表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
炎の時代の物語  作者: qwertyu
鎌倉散策編
43/45

エピローグ ② 

 ◆◆◆



 「うわあ……」


 肆十無湊が乗り込んだ隣国日本のカオスな国会の状況は帝国でも特別に生中継されていた。


 偶然それを入院先の病院のベッドで見ていたニコラは思わず声を漏らした。


 「ありゃもうあの首相、再起不能だな」


 「……だな」


 ちょうど見舞いに来ていて一緒にその中継を見ることになった晃の言葉に、ニコラも同意する。


 自業自得と言ってしまえばそれまでだが、自分の犯罪を全国ネットで生放送されてしまった彼の不幸な現状と今後の災難を考えれば、敵ながら憐れみすら感じる。

 例え彼が画策した陰謀が原因で自分が今この病院に入院しているのだというこの悲しき現状を考慮したとしても……だ。


 「敵にしてはいけない相手に牙を剥いたんだからまあ、あのざまも当然っちゃあ当然なんだけど、どうして偉い人ってのは己の立場やプライドにばかり囚われて喧嘩を売る相手を間違えるかねぇ」


 そう、昔の人はそれを「雉も鳴かずば撃たれまい」などと表現したらしいが、帝国は自分の方から他国に攻め入ることはないと公言しているのだから余計な手を出さずに放っておけばいいだけの話なのに、ほんの僅かでもそこに付け入る可能性を見つけてしまったら手を出さずにはいられないというのは政治家の悲しき性ってやつなのだろうか。


 目的が手段と入れ替わってしまっているから、当たればでかいという理由だけでそれがいかにリスキーな賭けであるかなどまったく考慮に入れずにチップを全額ベットしてしまう。

 結果、それで自分自身の政治家としての寿命を縮めているのだから目も当てることができない。


 「でもさ、あの人……渋谷公爵だっけか? 敵国であれだけ好き放題やっておいて無事に帰ってこれるのか? 幾ら腕が立つっていったって能力者には避けられない相性っていう問題があるんだから、多勢に無勢な状態で周囲を包囲されたら不覚をとっちまうことだって十分にありえるだろ? 日本国政府にだって面子ってもんがあるだろうからこの際手段なんか選ばすに捕らえようとするだろうし……」


 「だな。湊先生を捕らえることができれば、外交的に劣勢に追い込まれている日本が帝国との交渉に際して起死回生のカードを得ることになる。それに国会議事堂への不法侵入という大義名分もあることだし、このまま大人しく返すっていう選択肢はあの与党の首脳にはないんじゃないかな。とはいえ、あの悪魔のような頭脳の持ち主が何も対策を打たないでのこのこあんな場所にのこのこ出て行くとは到底思えない訳で……」


 そんな語尾を濁した晃のセリフが終わるか終わらないかというタイミングで、画面の向こうの事態が動いた。

 入り口に近い場所にいた議員たちが怒涛の勢いで部屋から退出していき、それと入れ替わるように武装した能力者らしき集団が侵入してきたのだ。

 つまりは晃とニコラが予想した通りの展開ということである。

 ただ、事前に考えていた展開と異なることといえば、日本の能力者たちの相手をするのが湊だと二人とも思い込んでいたことだろうか。


 すなわち……


 「メっ、メイドぉ?」


 思わず素っ頓狂な声を上げてしまったニコラだったが、多少の程度こそあれ、おそらくこの中継を見ていた大多数の視聴者が、この瞬間同じように驚きの声を上げていたことだろう。


 数の暴力とばかりに一斉に湊に襲い掛かった日本の能力者たち。

 しかしその前に突如として立ち塞がったのは、漆黒の神無刀を手にした怜悧な美貌を持つメガネメイドだった。


 「あの人は……!」


 「知ってるのか?」


 「ああ……」


 ニコラの問いに晃は頷く。


 「あの人の名前は確か……館林五十鈴たてばやしいすず。肆十無家のメイドさんだ。そして、第99位の階位騎士でもある」


 「階位騎士だと? そんなに強いのか?」


 「強いなんてもんじゃない。表に出てくることがないから一般には知られていないが、彼女こそ剣の天才。『剣聖』である湊先生を別格として除けば、こと剣においてはあの人にかなう存在なんてこの世に誰一人としていやしない。それこそこと剣においては名だたる剣士である円卓第1位の霧咲先生や帝国皇帝たるししょー、そして剣の円卓とも呼ばれる第13位『破軍の勇者』高瀬近衛さんですら敵わないといわれる湊先生の一番弟子って話だ」


 そして「まぁ、こんな訳知り顔で説明してるが、この情報は実はみんな静江たちからの受け売りなんだけどな」と彼は苦笑しつつ付け加えた。


 「そもそも階位の99位というのも湊先生だけに仕えるためにあえて低い番号を背負っているだけで、実際のところその実力は円卓にも匹敵するらしい」


 「それほどなのか!」


 「ああ、知っての通り99位というのは階位騎士としては下から二番目の数字なんだが、100位の能力者はサポート系の能力者だから戦闘で入れ替えが発生する戦闘系能力者の事実上の最下位は99位ということになる。そしてこの番号とメイド姿に騙されて彼女に対して階位争奪戦を挑んで失敗する被害者が毎年後を絶たないらしい。元々留守中の四十無家を特区渋谷統括官である15位の森本真吾とともに30年もあの皆本家の圧力から守り通してたってんだから、彼女が弱いわけがないんだけどな」


 「階位争奪戦で階位騎士の中で一番弱いやつを選んだつもりが実は円卓並の実力者でしたって、初っ端からハードル高すぎだろ……」


 「だから、階位騎士になるためには能力の強さや武術の腕だけでは駄目で、事前の下調べ――それも表面上ではなく内実まできちんと調べられるような――に始まる情報がきちんと取り扱えて、かつそれを活かせる頭がないと駄目だよって話なんだけど……」


 「そりゃ階位騎士への昇格を賭けてるんだからきっちり下調べくらいしろっていう意図は理解できるけどな」


 「問題は、元々湊先生たちがいた旧渋谷ギルドの面々は全くと言っていいほど情報公開されてなくて、しかも六大公爵はそれぞれが基本的には独立してる王みたいなものだから、皇帝といえども領地経営に関しては口を出すことはできない。部下の扱いもそれに含まれている。だからなおさら旧渋谷ギルド系三家に関しては情報が出てこない。その上過去に99位に挑んで失敗した挑戦者たちはあまりの悔しさからか皆揃ったように口を噤む傾向があるから、ますますその秘匿性が高まるという悪循環ってわけだ」


 「『俺がした失敗はお前らも味わえ』ってことか……」


 「ま、そういうことだ」


 「なんて罰ゲームだよ」


 「とはいえ、結局のところ初っ端の壁が高すぎるだけで、失敗したその挑戦者たちが対戦相手を変えて再び挑んだ二度目の階位入れ替え戦でもほとんど成功者はいないらしいんだけどな」


 「壁が100だろうが50だろうが10の実力しか持ってなければ結果は同じってことか」


 「ということだ」


 「そして、そんな異常とも思えるハードルを飛び越えた数少ない成功者が……」


 「そう、来栖川小夜子先輩だ」


 あの繊細な容姿からはとてもそうは思えないが、彼女は紛れもなくこの国、いや、この世界中を見渡したとしても上位から数えたほうが早いレベルの天才能力者なのだ。

 先だての恐竜との一戦にしても、自分たち足手纏いがいたことで彼女は攻撃よりも守備や戦闘指揮に重点的にその力を割いていたらしい。


 というか、実際のところ、もし彼女か円卓である椎名麻耶、あるいは階位騎士である静江か紀子あたりが最初から全力で戦っていたとしたら、一人でも十分あの怪物を圧倒できていはずなのだ。


 あえて彼女たちがそれをしなかったのは、おそらくは未熟な仲間である自分たちに今後二度と経験できないであろう貴重な高ランク魔獣との戦闘経験を与えてくれるため。


 つまり、あれだけの恐竜(かいぶつ)をして、円卓や階位騎士レベルから見れば仲間の経験値の肥やしでしかなかったということだ。


 「全く、この国にはバケモノしかいないのかよ。それに比べて俺は……」


 フランツの片隅で自分は最強の力を手に入れたと調子に乗っていたちょっと前の自分を全力で怒鳴りつけてやりたくなってしまう。


 「そう自分を卑下する必要もないさ。守るべきものをしっかり守れた。為すべきことを間違えなかった。それは十分に価値があることだと俺は思う。ノエルちゃんが無事だった、それは紛れもなくあの戦闘で得たお前の戦果なんだ。それについてはもっと誇っていいはずさ」


 「とはいえ、今までの罪滅ぼしに守ってやると言っても、そのノエルに随分と差をつけられちまったからなぁ」


 重いため息が自然とこぼれる。

 だが、己の実力不足を嘆く気持ちはあっても、不思議と妹に実力で大きな差をあけられたことに対する悔しさは湧いてこない。


 「恐竜のどてっぱらをぶち抜いたあの一撃のことか? あれには俺も驚いたが、武器の性能もあるんだ。やむを得ない部分もあるだろ……」


 元々があの『雷霆』不破真澄が持つことを想定して開発された武器だ。だからあのとんでもない威力も納得できる。

 だが……。


 「あれだけの武器をコントロールしきれたことも実力のうちだ。それを認めなければ今までの俺と何も変わらない」


 そう。母国フランツから遠く離れたこの極東の島国にやってきて、見て触れて感じたこと。その全てが今までの自分の価値観を打ち壊すものだった。

 それこそアジャーニ家の中での順位争いのことなど考えるのもばかばかしくなるほどに。


 「自分でそう感じているということならそれが正解なんだと思うが、自分の力を扱いきれてない俺からすれば、お前の能力だって十分に凄いとは思うけどな」


 「ふっ、お前こそそれだけの力を持っていてよく言う……」


 これは先ほどの妹の一撃についてもいえるのだが、彼らが恐竜にとどめをさした時にニコラは重傷を負って意識がはっきりしていなかったので、ニコラの知る戦闘の結果はどれもがその場にいた面々から後聞きで伝え聞いた話になる。


 で、みんなの話を総合すると、どうやら妹が恐竜の腹に大きな穴を開けたその後、激しく暴れていた恐竜の動きが止まった隙をついて強力な一撃で最後の止めをさしたのがこの晃らしいのだ。


 その時晃が繰り出したのは、紛れもない風の能力の一撃。

 しかしそれは本来ならば姉の乃乃乃とのユニオンなしにコントロールすることが不可能とされていたものである。

 だが、彼は事実としてそれを成し遂げた。


 幾ら懸命に努力したとしても、晃が単身でそれを成し遂げようとすれば今後数十年にも渡る果てしない訓練が必要だったに違いない。

 その不可能を可能とする技術を彼にもたらしたのは、車椅子に乗った人並外れた美貌を持つ隻眼の青年教師だった。


 彼の、彼だけが使えるという、魔力を全く減衰させることなく自由に操ることが出来るという技術の深淵。

 ————魔法。


 それは、彼自身の人並はずれた頭脳と情報処理能力があって初めて形になるシロモノらしい。


 魔法が人類で彼以外には再現不可能とされている由縁でもある。


 だが、今回湊が晃たちに指導したのは、最も難しい魔術の喚起と展開、そして目標指定を自身固有の能力で行い、晃たちが一番苦手とする出力調整部分の魔力のコントロールを簡略した魔方陣で代用するという方式である。


 いわば能力と魔法のハイブリッド。


 もちろんこれも言葉で言うほど簡単にできるものではない。

 晃たちにも使えるよう用途を絞り込み、魔法式を最適化した上で極限まで術式を簡略化しているとはいえ、それでも晃たちの脳にかかる負担は半端なものではないらしいのだ。

 目標指定を能力に任せているために魔方陣と呪文は定型化されたもので良いらしいのだが、それでも通常ならば人間には再現不可能と言われている魔法を擬似的に構築するのだから、その代償がぬるい訳がないのである。


 「ぶっちゃけ何度乃乃乃と二人で『これは俺(私)たちには無理だ(よ)!』と泣き言を漏らしたか、自分たちでも覚えてない」


 晃は苦笑交じながらもあっさりとした口調でそう説明してくれたが、彼らが自分たちの欠点を埋めるために己に課したその過酷な訓練がたった一行で言い表せるような簡単なものでなかっただろうことは、一度は同じ『無能』のレッテルを貼られた経験があるニコラだからこそより理解できる。


 「だが、結果は結果だ」


 「確かに運よく結果だけはついてきたが……あれはほら、まだ未完成のシロモノだ」


 「未完成だって?」


 「ああ、魔方陣の構築に時間がかかりすぎてまだまだ実戦でつかえるレベルじゃない。術式構築中の俺をマンガに出てくる適役みたいに敵がのんびりと完成まで見守っていてくれるっていうのならば話は別だが、残念ながら現実はそんなに甘くはない。恐竜への攻撃の時はお前の妹の攻撃によって完全に足が止まっていたからこそ放てたんだ。それにコントロール自体を術式にカバーしてもらっているせいもあって、術式を放つにあたっては術式を開放する方向をいちいち腕先で指示しなくちゃいけない。まだまだ課題は多いってことさ。しかしまあ、だからといってこのまま立ち止まっているつもりもないけどな」


 「そうだったのか……」


 魔術構築に時間がかかることもそうだが、術式開放に腕によるワンアクションが必要なのも確かに大きな問題だろう。

 たかが腕を前に伸ばすだけと思うなかれ。

 それは例えるならば、西部劇の決闘でこちらが銃をホルスターに差した状態から抜いて撃たなければならないのに、相手は最初から銃を抜いてこちらに狙いをつけている状態からのスタートで早撃ちの勝負をしなければならないようなものだ。


 大多数の能力者が能力の開放をノーリアクションで行うことができることを考えれば、余分なアクションが一つ必要なことのデメリットは想像以上に重くのしかかってくるはずである。


 「だから当面の課題はこの能力混合魔術術式を一刻も早くものにすることと、湊先生の協力を得て更に使い勝手がよく術式を改良していくことということになるかな」


 ぽつりとそう漏らした晃の言葉からは、やんわりとした口調とは裏腹にズジリとした重みと覚悟が感じられた。

 そう考えると、能力者になるまでには紆余曲折あったものの、力に目覚めて以降は割とトントン拍子に使いこなせるようになってしまった自分がなんだか申し訳ない気持ちになってしまって、思わずシュンとしてしまう。


 「おいおい、ニコラが悪いわけじゃないんだから、そんな顔をするなよ」


 おどけるような口調で言いながら彼はニコラの肩を軽くポンと一つ叩くと、こちらに向かってニイッと唇の端を持ち上げた。


 「確かに問題も課題も山積みだけど、それでも自分一人では何もできないと無力感に苛まれていたあの頃に比べれば今はより希望に現実味のある分気力体力も充実しているし、明確な目標があってやらなきゃいけないことがはっきりしているから課題を克服するための訓練にもより集中して望める。一番辛いのは強くなりたいのに何をすればいいのか検討がつかないことだろ? だから今の俺には喜ぶべき要素はあっても落ち込まなきゃならない理由なんてどこにもないんだ」


 「そうか。それならばいいんだ……」


 晃本人が納得していることをこれ以上蒸し返す必要はない。ならばとニコラは話題を変えることにした。


 「そういえば、あのワンコロたちはどうなったんだ?」


 「ワンコロ? あー、ワンコロっていうか、雷狼の親子な。あの三匹は結局横浜の椎名公爵邸で麻耶が預かることになった」


 「……なるほどな」


 本来ならば保護した後に空間裂を利用して再び彼らの世界へと送り返されるはずであった三匹がこちらの世界で保護されているという事実。

 それを聞いたニコラが大きな驚きを示さなかったことにはそれなりの理由がある。

 つまり、あの三匹とおそらくあの恐竜が通ってきたであろう大型空間裂は、あの親子が合流を果たしていざ元の世界へと帰還というタイミングになった頃には、空間の修正力によって既に塞がってしまっていて、あの雷狼の親子が再び向こうの世界へと戻るためには、彼女らが通れるくらいのサイズの空間裂が再び発生するのを待たなければならなくなってしまったからだ。


 そこで問題になるのが、あの巨体を持つ母狼を含む三匹を一体どこで預かるのかという話である。

 子供二匹はまだ大型犬の範疇だが、母親に至っては小型の象ほどの体格を誇るのだ。


 本来ならば条件が整うまで北海道の国立公園なりどこかの山林なりの広い場所で好きにしていて貰うのが一番なのだろうが、そうなれば今回の日本が差し向けてきたような他国の工作員たちが雷狼たちを何とか捕獲せんと画策する可能性が十分に考えられる。


 なので結局のところ帝国の六大公爵クラスの誰かが保護して常に身近にあの親子の身柄を置いておく必要があるわけなのだが、その条件を満たした中では、なんだかんだでまだ学生の麻耶が最適だったということなのだろう。 


 「あ、あとお前の妹も暫く寮を出て椎名公爵邸で一緒に世話になることになったから」


 「は? どうして?」


 「あの雷狼の子供たちがノエルになついて離れたがらないからやむを得ずって感じらしいが、まあこれ幸いと静江や紀子、それに俺の姉の乃乃乃たちも揃って荷物持って押しかけてるみたいだから本人たちからすればちょっとした合宿みたいな気分なんじゃないか?」


 「合宿ったって、空間裂なんかいつ出来るかも分からないじゃないか……」


 いつまで続ける気だよと彼女らのその計画のずさんさに半ば呆れてしまう。


 「ま、本人たちが楽しいならいいんじゃないか? 一応表向きは雷狼の保護と世話というりっぱなお題目もあることだし、それに雷狼自身も家族が揃っているなら無理してまで元の世界に戻ることには固執してはいないようだしな」


 「それはまあそうなんだが……」


 「静江の言うところでは『椎名家のメイド部隊の能力は館林五十鈴さんを除けば四十無家のメイドにも劣らないほど優秀だから安心』らしいが……」


 「いやいや、心配すべきなのは椎名家の家臣の能力じゃなくて主とその友人たち自身のの奔放さの方だろ?」


 あの面子に好き放題やられている椎名家の家臣団には心の底から同情を禁じえない。


 思わずニコラが重いため息をついたところで、ふと晃が「メイドと言えば……」と話題を最初のものに引き戻した。


 「あーあ、見ろよ。俺たちがちょっと別の話をしている間に日本の能力者たちはメイドさん相手に完封負け。後ろに控えてる湊先生の出番すらなかったな」


 「ああ……」


 そう。晃の言うとおり、湊を確保するべく一斉に襲い掛かった日本の能力者たちは、目標に指一本触れるどころか、彼自身を戦闘の場に引っ張り出すことさえもできないまま無残に地面に転がっていた。

 一方でメイドさんこと99位の館林五十鈴は、あれだけの人数の敵を蹴散らしておきながら息一つ乱していない。

 それは世界的に見ても能力者の保有数は多い部類に入るが、いかんせん粒が小さい者ばかりで円卓レベルは皆無。階位騎士レベルもそれにギリギリ近いかなという者がたったの三人しかいないという日本の能力者事情の欠点を如実に浮き彫りにしていた。


 「どうやら彼らは全員殺さずにおいて貰えたようだな。この場合は日本の能力者たちが弱いというよりはあのメイドさんの強さが異常といった方がいいのかもしれないが……本当にあの国は大丈夫なのか? 能力者の質だけじゃない。主力戦闘機にしたって合州国議会からリニアエンジンを搭載した最新鋭の第7世代型戦闘機F-29『グレイ・フェニックス』の購入を断られたんだろ?」


 ニコラの疑問に晃は頷く。


 「ああ、日本の自衛軍が配備している主力戦闘機はF-26BJ『スタルマⅡ』だな。最も、リニアエンジンを搭載した戦闘機を保有しているのは帝国と合州国だけでどちらも他国に売りに出す気は今のところないんだからF-26Bでも世界水準を十分に満たしているといえばそれまでなんだが……」


 語尾を濁した晃は、一息置いて言葉を続ける。


 「F-29に比べるとな……」


 「第6.5世代型でも十分な力があるのは確かだが、どうしてもリニアエンジン搭載型の能力者専用戦闘機に比べると劣っているという印象は否めないな」


 「そもそもいざ合州国が売ってくれるという話になっても、日本政府がその購入に踏み切るかは怪しいところらしいが……」


 「リベラリストたちが購入に強く反対していると聞いたが?」


 「というか、政権を持っているのがそのリベラリストたちだからな。いざ自分たちが政権を持ったら我が身が可愛いさで己が身と財産を守るために優秀な兵器を揃えたいと思い始めたはいいが、いざ実行に移そうとなると他ならぬ自分の立場を支えている支持基盤がそれを許してくれない。難儀なことだな。おまけに言うなら、今回晒した醜態で更に彼らの望みは遠のくだろうな。その一方で防衛省は何としても購入という形に持っていきたいと画策しているらしいが、あの第二次太平洋戦争で帝国に敗れて以降、国民からの風当たりが強くて、あの戦争で失った艦船ですら十分な数を補充できていないのが現状だ」


 「そんな有様で、やつらは本当に自分たちの国を守れると思っているのか? 相変わらずの安保頼りか?」


 「もちろん合州国と結んでいる安保は大きな保険的な意味合いは大きい。しかし、一番大きい懸念は、帝国と絶賛戦争中の合州国が日本に手を差し伸べる余裕があるのかということだ。ならば自分たち自身の手で国土を守るという話になるんだが、帝国への巨額の賠償金も払い終えていない現状では単純に軍事力に回すだけの金がない。じゃあどうするんだという話だが、どうやら日本国政府は「自国の防衛は自分たちの手で行う」と建前では言ってはいるものの、その実他国から攻撃を受けた場合帝国に守ってもらう心づもりでいるらしい」


 「はあ? 帝国に守ってもらうだって? 帝国は日本が最も敵視している敵国じゃないか! 事実、今回も帝国内でテロを起こしているし、無理筋だろ?」


 「面の皮の厚い話だよなぁ。まあ、大華の尖閣侵攻に対して帝国がこれを撃退したことに味をしめたんだろうけど……」


 苦笑交じりに漏らした晃の意見はおそらく事実を的確に表しているのだろう。


 「しかし、そもそも帝国が日本に攻め入んできたら彼らはどうするつもりなんだ?」


 「その可能性はまずないと考えてるんだろう」


 「まずない……か。表向きは帝国の脅威を声高に謳っておきながらその実帝国からの侵攻はないと信じきっていて、あまつさえ防衛の負担さえ負わせようとしている。随分と勝手な話だな」


 「ああ勝手な話だ。だがそれも歴史を見渡せば前例のある話だ。防衛を任せるうんぬんを抜きにすればだが……」


 「海の向こうにある日本の隣国たちのことか?」


 「まあ、そういうことだな」


 「駆け引きと言ってしまえばそれまでだが、政府としてのメンタリティを退化させてどうすんだ?」


 「こちらからすればそんな無茶な主張をされても突っぱねればそれで済む話なんだが、おそらくそのような事態になったならば、やはり帝国は日本を守ることになるだろう。互いの行き来に制限がかけられているとはいえ、国をまたいで縁戚関係にある者も多い。帝国としては第三国からの侵攻を見過ごすという選択はあり得ないだろうな。まあそれだって不穏な第三国が存在しなければ気にすることもない話なんだが……」


 晃は苦々しい表情で言葉を濁した。


 「大華か……」


 「ああ」


 ニコラと晃両者がそれぞれ頭の中で思い浮かべた国はどちらも同じ国家であった。

 国際社会から「遅れてきた覇権主義国」とも揶揄されているあの国には確かに色々ときな臭い噂が多い。


 外国、特に欧州や合州国、日本へのスパイ行為が近年更に露骨になってきているのは誰しもが知るところであり、先代の合州国大統領が国防に関わる機関や先端技術を扱う機関への大華人の出入りを制限しようと試みたのだが、それは差別だというリベラル勢力の圧力に屈して頓挫したという笑えない話が残されている。


 以前からこの国では他国の製品を平気でコピーして売り出すという悪質な商法が蔓延していることで有名だったが、同時にそれを自身でパクリだと認める大らかさも持っていた。しかし近年は隣の国の影響を受けたのか、他国の企業から盗んできたり他国の製品を購入してきてリバースエンジニアリングによって勝手にコピー(かなりの劣化品だが)したものを「自分たちが開発したものだ」として起源を主張するようになってきた。


 普通に考えればこれらは完全な言いがかりであり、それを堂々と公言するなど正気を疑われても仕方がない行為である。

 しかしそれを国家が主導して行い、強大な軍事力を背景に屁理屈にもならない強引な理論でそれを押し通している。


 特に大華は現在リニアエンジンの技術の奪取にやっきになっているらしく、合州国のジョセフィン大統領は何とかそれを食い止めようと水面下で懸命な攻防を繰り広げているようだ。


 もちろん大華の産業スパイの手は帝国へも伸びているらしいのだが、元々帝国と大華は国交がない上、国と国の間を日本海が隔てているため不法侵入も容易ではなく、帝国と日本が分かれた際に帝国内の外国人たちの滞在資格の審査を新たな基準で厳格にやり直したことで日本国時代には自由に跋扈していた外国のスパイ連中はあらかた一掃されてしまった。

 更にその全ての技術を握っている四橋重工のガードが鉄壁であるためこちらからの進展は本国でも望みが薄いと判断されているらしい。


 スパイを使って駄目ならば今度はごり押しでとばかりに「世界で帝国のみが所有している重力場エンジンの技術は国家間のバランスを大きく崩している。世界に数多存在する国家の中のたった一国がこれを独占することは平和への大きな障害である。である以上、我々にもその技術を公開するべきである」などと意味不明な主張をして帝国に技術供与を迫ってきたこともあった。


 しかし、誰とは言わないがそれを聞いた帝国側担当から鼻で笑われた上で、


 「他人が開発した技術を何の代価もなくタダで掠め取ろうと難癖をつけてくる三流国家があるようだが、この技術は帝国国家の所有物ではなく、民間の一企業、ひいてはたった一人の個人の所有下にあるものである。帝国は技術の開示を請求してきている国家何某の主張する意味不明なたわ言をもってこの技術を所有している個人の権利を侵すような法を持たないし、仮に持っていたとしてもそれを行使するいわれも必要性もないと考える。さらに仮定の話になるが、この技術を貴国へ提供したとしても貴国のお粗末な技術力ではそれを今後数百年にわたり製造することは叶わないため宝の持ち腐れであり、前述の個人の権利を侵してまでそれを実行する意味はない。また貴国がこの技術を保有したとして、それが平和への脅威となることはあれども、世界平和に貢献することになるとは到底思われない。つまりはおとといきやがれってことです」


 ……と一気に捲し立てられ、満足に反論もできないまま一蹴されてしまった。


 どうやら大華はこの時まで帝国のことを「強引に押せば押しただけ引くちょろい国家」という、かつての日本の延長として考えていたふしがあり、帝国側からの反撃が余程意外だったのか「我々に逆らってタダで済むと思うなよ!」と公の場であるにもかかわらず逆ギレして更に意味不明な恫喝を繰り返してくる始末。


 だがしかしそれに対する帝国の反応は冷ややかなものだった。


 「そんなに平和のために情報開示が大切とおっしゃるのなら、お宅の国ご自慢の最新鋭戦闘機J-34の全性能でも公開したらいかがですか? まあそんなことをしなくても中身はまんま一世代前のロクシア主力戦闘機T-65で、外のガワだけ最新式ステルス装甲に似せた立派なハリボ……げふんげふん。とにかく、あえて公開しないでも貴国の主力戦闘機の性能は関係諸国にとっては周知の事実でしたね。とはいえ、あの機体の正確なデータが手に入ればお宅の国の脅威に晒されている周辺国の関係者たちも喜ぶでしょうから、お手数とあらば我々の方で代わりに情報を流させていただきますけどいかがか? それこそ世界平和のためになるというものです」


 「き、貴様、そんな大口を叩いてもいいのか? 我が国には核があるんだぞっ!」


 「確かにありますね。で、過去には実際我が国にそれを撃ち込もうとした愚かな国がありましたが、その結果がどうなったかをご存知ないのでしょうか? 不勉強なあなたが外交官として国を代表するのは正直どうなのでしょうね。どうやら度重なる権力争いと粛清の果てに大華の人材は完全に尽きてしまったようですね。これもまた権力と支配欲に固執した老害たちの巻き起こす一つの弊害ということになるのでしょうか」


 「…………………」


 こうして人口の多さだけが自慢の国家が、それ以外の技術も経済も軍事力も、そして国土の面積すらも――全て敵わない強大な相手に対して、第三者から見てよく分からない妙な自信を以って恫喝するという摩訶不思議な喜劇は幕を閉じたわけである。


 「あの国の行動が支離滅裂なのは今に始まったことじゃないが、そういうのは自分の国の中だけでやってもしいものなんだけどなぁ」


 嘆息交じりの晃の言葉にニコラも同意する。


 「実際あの国の内情は、中央では腐敗がはびこっていて、統制の取れない役人たちの闊歩によって経済はガタガタ。おまけに今まで大都市として発展しつづけていた主要都市の幾つかは公害によって人の住めない土地になりはててしまい、深刻な水質汚染と無軌道な乱獲によって川や領海の水産資源はすっかり干上がって大変な状況らしいしな」


 「無計画でめちゃめちゃなのは外交だけじゃないってことか」


 「逆だ。内で好き勝手できるから外でも同じだと勘違いしているんだよ。その調子で好き放題自分ルールを振りかざしてるから今でも国際社会でも他国との軋轢が際立っているわけだが、その身勝手さが今後世界にとって深刻な結果をもたらすことがなければいいなと俺は心から真剣に願っているよ」


 「全くだ。地獄の蓋を開けるのはえてしてこういうやつらだからな」

 

 帝国を含めた他の国家全てが先に述べた恫喝的な茶番劇はエンディングを迎え、大華の覇権主義は強制的に鎮火させられることで事態は無事閉幕したと思い込んでいた。


 だが、それから三十年以上過ぎた今年、この日、そしてちょうど晃とニコラがテレビで日本の国会中継を見ていたこの時刻――。

 合州国国防総省に潜入していた大華国のスパイが、二十年間という気の遠くなるほど長い期間をかけて築いた信用を元に軍のトップシークレットとされているある機密技術の奪取に成功する。


 そして、ある日突然、世界中の誰一人として想像出来ない形で、その舞台劇の第二幕が幕を開けることになる。

 

 ――それも、考えうる限り最悪の形で……。


 図らずも、それは晃とニコラが病室で危惧していた不安が現実味を帯びてしまった形だ。

 そして、その事態がとりあえずという形で終息するまでの数ヶ月の間で、人類は過去に経験したことがない数の命をこの世から消失させてしまうことになる。

 


 これで第二部が終了となります。

 今後ガラリと展開が変わる予定の第三部(本当は第五部に予定していましたが、処々の事情により繰り上げました)に向けての長い長い種まきがようやく終了しました。


 話は変わりますが、作中(特に第一部で)の色の表現で、白群や白藍(分かりづらいかもしれませんが、実はどちらも水色に近い青系の色です)など世間一般で馴染みのない表現を多用しています。これらは日本で古来から使われていた伝統的な和色の名前です。有名なところでは茜色や漆黒、群青色や真紅などもこれにあたります。

 何の説明もなしにさらっと組み込んでしまったため分かりづらかったかもしれません。大変申し訳ありませんでした。

 これらの色は本当に数が多彩で、古来より日本人がこれほどまでに色彩というものを文化として大事にしてきたんだなと感銘を受けて作中に取り入れてみました。みなさんももし機会とお時間と興味があるようでしたら一度調べてみてはいかがでしょうか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ