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炎の時代の物語  作者: qwertyu
クーデター編
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第0.5章 弟子とししょー

 寮の部屋に戻ったら、楽しみに取っておいたプリンの容器が空になっていた。


 自分で食べたのではない。明らかに何者かによって食われていたのだ。


 藤倉晃ふじくらあきらに与えられたこの部屋には、同室の相方がいないのにも関わらず……である。


 部屋のドアにはしっかりと鍵がかかっていて、その鍵を持っているのは自分と寮の管理人だけ。

 とはいえ、これが管理人の犯行とも思えない。


 あまりのありえなさに、「あれ? 俺今朝プリン食ったっけ?」などと思わず考えこんでしまったが、晃は味、食感、形状、全てが完璧なこの神のごとき甘味を手軽にコンビニで買えるように作り上げてくれたグ○コの方々たちに最大級の敬意を込めて、プリンを食べる時は必ずお皿にプッチンしてから食すことにしている。


 しかし、今目の前にあるプリンの残骸は、明らかに開封してから直に食べられたものだ。

 つまり、それが意味するところは――。


 晃はダダダとキッチンから自分の部屋に勢い良く駆け込んだ。


 犯人は――まだそこにいた。


 見ると、明らかにこの寮の生徒ではあり得ない見た目二十歳そこそこの男が、ベッドに寝そべりながら棚に綺麗に並べてあったはずの漫画本を一列ごっそり抜き出して読み耽っているところだった。


 「んあ?」


 晃の存在に気がついた男が顔を上げると、正面からばっちりと目が合う。


 「お前は誰だ?」


 晃が真顔で問いかけると、


 「お前のお師匠様だよ」


 その男からも真顔で返事が返ってきた。


 「アラスカからいきなり俺たちを帝都に連れて来たかと思ったら、『手続きはもう済んでるから明日からこの学園に通え』とかいう書き置きと、薄っぺらい入学案内だけ残してホテルに俺たち姉弟を置き去りにしてくれたような薄情な男を師匠に持った覚えはないわ! っていうか、ここにどうやって入った! いや、それよりむしろどうやってこの部屋を知った!」


 機関銃のようにまくし立てながら、晃は寝そべっている男の尻めがけて躊躇することなく振りかぶった足を蹴り込んだ。

 しかし、かなり本気で攻撃したにも関わらず、その一撃はひょいと軽く受け流されてしまう。それどころか……


 「甘い!」


 気付いた時には、晃の方が逆に足の関節を取られてしまっていた。


 「いだだだだだだだ。ちょっと、タンマ。ギブ、ギブッ」


 「まだまだ修行が足りないな、晃」


 からかうように笑うと、彼はようやく腕の力を緩めてくれる。


 「相変わらず無駄に強えな、ちくしょう」


 晃が毒を吐くと、「俺が強いんじゃない。お前が弱いんだよ」と反撃が返ってくる。


 「なに柄にもなく謙遜してんだよ。学園の武術師範だってししょーほどデタラメな強さじゃなかったぞ」


 「だから、そいつらが弱いんだよ」


 神妙な表情でししょーは肩をすくめた。


 「俺が手も足も出せない――三十二年前のギルド動乱の時には、そんな化け物じみた奴らがこの国に何人もいたんだからな」


 「マジかよ!」


 「大マジだ」


 いつしかししょーの口調は真剣なものへと変わっていた。


 「ところで、お前『魔法使い』って二つ名の能力者の噂、聞いたことがあるか?」


 「あるっていうか、わりと有名な都市伝説だよな? 確か魔法を何の制限もなく能力者の固有能力並に操れるとか……。要は『不死身』だとか『視線を合わせただけで死ぬ』なんてのと同じで、ありもしない噂が勝手に誇張されて一人歩きしたもんだろ?」


 「……まあそうなんだが、もしそんなことが可能なら、お前たちにとってうってつけの目標だとは思わないか?」


 「目標?」


 「ああ、そうだ。俺だってお前たちには教えられるだけのことは教えたつもりだが、それでも本当に強い能力者を相手にするにはまだまだ力不足だ。そもそもお前たちをあの学園に入学させたのも、その足りないものを身につけさせるためなんだぞ」


 「そうだったのか……」


 「そうともさ。お前たちは二人とも武術の腕はそこそこだが、能力のコントロールの方はてんで駄目だろ?」


 「そ、そんなことは……ある……か。……あるな」


 悔しいが、それは認めざるを得ない。


 「お前たちには特殊な事情があるからそれについてはある程度仕方がないことだとは思うが、その分を差っ引いて考えた部分では……正直言うと俺にも責任はある。なにしろ俺たち第一世代の能力者は力の扱いについてはみんな完全な独学で、誰か師匠について教わったわけじゃない。だから何となく身に付けちまったそれを他人に教えるのがすごく苦手なんだ。その点、学園は教育機関だけあって、その辺りのノウハウに関してはしっかりしてるからな」


 「それで『魔法使い』を目標にしろって言うのかよ」


 「別にお前らにそこまで高いハードルを求めちゃいないけどな。ただ力の使い方は常に一つじゃないし、発想を変えれば別の道も見えてくる。色んな能力を持った生徒が集まる学園はそれを見つけるのにうってつけの場所だろう? それに……」


 ししょーは一度言葉を切ると、何かを懐かしむような、それでいてやや苦々しいような微妙な表情を浮かべた。


 「高等部に入学出来る歳になったらお前たちを学園に入学させるっていうのは、死んだおまえたちの母親との約束でもあったからな……」


 「母さんとの?」


 母という単語に、心の奥がほのかに暖かくなる。


 晃の母親は体が弱い人だったらしく、晃と双子の姉の乃乃乃のののがまだ十歳の頃に若くしてその命を散らせてしまった。

 もうすでに五年も前の出来事であるが、とても綺麗で優しい人だったということだけは今でもはっきりと覚えている。


 ししょーは晃たちが生まれるずっと前に勃発したギルド動乱の際に晃たちの父親に命を救われたことがあるらしく、それを恩に感じてか、父親が命を落としてからずっと一人で晃たちを育てていた母を陰ながら支えてくれていたらしい。

 そして、母親が亡くなった五年前からは、晃たちを手元に引きとって直に面倒見てくれさえしたのだ。


 晃や乃乃乃にとって、ししょーはもはや第二の父親と言っても過言ではない存在だった。


 「いつまでも俺のうしろに付いてきてたんじゃ、おまえらの貴重な青春時代が修行で埋め尽くされちまうからな。ま、せっかく学園に入学したんだし、友達でも作って遊ぶなり、趣味でも作って楽しむなり、今しかできないことを存分に満喫しろよ」


 「な、なんだよ。ししょーのくせに急に人格者っぽいことを言い出して……」


 反射的に毒づいてしまったが、それは九割方照れ隠しだった。

 それよりも、自分たちの存在がししょーにとって邪魔になったから、もっともらしい理由をつけて学園に厄介払いされた……というようなことでなかったということが分かって、ホッとしていたというのが晃の本音だった。


 「それにしたって、急に姿を消すことはないだろ? 俺はともかく、ノノの奴がどれほど悲しんだと思ってるんだよ!」


 晃の糾弾に、ししょーはどこか心当たりがありそうな表情を浮かべながら「あ――」と小さく声を漏らした。


 「ノノはしっかりしてるようで、意外と淋しがりなところがあるからなあ。下手したら学園に入学せず俺に付いてくるって言い出しかねない気がしてな……」


 それは淋しがりなんじゃなくて、別れる相手があんただからだよ……と言ってやりたい衝動に駆られたが、余計なことを言うと後で乃乃乃にボコられてしまいそうなのでとりあえず我慢しておく。


 「まあ、とにかく晃もノノも元気そうで良かった」


 「ん? ノノにはもう会ったのか?」


 「いや……」


 ししょーは小さく頭を振る。


 「ノノの方は友達と一緒に買い物しているところを物陰からこっそりと盗み見ただけだ。だがまあ、良さそうな友達じゃないか。保護者としても一安心ってもんだ」


 「こっそりって、あんた……」


 買い物を楽しむ女子学生たちを後ろからコソコソとつけ回すうさんくさい男……。


 疑う余地なく完全に変質者である。


 ししょーのそんな姿を想像すると、にわかに頭が痛くなってくる。


 「だいたい、片方だけに会うっていうなら、ノノの方にしてやれよ……」


 ため息混じりにぼそりと吐き出す。


 「ん? 何か言ったか?」


 「いや、何でもない。それより、久しぶりなんだからノノも呼ぶか? 寮に入れるのは無理だが、近くの公園か喫茶店ででも待ち合わせすればいいし」


 「あいつにだって付き合いってもんがあるんだし、わざわざ呼びつけるのは悪いだろ」


 「いや、あいつのことだから、例え進級がかかってる試験中だったとしても放り出して飛んでくると思うけどな……」


 「んなばかな。いくら淋しがりだからって、そんなことあるわけないだろ」


 「…………はあ」


 姉の恋路の前途多難さを考えると、ため息しか出てこない。


 「でもまあ、これから外せない用事があるから、どの道これ以上のんびりとはしていられないんだわ」


 「人の部屋に忍び込んで、のんきにマンガ読んでた癖にか?」


 「いやいや、これは真面目な話さ。俺もこう見えてなかなか忙しい身でね。晃が帰ってくるのがあと十五分遅かったら今日は会えなかったかもしれないな」


 「忙しいって、何やってるんだよ」


 「…………まあ、いろいろとな」


 曖昧に笑うだけで、詳しい内容を教えてくれる気はないようだった。


 でも、まあいいかと晃は思う。

 乃乃乃を呼んでやれなかったのは残念だが、自分たちがししょーに見捨てられていた訳ではなかったことや、学園に入学させられたことが、実は死んだ母親の願いによるものだったことなどをこの場で聞き出すことができたことは実に大きい収穫だった。


 そして何より、ししょーは相変わらずパワフルで元気そうだ。

 まあ、殺したって死にそうにない男ではあるのだが……。


 「いろいろって……ししょーのことだから、当然それはろくなことじゃないんだろう?」


 冗談交じりに、晃が親指を下に向けながら拳をししょーの前に差し出すと、


 「そりゃまあ、もちろん!」


 悪戯っぽい笑みを浮かべつつ、ししょーも親指を立てる。

 そして自分の首元を一文字に斬り裂くようにぐいっと横に引いてから、晃の腕に交差させるようにして指先を真下に向けた。


 互いのリアクションに顔を見合わせて小さく苦笑しあうと、ししょーは「さてと……」と呟きながら膝に手をついて立ち上がる。


 「んじゃまたくるわ。じゃあな!」


 軽く手を振ると、晃が返事する間もなくスタコラと部屋から出ていってしまう。


 「おい、ちょっと!」


 慌てて後を追ったが、晃が部屋の外に出たときにはもうどこにも姿が見えなかった。

 神出鬼没にも程がある。


 「ふう。全く、仕方がねぇ…………あっ!」


 ここに至って晃はようやく己の失態に気づき、思わず声を上げた。


 「やべっ、ししょーの連絡先聞くのを忘れてた……」


 自分のうかつさにあきれ返ってしまうが、今となっては完全に後の祭だ。

 これは後で乃乃乃の奴にどやされるな……と覚悟をしつつも、晃自身はそのことを実はそれほど重大なミスだとは考えてはいなかった。


 今日、ししょーは自分から晃たちに会いに来てくれた。だったら、これっきりということはないだろう。それに本人も「またくる」と言っていたではないか。


 どうせまたさっきみたいにひょっこり現れては、晃の大事なプリンを勝手に食べ逃げしていくのに違いないのだ。


 そして、それはきっとこの先必ず起こる事実なのだと、予知能力があるわけではないが、不思議と晃はそう確信していた。


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