

 その魔法使いを姫子は知っている。

『ユ"ウ"ヤ"先"輩"ぃ~~~ッ!!』

「や。ちょっと遅れちゃったかな」

 夕矢志津香はニカッと歯を見せる。白だ。真っ白!

 ああ先輩ったら、風でスカートめくれてパンツ見えてます。そっちも白いです。

 姫子は泣いていた。泣きながら笑っていた。こんな奇妙な気分は初めてだ。

『何やってるんですかぁあああこんな異世界でぇえええ!』

「ちょっと冒険してたら帰るの忘れちゃって」

 なんとアホらしく先輩らしい理由か!

「というのは冗談で」

 冗談なんかーい!

「後任になるだろう寒川たちが心配で、この世界に留まってたんだ。《マジン》と融合した状態なら、こうやって助けに入れるからね」

 ターン制とかいうつまらん制約もない。とユウヤ先輩は付け加える。

 そこで双頭ドラゴンが勢いよく身体を起こした。激しく身震いして先輩を振り落とさんとする。先輩は抗わずにひらりと舞う。ふわりと姫子のもとに舞い降りる。

「寒川。ふたりでドラゴン狩るよ」

 あっさりとユウヤ先輩は言う。あの頃のように。

『でも身体が動かなくて……』

「うん」

 先輩は小さく頷いてから天を仰ぐ。

「聞こえてるんだろ生徒会長! 寒川をダイスの呪縛から解き放て! 彼女はもう〝こっち側〟だ!」

 間を置かず金縛りが解ける。

《マジン》の身体が思い通り動くようになる。

『何がどうなって』

「それな」

 ドラゴンに牽制の魔法攻撃をぶつけながら、ユウヤ先輩は続ける。

「ボクと同じさ。イメージが高まり過ぎて、異世界のキャラクターに意識がシフトしたんだ」

『乗り移った……?』

「正解。そうなるとダイスの制約が邪魔ってわけ。生徒会長には寒川のダイスを砕いてもらった」

 姫子は理解する。

 半年前、演劇部で全てのサイコロが砕かれたとき、ユウヤ先輩は今の自分と同じ状態にあったのだ。

「ところで、いつまでそんなダサい格好なのさ」

『えっ?』

「寒川はもう魔法使いなんだよ」

『魔法使い……』

 言葉を噛みしめる。

 じわりと熱いものが湧き上がってくるのを感じる。

 涙だろうか。歓喜だろうか。闘志だろうか。全部か。

「はい!」

 一瞬のうちにガラガラ声が元に戻る。

 念じたイメージはすぐに具現化された。姿かたちは慣れ親しんだ幼児体型になり、黒髪ツインテールに、衣裳は「シャドウ・マジシャン・ガール」のそれになる。

「似合ってるじゃん」

 褒められた。ニヤけてしまう。

「ターン制を無視して動けるのは、ボクと寒川だけだ。やれるね?」

「もちです!」

 ユウヤ先輩の傍らで魔法の杖を構える。

 やっと隣に立てたことが嬉しい。

「遠慮はしなくていいよ。敵さんはドラゴンに『自力で制約を解かれて』しまったンだ。当然〝中の人〟はいない」

「了解!」

「さあ~て、一狩りいきますか!」

 頷き合い、ほぼ同時にスタートを切る。疾駆する。風になったように身体が軽い。一秒も満たないうちにドラゴンに肉迫する。あらゆる攻撃を躱しながら零距離で魔法を叩き込んでいく。コンビネーションによる波状攻撃で。

「フィニッシュ!」

 ふたりの魔法少女はドラゴンの双頭に立つ。

 それぞれの竜頭に杖の先端を突き刺す。

 そして唱える。

 同時に。

「「終末幻想魔穿滅光殺零式!!(ファイナルファンタジックファントムブレイカーゼロ)」」

 光が爆発し、世界を呑み込んだ。


  §


 アタシたちは戦争の勝者となった。

 聖アングーリフ公国ではなく「オタサーの姫とオタサー四天王」が勝者だ。

 アタシたちは代理戦争を仕掛けた二つの国に、いくつかの約束事をさせた。世界最強の魔法使いを前にして拒む者はいなかった。


 一つ、これまでの代理戦争で移動した領地を元に戻すこと。

 一つ、今後の代理戦争はスポーツの祭典という形で執り行うこと。

 一つ、清く正しく美しく。


 生徒会長やソフィアと同じ魔法で、アタシとユウヤ先輩は、精神を元の世界へとトバした。元々の肉体との因果は完全には切れていなくて、集中すればピンポイントに狙い撃つことができた。

 一方の会長&ソフィアは、アタシたちに礼を言って異世界へと帰っていった。もちろん精神のほうだけね。

 そして――。

 全てを終えて、また日常が戻ってくる。

 失ったものがないとは言えないけれど、それでも明日はやってくるわけで。アタシたちは前に進むしかないわけで。

「おっつかー!」

 休日の六道学園。

 アタシはゲー研部室の扉を開く。

 すでに長机は連結され、オタサー四天王が席に着いている。お誕生日席にはユウヤ先輩が座っていて、八重歯を見せていたずらっぽく微笑んでくれる。

 アタシたちは、今度こそ平和に。

 TRPGを始めたのでした。



(おしまい)

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