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炎の時代の物語  作者: qwertyu
鎌倉散策編
35/45

第4章 激闘、古都鎌倉⑤

 ◆◆◆ 


 ギルド動乱の原因となった合州国の一大実験。

 それによって引き起こされた空間の歪みが原因で、本来なら自然界でごくごくまれにしか起こりえないはず空間裂が頻発するようになってしまった。


 こちらの世界で魔物といえば、発生したその空間裂を通って偶然こちらの世界へと迷い込んで来た魔獣のことを指している。


 そんな魔物たち中でも最も強力かつ危険な存在と言われているの王の中の王。

 それが世間一般で言うところのいわゆるドラゴン――竜種なのである。


 全長5メートル前後の最下級種はともかくとして、体長が12メートルを超える大型種というのは非常に珍しく、過去に確認されたケースはこの37年間でも僅か五例しかない。


 竜種がこちらにやってくるというのがレアケースであるその理由は、素人の晃にも容易に想像できる。

 彼らが通過できる規模の巨大空間裂が発生すること自体が稀である上に、竜種自体がおそらくあちらの世界でもほいほいとお目にかかれるようなありふれた存在ではないだろうからだ。


 だからこそ、そんな稀少な存在が今自分の目の前にいるということがにわかに信じられない。


 「う……ウソでしょ?」


 隣で静江があっけにとられた表情を浮かべながら呟いたその言葉を、晃は頭の中で咀嚼することもせずにポカンとまぬけに口を開いたまま、右の耳から左の耳へと吹き抜けるようにただ呆然と聞き流していた。


 晃たちの視線の先、わずか数百メートルのところを巨大な足でダチョウのように二足歩行しながら動き回っている、体長15メートルを超える全身が赤茶色をベースに黒の縞模様が入った鱗に覆われた大型の爬虫類。


 特徴的なのはその体に比して大きめな頭部で、顔の半分を占めようかという上下の顎には大きく鋭い歯がぎっしりと並んでいる。

 一方でほんの50センチほどしかないその前足は、退化してしまっているのかその巨体に比すると極端と言っていいほどに小さく、とても四足歩行をすることなどおぼつかないだろうことは見ただけでも想像できる。


 その代わりと言ってはなんだが、その信じられないほどに大きな体を支えている両足は数千年前から生えている巨木のように太く大きく、いくら能力者といえどもその足の爪先がかすっただけでただでは済まないだろうということは疑いようもなかった。


 異世界からやってきた魔獣との遭遇。

 それは話でしか聞いたことがない竜種との邂逅でもあった。


 一概に竜種といっても様々な種類がいる。しかし、晃はその姿を見てとっさにこちらの世界にかつて存在し、そして既に絶滅してしまっているはずのとある生物を頭に連想していた。


 今から遡ることおよそ6500万年ほど前の白亜の時代、この地球の主役であった恐竜と呼ばれる大型の爬虫類たち。そしてその中でも現在人類が把握している限りで、史上最大級の肉食恐竜と呼ばれてる種類の一つ。

 恐竜に興味がない者でもその名前を聞けば必ずその姿形を想像することができるのではないかというくらいに有名なその名は――


 「……T-REX(ティラノサウルス)


 古代ギリシア語で『暴君トカゲ』もしくは『暴君竜』という意味の名前を持つ最強・最狂の肉食恐竜。

 その姿を目にしただけでも体が竦んでしまいそうになる堂々たるその威容は、正に王《REX》の名に相応しい。


 一匹残らず絶滅してしまった今となっては古代の地層から発掘された骨格でしかその姿を窺い知ることが出来ないはずのティラノサウルス。それにあまりにも酷似した魔獣が今晃たちの目の前に存在している。


 今目の前にいる魔獣が自分の知識にある恐竜とは似て非なるものだということは理屈では理解している。

 しかし、そうでありながらなお頭が混乱することを止めることが出来ない。


 魔物と恐竜とがあまりに似ているがばかりに、それが異世界に数多存在する魔獣たちの中で竜種と呼ばれるものの内、恐竜種と呼ばれているものなのだと頭が納得しようとすることを知識が阻んでしまっていたからだ。


 「なんでティラノサウルスがここに? あ、いや……これもドラゴンの亜種なのか? ってか、そもそも俺たちが探してるのは雷狼の親だったんじゃなかったのかよっ」


 ニコラの声に反応してか、別の目標を視界に捉えていた恐竜の頭部がぐるんとこちらへ向けて45度ほど回転した。


 ――ギロリ!


 晃たちを視界に捉えると、その二つの巨大な目の虹彩がギュッと縮んで、白目の部分がみるみる真紅に染まっていく。

 血走って全身から怒気を放っているその様子は明らかに友好的なものではない。


 グオォォォォォォォォォォォォォォォォッ!


 晃たちなど一口で食べられてしまいそうなほど大きな口を開いて、竜は天に向かって一つ咆哮を上げる。

 空気がビリビリッと音を立てて震え、その雄叫びは山の隅々にまで響き渡る。


 「くっ、一咆えしただけでこれかよ」


 「様子を見るに、どうやら話し合いで解決……という訳にはいかなそうね」


 「そもそも恐竜種は古竜や神竜と違ってこちらの言葉が通じないから、元から話し合いが通じる相手じゃないんだけど……」


 魔獣の動きを冷静に観察しながら呟かれた紀子の感想に、横合いから静江の突っ込みが入る。


 過去の遭遇経験から古竜種と神竜種は高い知能を持っており、その気になれば念話でこちらの人間とも意思疎通がとれるという事実が確認されている。だが、この恐竜種に関してだけは、高度な戦闘本能は持っているものの、その知能は地球上でいうところのライオンやトラなどとそう大して変わらない程度しか持っておらず、おまけといってはなんだが、その性質は生来極めて凶暴で、人間を含めた他の種族に対して極めて敵対的であり、その両者の立ち位置はもはや単なるエサと捕食者のそれでしかない。


 つまりそれは晃たちが恐竜との戦闘を避けてこの場を逃げ出したとしたら、この恐竜はこの場で好き勝手に暴れまわった挙句、ここを通りかかった不運な人々に向かって襲い掛かっていくということと同義である。


 「つまり、こいつはこの場で俺たちが絶対に始末しないといけない相手ってことだよな……」


 「不本意だけど、晃くんの言う通りよ」


 晃の言葉に小夜子が頷く。

 と同時に、過去に経験したこともないくらいに荒々しい敵意が晃たちを貫いた。


 「来るわよ! 気をつけて!」


 まるで小夜子のその言葉を合図にするかのように、その恐竜はアクションを起こした。

 大口を広げながら晃たちに向けて一直線に突撃してきたのだ。


 「はっ、早い!」


 紀子が思わず漏らしたその言葉があらわす通り、その恐竜はその巨体からは想像もできないほどのスピードで晃たちに迫ってくる。

 決して不意を打たれた訳ではないのだが、予想以上にスピーディーなその展開に不本意ながらもこちらの対応が一拍遅れてしまった。


 晃たち前衛組は半ば反射的に対応できたからまだいいとしても、問題は前線で戦うことに慣れていない千春たち後衛組だった。

 その突進はかろうじて回避することに成功したものの、とっさに横に飛んで地面に転がっただけなので、隙だらけの背中を恐竜に晒してしまう。


 そんな彼女に遠心力の乗った尻尾の一撃が迫っていく。


 「千春っ!」


 親友の危機に悲鳴交じりの叫び声を上げる乃乃乃。

 晃も何とか彼女を救い出そうと駆け出したが、あいにく自分の逃げた方向は千春とは真逆であり、ほんのわずかの差ではあるが間に合いそうにない。


 「くそっ!」


 悔しさのあまり思わず晃は歯噛みする。


 だが、そんな彼よりも一瞬早く別の小さい影が千春の元へと駆け込んでいた。

 生徒会副会長の一人にして来栖川小夜子の腹心、道場典江である。 

 彼女は倒れている千春の前に庇うようにして滑り込むと、左手に持った自分の背丈ほどもあろうかという大盾を目の前に構え、竜の尾を正面から迎え撃った。


 ズズズズズッ!


 巨大な質量同士が激しくぶつかる低い音が響き渡り、辺り一帯に砂埃がたちこめていく。


 「み、道場先輩!」


 砂埃が空気に拡散していき、ようやく通るようになった晃たちの視界に飛び込んできたのは、巨大の竜の尾をその盾によって無事に正面から受け止めきった典江と、その背に守られて無傷な千春の姿だった。


 みんなからワッと安堵の歓声が上がる。


 「……不意をつかれたあの状況でも味方に対するフォローを怠らない。そして仲間を助けるために僅かの躊躇すら見せずに飛び込んでいく。さすがだな、典江」


 「そんな……たまたま。そう、たまたま上手くいっただけよ」


 もう一人の副会長佐々木春樹の賛辞に、照れくさそうに手を振りながら謙遜する典江。

 だが、恐竜の尾の一撃から千春と彼女自身を守りきったその実力は本物だった。


 階位騎士や円卓たちのように正式なものではないが、四天王杯や校内ランキング戦などで目覚しい活躍を見せた生徒には、学生や観客たちから非公式に二つ名が付けられることがある。


 天才・来栖川小夜子、副会長の佐々木春樹とともに昨年の四天王杯で活躍し、先の皆本家のクーデターでも学生でありながら多大な貢献を見せた彼女には、誰ともなしに囁かれ始めたそうした二つ名がついている。


 ――『鉄壁』


 それは、構えた盾の大きさと質量、そして硬度及びその形状を自在に操り、さらに自分自身の肉体防御力と回復力を劇的に向上させるという彼女の能力と、それを元にした本人の献身的な戦いぶりから付けられている。


 能力の概要を見て分かるとおり、彼女の力は完全に守りに偏っている。

 盾を持つ反対の手に握った槍で敵を攻撃することも出来なくはないが、しかしそれはあくまでも後天的に訓練した武術によるものであって、能力そのものとしては基本的に自分や仲間を敵の攻撃から守ることにその全精力が費やされる。


 戦闘の最前線に立ちながらも相手の攻撃を防ぐことだけに特化したサポート系能力。

 敵の攻撃をその身に一手に引き受け、味方が敵を殲滅してくれるまでじっと我慢するというその尖った(ある意味凹んだともいうが)戦闘スタイルは、傍から見た以上に強い精神力と忍耐力が要求される。


 昨年の四天王杯だって、敵三チームを華々しく全滅させた小夜子や佐々木をよそに、自陣の守護の紋章の前に立ちはだかって最後までそれをひたすらに死守した彼女の活躍はどちらかといったら見た目には地味なものだった。


 しかし、いくら天才・来栖川小夜子といえど、三チームを相手に一人で紋章を守りつつ敵を全滅させることなど到底出来るはずもない訳で、彼女のうしろで典江が敵の攻撃を完封してくれたからこそ掴むことができた勝利であった。


 先ごろのクーデターでもそうだ。


 世間の目は小夜子や晃、吹雪たち一騎打ち組に集まりがちだったが、その影で多数の兵を相手に戦った典江や春樹、そして高松柚羽の果たした役割は極めて大きかった。


 その三人中でも特に中心的役割を果たしたのが典江だ。


 10メートル四方にまで巨大化した盾を自分たちの前に設置することによって敵の進路をコントロールし、一度に戦う敵の数を減らした上で自らがその入り口に立ちはだかった。

 能力による優れた防御力と皆本清十郎もびっくりな超回復能力によって傷ついても傷ついても立ち上がり、格上である皆本の部下たち相手に魔力が尽きて動けなくなるまで一歩たりともその道を譲ることはなかった。


 自分の体が傷つくことすらいとわない文字通り身を削る作業。


 だが、それは成し遂げた成果と困難さに比して日の目が当たるような役割ではなかった。

 とはいえ、見るものが見れば彼女の為したことの価値は分かるものだ。

 この『鉄壁』という二つ名。


 それは、そんな者たちから彼女の献身と貢献に対して贈られたいわば目に見えない勲章ともいうべきものなのである。

 


 祝・日本W杯出場!!

 日本代表の皆様オーストラリア戦お疲れ様でした^^


 久しぶりに戦闘シーンを書いたら、妙に難しくて書きたいことの半分も盛り込めませんでした。とりあえず更新を優先して投稿しますが、後で修正入れるかもしれません。どうかご了承ください。

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