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炎の時代の物語  作者: qwertyu
鎌倉散策編
24/45

第1章 フランツからの留学生①

 前回更新分を第一章からプロローグに変更しました。申し訳ありません。

 祖国フランツを発ち、長時間の空旅を経てようやく遠い島国へと降り立ったノエル。そんな彼女を空港で出迎えてくれたのは同年代の二人の少女だった。


 「ノエル・アジャーニさんですね? ようこそ神無へ。私たちはあなたを歓迎します」


 そう声をかけてきたのは小柄なおかっぱ頭のメガネ少女。


 「あ、はい。あり…………」


 普通に「ありがとうございます」と返そうとしたノエルは、少女の顔を見るなり一瞬でその言葉を飲み込んだ。


 「はっ、はははは、はじめましてっ! わたし、ノエル・アジャーニと申します」


 声をうわずらせながら自己紹介すると、慌ててその場で片膝をついて頭を下げる。


 本当ならこの場合は背筋を伸ばして深々と頭を下げるだけで良かったのかもしれない。

 だが、予想外の人物に出迎えられてすっかり頭に血が昇ってしまっていたノエルにはそんな冷静な判断をくだす余裕など残ってはおらず、とりあえずその場で出来る最上級の礼をとることしか思いつけなかったのだ。


 「ま、まさか閣下自らお出迎えいただけるとは思っていませんでしたので、失礼がありましたならどうかお許しいただきたく……」


 「いえ、そんなにかしこまらないでも……」


 迎えに来た相手が突然膝をついて礼をとってしまったことで周囲から集まる視線を気にしてか、慌ててその場を取り繕うように彼女はノエルの手をとって立たせてくれる。


 「きょ、恐縮です」


 そんなやりとりをしている間もノエルを含めた三人は周りの視線を集め続け、その結果……。


 「まさか……あれ、椎名様じゃない? ほら、横浜公爵の……」


 「うそだー。だって、円卓が警護も無しでこんなところに来るわけないじゃん」


 「でも……あの顔テレビやネットで見たまんまだし、それに隣にいるあのツインテールの人も確か階位騎士の長沢様だったと思うよ」


 「えっ、マジ?」


 「マジマジ。絶対間違いないよ。だってあたし四天王杯の大ファンだもん。それに……さっきあの金髪の外人の子も膝ついて頭下げてたじゃん」


 「………………」


 「………………」


 「「え~~~~~~~~~っ!!」」


 二人の正体が明らかになったことで空港中が一度波を打ったように静まり返った後、急に騒然としだした。

 周りを囲むように人が集まってきて、中には携帯端末を取り出してこちらを撮影しだす者まで出てくる始末。


 「……挨拶よりも先にここを脱出する方が先決じゃない?」


 すっかり固まってしまっている二人を見てツインテール少女が呆れたように呟いたのをきっかけに、ノエルとおかっぱ頭の少女ははっと顔を上げると、


 「そ、そうですね。とりあえず、ここじゃなんですから場所を移しましょう」


 「は、はい!」


 少女に手を引かれながら、続々と集まってくる人だかりを避けるように足早に駐車場へと移動していくと、あらかじめ用意されていた車に飛び込むように乗り込んだ。


 「予定通り、屋敷までお願いします」


 「了解しました」


 メガネ少女が運転手に告げると、黒塗りの高級車は滑るようにその場から走り出した。

 

 ◆◆◆


 「到着早々バタバタしちゃってごめんなさい」


 車が走り出すのを確認してから少女が頭を下げてくる。


 「いいえ、とんでもない! 私の方こそ場をわきまえずあのような行動に出てしまい申し訳ありませんでした」


 恐縮するノエルを見て彼女は小さく微笑むと、


 「それは別に気にしなくていいんですよ。それより、あらためて自己紹介させてもらいますね。私は……」


 「……椎名麻耶横浜公爵閣下と、階位第45位・長沢紀子子爵様でいらっしゃいますよね?」


 「……ええ、でもそんな細かいことまでよく知ってましたね?」


 「それはもう、四天王杯は毎年必ず全試合チェックしていますから!」


 興奮気味に顔を上気させながらノエルは答えた。


 四天王杯や能力者同士が戦闘している動画をこまめに取り寄せて研究することはフランツの能力者としての義務の一環だが、同時にノエルの趣味が競技としての四天王杯の観戦であったという側面も否定できない。


 だが、もしそうでなかったとしても、ノエルの世代の能力者で目の前の少女たちのことを知らない者など存在しないだろう。

 横浜魔術仕官学園に集まった突出した才能の数々は、今や世界中の注目の的だからだ。


 帝国に数ある魔術仕官学園の中で、麻耶たちが通う横浜魔術仕官学園にノエルが転入することになったのも、決してそれとは無関係ではない。

 同じ留学させるなら「過去に例がないほど多種多様な素材が集結している横浜を置いて他にはない」と考えた母国の事情もあるが、なによりあのクーデター事件で活躍した麻耶たちの映像を見て、ノエル自身が横浜への編入を強く望んだことによる結果でもある。


 そんな憧れの能力者である麻耶たちが自分の出迎えのためにわざわざ空港まで来てくれていたのだ。熱烈なファンであるノエルが舞い上がらないはずがなかった。


 結果大勢の人の目の前で片膝つくような過剰反応に出てしまい、それがますます人の注目を集める結果になってしまったというのは少なからぬ失態であったが、唯一の救いは、出迎えてくれた二人がそのことを全く気にしている素振りがないということだろうか。


 反応を伺うために麻耶の顔を見ると、視線に気づいたのか、優しそうな微笑みを向けてくれる。


 「ノエルさん、私たちはこれから同じ学校で学ぶ同級生になるんですから、敬語は使わなくても大丈夫ですよ」


 「はい。ありがとうございます。えーと……」


 アジャーニ家はフランツではそれなりの名門だ。とはいえ、目の前の二人のそれに比べればそんなものは鼻先で笑われてしまうレベルに過ぎない。そんな相手から急にタメ口でいいと言われたからって、言葉通り素直に受け取ってしまっていいのかの判断もつかない。

 ノエルがオロオロしながら返事に窮していると、


 「そう言ってる麻耶っち自身がが敬語だし。そんなんじゃ彼女も逆に恐縮しちゃって普通に話すことなんて出来やしないわよ」


 紀子が的確過ぎるフォローをくれた。


 「あっ……そうね。気がつかなくてごめんなさい。でも、本当に気にしなくてもいいのよ。私たちはあなたとお友達になりたいと思っているし、特に紀子ちゃんなんてノエルさんと同じクラスでしかも同じ寮のルームメイトになるんだから」


 「そういうこと。いつも一緒にいるのにそんなに気を使ってたらこの先持たないわよ」


 ツインテール少女はニッコリ笑って目配せしてくれる。


 「あ、ありがとう」


 「私のことは紀子でいいし、この子のことは麻耶でも麻耶っちでも好きな方で呼べばいいわ」


 「そ、そんな……」


 いくらなんでもそれはあまりに砕けすぎなのでは……とノエルが考えていると、


 「四天王杯見てたんなら知ってると思うけど、私たちはギルド動乱が終わった直後から実質時を飛び越えてしまってるから、貴族だのなんだのと言っても、生まれてからずっと貴族だった同級生たちと違って、私たちは感覚的に庶民のままなのよね。だからなんか今更敬われても気持ちが悪いっていうか、普通に接してくれた方が本当はしっくりくるのよ。仲のいい友達はみんなそうなんだから、ノエルさんも気を使う必要はないわよ。特に私とはこれから先同じ部屋で過ごす仲なんだし、遠慮なんかしたら負けよ」


 まるでこちらの心を見透かしたかのように、さばさばした口調で紀子が言った。


 「最初はお互いぎごちないかもしれないけれど、すぐに慣れると思うから。ね? あと、日常生活のことでも何か分からないことや必要なものがあったりしたら遠慮なく相談して。出来る限りは力になるから」


 「……う、うん。ありがと」


 ノエルは欧米人には珍しいどちらかというと引っ込み思案なタイプなので、新しい環境や新しい友人になじめるか不安だったのだが、目の前の二人のおかげで予想以上に良い船出をきれそうだと内心ほっと安堵していた。


 ◆◆◆


 「お待たせいたしました。こちらが本日の目的地、横浜公爵邸でございます」


 仰々しい仕草でドアを開けてくれた運転手が手で指し示した先に建っていたのは、古い洋館が立ち並ぶ歴史のありそうな町並みの中でも、高台にある一際人の目を引く大きな屋敷だった。


 帝国の持つオリエンタルなイメージとは完全に一線を隔した山手という名のこの町は、紀子の説明によると、元々横浜港が開港した際の外国人居留地として発展した経緯があるため、帝国の中でも極めて珍しい独特な景観を保っているのだという。


 「さあ、ノエルさん、こちらへ」


 麻耶に案内されて建物の中に入ると、屋敷の使用人たちが扉を挟むように二列に並んで自分たちを出迎えてくれた。そしてこちらが中に向かって歩を進めていくと、申し合わせたように無言のまま一斉に頭を下げてくる。


 まるで軍隊のように一糸乱れぬ統制を見せたその姿にノエルが唖然としていると、


 「おかえりなさいませ、閣下。お久しぶりでございます」


 見事なロマンス・グレーとも言うべき家令らしき壮年の男性が一番奥で出迎えてくれた。


 「ただいま、佐ノ蔵さん。おひさしぶりです。ところでノノちゃんたちは?」


 「既にいらして応接室でお待ちになっておられます」


 「ありがとうございます。それでは、お手数ですけどノエルさんを部屋にご案内してあげて、準備が済んだら応接室に通して下さいますか」


 「かしこまりました」


  と、佐ノ蔵が指示を出す前から既にメイドたちが素早く反応し、まるで一流ホテルの使用人のようにノエルの荷物を預かって行き先を案内してくれる。


 「それじゃ、ノエルさん。また後で!」


 「…………はい」


 てっきり空港から直接、これから先生活することになる学園の寮に連れて行かれるものだとばかり思っていたノエルは、次々にめまぐるしく変化していく現状についていけず、まるで遊園地で保護された迷子のようにただただ目の前のなりゆきに呆然と身を任せるしかなかった。


 ◆◆◆


 メイドに案内されてノエルが入ったのは十畳ほどの広さの手入れの行き届いた洋室だった。


 部屋の端に備え付けられたベッドをはじめ、部屋の中央にあるテーブル、椅子やシャンデリア、ソファーに絨毯、そしてカーテンに至るまでおそらくどれもが一流の品々で揃えられているだろうことが、こういった調度品にあまり詳しくないノエルにすら察せられるほど豪華な客室である。


 「それにしても、こんなお屋敷の主が週に一度しか戻ってこないだなんて……」


 驚くというよりもむしろ呆れてしまう。


 先ほどこの建物に入ったときに家令の男性が麻耶に対して「お久しぶりでございます」と言っていたのが気になったので、この部屋に来る道すがら案内の女性にその理由を教えてもらったのだ。


 なんでも麻耶は普段、これからノエルが入ることになっている寮の四人部屋に友達と一緒に住んでいるらしく、この屋敷に帰ってくるのは授業のない週末だけなのだという。


 聞くところによると、学園生の中で上流階級に属するものはほとんどが自宅から通うか、もしくは高級マンションを借り上げて一人暮らしをするかのどちらかであるらしいのだが、四天王杯で活躍した横浜チームのメンバーに関していえば、麻耶を初めとして紀子や、天才として名高いあの来栖川小夜子など、学生メンバーの半数以上が上位貴族の子弟であるにもかかわらず、ほぼ全員が寮住まいであるらしい。

 

 「個人的には早く学園を卒業なされてお屋敷にお戻りになっていただけると嬉しいのですが……」


 と漏らしたメイドの様子から察するに、一つの地域を治める領主としてはまだまだ幼い年齢ながらも、かなり部下からは慕われているのだろうことが伝わってくる。

 だが、それも初対面の自分に対して見せてくれた彼女の細やかな思いやりを考えれば十分予想できることだ。


 そんなことを考えていると、コツコツと部屋のドアがノックされた。


 「はい、どうぞ」


 返事をすると、先ほどのメイドが更にもう一人別のメイドを引き連れて恭しく一礼してから部屋に入ってくる。


 「何かあるんですか?」


 てっきりこれから麻耶たちが待っているという応接室に案内されるのだとばかり思っていたノエルは、メイドたちが持って来た物々しい機材を目にして思わず首を傾げる。が、


 「これから制服をあつらえるための寸法を測らせて頂きに参りました」


 という彼女たちの返答に、さらに「?」と疑問を募らせることになる。


 「確か私の制服用のサイズは事前に知らせてあった筈ですけど?」


 「はい。確かに伺っております」


 ノエルの質問に折り目正しくメイドは答える。


 「事前に頂いた寸法を元に仮縫いまでは出来上がっております。ですが、やはり実際に一度着用していただいた上で細かい部分を手直しいたしませんと、最終的な着心地に天地ほどの違いが出てまいりますので。それに……」


 メイドの口調がより真剣味を増し始める。


 「今回の採寸はノエル様の戦闘服の仕立ても兼ねております。普段ご着用になる制服とは異なり、こちらは身体に合わないと場合によっては命に関わってくるケースも考えられますので、ノエル様の動きの妨げにならないよう、こちらの3D計測器を用いてより精密な数値を出し、それを用いて最新最高の防護素材で仕立て上げるよう主より指示を賜っております」


 「……あ、ありがとうございます」


 「いえ、お礼ならばどうか私ではなく麻耶様へ」


 言うと、二人のメイドは本職のテーラーも真っ青な手際でノエルの寸法を測っていく。


 己の周りでテキパキと仕事をする二人をぼんやり眺めながら、既製の34~44までの大まかに六種類しかない自分の国の戦闘服のサイズのことを考えると、ついついため息が出てきてしまう。


 己の命を預ける戦闘服であるのに、自分の国では適当に羽織っては使い潰す消耗品としか考えられていなかったからだ。

 帝国では能力者の戦闘に対する考え方が根本的に違うのだと改めてノエルは痛感するのだった。

 


 鎌倉散策編となっている第2部ですが、一応それなりには盛り上がる予定です。ただ鎌倉をブラブラして終わる話ではないのでご心配なく。

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