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炎の時代の物語  作者: qwertyu
クーデター編
10/45

第4章 迷い、軋む

 「皆本くんと天野さんは三年の主力が集まったチームに入ったらしいわよ」


 チーム練習が終わった後、くたびれ果ててその場に座り込んだ晃にそっとタオルを差し出しながら、小夜子がそう教えてくれた。


 「ありがとうございます」


 受け取りながら思わずため息をついた。こっちは乃乃乃と二人がかりで挑んでこのザマだというのに、その相手の小夜子ときたら大して汗もかいていない。


 これが階位騎士の実力か……と独りごちる。


 剣技、体術では両者にそれほどの差はない。だがそこで大きくモノを言ってくるのが固有能力の差だった。


 単純な戦力と考えた場合、武術に優れた能力者と固有能力に優れた者のそれとでは明らかに後者の方が優っている。


 武術とはあくまでも能力者の戦闘力を底上げする手段であって、能力者が目指すべき最終的な目的地ではないのだ。


 事実軍で名を上げている騎士たちの中に、剣技が苦手で魔術に特化した者はいても、その逆がいるという話は聞いたことがない。

 吹雪だって敏也だって、あれだけの剣技を持ちながら、それとは別に能力者として魔術戦を行えるだけの確固たる力をきちんと持っている。


 しかし、能力者として最低ランクの力しかない晃や乃乃乃にはそれがない。


 敏也の取り巻き連中レベルならともかく、各学園を代表する一線級の能力者たち相手となると、正直そのハンデは痛い。痛すぎる。


 「三年生の主力チームってことは、皆本たちのいるところが事実上この学園の最強チームってことですよね」


 いくら小夜子や副会長たち三人が強かろうと、やはりこれはチーム戦なのだ。

 昨年の四天王杯準決勝戦のように、個人レベルでは突出していても戦略レベルで抑えこまれてしまうことだって十分ありえる。

 そして、昨年通用した戦略は今年も変わらず有効なのだ。


 自分の実力不足に鬱屈していた晃は、ついつい小夜子に当てつけるようにそう答えてしまっていた。

 しかし、彼女は特に気にした様子もなく、「そうね」とやんわり頷き返してくる。


 「でもね……」


 彼女はそっと囁くように続けた。


 「私はこのチームで優勝を目指すし、絶対に優勝出来るって、そう信じてる」


 強い瞳で彼女はこちらに向き直る。


 「私の選んだ君たちなら、きっとやってくれるって信じてる」


 「でも、魔法が苦手な俺たち姉弟は、明らかに皆の足を引っ張ってますよ……」


 「そんなことはないわ。苦手な分野は誰にだってあるのよ。でもね、幸い私たちは一つのチームだからそれを補いあう事ができる。それが出来れば例え三年のチームにだって……きっと私たちは勝てるわ! それにね……」


 言うと、彼女は自分の手でそっと晃の掌を包み込んだ。


 「大丈夫。あなたたちに必要なものはきっとこの学園で見つかるわ」


 まるで予言するかのような迷いのない口調。


 「だから、今は短所を嘆くよりも長所を伸ばすことを考えたらどうかしら」


 「長所を……」


 一瞬だけ浮かべた渋い顔を見逃さなかったのだろう。小夜子は「ん――」と考え込みながらひとさし指で己の口元を押さえた。


 「うん。でも……そうね。もしも……短所の方ももっと伸ばしたいと考えるのなら……」


 そこまで言うと、小夜子は一度言葉を切ってふふっと小さく含み笑いを浮かべた。


 「湊先生に相談してみたらどうかしら?」


 「湊……先生に?」


 「あら、何かおかしい?」


 「だって、湊先生は……」


 言いかけた晃の唇を人差し指で制して、小夜子は悪戯っ子のように口の端を緩めた。


 「だって、ああ見えてあの人はこの学園でも数少ない魔法学の講師なのよ。いわば魔力の使い方のエキスパートだわ」


 「魔力の、エキスパート……ですか?」


 言いながらチラリと彼の方に視線を向ける。

 何やら用があるとかで今日は彼のうしろには地味咲さんはいない。

 その代わりに、今は近藤郁子こんどういくこさんというこれまたスタイルのいい美人が眠りこけている彼の車椅子を支えている。そしてその周りでは、例のルシル・テンペストや椎名麻耶たちが何やら楽しそうに談笑に花を咲かせていた。


 意識がない状態でさえこれとは、本当におそれいる。


 「俺にはむしろ女性関係のエキスパートに見えるんですけど。気のせいですかね?」


 「……ええ、まあ。そういう面はちょっと、否定できない……かな?」


 さすがの小夜子もそれは認めざるを得なかったようで、晃たちは顔を見合わせると、二人揃って思わず苦笑しあった。 


 ◆◆◆


 女三人寄ればかしましいなどという諺があるが、女子寮の四人部屋などというものはその最たるものであって、特に恋愛の話になると消灯時間が過ぎてもその話はとどまることを知らない。


 乃乃乃なんかは、「寮の生活はパジャマを着てからが本番」などとよくのたまっているものだが、実際、仲の良いルームメイト同士での雑談というのは馬鹿馬鹿しいほどに盛り上がるものなのだ。


 そこにちょっと気の利いたお菓子と飲み物があればもう言うことはない。


 どちらかというと引っ込み思案な性格の志保子は積極的に自分の話をするタイプではないが、友達に混じって色々な話を聞くのは決して嫌いではなかった。


 しかし、こういう恋愛話というのは、一歩間違うと愚痴っぽい話に変貌してしまいがちであり、いったん方向を見失うと軌道修正するのが大変困難なジャンルでもある。


 「だから聞いてよ、うちのししょーってばさぁ……」


 むしゃむしゃとお菓子を頬張りながら、まるで酔っぱらいのようにくだを巻く乃乃乃に、志保子たちルームメイトは相槌を打ちながら我慢強く嵐が過ぎ去るのを待っていた。


 乃乃乃がこんなに荒れているのには理由がある。

 志保子と麻耶はその現場に居合わせなかったので細かい事情までは知らないのだが、乃乃乃と吹雪の話をかいつまんで解釈すると、おおよそこのような話になる。


 乃乃乃にはかねてから好意を寄せるししょーなる人物がいるらしいのだが、学園からの帰り道に吹雪と二人で横浜の街をぶらついていたら、雑踏の中に偶然そのししょーの姿を発見したらしい。


 と、そこまでは良かったのだが、喜び勇んで駆け寄り、声をかけようとした瞬間、彼女たちはとんでもないものを目撃してしまった。

 なんとししょーが女連れだったのだ。

 それもただの女性ではない。

 あのルシル・テンペストにも匹敵する。いや、下手したらそれ以上の美貌を持っているかもしれない……そんな超絶美少女だった。


 年のほどは乃乃乃たちよりもやや上くらいだろうか。

 透き通るほどきめの細かい白い肌。大きめで切れ長な黒い双眸。小柄だが均整の取れた細くて長い肢体。そして長めの前髪を髪留めで分けた黒髪のショートカット。

 全体的にまだ幼さを残してはいるものの、それですら欠点足りえない。


 本来異なるベクトルに存在するはずである綺麗さと可憐さをいいトコ取りしたような絶妙な美しさ。

 360度どこから見てもケチのつけようのない完璧な美貌だった……らしい。


 それで結局声もかけることができずにスゴスゴ帰ってきたようなのだが、つい昨日までは麻耶に「ルシルちゃんがライバルだって気にすることないじゃん」とか言ってた乃乃乃が、今ではこの取り乱しようである。


 彼女自身が麻耶に言った言葉を借りるなら「もしその人がししょーの恋人だったとしても、能力者ならたくさんお嫁さんを貰えるんだから頑張ればいいじゃん」ということになるのだが、志保子はもちろん、他の二人にだってとてもそんなことを彼女に言ってのけるだけの勇気はなかった。


 「そ、それはそうと……」


 相変わらずお菓子をバリバリ食べながら「ししょーときたら……」とブツブツ呟いている乃乃乃を尻目に、麻耶が志保子に話しかけてきた。


 「志保ちゃん、四天王杯に向けての練習、そろそろ慣れてきた?」


 小さく首を振る。


 「みんな凄いから、私が一人で足を引っ張ってるみたいで……」


 何の因果か、来栖川会長チームの最後の一人に志保子が選ばれてしまったのだ。

 というのも、麻耶たちが会長に誘われた時点で教師を含めて十三人。まだ二人分の枠が残っていたのだが、乃乃乃たちと会長との話し合いにより、その二枠を会長と乃乃乃たちでそれぞれ一枠ずつ埋めることにしたらしいのだ。

 一枠分の裁量権を任された乃乃乃たちは、同じ寮のルームメイトで気心が知れている志保子にその話を持ってきてくれたのだが、正直なところその話は志保子にとってはありがた迷惑というかなんというか、とにかく荷が重すぎる話だった。


 何度も断ったのだが、結局強引に押しきられるような形で引き受けさせられてしまった。


 なにしろ志保子の能力は姿と気配を消して他人から認識されにくくする「隠行」という直接的戦闘能力がゼロに等しいもので、偵察くらいにしか用をなさない極めて使用範囲が限定されたものなのだ。


 それを理由に自分を外してくれと来栖川会長にもお願いをしたのだが、「敵に気付かれずに相手の動向が知ることが出来るなんて凄く助かるわ」と眩しいばかりの笑顔で返されてしまうと、それ以上は何も言うことが出来なくなってしまった。


 (こんなことならあんな約束をしなきゃよかった……)


 この話を引き受けてから、もう数百回目になるだろうため息をつく。

 同じクラスで同じ寮のルームメイトにもなった志保子たち四人は、「頑張ってみんなで同じチームメイトになって四天王杯に参加しよう!」という共通の目標を立てていたのだ。

 そして会長に誘われた乃乃乃たちは、その時の約束を守って志保子に声をかけてきたという寸法である。


 その友情はありがたい。ありがたいのだが……。


 (まさかこんな状況になるなんて、普通思わないわよね……)


 ぼんやり考えながら紅茶に口をつける。

 少し冷めてしてまっていたそれはほのかに苦味を増していて、まるで今の志保子の気持ちを代弁しているかのようだった。


 何にせよもう四天王杯は間近に迫っている。


 メンバー申請も終了していて今さら出場を辞退することも出来ない以上、覚悟を決めるしかない。

 それは分かっている。分かっているからこその憂鬱なのだ。


 そんな感じで物思いに浸っていると、突然寮の部屋に曲がジャカジャカと鳴り響いた。

 学園生に人気で、志保子も大好きな女性アーティストの曲だった。


 「志保っ、携帯端末スマートビジョン鳴ってるよ」


 吹雪が志保子の机から拾いあげて手渡してくれる。


 「ありがと」


 受け取りながら、皆の会話の邪魔にならないようにと廊下に出た。

 相手を確認すると、メモリには登録されていない番号からの着信だった。


 「……はい、もしもし。はい。真田ですけど……」


 おずおずと電話に出た志保子は、送信主の名前を聞いてはっと顔を上げた。


 「はい……。はい……。えっ、そ、そんな……!」


 相手の用件が明らかになるにつれ、志保子は深い絶望とともにみるみる己の表情が沈み込んでいくのを自覚していた。

 そして、やっぱり自分は乃乃乃たちの誘いに乗るべきではなかったのだと、一人激しく後悔するのだった。


 ◆◆◆


 いよいよ四天王杯横浜特区予選が明日に迫ってきて、小夜子から今日のチーム練習は軽く体をほぐす程度に留め、あとはゆっくりと体を休めるようにとのお達しがあった。


 乃乃乃たちは会長の指示通りさっさと練習を切り上げて寮に帰っていってしまったが、晃はなんとなく気分が落ち着かないせいか、そのまま寮の部屋に戻る気にもなれず、一人教室に残ってぼんやりと窓の外の風景を眺めていた。


 その視線は課外活動を楽しそうに満喫している生徒たちの姿を追っている。しかし、今の晃の頭の中を埋め尽くしているのはそれとは全く別の事柄だった。


 自分がちゃんとやれるのか、今一つ自信が持てないのだ。


 説明するまでもなく、明日の予選大会のことである。


 何しろ、自分には能力者として他者と競い合うには致命的な欠点が存在する。

 小夜子の助言を受けて、湊に頼み込んで魔力のコントロールについての特訓を受けもしたのだが、やったことといえば基本の結界魔術を素早く構築し、思い通りに操作するというただそれだけの動作をひたすら毎日反復して行うことのみ。


 湊曰く、「結界魔術は魔法の基礎。強固な結界を即座に作る集中力とそれを自在に操る操作力は全ての魔法の必要要素に通じる」らしいのだが、もっと手っ取り早く能力不足の穴を埋めてくれるような強力な魔法を使えるようになることを期待していた晃にとっては、その特訓の内容はいささかガッカリなものだった。


 それでも一応言われるがままに毎日努力は続けてはいるものの、少なくてもその付け焼刃の特訓の成果が明日の四天王杯予選で発揮されることはないだろう。


 しかし、それはそれでいい。


 それよりも今まで自分が乃乃乃やししょーと共に積み重ねてきた物が本当に四天王杯という大舞台で通用するのか、そちらの方が晃にとってはより重要な問題だった。


 無能力者にランクされる晃と乃乃乃にとっては、現状では武術でしか上を目指す道がないからだ。


 それなりにはやれるんじゃないかという期待感と、やっぱり駄目かもしれないという不安が心の中で絶妙に拮抗していて、考えていると混乱を飛び越えてむしろ胃の辺りがムカムカしてきて気持ちが悪くなってしまう。


 同じ双子でもこういう風にグダグダと考え込んでしまう晃と、なるようになるさとキッパリ割り切れる乃乃乃とでは心の持ちようが全然違うのが不思議でならない。


 別に本番に弱いとかそういうのはないので、決して晃は蚤の心臓の持ち主というわけじゃない。

 しかし少なくとも自分の方が姉よりもメンタル的によりデリケートな性格をしていることだけは間違いなさそうだった。


 「何だかんだで結構女々しい男なのかな、俺は……」


 ぽつりと漏らした時だった。


 「……何が女々しいの?」


 気配も感じさせないまま背後からいきなり話しかけられて、晃は驚きのあまり口から心臓が飛び出てしまうかと思った。


 「なっ……せ、先輩!」


 振り向くと、教室の入口に寄りかかるようにして立っていたのは来栖川小夜子。この学園で最も自信喪失という言葉と縁遠いであろう少女だった。


 晃と視線が合うと、彼女はニッコリと微笑んだ。

 先週行われた四天王杯横浜特区予選の個人戦を圧倒的な強さで制したばかりの彼女は、かすり傷一つ負っていないどころか、わずかな疲れすら残していないようだった。


 個人戦出場選手は団体戦に間に合わせるため、開催までの一週間に回復能力者による魔法治療でコンディションを整えることを義務付けられているのだが、小夜子の場合はそれすら必要なさそうである。


 「それで、何が女々しいの?」


 もう一度彼女は聞き返してきた。


 「あっ、そ、それは……」


 嫌な独り言を聞かれたなと思った。


 「……明日のことがそんなに不安?」


 「………………っ!」


 晃の抱える悩みなど小夜子は全てお見通しのようだった。

 小さくため息をつく。


 「全く……先輩にはかないませんね……」


 苦笑いするしかない。


 「やられるのも怪我するのも別にいいんですよ。ただ……」


 正面から小夜子を見つめる。


 「俺がやられたせいでみんなに迷惑がかかるのが嫌なんです」


 晃と乃乃乃は先陣で敵をなぎ払いつつ皆の壁になるのが役目だ。壁が失われれば戦力が減るばかりでなくチームのバランスが崩れてしまう。最前線で戦うのだから傷つくのも仕方がない。その結果倒れたとしても構わない。だが、簡単にやられるわけにはいかなかった。


 個人戦なら自分が敗れたとしても他の誰かの迷惑になることはない。だが、団体戦はそうはいかない。自分の失敗が全体の負担になってしまうからだ。


 「先輩……」


 「なに?」


 小夜子は可憐な仕草で小首を傾げた。


 「俺は……俺はきちんとみんなの役に立てるでしょうか?」


 「自信がない?」


 「…………はい。昨日の訓練でも先輩に手も足も出なかったですし……。そりゃ先輩はその年で既に階位騎士で、その、別格なのは分かってますが……。能力を封印して単純に体術だけで勝負しても引き分けるのがやっとですし……自分の得意分野でその体たらくではもう……」


 「ああ……」


 小夜子は納得顔で頷いた。


 「晃くんは私以外の上級生と試合ったことがなかったから、自分の実力に対しての客観的な評価が出来ていないのね」


 「まあ、客観的な評価というか、絶対的な評価というか……」


 口ごもってしまう。


 「心配しなくても晃くんは強いわよ。単純な武術の腕ならば多分三年生を含めてもこの学園で三本の指には入ると思うわ。私が保証する」


 「でも……」


 小夜子に勝つことができなかったではないか――。

 言葉にはしなかったが、言いたいことは伝わったのだろう。

 彼女は「そうね……」と神妙な表情でこちらを見た。


 「私は世間からは能力の方が評価されているみたいだけど、武術だっておろそかにしたことは一度たりともないのよ。それに、晃くんが相当良い師についてるだろうことは立ち合ってみてなんとなく分かったけど、それは私も同じことだしね」


 「えっ?」


 「剣については小さい頃から父に教わっていたのだけれど、ちょっとね。ある程度まで行ったところで壁のようなものにぶつかっちゃったのよ。今までのやり方ではどうにも破れそうもない、そんな大きな壁にね。そんな時だったわ。父の知り合いの達人が帝都に戻ってきたという話をたまたま耳にした私は、なんというか衝動的にその人のところに押しかけてしまって、何度も何度も頼み込んだ上でやっと弟子にしてもらったの」


 「そうだったんですか……」


 なるほどと頷く。小夜子がそこまで言うくらいなのだから相当な人物なのだろう。

 そこでふとある疑問が頭をよぎって、小夜子に確認してみた。


 「ところで、先輩は今の師匠についてどれくらいなんですか?」


 「えっ? ええと……確か二年くらいだったかしら。それがどうしたの?」


 「……いいえ、どうやら俺の思い違いだったみたいです」


 晃はごまかすように笑いながら手を振った。


 実はこの四天王杯の訓練の中で何度か小夜子と立ち合ってみて、少しばかり気になっていることがあったのだ。

 彼女と剣を合わせていると妙にしっくりとくるというか、不思議と懐かしさを感じるような感覚に囚われることがある。


 その原因は分かっている。


 ししょーや乃乃乃と手合わせした時と、彼女と剣を合わせた時の手応えがとても似ているからだ。

 そう思って改めて彼女との対戦を振り返ってみると、全く同一とは言わないまでも、ところどころで互いの技や癖が似通っているような気がした。

 だからもしかして彼女の新しい師というのがししょーのことではないかと思ったのだ。


 互いの技の全てが同じではないということに関しては、新しい師につきながらも、幼い頃から慣れ親しんだ小夜子の父の剣の影響が色濃く残されていると考えれば辻褄も合う。


 しかし、彼女が新しい師についたのが二年前という事実が判明したことから、それが晃の妄想に過ぎなかったことが明らかになった。


 二年前ならししょーは晃や乃乃乃と一緒にアラスカにいた時期に重なるので、帝都で小夜子に剣を教えられたはずがないからだ。


 「ふーん」


 思わせぶりな晃の態度が気にはなるみたいだったが、小夜子はそれ以上この件について追求してくることはなかった。


 「そういえば晃くんは寮の一人部屋なのよね?」


 不意に彼女は話題を変えて、明るい口調で質問してくる。


 「ええ、そうですけど……」


 「それじゃ休みの日のご飯はどうしてるの?」


 晃たちの入っている寮では平日と土曜日は食堂で出される食事があるが、日曜日にだけはそれがない。したがって学生たちは必然的に自炊するか買い食いするか、あるいは外食するかでその日を凌ぐことになる。


 「ご飯ですか? たまには外食もしますが、基本的には自炊……ですかね」


 「あら、自分で作ってるの?」


 「この学園に入るまではししょーとノノとの三人暮らしでしたからね。炊事洗濯一通りは出来ますよ」


 「あら、凄いわね」


 小夜子は感心したような表情を浮かべた。


 「私は副会長の道場さんと同室なのだけど、彼女の趣味は料理でね。食器や料理器具の配置が変わるのが嫌だからって私がどんなにお願いしても厨房に入れさせて貰えないのよ。ひどいわよね。でもまあ、彼女の作る料理はプロ顔負けの美味しさだから文句はないんだけど……」


 小夜子はペロッと可愛らしく舌を出しながら苦笑いした。


 「それじゃたまには自分で料理したくもなるんじゃないですか?」


 「そうね……たまにはそう思わないこともないわね」


 「先輩の料理か……食べてみたいなあ」


 思わず晃が言葉を漏らすと、小夜子はパッと瞳を輝かせながら両手を合わせた。


 「じゃあ、四天王杯予選が終わったら私が作ってあげるわ!」


 「……本当ですか?」


 晃は思わず聞き返していた。


 「ええ、折角作るなら誰かに食べてもらわないとね。だから美味しいご飯を食べられるように明日から二日間、まずは四天王杯予選優勝目指して頑張りましょ!」


 「はい!」


 学園中の生徒の憧れの的である彼女の手料理を食べられるというこの降って湧いたような幸運を前に、晃はついさっきまで自分の心を支配していたはずの憂鬱な気分がすっかりと晴れ渡っていくのを感じていた。


 ――我ながら現金な話だなとあとで少しだけ反省した。

表題のところにも書きましたが、第3章の題名と第4章の題名がコピペミスで入れ違いになっていました。大変申し訳ありません。題名だけで第3章の内容は同じものです。

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