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炎の時代の物語  作者: qwertyu
クーデター編
12/45

第6章 クーデター①

 「これはまさか……クーデター? いえ、でも……どうしてここで?」


 乃乃乃は混乱した頭で必死に思考する。


 権力欲の権化ともいえる皆本家なら、クーデターを起こしたとしても特段不思議なことではない。

 しかし、そうなると当主の清十郎がここにいる理由が分からない。


 普通なら帝国の権力の中枢である目黒にある帝城ビルや、皆本家と双璧をなす渋谷の四橋財閥本社ビルなどに攻め込むべきではないのだろうか。


 いや、もちろん別働隊が動いているのだろうが、だったら清十郎がわざわざ川崎にやって来る必要はどこにもないのだ。


 マスコミも大勢詰めかけ、帝国中が注目している四天王杯横浜予選を乗っ取ることでより国民の注目を集めたと考えることもできるが、そんなことをしなくてもどの道クーデターの話題が上がれば嫌でも人々の目はそちらに釘付けになるのだから、大した意味はないように思う。

 あまりに目的が読めなくて、思わず質の悪い冗談かと思ってしまったほどだ。


 突然のことに会場にいるほとんどの者が乃乃乃と同じようにあっけに取られている中、まるでそれを事前に予見していたかのように行動を起こした者がいた。

 来栖川小夜子だ。


 「みんな、ボサッとしないで私についてきて!」


 言うなり、彼女は手早く剣を抜くと、観客席へ向けて一目散に駆け出していく。

 その後に素早くルシルや静江、麻耶たちが続き、乃乃乃や晃、吹雪、そして副会長たち上級生が少し遅れてそれを追う形になった。


 先頭切って客席に飛び込んだ小夜子は、混乱している観客たちの間を縫って、まるで目的地が決まっているかのように一点を目指していく。


 そして、気のせいだろうか。会場に乱入してきた武装集団の目指している場所も、なぜか自分たちと同じ所であるような……。

 それを裏付けるように、壇上の清十郎が叫んだ。


 「急げ! 早くあいつらを捕えろ! いいか、奴らだけは絶対に逃がすなよ!」


 「え?」


 驚きのあまり思わず声を上げてしまう。

 清十郎が指し示した人物のことを乃乃乃たちは知っていた。


 その人とはつい先ほど親しく挨拶を交わしたばかりだったからだ。


 (……なんで? どうしてあの人が?)


 乃乃乃がそう疑問に感じたのも無理はない。なにしろ、クーデターの首謀者である皆本清十郎が部下に確保を命じた、おそらくこの騒動の中心にいるであろう人物――それは他ならぬ乃乃乃の親友、園田千春の両親だったのだから。


 ◆◆◆


 やはりスタートダッシュに差があったからだろうか、乃乃乃たちが駆けつけるよりも先に清十郎の部下の男が千春の両親に肉薄していた。

 二人を庇うように前に立ちふさがる静江の両親を突き飛ばし、襲撃者が千春の母親に向かって手を伸ばす――。


 しかし、その手が彼女に触れることはなかった。


 「――させない!」


 凛とした声とともに小夜子が腕を一振りすると、おみくじで引くような小さな符が幾つも空中へとばら撒かれる。

 それが何なのかと疑問に思う暇もなく、その符は描かれた魔法陣をまばゆく発光させながらみるみる巨鳥の群れへと変化していき、清十郎の部下めがけて襲いかかっていく。


 呪符を組み合わせることによって様々な効果を引き出す来栖川小夜子の能力、呪符魔術による式神召喚だった。


 「うわっ、なんだこいつら? やめろっ! う、うあああああああああっ!」


 獰猛な猛禽に片目を食い破られた襲撃者は、耳障りな絶叫と共に激しくのた打ち回りながら地面に倒れ伏した後、痛みと出血でそのままガクリと意識を失ってしまった。


 「……何とか、間に合いましたね」


 千春の両親の元に到着すると、小夜子は安堵した表情で二人に微笑みかける。


 「ああ、来栖川君。助かったよ」


 「いえ、お気になさらず。さあ、どうかお二人とも私の後ろに」


 「……すまない。頼む」


 「はい、頼まれました!」 


 冗談交じりに軽い口調で応じると、会長は二人を庇うように戦場に睨みをきかせる。


 会長の先制攻撃によって先頭を走っていた男があっけなく倒され、かつ無残な姿を晒したことであからさまに動揺を見せた襲撃者たち。その隙を縫うようにして乃乃乃たちも遅ればせながら千春の両親の元に駆けつけると、被保護対象である二人を中心に円陣を組んで敵に向かい合った。


 そうこうしている間にも津波のように清十郎の部下たちが群がってきているのだが、とっさに小夜子が張った巨大結界に阻まれて一定の距離以上こちらに近寄って来れないでいる。


 「範囲が大きいから長くは持たないわ。今のうちに端へ!」


 出入口は完全に封鎖されてしまっているだろうから簡単に外に出ることはできない。ならばせめて敵に囲まれないようにと壁を背にするのは当然の選択だった。

 乃乃乃たちがいる場所が戦闘の中心だと悟ると、観客たちはまるで潮が引くように反対の方向へと移動していく。


 「その邪魔な座席を片付けろ!」


 清十郎が舞台裏の部下に命じると、歯車が回る機械音とともに客席がゆっくりと床に格納されていく。

 遮蔽物として乃乃乃たちを守る形になっていたその埋め尽くさんばかりの座席は、瞬く間に床の中に姿を消し、周囲は完全にまっさら無防備な状態になってしまった。

 どうやら清十郎は十分な空間を確保することより、数の力で押し切るつもりのようだ。


 小夜子は自分たちの移動してきた場所の近くに用具室があるのをとっさに見て取ると、ドアを開けて中に敵が潜んでいないのを確認してから千春の両親たちをその中に避難させ、その上で自身はその前に立ちはだかって襲撃者たちを牽制した。


 「そろそろ結界の限界が来るわ! みんな用意はいい? それと……」


 とりあえず千春の両親(ついでに彼らと一緒にいた静江の両親も)の安全を確保すると、小夜子は急に口調を改め、何かを求めるような視線を麻耶に向けた。


 「麻耶さん。いえ、椎名閣下……」


 言うと、彼女は略式ではあるが、臣下の礼をとるように軽く頭を下げる。


 『…………か、かっかぁ? 乃乃乃、かっかってあのお偉い閣下のことか? 昔いたっていう悪魔的なミュージシャンのことじゃねぇよな?』


 『そんなの私が知るわけないでしょ!』


 千春の両親のことも含め、完全に状況に置いてけぼりにされた乃乃乃たちを尻目に、小夜子とほんの一瞬アイコンタクトを交わした麻耶はコクリと小さく頷いた。


 僅かの間逡巡するかのように下を向いた彼女は、すぐに面を上げる。

 その瞳には、普段の内気な彼女とは別人かと思うほど強い意思の力が宿っていた。


 「椎名麻耶の名において封印を解除。現時点をもって階位第33位・宮沢静江、45位・永沢紀子、63位・園田千春の三名の階位騎士への復帰を命じます」


 「「「Yes,Ma'am.!!」」」


 呆気にとられている乃乃乃たちをよそに、名指しされた三人の少女たちは麻耶の足元に片膝をついてうやうやしく頭を垂れた。

 その額に麻耶が触れると、何かが弾けるパキッという音が響き渡る。


 次の瞬間、三人の身体が信じられない量の魔力に覆われた。


 「静江ちゃんと紀子ちゃんは小夜子さんと一緒に迎撃。千春ちゃんは私やルルちゃんと一緒にサポートをお願い!」


 「「「了解!!」」」


 静江たちは頷くと、それぞれのポジションに向けて駆け出した。それとほぼ同時に小夜子の結界が破られる。

 ここぞとばかりに清十郎の部下たちが教科書通りの攻撃二防御三の基本陣形を組んで一斉になだれ込んでくるのだが、そこに立ちふさがる三人の圧倒的な戦闘力の前にこちらに近付くことさえできないでいる。


 (会長はともかく、静江たちがこんなに強かったなんて……)


 乃乃乃は驚きを隠しきれない。

 自分自身や晃、吹雪や副会長たち二年生もそれぞれ武器を手に戦ってはいるが、それすらほとんど必要ないくらいだった。


 会長の呪符魔術もそうだが、一度に数百数千もの針を飛ばすことの出来る静江の能力や、接触している物体の硬さと形状を自在に操ることができる紀子の能力「Alice's Adventures in Wonderland」は、どれも多人数を一遍に相手するのに適している。


 紀子の能力などは、ちょっと聞いただけだと戦闘に不向きな能力なようにも思える。

 かくいう乃乃乃も今まで完全なサポート系の能力だと思っていた。


 しかし、足元がいきなり柔らかくなって、ズッポリと床にはまり込んだまま動けなくなってしまった敵の姿をこの目で見てしまうと、傍目には滑稽だが、敵に回した時の厄介さには正直寒気すら覚えてしまうほどだ。


 特に敵を傷つけずに無力化できるという点に関して言えば、これ以上に優れた能力はなかなか見つからないだろう。


 こうして四人が思う存分暴れた結果、気づけば敵は壇上の清十郎と出入口を固めるごく僅かな兵のみになっていた。


 「俺の部下を相手にここまでやるとは……貴様ら、何者だ?」


 会場中が固唾を飲んで見守る中、一段高い位置から乃乃乃たちを見下ろすと、尊大な口調で清十郎が尋ねてくる。


 「33と45と63番、そして私が92番……と言えば分かるでしょう?」


 清十郎の迫力に一歩も圧されることなく小夜子が答えると、それだけで察したのだろう。清十郎がぴくりと眉を寄せながら「横浜の連中か……」と舌打ちした。


 一連の会話で、33・45・63というのがいずれも行方不明とされていた階位騎士の番号だと気付いた一部の聴衆がザワつき出したが、清十郎からギロリと睨まれると、瞬く間に静寂を取り戻していく。


 「まさかガキどもの中に階位騎士が混じりこんでいたとは計算外だったぜ。いや……だが、まて? 能力者は成人までは普通に成長するはず。第二世代だっつー来栖川の小娘はともかく、第一世代のお前らがそんなナリであるはずがねぇだろ」


 「そりゃ私たちがあんたたちの三十年をたったの一ヶ月で飛び越えちゃったからね」


 「三十年を……一月で?」


 乃乃乃には静江が何を言っているのかさっぱり理解できない。

 それは清十郎も同じようで、「何言ってやがんだでめぇは!」とまるでど田舎のヤンキーのような仕草でメンチを切っていた。


 「あんたさあ、アインシュタインの相対性理論って知ってる?」


 「は? こんな時に何だ?」


 「いいから聞きなさいよ。この相対性理論には一般相対性理論と特殊相対性理論があるんだけど、前者では高重力下では時間の進行が遅くなって、後者では物体が高速で移動すればするほど時間が流れる速度は遅くなるとされてるわ」


 「で、それがどうしたんだよ」


 憤然とした表情で清十郎が尋ねると、静江は小さく天井を仰いで、


 「まだ分かんないの?」


 彼女はやれやれと肩をすくめたが、正直なところ乃乃乃にもまだ良くわかっていない。


 「理論上、人間は過去に行くことは出来ないけど、未来に行くことは可能なのよ。あなたでも浦島太郎くらい知ってるでしょ?」


 無言のまま清十郎は頷いた。


 「時間の進み方が遅い場所にいた人が通常の時間の流れの場所に戻ってくると、その人はまるで未来に時間旅行したような感覚に襲われてしまう。竜宮城から戻ってきた時の浦島太郎がまさにこれね。この話が元になって一般的にこの現象はウラシマ効果って呼ばれてるけど、要するに未来に行きたいのならば時間の進み方が遅い場所に行けばいいってこと」


 「ごたくはいいさ。いくら理屈で説明できようが、実際にそれを実現出来なければ意味がねぇだろうが」


 イラついたような清十郎に、静江はケタケタと笑いながら、


 「実現できなければって、あんたたちソレが欲しいからこんなところで謀反起こしたんじゃないの?」


 「なに言ってんだ。俺たちは四橋のトップを捕えるために……」


 「だ・か・らぁ……」


 静江は清十郎の言葉を遮って問答を続けた。


 「あんたたちは重力子エンジンの秘密が欲しいからあそこにいる四橋の会長を捕えたいんじゃないのかって聞いてるの!」


 言いながら、彼女は千春の両親のいる用具室を指差した。


 「え?」


 乃乃乃は心の中で「どういうこと?」と自問した。


 今静江の口から国家機密級の秘密が二つくらい一編に明かされてしまったような……。


 見ると、他の者も頭の整理がついてないらしくポカンと口を開けて立ちすくんでいる。

 乃乃乃は頭の中で情報を整理してみることにした。


 清十郎を始めとする皆本家がクーデターを起こした→欲しいのは皇帝の座。


 実は彼にはもう一つ欲しいものがあった→それが四橋の誇るオーバーテクノロジー「重力子エンジン」


 重力子エンジン→帝国全ての電力をまかなえる発電装置で重力制御も可能。何らかの方法でウラシマ効果を発揮することが出来るらしい。


 重力子エンジンを手に入れるためにはその秘密を握っている四橋財閥の会長を捕える必要がある→だから清十郎は目黒の帝城ビルでもなく渋谷の四橋本社でもなく、会長本人がいるここに乗り込んできた。


 四橋の会長がここにいる理由→千春の応援。


 (つまり……)


 パチパチと面白いようにパズルのピースがはまって、考えがまとまってきた乃乃乃は、ワナワナと身体を震わせながら自分の友人を振り返った。

 

 『千春の父親=四橋の会長』


 という図式が成り立つ。


 「え~~~~~~~~~っ!!」


 まさかの事実。

 思わず「千春が四橋会長令嬢?」と叫んでしまいそうになるが、千春が目配せしながら人差し指を口元に当てているのを見てとっさに自制した。


 見ると、晃や吹雪をはじめ、他のチームメイト全員が同じように口を噤んでいる。


 そりゃそうだ。

 敵に千春が四橋会長の娘だということが知られてしまえば、清十郎は何としても彼女を捕えようとするだろう。

 千春を人質にしてしまえば、用具室に篭城している四橋会長を引っ張り出すことなど造作もないことなのだから。

 つまり、本来なら千春も両親と一緒に用具室に匿われていなければならない立場のはずなのだ。

 しかし、階位騎士である彼女の戦力を失うことは、多勢に無勢の状況である今、極めて痛いと言わざるを得ない。

 だから、その事実を決して皆本側に悟らせてはならないのだ。


 幸いなことに、清十郎の関心はウラシマ現象を起こしたとされる重力子エンジンの方に向いていて、そのことに気づく気配はないようだった。


 「……てことは、その重力子エンジンってのは要するにタイムマシンってことなのか?」


 「………………………………」


 不思議なことに、タイムマシンという言葉が出てくると、とたんに胡散臭い空気が漂い始めてしまう。

 質問をした当の清十郎自身が「なんかやっちまったか?」的な後悔の表情を浮かべていることからもそれはよく分かる。


 「タイムマシンだなんて……そんな日本列島に住む者なら誰でも知っている某ネコ型ロボットのひみつ道具みたいな『過去も未来も自由自在』なんていう万能なものじゃないわよ」


 あははと静江は笑った。


 「さっきも言ったでしょ。未来に行きたいなら時間の進み方が遅い場所にいけばいいって」


 「だから、それと重力子エンジンと一体どういう関係があるってんだよ!」


 「そもそも重力子エンジンは何でエンジンって名づけられてるか分かる?」


 「そんなもん俺が知るか!」


 清十郎はあっさりと吐き捨てたが、確かにおかしいと乃乃乃は思う。

 発電機として作られたのなら「重力子発電機」と呼ばれるべきだし、重力制御を主眼に作られたのなら「重力制御装置」のような名前で呼ばれるべきだ。

 あえて関係のない「エンジン」などと称する必要はどこにもない。


 「重力子エンジンはね、元々外宇宙航行船舶用推進機関として開発されたのよ」


 「宇宙……なんだって?」


 「外宇宙航行船舶用推進機関! 要するに宇宙船のエンジンのことよ!」


 「宇宙船っ!?」


 予想以上のSFチックな答えに、思わず声を張り上げてしまった。乃乃乃だけではない。静江の言葉に衝撃を受けた観客たちも、目の前でクーデターが起きていることを忘れたかのようにザワつき始めている。


 とはいえ、宇宙船なんていきなり言われるとアレだが、要はロケットやスペースシャトルのエンジンのようなものだと考えればそれほど驚くことでもないのかもしれない……と乃乃乃は思い直した。

 しかし、この後静江の口から語られることになるその重力子エンジンとやらの正体は、そんな自分の予想の遥か斜め上を行っている途方もないものであった。


 「私も専門家じゃないから詳しい原理については何ともいえないけれど、確か重力を制御する際に発生する莫大なエネルギーを推進力に利用したとかなんとか……とにかくそんな理由であれは発電機じゃなくてエンジンって名づけられてるの。でね、肝心要のその出力なんだけど、宇宙空間でなら亜光速まで出せるわよ、あれ」


 「…………!」


 静江はさらっと言ったが、実はそれはとんでもないことだった。

 光の速さに限りなく近づけるということは、単純に速度と距離だけで計算すれば、月までおよそ1.3秒。太陽まで8分。火星まで13分。木星でも40分で行けてしまうことになる。そう考えると、太陽系なんてもはや庭みたいなものではないか。


 「ところで、合州国辺りから帝国三種の神器とか呼ばれてるものの中の一つ。一般的に重力子潜水艦と呼称されてる『死屍累々』だけど、あなたあれの正式な所属と名称知ってる?」


 「帝国海軍総旗艦・重力子潜水艦『死屍累々』だろうが」


 何を今更という清十郎の回答だったが、静江は両手で大きくバツを描いて、


 「ブッブー! 残念でしたー。それは世間の目を欺く仮の姿。あれの真の正式所属と名称は、帝国宇宙軍旗艦兼帝国全軍総旗艦・殲滅戦用宇宙戦艦壱番艦『死屍累々』でーす!」


 「帝国宇宙軍? 宇宙戦艦?!」


 聞きなれない単語が乱れ飛んだおかげで、乃乃乃の頭がまたもやフリーズした。


 「そ、それじゃ、まさか……」


 戦慄の表情を浮かべながら清十郎がやっとそれだけの言葉を漏らすと、静江はにこりと笑いながら「そのとーり!」と人差し指を立てた。


 「私たちが三十年前からほとんど歳を取ってない理由わけ、それは、一ヶ月間宇宙旅行をしている間に世間ではウラシマ現象で三十年の月日が経過していたからでしたー。ま、正確には半月ずつ二回に分けた旅だったんだけどね」


 おどけた口調で言う静江に、「そんな馬鹿な!」と清十郎が噛み付いた。


 「帝国は全世界から見張られてんだ。宇宙に向けて戦艦なんか打ち上げた日にゃあ、あっという間に合州国やロクシアに動きを掴まれちまう。ならば今頃大騒ぎになってなきゃおかしいだろうが!」


 「そりゃ、見張られてるでしょうよ。帝国本土はね。でも帝国国土及び排他的経済水域《EEZ》はともかく、全世界の全ての国家や公海にまで彼らの目は行き届くのかしら?」


 「……そこまでは無理だろうが、他国に依頼でもしない限り戦艦の打ち上げなんざできやしねぇだろ? それとも同盟国のインディ、フーリピン、マレー、ヴィトナム辺りの東南亜細亜諸国のどこか、あるいは友好関係にあるEEU……ドイチェやエングランド、フランツ、イスパーニャのどこかにでも頭を下げて泣きついたとでもいうのか? いや、それだって一つの国家が関わっている以上、ここまで完璧に情報を隠しおおせることはできねぇはずだ」


 「……でしょうね。だけどあんた肝心なことを忘れてるわ」


 「なに?」


 「重力制御できるのに打ち上げなんて大仰な儀式必要ないでしょうに……」


 「あっ……」


 清十郎は思わず「しまった」という表情を浮かべ、その後ふと我に返って悔しそうに舌打ちした。

 彼ほど下品にではなかったが、己の考えの至らなさを悔やみたいというその気持ちだけは乃乃乃にも共感できるものがある。


 重力制御できる艦なら、ロケットエンジンで強引に重力を振り切る必要などない。

 それこそ他国の監視がない公海上で、エレベーターのようにゆっくりゆっくりと浮上していけばいい話なのだ。


 そして深海の超高水圧にも耐えうる艦が、宇宙空間での実用に差し障りないのも道理といえば道理である。 


 そりゃ合州国だって遥か昔に人を月に送り込んでいるわけであるし、宇宙ステーション規模の建築物だって既に衛星軌道を回っている。それにルナリング計画という次世代エネルギー政策遂行のために1972年以来となる月面への有人宇宙飛行計画が復活し、月面に巨大有人基地が作られているくらいだ。四橋の進んだ科学力をもってすれば宇宙戦艦の一つや二つくらい作っていても何ら不思議ではない。


 だが、それにしたってスケールがでかすぎる話だった。


 「ま、私たちが乗ってたのは壱番艦の『死屍累々』じゃなくって、肆番艦よんばんかんの『鵬程万里ほうていばんり』だったけどね」


 「肆番艦だと? あんなのが他に何隻もあるってのか?」


 「さてね。もしかしたら壱番の次が肆番かもしれないわよ。そんなに気になるならご自慢の権力で調べてみたらいかが?」


 小馬鹿にするように静江が返したが、沸点の低い孫の敏也とは違い、祖父の清十郎は鼻で笑ってそれを聞き流した。


 「ふん、どうせ目的を達すれば自ずと分かることだ。言いたくないのならそれでも構わん。お前たちも多少は腕に覚えがあるようだが、その程度で円卓であるこの俺の相手をできるとは思ってないだろうな?」


 「そういうあんたこそ子分がほとんど残ってない状態で何ができるのよ。だいたい陛下の留守中を見計らってクーデターだなんて、随分とまあ姑息な真似してくれるじゃないの」


 「部下がいないって? そんなのはいくらでも作れるさ」


 言うと、清十郎は後ろを振り返った。

 その視線の先には、四天王杯予選決勝に参加するはずだった残りのチームの選手や大会関係者たちが呆然と立ちすくんでいる。

 清十郎は思わず震えあがってしまうような底冷えのする目で彼らを見据えると、たった一言、「俺に殺されたくなければ奴等と戦え!」と命じた。


 「――――――!」


 脅された生徒たちは死への恐怖から一斉に竦み上がってしまい、パニックに陥って言われるがままに乃乃乃たち目がけて殺到してくる。


 「ははは、行け行け! 手柄を立てた奴には後で階位騎士の地位をくれてやるぞ!」


 清十郎の哄笑が建物中に響き渡った。


 「やめなさい! それ以上こちらに来るようなら、あなた達もクーデターに参加したものとみなして攻撃するわよ!」


 そんな小夜子の警告も、背後から円卓に命を狙われているという恐怖には勝てない。


 わっと群がってくる学生たちに小夜子も静江も慌てて応戦するが、極力傷つけないように注意を払っているせいか、先ほどのような切れ味がない。


 ただ一人こういう状況でも制約がない能力を持つのが紀子だったが、さすがに四天王杯予選の決勝に残ってくるだけあって彼らも戦術眼には優れている。

 今までの彼女の戦いぶりを見て判断したのだろう。全員がまるで息を合わせたように横に広がって、一度に多人数が紀子の能力の範囲に入らないように気を配りながら、ジワジワとこちらに圧力をかけてきた。

 これでは一網打尽というわけにはいかない。


 だが、清十郎が自信満々な原因は、このことだけではなかった。


 「ほら、そいつら相手にのんびりしていていいのか? 来たぞ、俺の本命が!」


 彼がその言葉を言い終わらないうちに、入口から新手の一団がなだれ込んで来るのを乃乃乃は学生たちを相手にしながらもしっかりとその視界に捉えていた。


 「まずい……」


 彼らを見るなり、隣で静江がボソリと声を漏らした。

 その声音からも明らかにそれが深刻な事態であることが伝わってくる。


 乃乃乃にも分かる。同じ清十郎の部下でも、彼等は先ほど蹴散らした連中とは明らかに格が違う。集団を構成しているのがほとんどが男性であることから考えても、ほぼ間違いなく第一世代の能力者たちだろう。

 しかも、数が多い。


 「くっ、こいつら、邪魔っ!」


 こちらが彼女たちを本気で傷つける気がないのを分かっていて、ますます調子づいて群がってくる学生たち。しかもその後ろから本命の部隊が迫っているという焦りも伴ってか、イラついたように紀子が声を張り上げた。

 個々の実力では勝っていても、数が違いすぎる。戦局はますますこちらに不利になっていき、このままではいつ敵に押し切られたとしてもおかしくはない――。


 そう思われた時だった。


 「麻耶っち、そんなに前に出ちゃあぶないわ!」


 乃乃乃は慌てて親友に向けて警告を発した。

 味方が(下手すれば敵もだが)混乱している状況の中、最後尾から彼女がゆっくりと前に進み出てくるのを視界の端に捉えていたからだ。

 目が合うと、彼女は小さくかぶりを振って僅かに憂いを帯びた笑みを浮かべる。


 『―― The Surveillance satellite of“Green Earth"』


 麻耶の口元で囁かれた声が、かすかに乃乃乃の耳元に届いた。

 彼女の言葉に応じて青白く彩られた魔方陣が宙に描かれ、その中からズズズズ……と金属にも似た光沢の、細かく魔法文字が刻まれた黒い機械のような球体が徐々にせり出してくる。


 「なっ……なに? なにこれ……?」


 半年間彼女の親友をやってきた乃乃乃だったが、麻耶にこんな物体を召喚する能力があるなんて聞いたこともなかった。


 当然それがどんな力を持つ能力なのかは見た目で判断するしかないのだが、青白い魔法文字を土星の輪のように幾重にも周囲に纏いながらゆっくりと宙に浮いて自転しているその姿からだけでは、判断材料があまりにも漠然としすぎていて、それを行うことすら困難な状況だった。


 味方ですらこうなのだから、敵に関しては言うに及ばずだろう。


 『Start up File No.72 ―― Rule of mind』


 麻耶の発した小さな号令とともに、今度はその球体の土星の輪の部分から赤い発光ダイオードの先に点滴の針がついたような……そんな奇妙な形状をした物体が召喚されて、黒い球体の周りに続々と展開しはじめる。


 「い、一体――」


 ――何が? と乃乃乃がつぶやく間もなく、状況が変化した。


 黒い球体の周りをさながら巣に群がる蜂のように付かず離れずの一定の距離をとって周回していたその小さい物体たちだったが、その針の部分を一斉に外側に向けると、学生たちに向かって突如としてその牙を剥いた。


 巣から飛び立った赤く発光する蜂の群れは、見る者の目に稲妻のような赤い残像しか残さないほど凄まじい速度で、まるでそれ自身が意思を持っているかのように的確に目標を捕捉し、逃げ惑う学生たちの動きをあっさとりと捉えてその首筋や背中めがけ次々とその針を突き刺していく。

 全ての学生たちがその攻撃の餌食になるまで、秒針が円を描くだけの時間すら必要としなかった。


 少女たちに突き刺さったその針は、刺さった瞬間にその発光している部分の色が赤から緑へと切り変わり、今度は一転蛍のように点滅し始める。


 それとほぼ同時に、それまで物言わず浮いているだけだった黒い球体が突如として起動し、ウィーンと機械的な音を立てて表面に刻まれた魔法文字を発光させながら、上半球と下半球がそれぞれ独立して別方向へと回りだす。


 次の瞬間、学生たちはこれまでがむしゃらに戦いを挑んできたのが嘘だったのかと疑いたくなるほど唐突にその動きを止め、まるで意思のないマネキン人形と化したかのごとく虚ろな表情でその場に立ち尽くしてしまった。


 「えっ?」


 何が起こったのか分からずあっけに取られている乃乃乃たちをよそに、麻耶は態度が豹変した学生たちに向かってスッとその細い腕を伸ばすと、とある一点を指し示した。

 そこは、戦闘に巻き込まれないようにと一般の観客たちが避難している一角だった。


 「………………」


 不思議なことに、学生たちは麻耶の指示に全く抗おうとはせず、酔っ払いのようなおぼつかない足取りでフラフラとそちらへ向かって歩を進めていく。

 本人たちの意思を全く感じさせないその様は、さながら恐怖映画に出てくるゾンビの集団のようだった。


 『Start up File No.57――Fall down unconscious』


 戦闘の邪魔にならない場所に到達したとたん、今度は身体に刺さった針の色が水色に変化し、彼女たちはまるで糸の切れた操り人形のように、静かにその場に膝から崩れ落ちていく。


 一瞬殺してしまったのかなとも思ったが、みんなかすかに胸を上下させているようなので、単に意識を失っているだけだということが分かり、ひとまず安堵する。


 「人によっては意識を失う直前の記憶がすっぽりとなくなってしまう記憶障害が発生する危険性があるので、あまりこの手は使いたくなかったんですけど……」


 一同が唖然としている中、申し訳なさそうに独白する麻耶。

 そんな彼女に、清十郎が一際厳しい視線を向けた。


 「おいこら、てめぇ一体何をしやがった」


 「………………」


 清十郎の恫喝に麻耶は無言で返す。その代わりに、


 「お祖父様、気をつけてください。そいつは高位の精神感応能力者です!」


 天野と一緒にステージ上から飛び降りてきた敏也が清十郎にむかって叫んでいた。


 「精神感応能力者だと? 冗談じゃねえ。これは他人の心の中を読むなんて生やさしいもんじゃねぇぞ!」


 そこまで言った清十郎は、突然何かを思いついたようにハッと顔を上げた。


 「まさかてめえ、心を覗くだけじゃなくて操ることも出来やがるのか? お前、一体……何者だ? そんなふざけた真似が出来る能力者の話なんてついぞ聞いたことがねぇぞ!」


 状況から考えて、清十郎のその推測はおそらく間違っていないだろう。

 他人の心を完全に読みとることが出来るだけでも驚きだというのに、他人の精神を乗っ取って操れる。しかもあれだけの人数をいっぺんにだなんて、恐ろしいにも程がある。


 「皆本さんは私が相手するから、みんなは他の人をお願い」


 皆本の問いかけを完全に無視して、麻耶はこちらに指示をだしてきた。


 「えっ……?」


 いつも謙虚で控えめな麻耶と同一人物とは思えないようなその発言に、正直なところ乃乃乃はちょっと驚きを隠せない。しかし、たった今その力の片鱗を見せられたこともあり、何か勝算があるのだろうと思い直して大人しく彼女の言葉に従うことにした。


 『晃っ、二人であの金髪やるわよ! あれを野放しにするのは……かなり、まずい!』


 『ああ、そうだな!』


 乃乃乃と晃は武器を構えると、背の高い金髪の白人に向き合った。

 毎日ししょーと実戦形式で戦っていた乃乃乃たちだから分かる。あの金髪の男の身のこなしは只者ではない。


 乃乃乃の見立てでは清十郎と同等、いや下手すればそれ以上の実力を秘めている強敵かもしれない。

 何者かは分からない。だが、おそらく今の乃乃乃の実力では到底及ばないレベルの相手であることは間違いないだろう。


 しかし、それはあくまでも一対一の対決であればのこと。晃と一緒なら話は別だ。


 生まれつき精神感応で心が結びついている乃乃乃たちは、二人で戦えば互いに相手の隙を補うことによってその力を二倍にも三倍にも増幅させることができるからだ。


 相手は明らかに他の雑魚とは格が違う。

 しかし、例えどんな相手だろうが、二人が揃っている今の乃乃乃たちに恐れるものなどありはしなかった。


途中いきなりSF入りますが、まあ、そんなものだと思ってください。ちなみに第2次太平洋戦争が起こった32年前というのはおおよそ2016~2017年頃の設定になっています。

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