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炎の時代の物語  作者: qwertyu
鎌倉散策編
33/45

第4章 激闘、古都鎌倉③

 ◆◆◆


 「あそこが白旗神社。源頼朝公のお墓があるところよ。ちょっと行ってみましょ?」


 鶴岡八幡宮の二ノ鳥居前からのんびり歩くこと五分少々。閑静な住宅が立ち並んでいるその先のとある神社にさしかかったところで突然小夜子がそう言い出した。


 「ほー、ここがあの頼朝の……って、のんきに観光してる場合じゃないっしょ!」


 「いいのいいの。今までの目撃情報を元にこの子たちの親の足跡そくせきを追った結果、これから向かうハイキングコースのどこかにいる可能性が高いんじゃないかって予想されているだけで、それ以外の可能性が完全に否定されてる訳じゃないのよ。だから極端な話、この神社の石段を登りきったところでばったり遭遇っていう確率だってゼロって訳じゃないの。せっかくノエルさんやニコラくんも一緒に来てるんだし、観光とまでは言わないまでも、目的のついでにこの鎌倉を案内するくらいはいいとは思わない?」


 晃からの指摘に、眩しいほどの笑顔で返してくる。


 「そりゃまあそうなんですけどね……」


 すっかり小夜子のペースにはまっているのを自覚していながら、それに抵抗しようとさえ思えない。

 トントンと小気味良い足取りで石段を登っていく彼女の背中を、みんなやれやれと諦めの表情で追っていく。


 「これが、頼朝公のお墓なんですか? 確か将軍ショーグンだった人のはずですよね?」


 石段を登りきったところにある人の大きさほどの五輪の塔を見て、どこか拍子抜けしたような口調でノエルが尋ねてくる。


 「そのはずだけど……」


 そう答えた晃の口調にもやはりどこかキレがない。


 「なんだよ。この国の将軍ショーグンっていうのは俺たちの国で言う将軍ジェネラルと違って天下人って意味なんだろ? 帝国の歴史を代表する人物の一人の墓だっていうからもっと凄いのを想像してたけど、なんつーか、こう、思っていたよりも地味なんだな」


 そう呟かれたニコラの言葉が全てを物語っていた。


 石段を登りきった先に晃たちが見たもの。それはそれなりには立派なものではあるものの、征夷大将軍としてこの国を支配した者の墓とは思えないくらいに質素な佇まいを見せている。それが武士らしいと言ってしまえばそれまでなのだが、さっき通ってきた鶴岡八幡宮などの威容を見た後だと、少々物足りないなとついつい考えてしまうのはあるいは仕方がないことなのではないだろうか。


 「この国の支配者の墓ってのは、みんなこんな感じで地味なものばかりなのか?」


 「いいえ、そうでもないわよ。例えば日光にある徳川家康公のお墓とかは結構立派な作りをしているし……。とはいっても、古代の前方後円墳とかエジプトのピラミッドのような大掛かりなものじゃないけれど」


 「お二人の母国フランツの王族。例えば太陽王と呼ばれたルイ14世が埋葬されているのは確かサン・ドニ大聖堂でしたっけ? そこに刻まれているレリーフはあれでもう一つの美術品といってもいいくらい立派なものですから凄いですよね」


 「あっ、ああ……そうだな」


 麻耶に話しかけられてニコラは訳知り顔で頷いた。しかし、その口調はどこか歯切れが悪い。


 『知ってるふりしてるけど。あの様子から察するに、彼、ルイ14世のお墓のこと知らなかったわね……』


 『まあ、そうなんだろうな』


 念話で届いた乃乃乃からのつっこみに一応頷きはしたものの、晃自身徳川家康公のお墓がどんなものか全く知らないし、それどころかここに源頼朝公のお墓があったことすらついさっき初めて知った身なのでニコラのことを馬鹿にすることができるような立場にはいない。


 そしてそれは小夜子会長と麻耶、そしてルシル・テンペストを除いた全員が同じだったようで、この三人を除いた者はみな小夜子と視線を合わせることでこの話題を自分に振られてしまうことを恐れて、あらぬ方向に目線をそらしながら必死にこの話題が他のものに変わるまでじっと耐えるつもりのようだった。


 そして、みんなが期待していたその話題の転換は、想定していたよりも早くなされることになる。


 「ところで、麻耶さん。検索の結果はどう?」


 小夜子に尋ねられると、麻耶は何かひっかかることがあるのかうーんと疑問交じりに首を捻った。


 「そうですね。検索ワード「狼」「魔物」で半径一キロメートルを調べてみたんですが、たった一つの例外を除けば特に引っかかって来るものはないですね」


 それは麻耶の読心能力による範囲検索。すなわち、ネットで調べ物をする時に検索エンジンを使ってキーワード検索をかけるのと同じで、半径一キロメートルにいる人の心の中に特定のキーワードが浮かんでないかを彼女は調べていたのだ。


 これで仮に不特定多数の複数人から「狼」「魔物」というキーワードが検出されたとするならば、その地域に雷狼の親が出没している可能性が高いということになる。

 一般の人が「狼」「魔物」などという言葉を日常の中で思い浮かべる可能性などほとんどないからだ。


 「例外って、何のこと?」


 歯に引っかかるような麻耶の言い方に喰いついたのは小夜子ではなく、紀子だった。


 「うん。検索によって特定のキーワードが検出された対象は十人。でもね、これってちょっとおかしいの」


 「具体的にはどういう風に?」


 「キーワードが検索された対象が一つの塊になってる。つまりこれって同一の集団な可能性が高いっていうことなんだけど」


 「でも、それって一人が目標を発見すれば当然同じグループの仲間に伝わるわけだから、おかしいってほどでもないんじゃないの?」


 「それはそうなんだけど、おかしいのはそこじゃなくて、同じ場所には他にもたくさんの人がいるのにもかかわらず、特定の集団からだけしかキーワードが検出されてこないってことなのよ」


 雷狼の親の大きさは象ほどもあるというのだから、この人出のなかで特定の集団にしか目撃されていないというのは確かに現象としておかしい。


 「……ということは、その集団は雷狼の親を目撃したのではなくて、それがこの辺りに出没しているということをあらかじめ知っている者だっていうこと?」


 「うん。その可能性は高いと思う」


 「その集団がさっき別れた不破様たちか、同じく捜索のためにこの鎌倉に展開している守備隊であるという可能性は?」


 小夜子からの質問に、麻耶はやんわりと首を横に振る。


 「今日ここに出てきている守備隊については自動的に除外されることになってるからそれはないと思います。それに……」


 ちょっと考えるそぶりを見せてから彼女は言葉を続けた。


 「その集団は、駅前からずっと一定距離を保ちながら私たちの後を追ってきているので……」


 「えっ、本当?」


 「駅に着いたときから気になって捕捉していたから、間違いないと思う」


 思わず聞き返した乃乃乃に麻耶はコクリと頷いた。


 「えーっ、どうする? 今のうちに殺っちゃう?」


 ボソリとそんな不穏なセリフを吐いたのは静江だった。


 「うーん、どうだろう? 見えないはずの私たちをしっかり追跡してきているから多分何らかの能力で私たちの動きを追っているんだと思うけど。一応別れるときに不破さんにこのことを伝えたんだけど、下手にこちらから追っても逃げられるだけじゃないかって」


 「それで仮に敵がバラバラに散らばって逃げたとしても、麻耶っちなら捕捉し続けられるんでしょ?」


 「うん。もうマーカー付けてるからそれは大丈夫なんだけど。そうしたらもう今日ここに来た目的が変わっちゃうんじゃないかって。だから不破さんの方でそれに対応してくれることになってるんだけど、どうも相手は不破さんの動きもマークしてるみたいなのよね」


 「えー、じゃあどうするの?」


 「一応相手方の動きを見る限りでは不破さんのチームで向こうがマークしているのは不破さんだけのようだから、今向こうの方で戦力を分けて追い込みにかかってるみたい。あとは人通りが少ない場所にさしかかったところで作戦決行……って段取りを組んでるらしいわ」


 「でも、私たちを尾行してるだなんて、一体どこの組織が……」


 こういう時に心当たりが多すぎて特定しづらいという帝国の状況は困りものである。

 しかし、そんな千春の疑問をあっさりと解決してくれたのは、やはり麻耶の力だった。


 「敵は日本の能力者で、この子たちを攫って日本に連れて帰るのが目的みたい。索敵の範囲を目標だけに絞ったら、半数以上から『雷狼』『子供』『確保』「日本へ移送』っていう語句に対して反応があったから。今はグループ検索をやめて特定の一人に絞って心を読んでるところだからあと少ししたら詳細な目的と作戦が分かるとは思うけど、ざっと調べた範囲では大きな差異はないみたい。とはいっても、結論が出る頃にはみんな不破さんたちにつかまっちゃってる可能性が高そうだから意味ないかもだけど」


 「うわっ、そんな簡単に……」


 「もしかして一連の不破様とのそのやりとりって、私たちと一緒に歩きながらやってたの?」


 吹雪からの問いかけに、麻耶は少し恥ずかしそうにうつむきながら「うん」と応じる。


 「これが私の能力の本当の使い方だから……」


 彼女はさらっと言ったが、本当に恐るべき能力だった。


 紀子や千春たちの話によると、能力の特性上引き出しが多い小夜子はもちろん、湊や霧咲円たちはみなあのクーデターでの命がけ戦闘を潜り抜けてなお奥の手を隠し持っているという話だったが、その中でも麻耶の能力は一際特殊であるらしい。


 サポート系能力者唯一の円卓というのは伊達ではないということだろう。


 ――と、晃がそんなことに考えを巡らせているうちに、麻耶から「あっ、不破さんたちの作戦が終わったみたい」と報告が入ってきた。


 「なんか十人いた目標の内二人逃しちゃったみたい。やっぱり不破さんの動きを掴まれていたっていうことの影響が大きかったみたいね。一応マーカーは外してないから私の能力でもまだ追跡可能だけど、一度索敵範囲から外に出られちゃうとそれ以後の追跡は無理だし、目標の逃げてる方向から考えてその可能性が高いからこれ以上はちょっと厳しいかな」


 「私が直接接触してマーカーを付けることが出来ていれば話は別だったんだけど……」と彼女は残念そうに付け加えた。


 「不破さんたちも捕まえた目標を憲兵に引き渡したら、大きく時計回りを描きつつ祇園山ハイキングコースを通って八雲神社の方に抜けて、そのあといったん311号に出て、そしてそこから通り沿いに長谷へ向かいつつ大仏ハイキングコースに入って、更にその先に繋がっている葛原ヶ岡ハイキングコースの辺りのどこかで私たちと落ち合う……っていう当初の目的通りのルートに戻るみたい」


 「そして、逆方向から反時計回りに天園ハイキングコースをぐるっと回って明月院へ抜けて、そこからちょっと移動してから葛原ヶ岡ハイキングコースへと入っていくルートを取る私たちと合流する予定って訳ね」


 「うん」


 地図を見ながら確認する乃乃乃に麻耶は一つ頷いた。


 「どこかでこの子たちの親が見つかるといいんだけど……」


 二匹の頭をゆっくりと撫でながら呟くノエルに、


 「大丈夫。きっと何とかなるわよ」


 ニッコリ微笑みながらそう告げた小夜子の言葉を合図にするように、一行は白旗神社の石段を降り、鎌倉動画館の横を抜け、瑞泉寺の近くにある天園ハイキングコースの入り口を目指して一段と歩を強めていく。


 前回登場してきた日本の能力者チームがあっさり退場してしまいました。命からがら逃げ出した佐々木氏には再び出番はあるのでしょうか?

 ともあれ、次回やっとメインである戦闘シーンに入れるかなと思います。

 長らくお待たせしてしまい申し訳ありませんでした。

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